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タグ哲学
Q.なんで人って、孤独を感じたりするんでしょうか?
この記事の担当 所長室

Q.友達が他の友達と話している姿をみて、私はいてもいなくても変わらない存在だなと思って消えたくなりました。なんで人って、孤独を感じたりするんでしょうか?考えをききたいです。お願いします。

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update 2026/3/19
Q.進撃の巨人を見て展開が辛すぎてつらい。いろんな気持ちと押し尊いが混ざって気持ち悪い( ; ; )
この記事の担当 所長室

Q.進撃の巨人を見て展開が辛すぎてほんとにつらいです。涙が止まりません。見なければよかったという気持ちと面白いからもっと見たいという気持ちと推し尊いが混ざって気持ち悪いです( ; ; )

A.昨年久々に遊園地に行き、なんであんなに恐ろしいジェットコースターに乗るんだろうと、宙吊りで雄叫びを上げる人達をゴロン猫は見上げていたよ。ハラハラとワクワク、怖いと安心、面白いとつまらない、相反する気持ちが混在し気持ちがぐちゃぐちゃになる。人間は自分一人だけで体験できることは本当に限られているよね。漫画やアニメ、遊園地やライブ、いわゆるエンタメを利用し安心して様々な感情を体験できることは、脳が発達した生き物だからできることとゴロン猫は思い、今日もワハハと映画を見ていたよ。気になっていた、進撃の巨人見てみようかなぁ。

回答:しきぶとんゴロン猫

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update 2026/3/15
Q.相手の考えを聞くと言いたいことはわかるけどそういった考えにはすぐになれないです
この記事の担当 ウ・サギ

Q.カウンセラーさんや親、先生などに相談したり、生きづらぼで質問を送ったりすると相手の考えが聞けると思うんですけど、相手の言いたいことはわかるけどそういった考えにはすぐになれないです。どうしたら自分の考え方を変えられるでしょうか。

A.なるほど、ウ・サギもこうやっていろいろ考え方や解決のためのポイントを提案したりしていますが、他人からの意見は実はまったく聞き入れないタイプです(苦笑)だってウ・サギのこと一番わかっているのはウ・サギだし、考え方はそもそも感覚や感情の方からくるとウ・サギは思うので、感覚や感情のあり方が違う人に言われても「う~ん…」となる方が多いものだと思います。新しい見方や考え方を知ることはできても、それをどう取り入れるか、どう感じるかは自分自身の問題なので、考え方を無理に変える必要はないし、無理に変えられるものでもないと思います。
自分を身近でよく知っている人だと、適切なことを言ってくれるかもしれないですが、相談という距離感ではそのあたりも限界がありますしね。相談の意味や意義は、やり取りすることで「ここはちょっと違うな」感じて自分への理解度が上がっていく部分にもあって、解決よりも案外そっちの要素が大きいかもしれないとウ・サギは思ったりもします。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/15
Q.弱肉強食という言葉について怖さや複雑な気分を感じる。どう思う?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.弱肉強食という言葉について
自分が弱肉側になるかもしれないと思うと怖すぎるし
強食側として他の命の苦痛や死などの犠牲あって自分はある程度心地よく生きていられるんだと思うと罪悪感とそれでもある程度心地よく生きたい気持ちで複雑な気分になります
どう思いますか?

A.なるほど……ウ・サギはあまり他の命の苦痛や死などの犠牲の観点から弱肉強食を考えたことはなかったですが、たとえばそれは肉や魚を食べてるみたいな話でしょうかね。それとも、発展途上国からの搾取みたいな問題でしょうか。前者であれば弱肉強食というよりは食物連鎖だとウ・サギは捉えるタイプですが、我々の快適な生活の裏に、環境破壊や奴隷労働みたいなことがたくさんあるのはきちんと考えないといけないと思っています。
強い者だけが勝ち残る、生き残るような社会の構造はウ・サギはとても嫌です。弱肉強食という言葉ではちょっと漠然としていて自然界とも混ざってしまうので、ウ・サギとしては搾取構造についてみんなで考えてみたいと思いました。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/12
Q.同情と見下しって常にセットだと思いますか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.同情と見下しって常にセットだと思いますか?

A.実に鋭く、興味深い質問です。何の本か思い出せないのですが、ウ・サギの信頼している本に「憐れみは相手を対等に見ていない、対岸から眺めるような態度のものである」といったことと、「自分と地続きの存在や問題として共感することが大切」といったことが書いてあったのを思い出しました。
同情といってもその言葉から受け取るニュアンスはそれぞれですし、どの感情を同情と呼ぶのかで話は変わってくると思いますが、いわゆる共感や同情と呼ばれる心の動きの中には、対等じゃない(見下しともいえる)眼差しからのものと、対等から生じるものの2種類があるのは確かなことにウ・サギは感じます。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/10
Q.先日は質問に答えて頂きありがとうございました。大変学びになりました。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.先日は質問に答えて頂きありがとうございました。
どんな場所にも欠点はある~という事と居場所等に自分が何を求めて行っているのか?私は全く考えもせず行っていました、自分自身に問う事すらやった事がないので大変学びになりました。

