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タグ社会派
Q.家の庭でヒキガエルを見なくなったのを根拠なく親に「お前が追い回したからだろ」と言われたのだがどう思う?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.かつて家の庭にヒキガエルがよくいたのに、近年ではめっきり見なくなりました。それを知った親が根拠なく「お前が追い回したからだろ」とか勝手に言ってきます。生きかたカエルさんどう思いますか?

A.我が種族の心配をしてくださって、ありがとうございます。
お察しの通り、カエルは人間に追い回されたぐらいで退散するようなやわな生物ではありません。おそらく、気候変動を含めた環境の変化だろうと思います。(しかも、質問者さんは追い回したこともないそうですね… ※補足にそう書いてありました)
カエルとしては、カエルの心配よりも、根拠なく子どもに変ないじりをする親の方が心配です。
最近、他の質問でも見られるのですが、大人が子どもに下手ないじり発言をして、子どもが幻滅する現象が目立ちカエルは気になっていました。大人にとってみると軽い冗談のようなノリにも見えるのですが、子どもにとっては何も面白くないし、むしろ傷ついていたり心外であったり、大人への信頼を失墜させるような言動に見えることを平気でやっている節があります。
カエルもそうしたことがないよう、気をつけたいと思いますが、大人本位のいじりっぽい文化についてはもう少し研究を深める必要があるかと考える今日この頃です。

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update 2025/6/25
Q.頑張ればできるのに頑張りたくない。頑張れない。これじゃあ怠けてるだけですかね?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.頑張ればできるのに頑張りたくない。頑張れない。これじゃあ怠けてるだけですかね?

A.「頑張らない」という選択を自らしている、つまり自主性を発揮しているということだとウ・サギは捉えました。生きかたカエルがよく使う表現を借りるなら、自分の感性が働いている、という言い方もできそうです。
この社会では何かと頑張ることが推奨されがちですが、頑張る必要自体は全くないとウ・サギは思っています。自分の行いで自分が苦しんだり、周りが苦しんでいるなら、それは解決を試みた方がよいかな…?とは思います。でも、解決は自分の努力でなく、環境の調整や、周りの気持ち(必要性を超えて期待したり何かを課してしまうその人側の問題)が変化していく方のアプローチも大切だと感じます。
頑張りたくないなら、頑張らないで全然OKだとウ・サギは思いますし、あなたの場合はとくに「頑張りたくない」気持ちは何かの意思表示のようにも感じました。頑張りは誰かに強要されるものではなく、自分がやりたいときだけやればいいものだとも、とても思っています。

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update 2025/6/25
Q.身長が低いのがコンプレックス。身長が高い=かっこいいという価値観はどこから来るものなのか?
この記事の担当 うさえなが

Q.身長が低いことがコンプレックスです。身長が高い=かっこいいという価値観はどこから来るものだと思いますか。

A.高いとかっこいいの?知らなかった!
大きいと強そうだから??

*生きかたカエルから補足*
なかなかいい質問ですね。これはジェンダー(社会的に作られた性別で決められた価値観)に関係してそうな気がします。
身長が高い=かっこいいという価値観は、主にいわゆる男性に強く適用されることなのかなと思います。日本社会において、何となく背が高い男性はかっこいいと思う人がいて、その価値観を広めることで得をする人が権力を持っていると、その価値観が強化されていく仕組みがあるのだろうと思います。つまり、出発点は「何となくそういう人が多い」という程度の問題だろうと思われます。
それが、そのことで得をする人たちの力と「多くの人たちがそう思うことを推した方が得をする」あるいは「多くの人たちがそう思うこと以外だと損をする(いじめられるとか、否定されるなど)」という集団心理や同調圧力の存在が後押ししているのだとカエルは分析しています。
もしも、誰にも公開しない形で一人ひとりの本心を調査をしたならば、それほど「身長が高い=かっこいい」と明確に答える人はそんなにいないと思われます。だけど、何となくそういうものになってある種の力をもって、世の中や私たちの内心を支配していくものになるのは怖いことですね。身長高い=かっこいい 以外にもたくさんあります。それぞれが何かをかっこいいと思う気持ちは全然いいと思いますが、それによってそうじゃない人が否定されることにつながる恐れがあると意識しないと、生きづらい社会になるとカエルは危惧をしています。いい質問のおかげで、いろいろ考えてみました。

