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タグ哲学
Q.人混みを見たりして自分以外もいろいろな人がいて感情や背景があると思うと気持ち悪さを感じる
この記事の担当 ウ・サギ

Q.ふとした時に思うのですが、人込みや風景を見たりその場にいたりした際に自分以外にもいろいろな人がいるなって思うのと同時にその人達はみんな感情や色々な背景があるって事を考え始めると恐怖にも似た気持ち悪さを感じます。 

A.なかなかに哲学的というか、言われてみれば確かに事実としてはその通りですし、それに恐怖や気持ち悪さを抱くのも全然おかしくないように感じました。でもそうやって考え始める人がきっとあまりいないのは、(無意識的に)あえて想像の幅を限定することで、それぞれに心を安定させているのかな・・・とウ・サギは考えました。他にも実は感じたり想像したら怖いこと、怖さに似た気持ち悪さを感じることはたくさんあるような気がします。
ウ・サギもちょっと似たようなことを感じることはあって、ウ・サギにとって自分が自分であるように、他者にとっては自分が自分、というのに怖さと奇妙さの混じった感情を抱くことはあります。ウ・サギの感じている世界と、それぞれが感じている世界は多かれ少なかれ別物だし、だとしたら確かなことってこの世界に何一つないよなあ、というか・・・。周りがどうというよりは、自分の信じているものの不確かさにちょっと揺らぐような感覚です。

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update 2025/9/13
Q.自己中な父に心底呆れる。ごめんなさい、愚痴です。
この記事の担当 生きかたカエル

Q.自己中な父に心底呆れる。食器を自分の分だけ用意したり、家族みんなで選ぼうと言っているのに勝手に先に取っていったり。私たちの指示や言い方が悪いのかもしれないけど、もう、ちょっと耐えられない。ごめんなさい、愚痴です。

A.愚痴を言えるのは大事なことですね。愚痴の行き先として質問箱を選んでくれたことを嬉しく思います。
ただ、お父さんのふるまいが子どもっぽくてカエルは少し笑ってしまいました。最近、カエルは人の「期待」というものの存在に興味を持っています。確かにお父さんの個性は独特だとは思いますが、耐えられないのは父ではなく、自分が思い描く期待する父の姿と現実の父の姿のギャップではないかと思うカエルでした。

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update 2025/9/12
Q.自分の心を壊してまで働いて、得られるものはあるのでしょうか。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.自分の心を壊してまで働いて、得られるものはあるのでしょうか。

A.どんなことからも得られるものはあるとウ・サギは考える派ですが(ウ・サギの場合は、そう思わないとやってられないというだけの話かもです)、自分の心を壊してまで、やった方がいいことややるべきことというのは何もないとウ・サギは思います。
働くのも勿論ですし、他にも学校だろうと家族だろうと何だろうと、自分の心が壊れるくらいなら逃げましょう…!とは全世界に向けて言っておきたいです。
心を壊してまでやるべきことはないのは大前提の上で、一応得られるものについても考えておくと、回復の機会に恵まれたなら、心を壊した経験から得られる貴重なものもあると思います。少なくともウ・サギは自分についてそう感じていますが、心を壊してまで得る価値のあったものだったかと問われると、心は壊さない方がよかったなあとも感じます。

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update 2025/9/12
Q.人間なのに自分を人間だと思えないです。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.人間なのに自分を人間だと思えないです。

A.なるほど…この文章だけでは、そのことで困っているのか、これはどういうことなのだろう?と気になっているのか、ちょっとそのあたりがわからないので変な回答になったらすみません。でも、「人間だと思えない」ということは、こういうのが人間だという像があなたの中にあるのか(=だからそうじゃない自分は人間じゃないという考え)、何か感覚的に・具体的に自分を人間じゃない何かだ(例えば、宇宙人だとか)と感じるのか、何かしら思考や感覚があるのだろうとは想像しています。
とはいえ考えてみると、誰も望んで人間になったわけではないですし、自分が人間だと思えないことはある意味自然なことなのかも…?ともちょっと感じました。

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update 2025/9/7
Q.人間は病気も治せて食べ物も供給できるのに、なぜ野生動物より悩み窮屈そうなのか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.人間は病気でも治療して治せる
食べ物はちゃんと供給できる
野生動物に襲われる確率はかなり低いのに
野生動物よりなぜくよくよ悩み窮屈そうに見えるんでしょうか?

A.それは、くよくよ悩むということ自体が、生存のためにリソースを全部使う必要がない(つまり、端的に言うと暇がある)から発生する現象というのがまずあるのかなと思いました。あとはそもそも動物と人間の大きな違いとして、人間は概念というものを獲得していて、今目の前のこと以外も考えることができちゃうというのもあると思います。過去を思い出すのも、将来を不安に思うのも、アイデンティティというものに揺らぐのも、比較するのも、概念があって初めて生まれるもので、動物には(現状の仮説としては)ないとされています。
そして困ったことに、一方で面白いことに、人間の考えや生き方に正解は存在しないのですよね・・・。この世界が何なのかを自分で感じ、必要があれば感覚を理論で補強し、自分の欲求と周りの欲求や現実との間で折り合いを探り続け、絶望や閉塞を感じてもどうにか今を生きるための支えを見つけ・・・死ねない間は、揺らぐ自我を抱えてどうにかやっていかないといけません。そのバランスを自分で見つけて取り続けていくことの難しさは、ここまで宗教というものが必要とされてきたことや、時に信じられないような虐殺が起こってしまうことなど、歴史が証明しているとウ・サギは思います。
くよくよ悩むのは(その権利を使いたいかは別として)人間として生まれた特権のようなものだし、全然いいと思いますが、窮屈というのは行き過ぎると怖いようにウ・サギは感じます。だからくよくよをシェアできる、窮屈になりすぎない社会をつくりたいと思っているところです。