A.この質問(Q.某居場所のスタッフはいい人だったが、言ってほしくない事を周りに聞こえるトーンで言われた)の質問者さんでしょうかね。「大変学びになりました」なんて言われると、もちろんありがたいことですが、ちょっと緊張しちゃったウ・サギです。でも自分だけではわからない視点って本当にたくさんあるので、誰かに思いを伝えてみるのは学びにつながることが多いと感じます。
自分の100%の理想を叶えてくれる相手や場を求めて、しばらく痛い目を見たり痛い思いをさせたりしてきたウ・サギなので、どんなものでも欠点があるというのは自分によく言い聞かせています。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/10
Q.死ぬのは怖いが「生きていたい」とは何故か表現したくない感覚がある。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.俺は、死ぬのは怖い。
けど、「俺は生きていたい」とは何故か表現したくない感覚がある。
俺は可能な限り少しでも楽に過ごしたい、とは表現できる。
どう思いますか。

A.「生きていたい」と思っている人なんているんですかね…?とウ・サギは率直に思ってしまいました。事実としては、みんな生まれてしまったから生きているだけだと思うので、生きることに意思を伴わせていくこと自体が、なんだか不自然かもしれないと思っているウ・サギです。
なので、「死ぬのが怖い」と「生きていたい」は、かなりニュアンスとして違いのある言葉だと思います。「可能な限り少しでも楽に過ごしたい」は、質問者さんの思いが等身大に込められている、とてもいい表現であるようにウ・サギは感じました。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/7
Q.いますっごく後悔してる。今からできることは多分何もない。どうしたら立ち直れる?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.いますっごく後悔してる。すべてをなかったことにしたい…。今からできることは多分何もない。どうしたら立ち直れる?

A.強い後悔の気持ちが伝わってきました。ウ・サギは最近は後悔する機会があまりないですが、後悔は実に取り扱いの難しい感情の一つだと感じていますし、どう立ち直るのか、またはどう付き合って飲み込んでいくのか、これは人類の永遠のテーマと言っていいとウ・サギは思っています。
とりあえず一つ言えるのは、今(そして未来)をほどほどに忙しかったり刺激的なものにしていくことが、後悔のダメージを緩和するということです。ショックというのは、気持ちを言える相手とつながりのある中で、自分にとって悪くない時間が積み重なっていったら、時間の経過である程度は去っていってくれるものだとウ・サギは感じています。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/1
Q.みんなの言ってることの意味はわかるけど共感できない。何がわからないのかももう分からない。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.みんなの言ってることがわからない。
言葉の意味はわかるけど、共感できない。
何がわからないのかももう分からない。

A.なるほど……補足からはとても大変そうな様子が伝わってきましたが、「わからない」はそれもそれで一つの自然な感覚だとウ・サギは思いました。むしろ厳密に考えるなら、自分以外の人のことがわかるわけはなく(何なら自分のことだってよくわからない気もします)、なんとなく理解できた気がするとか自分と近いと思いました!とか、そういう雰囲気やノリの次元で「わかる」と言って、お互いを否定しないように気をつけて生きているだけな気もしてきます。
ただ、前はわかるときが多かったのに今はわからないときが多いとあったので、その変化については何か意味や理由がありそうだとは感じました。たとえばウ・サギはストレスが溜まると自分の感性がどんどん鋭敏になっていき、誰かをわかったり、自分をわかってもらおうとすることが困難になる傾向があります。
でもとにかく、わからないのは苦しいことだとしても、わからないと思うこと自体は全然変なことだとも悪いとも思わないウ・サギです。むしろ「わからない」に不寛容な社会の方が、ちょっと同調が行き過ぎていて危ないと感じてしまいます。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/1
Q.「働かざるもの食うべからず」は人権侵害だと感じます。
この記事の担当 生きかたカエル

Q.「働かざるもの食うべからず」は人権侵害だと感じます。
現実食べられずに苦しんでいる人がいることは解決すべき問題だと思います。
その問題を「社会は厳しいんだ」「嫌なら努力しろ」で正当化するのも、人権侵害だと感じます。
どう思いますか?

A.これは「働く」をどうとらえるかによってかなり意味が違ってくるとカエルは思います。働くを本来の意味(自分が自然に備えている力や存在を活用して、自分のできる範囲で誰かの存在や自由の拡大に貢献すること)でとらえるのと、とても窮屈で偏った意味(労働市場に参加して、お金を稼ぐ)でとらえるのでは全然違うと思うのです。
後者の意味でとらえるのであれば、「働かざるもの食うべからず」はおっしゃる通り人権侵害だと思います。でも、前者の意味でとらえると、お金はすごく稼いでいるかもしれないけれど誰かの存在を危うくして、自由を狭めているような「働く」をしている人がたくさんいる構造的な問題があるので、そういう人に対して「食うべからず!」と叫べるのならちょっと爽快だとカエルは思ってしまいます。ただ、一般的に言われるのは後者に近いので、労働=お金を稼ぐことという矮小化が問題であるし、このことわざはその矮小化を助長してしまう恐れがあるとカエルは思いました。ただ、こうして「働くとは何か?」という本質を問い直す機会をくれるので、それはそれで意味があると思います。

回答:生きかたカエル

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update 2026/3/1