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タグ哲学
Q.おすすめの本があります。伊藤計劃のハーモニーという小説で、こんなことが書かれています。
この記事の担当 所長室

Q.おすすめの本があります。伊藤計劃のハーモニーという小説で、「人間が自我を持つ故に苦しむのなら、全人類の自我を消し去ってしまえばみんな幸せになるのか」という話が書かれてます。今あらすじ言っちゃいましたがすごく斬新で、私は少し救われました。

A.おすすめの本教えてくれてありがとうございます。確かに、斬新というのか一見極端な考えにも思えますが、責任や決定、実現も”自分であること”を強く求められるこの社会で生きていると心に刺さる言葉だなぁと無ササビは感じます。質問者さんが「少し救われた」と感じたのは、もしかしたら自分の苦しさが自分に原因があるのではなくそもそもの構造に問題があるからなのでは?などと、視点が少し広がった感覚からくるものもあるのかなぁと思ったりしていました。
ちなみにハーモニーは原作は読んだことないのですが、映画は昔観たことがあります。ただ単にディストピアを描いているだけじゃなく「苦しみのない世界」の”代償”もちゃんと描かれているところが個人的には好みなポイントです。身近に伊藤計劃を知っている人がいなかったので質問を見て、ひそかに心が弾んだ無ササビなのでした。

回答:無ササビ

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update 2026/2/27
Q.正論や綺麗事につらさや憤りを感じるメカニズムはどのようなものだと思う?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.正論や綺麗事を聞いたり見たりした時に、
つらさを感じたりモヤモヤしたり憤りを感じたりするメカニズムはどのようなものだと思いますか?
個人的には、反論の難しさと、こちらの現実を無視してくることが理由だと感じますが、
どう思いますか?

A.これは、正論や綺麗事というものの定義(自分の判定基準)について、まずは深めてみるのがポイントになるかもしれないと思いました。正論や綺麗事といってもその定義は曖昧だと思いますが、ウ・サギは正論や綺麗事は「お前が言うな」みたいな、立場の違いや関係性に一番の引っかかりがありそうに思っています。
つまり正論や綺麗事の本質は「論」ではなく、論を言っている「人」の方にあるのではないかと思うのです。たとえば「自分を変えられるのは自分だけ」という言葉は、言われるとダメージを受ける類の正論だとウ・サギは感じますが、ウ・サギのことをずっとサポートしてくれている相手が、変われない事情や気持ちも全部受け止めている上であれば、時と場合によって「自分を変えられるのは自分だけ」が残酷な正論じゃなく心からの励ましになることもありそうだと思います。
あと他のポイントとしては、実は自分の中でも思っていたり囚われてしまっている論ほど、言われたときにつらいというのはあると思います。だから湧き上がってくる感情が大きいなら、その正論や綺麗事を言ってくる相手との関係性や存在自体へのモヤモヤがが大きいか、その正論がすでに内在化されている自分を苦しめている価値観の一つなのか……何はともあれ、自分が自分として生きるための闘いが質問者さんの中に起こっているのだろうとウ・サギは思いました。

回答:ウ・サギ

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update 2026/2/22
Q.良い人間になるには学校で真面目に生活するしかないんでしょうか……。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.最近学校に行きたくないと思ってしまうことが多いのですが、やっぱり、良い人間になるには学校で真面目に生活するしかないんでしょうか……。そうじゃないと、生きていけないのでしょうか

A.良い人間になることと学校で真面目に生活することは関係がない、というのがウ・サギの経験則であり調査結果です。学校で真面目に生活していても良い人間になるとは限らないし、良い人間が全員学校で真面目に生活していたわけでもありません。
そもそも良い人間とは何か?というのが難しい問題ですが、(補足に書いてあった)質問者さんなりの良い人間像で考えると、学校で真面目に生活しなくても良い人間にはなれます。ちなみに、ウ・サギとやみーペンの学校遍歴は、いわゆる「そんなんじゃ社会でやっていけないぞ」と言われるようなやつです…!でもとりあえずはこれまで生きてきました。
ちょっと難しい話になるかもしれませんが、社会というのは個人の集合体だとウ・サギは思っています。一人ひとりの人生、感じること、考えることが集まって社会があると捉えたときは、社会にとって良い人間でありたいのなら、一人ひとりの人生、感じること、考えることを知っていく(知った上で尊重していく)のがまず基本となるはずです。そしてその第一歩は、自分の感じること、考えることを受け止めて、尊重してあげることだとウ・サギは考えています。

回答:ウ・サギ

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update 2026/2/22
Q.社会は私を助けてくれなかったのに、なんで私が社会のために頑張らないといけないの?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.社会は私を助けてくれなかったのに、なんで私が社会のために頑張らないといけないんですか?