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update 2025/6/23
Q.周囲のマイノリティへの理解がなくて苦しい。道徳とかで教えるのも少ないのはなぜ?
この記事の担当 所長室

Q.周囲のマイノリティへの理解がなくて苦しい。学校の道徳とかで教えてくれたら良いのに。そういうのが少ないのはなんで。

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update 2025/6/23
Q.自分には本当に何も無い事を知ってしまった。私はこれからどの大学行って何すればいいんだろう。
この記事の担当 生きかたカエル

Q.自分には本当に何も無い事を知ってしまった。特技は無い、得意な教科も無い、人生には苦手しかない。誰かに代わりを取られない、突起した才能があるわけでもない。私、これからどの大学行って何すればいいんだろう。行きたい所も才能無いから行けない。

A.なるほど、自身はそう思うわけですね。ただ、自分の得意なことって自分では意外と気づいていないこともあります。また、自分が考える価値と周囲の人は違うので、他の人にとって得意なこともあるとカエルは思っています。また、これから大学に行くとのことですが、子どものうちは何したらいいかわからないと思えるぐらいで自然な気がします。目標を持つことも悪いことではないですが、目標が見つからずに漂ってみることもそんなに悪いことではありません。
この質問の背景には、大人たちからの見えないプレッシャー(得意なことはなくていけない、才能がないのはけしからん、才能は伸ばすべきだ、目標をもって大学に行くもの…など)を強く感じています。この世の中のそうしたプレッシャーをカエルは撲滅したくて、生きづLABOをやっています。いい質問をありがとうございます。
生きづLABO的に言うと、社会の本質を問うセンスや才能があるということだと思います。人の才能や得意というのは学校で評価されることがすべてではなく、もっともっと幅広いことだとカエルは思っています。特別なことをしなくても、一人ひとりが持っている存在や感性、考えに多様な価値や意味があるという説をカエルは広めたいと思います。

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update 2025/6/22
Q.今は学校に行けておらず外にも出られてないが、この先自分は生きて行けるのか?
この記事の担当 所長室

Q.勉強は小さい頃から苦手で運動も大して出来ません。挙句の果てに今は学校にも行けておらず外にも全く出れていません。この状況では高校に行けるのかも分からなく、働けるのかも分かりません。この先の人生が全く見えません。生きていけるのでしょうか

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update 2025/6/12
Q.生きづらさを食い物にされるのが怖い。警戒心バリバリで生きています。辛い
この記事の担当 生きかたカエル

Q.生きづらさを食い物にされるのが怖いです。国に認定されている支援だから安心って訳でもないし。「この世は弱肉強食」なんて言う人もいるけど、それでいいのかなって思ったりします。野生動物と変わらないなって思いながら警戒心バリバリで生きています。辛い

A.食い物にされた経験とか、食い物にされてるっていう感覚があるのでしょうか。確かに弱肉強食的な側面はそれなりにあると思いますが、いつ食べられるかわからないように警戒する必要まで感じるというのは、他の要因があるかもしれないとカエルは思いました。
環境によって弱肉強食度合いはかなり異なりそうなので、環境の見直しをしてみるのはどうでしょう。自分で住むところを変えられるのなら、少し弱肉強食度の低いところ(おおむね都会ではなく地方の人口が少ないところがよいかと思われます)に移動し、そこで改めて不安や恐怖のもとについて考えてみる時間があるといいかと思われます。

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update 2025/6/11
Q.休むことを責められる社会じゃなく安心して休めて助けを受けられる社会がいいと自分は思う
この記事の担当 生きかたカエル

Q.「怠けていたのが悪い」「甘えるな」等と休んでいたことや休んでいることを責められる社会ではなく、安心して休み続けられて、どんな選択をしても困ったら助けを受けられるような、安心して様々な選択をできる社会がいいと自分は思うのですが、どうでしょうか

A.本当にその通りだと思います。その方がいいに決まっていると思うのですが、どうしてそうならないのかカエルはとても不思議に思うので、理由を考えてみました。
①時代が変わっても、いつまでも身の丈以上の物質的な豊かさを求めようとしているから
②一度思い込んだ「頑張らなければならない」という刷り込みから抜けられないでいる
今の私たちの豊かな暮らしとって必要なことをみんなで考える必要がありますね。だから、こうした質問は大歓迎です!

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update 2025/6/11