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update 2025/9/2
Q.生きかたカエルさんの言っていた「お金は魔物」についてさらに詳しく知りたい
この記事の担当 生きかたカエル

Q.「Q.休みたいけどどこからが甘えでどのラインが休むべきか分からない
の質問回答動画で
生きかたカエルさんの言っていた
「お金は魔物」について
さらに詳しく知りたいです
また
食事や住まいの現物給付と自己決定の折り合いについては
どう考えますか

A.「お金は魔物」というのは、主に人の心を狂わせるという意味で使いました。
本来、お金というのは必要なものを交換し合うために生み出された一つの手段だとカエルは理解しています。ところが、いつの間にやらお金がそれ以上の価値や意味を持ち始め、今ではそれがないと生きていけない唯一無二の存在になっているように感じます。
物を交換するための手段より、お金が権力となり、格差や支配、争いのもとになっています。人が生活する一つの手段として使っていたお金が、いつの間にやらお金が主導権を握って、人がその存在に支配されているように思えます。なければすなわち絶望、あればすなわち権力という構造は、お金が人間のコントロールを超えた魔力を持ってしまった状態のように思えるため「魔物」と表現したところです。

食事や住まいの現物支給と自己決定の折り合いについてですが、食事はその人が食事を購入するためにしか使えないクーポンのようなものを支給して、お店で食材を買うのもよし、レストランなどの飲食店で使うもよしのシステムを想定していたので、自己決定は保障できると考えています。
また、住まいについても様々なスタイルの住まいをリスト化し、そこから本人の生活のニーズや希望に応じたところを選べるようにするイメージです。だから、一方的に当てがわれるのではなく、一人ひとりの希望やニーズもある程度考慮するべきと考えています。もちろん、住んでみてダメなら一定の基準を設けて引っ越しも可能だと思います。感覚過敏やトラウマなどある人もいますからそうしたことも理解される機会になるとよいなとカエルは考えています。

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update 2025/9/2
Q.希死念慮のある人に生きる意味を聞かれたらどう答えればいい?
この記事の担当 所長室

Q.希死念慮のある人から生きる意味について聞かれたとき、どう答えればいいと思いますか?希死念慮があったとき「そう考えるほどつらいんだね、でも生きていてほしいと思う」みたいな答えは求めてなかったし、意味を教えてほしかったなと思って悩んでます。

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update 2025/8/22
Q.私は人と関わる時に相手の顔色を伺いがちです
この記事の担当 所長室

Q.私は、人と関わる時に、相手の顔色を伺いがちです。ちょっとした会話でも「あの時の私の一言で、相手を傷つけてしまったかな?」と考えてしまいます。全ての人の機嫌が取れるほど自分は完璧じゃないと分かっていても、人の顔色が気になってしまいます。

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update 2025/8/22
Q.幸せな生活を送りたいと毎日思うのに幸せが具体的にわからない。どうやったら理解できる?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.幸せな生活を送りたいと毎日思うのに、幸せが具体的にどんな状態かわからない。そもそも幸せが何かわからないから、この願いが叶うことはないんじゃないかと思う。どうやったら幸せが何かを理解することができると思いますか

A.ウ・サギは幸せだと感じた瞬間がこれまで2度(合計3時間くらい)しかないので、お答えできるかは自信がないですが、まずそもそも幸せは「理解する」ものではなく「感じる」ものかな・・・?とは思いました。そして、幸せがどんな要素で起こるどんな感覚かは人それぞれだし、幸せ(と表現したい感覚のある日々)だけが豊かな生活というわけでもないのだろうと思います。ちなみに、ウ・サギは幸せを感じるよりも、interestingでexciting(突然の英語ですが、このニュアンスが一番しっくりきます)な生活を希望しているタイプです。
ただ、あなたにとっては、幸せというイメージが大切な意味をもつというか、惹かれるものなのだろうと受け取りました。ウ・サギ調べでは、「こうなりたい」という強いイメージや願いは、「○○なしんどさを全く感じない世界に行きたい」といった、不安や傷から生じる場合が多いように感じていますが、どうでしょうか。願いを叶える方向にだけ目を向けると、不安や苦しみが募ってくるので、願いを分析したり解剖する方向に目を向けてみるのはウ・サギとしてはおすすめです。
普通になりたい、愛されたい、役に立ちたいの分析・研究はしたことがあるのですが、幸せな生活を送りたいの分析はまだ聞いたことがないので、何かわかったら質問箱に送ってくれるのも歓迎します。

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update 2025/8/7
Q.力不足な自分が嫌になる。どうやって気分転換していけば良いだろう?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.力不足な自分が嫌になります。歳を重ねる毎に、悩みと不安と心の苦しさが増えていくばかり…どうやって、気分転換していけば良いだろう?どれも当てはまらずです。苦しくない気分転換を探す方法を知りたいです。

A.力不足とは、何の力なのか気になってしまったカエルです…
どんな力でもあればいいこともあるかもしれませんが、それぞれ限界もありますから、身の丈の力を認めて生きていくしかないとカエルは思っています。
そして、気分転換も難しいですね!みんな気分転換の方法や効果は違うと思うので、探す方法もそれぞれ工夫してみるしかないのかなと思います。一つ思ったのは、わからなくなっているときは、何かが足りないよりも、何かに縛られていたり、視野が狭くなっていることの方が多いものです。知識や知恵を取り入れようとするよりも、自分の中にある固定概念やこうあるべきなどという、思い込みや観念を捨てて自由になることの方が効果的な場合が多いです。とはいえ、捨てるのって簡単ではないのですが…トライする価値はあるかと思います。

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update 2025/8/7