A.カエルも特別誰かに助けられた!とはあまり感じていませんが、感じなくても事実けっこういろいろな恩恵を受けているものだと思っています。恩恵は空気のように当たり前のものとなって気付きにくいですが、助けてもらえなかったことやひどいことをされたことは忘れられないので、意識にのぼりやすいとカエルは思うのです。ひどいことをしてきた相手がそれに無自覚で、自分に当然のように貢献を求めてくると感じるなら、余計に意識にのぼることも多くなるだろうと思います。
助けることとか役に立つことを、カエルはもっとひろ~いものだと思っています。毎日食べている食べ物も使っているもの(こうして使っているパソコンやスマホやインターネットなどの通信手段)も、当たり前に享受していますが、カエルの力だけでは何もできず頼りきりだと思います。そして人間が生み出したシステムだけではなく、水や空気も人間とカエル同じく必要不可欠な存在で、助けられていることを忘れたくないとカエルは思っています。カエルは水や空気に支えられていると思うから、必要以上に水や空気に負荷をかけたくないと思うし、カエルにできるちょっとした努力はしたいと思っています。
ちょっと質問者さんの話とはズレてしまったかもしれません。カエルは社会を地球規模でとらえてしまうので、一方的に助けられてばかりの人もいなければ、一方的に誰かの役に立ち続けている人もいないと感じるのです。

回答:生きかたカエル

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update 2026/2/18
Q.結局人間は自分の都合の良いことを求めてズルい方法や考えを駆使するんだなぁ、と思います。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.結局人間は自分が都合の良いように物事がいって欲しくて、そのためならズルい方法や考えを駆使するんだなぁ、と思います。
そんなことを考えていたら、すべての人が歪んで化け物みたいに見えてきて辛いです。どうしたら少しでも楽になるでしょうか。

A.それに気づいてしまいましたか…。たしかに、人間にはそういった側面があるとウ・サギは思います。でももちろん、希望の抱ける側面、そういったものを乗り越えてお互いを尊重し合う力もあるのが人間だとウ・サギは思っています。
自分の都合の良いように(もう細かく分ければ、自分にとってわかりやすい、対処しやすいように、自分が変わらないでいいように、否定されないように)物事がいってほしい気持ち自体は誰にでもある、自然なものなのだろうとウ・サギは考えています。それは、自分の予想が外れるのも、予想外のことに対処するのも、自分を変えるのも、大変なことだからです。人間の脳のキャパを超えて今の社会が複雑になりすぎたから仕方ないのかなと思いつつ、でも複雑に見えるだけで本当はシンプルであるはず…とか、予想外のことや答えのないことも受け止めて揺れ動きながら進んでいく力(ネガティブケイパビリティと呼ばれるやつですね)をもっと発揮できるはずとか、それこそ「まだ人間界には希望がある」とウ・サギの都合の良い世界を求めてぐるぐるしている今です……笑
ただ、ズルい方法や考えをあまり駆使するのは困りますよね……。大問題なのは、立場が上の人が強引にこれをやることだとウ・サギは感じています。そしてさらに困ったことに、ズルをされた側が「私はこう感じました!あなたはズルい」と言わないと(これは直接言わず、誰かを介して全然OK)、ズルをした側はなかなかそれに気づけないのですよ……。だから、人が化け物というのはちょっと違って、化け物状態になってしまっている人がたくさんいる、というのが正確なところなのかなとウ・サギは思っています。それもそれで残念でつらいことではありますが、人間は環境次第で化け物にもなれるし、化け物じゃない何かになることもできるのだとウ・サギは思います。

回答:ウ・サギ

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update 2026/2/16
Q.幸せの数と不幸の数っておなじぐらいなんでしょうか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.幸せの数と不幸の数っておなじぐらいなんでしょうか?けっこう考えたんですが、どちらが、多いとか少ないとかが今の私には分かりませんでした。

A.個人の人生の中でのカウントの話なのか、全世界でのカウントの話なのか、どちらの話だろう?と悩んでいるウ・サギですが、どちらも興味があるので両方考えてみますね。
まず、幸せも不幸も数字で測れるものではないので、おなじとかちがうとか、そもそも客観的に決められるものではないとウ・サギは思います。ただ、一個人の中でのカウントで考えるなら、この格差や不平等の大きい社会では、「おなじくらい」というのを綺麗事だとしか思えないくらい、不幸を感じることの方が多い人生はあるだろうと思います(本当はそんなことはあってほしくないですが…)。全世界でのカウントについては、誰かがずるく得した分は誰かが損をするので、幸せの数と不幸の数はだいたいおなじくらいという見方はできるかもしれません。でも本当はずるをしないでみんなで分け合えば、全員にとって幸せの数の方が多い世界にすることもできるとウ・サギは信じています。
脳には忘れる機能があるので、昔たくさん不幸があっても、今が幸せであれば「おなじくらいだ!」と帳尻が合う感覚を抱く場合はけっこうありそうだとは思います。でも、そのあたりの感覚や捉え方は個性があると思いますし、それぞれ自分について「おなじくらいだ」「いや、絶対にちがう」などの答えはあっても、万人に共通する答えはない気がします。

回答:ウ・サギ

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update 2026/2/12
Q.自分がわからないです。今自分が感じている苦しみや感情、痛みは本物なのか、わからないです。
この記事の担当 生きかたカエル

Q.自分がわからないです。自分が元気なのか、そうじゃないのか。今自分が感じている苦しみや感情、痛みは本物なのか、嘘なのか、わからないです。

A.自分がわからないというのは、自分のことをわかろうとしている証だとカエルは思います。そして、自分というものはわからないものだとカエルは思っています。わからないものを、わかろうとするのは苦しいですよね。でも、その苦しみは誠実に生きていることを意味すると思うのです。苦しみは一人で抱えずに、こうして分かち合いたいものです。

回答:生きかたカエル

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update 2026/2/9
Q.他の人のためにもなっていないのに、自分が生きている必要は何なんでしょうか?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.ずっと、自分が何のために生きているのかわかりません。他の人のためにもなっていないのに、自分が生きている必要は何なんでしょうか?

A.カエルは何のために生きるとか、生きる必要とかはそもそもないと思っている派です。
意味とか必要性とかは人間が頭の中でつくりあげているものでもあり、カエル的には人間が生きていることで生じる一種の症状のようなものなのだろうと思っています。ただ、誰でも症状が出るわけではなく、真剣に生きようとしていること、物事を深く考えようとすること、そして何らかの苦悩が掛け合わされたときに出るのだろうとカエルは分析しています。
そして、何のためにいきるのか、生きる必要性というものの結論はわりとどうでもよく、そのことに悩み、迷うプロセスに人間らしさが隠れているようにカエルは思うのです。カエルは人間ではないので細かい機微までは理解しきれていませんが、脳が複雑な構造になり、考える余地が多い人間らしさがそこにはあると感じます。

回答:生きかたカエル

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update 2026/2/7
Q.俺個人は、性別違和の身体違和は人と人との繋がりだけでは解決できないと感じる。どう思う?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.俺個人は、性別違和の中の身体違和は、身体の構造そのものが苦しみに繋がってると感じるので、人と人との繋がりだけでは解決できないと感じます。
どう思いますか?
また、他に人と人との繋がりだけでは解決できない問題として、何があると思いますか?

A.「そもそも心の問題に完全な解決はあるのか?」「解決があるとしたらそれはどういう状態なのか」まで話を深めたい気持ちになったウ・サギです。そこを深めずして、人と人との繋がりだけで解決できる・できない問題を論ずるのは難しいとも感じますが、性別違和については、体を変える以外の解決はないし体を変えたところで完全に解決するわけでもない、といった話を当事者から聞いたことはあります。だから質問者さんの言いたいことはなんとなくわかるようには思いました。
苦しみは、無くなるというよりは、その苦しみを考えてない時間が増えるとか、苦しくなっても共有できる相手がいるとか対処できるとか、そういう軽減がゴールなのかなとウ・サギ思っています。ただ、そう考えたときに、性別違和の突出して苦しいのは、忘れていられる時間がない、むしろ突き付けられることや目に入ってしまうことが多い、という部分かなと思います。
人と人との繋がりだけで問題は解決できないことは多くあると思いますが、「どんな問題も、人と人との繋がりがあるから生じたものである」というのは確かなようにウ・サギは感じます。また、人との繋がりで解消されるか否かは、悩みの種類で決まるよりは、その人の気質や性格によって変わる側面が大きいように思ったりもします。

回答:ウ・サギ

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update 2026/2/4