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タグ哲学
Q.うさえながは、生きる意味ってわかる?
この記事の担当 うさえなが

Q.うさえながは、生きる意味ってわかる?

A.わかんない!でも楽しいと美味しいのために生きてるよ~

回答:うさえなが

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うさえなが所長
うさえなが所長

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update 2026/5/20
Q.カエルさんはもしかしてハンナ・アーレントさんの本がお好きだったりしますか?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.カエルさんはもしかしてハンナ・アーレントさんの本がお好きだったりしますか?

A.本が好きというよりは、ハンナ・アーレントの思想には惹かれるものがありますね。本を読んでみたのですが、訳がよくないのかなかなか読み進めるのが難しかったです。映画も見たのですが、タバコを吸うシーンがあまりにも多すぎてタバコのにおいがしてきそうではらはらして、落ち着いてみられませんでした…苦笑 ただ、確かに思想は好きですね。哲学者も思想家も女性は少ないので、ジェンダーの壁を感じます。

回答:生きかたカエル

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うさえなが所長
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update 2026/5/20
Q.子供の立場からの質問ですが、子供は優しく育てられすぎると健全に育てないのでしょうか?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.子供の立場から質問します、子供って、優しく育てられすぎると健全に育てないんでしょうか…?優しさの定義もわかりませんが、自分は、自分の気持ちに養育者があたたかく向き合ってくれるほうが、嬉しいなって思う、それが優しさなら、沢山優しくされたい。でも、厳しくされることも時には必要なのかなと思います…思いますけど、その度合いがわからない、ここぞという時は厳しくされることもあるけど、安心していられるし、こちらの言い分もちゃんと丁寧に扱ってもらえる関係を自分は求めているのかもしれません。
優しさって何なんでしょう、厳しさも優しさって、どういうことなんでしょうか?

A.まさしく優しさの定義によるとカエルは思いました。ただ、「自分の気持ちに向き合ってくれる」というのは子どもにとってはとても大切なことだと思います。カエル的には「あたたかく」というのはよくわからないのですが、大人が子どもにまともに向き合うことは大事だと思います。
子どもの言い分はよく聞くし、その背景にも思いをはせることも大切です。ただ、子どもの言うとおりにする、言いなりになるのは優しさではないとカエルは思います。何でも言うとおりにするとか、嫌なことは避けることを優しさとするのなら、健全ではないと思います。何を感じても考えても、何を訴えてもそれ自体は否定されないけれど、希望や要望がいつも通るわけではない。ただ、通らない時には十分な説明や納得に大人が付き合う必要はあると思っています。希望が通らない時には毅然と接することになるので、それは厳しさと呼べるかもしれませんし、言い分をよく聞き、丁寧に説明をしたり気持ちが納得するまで付き合うのは優しさだと認識されることもあるかもしれません。
だから、優しいとか厳しいとかではなく、複数の大人が子どもにまともに向き合うことで健全に育つとカエルは考えています。

回答:生きかたカエル

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うさえなが所長
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update 2026/5/18
Q.おすすめの本があればたくさん知りたいです!
この記事の担当 所長室

Q.皆さんからよく出てくる専門概念を詳しく知りたいので、これは良かった!ぜひ!というおすすめ本があればたくさん知りたいです!また、かえるさんがよくおっしゃっているようなこんな社会はどうかという新発想や持論はどうしたら皆さん思いつかれるのですか?

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update 2026/5/7
Q.「本人の意思」を持ち出して困難や被害をその人のせいにするのは残酷すぎると感じる
この記事の担当 生きかたカエル

Q.追い詰められた状況で他の選択肢を選べなかった人に対し、「本人の意思で選んだ自己責任だ」として困難や被害をその人のせいにする風潮は残酷すぎると感じます。仮に他の選択肢があったとしても、すべてを当事者の責任に帰結させる考え方について、どう思いますか?

A.選択肢がなくて選ばざるを得ない状況は自由意思の選択ではないとカエルは思います。特に被害や困難に関しては、当事者の意思や選択の責任を問うようなケースがありますが、それは論点のすり替えが多いとカエルは思っています。
どんな本人の意思や選択があったとしても、被害や困難を受けてもいい人はおらず、責められるべきことはないのです。ましてや、多くの被害や困難を被った人たちは選択や意思に対して十分なチャンスがなかった、あるいは奪われてきた場合が多いです。当たり前のことを当たり前に保障されなかったことはとても分かりにくく、最後の結果だけを見て、自己責任を問うことは、今の社会の生きづらさを引き起こす大きな課題だとカエルは思っています。
何だか、難しく書いてしまいましたが、質問者さんの「残酷すぎる」という訴えにはカエルは強く賛同します。

回答:生きかたカエル

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update 2026/5/4
Q.自分がなりたいと思う職業が分からないです
この記事の担当 所長室

Q.自分がなりたいと思う職業が分からないです。医療に関わる仕事かなとか思うけど、両親が望んでいるのを感じているからこう思うのかなとかいろいろ考えちゃってます。職業ってどうやって決めるんでしょうか?

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update 2026/5/3
Q.ネットで「障害者と付き合うの大変。まともな障害者もいるのに」という愚痴を見て辛くなった
この記事の担当 ウ・サギ

Q.ネットを見ていたら「障害者と付き合うの大変。まともな障害者もいるのに。」という愚痴が書いてあって、辛くなってしまいました。
その人の言う「まとも」とは、きっと他人に迷惑をかけない障害者のことを「まとも」というんだなと。
すごく生き辛いです。

A.グサッとくる言葉ですね、それは…。付き合うのが大変な相手がいるときに愚痴を言うのは時に必要なことだと思うのですが、どこで言うのか、どのような言葉を使うのかは考えてほしい…とウ・サギは思います。本来は「とある人との付き合いが大変で、自分のキャパを超えている」という話であって、そこに属性を登場させる必要性もなければ、余計な一言(まともな障害者も~)をつける正当性もないよね?とウ・サギはモヤモヤ、憤りでちょっとメラメラしてしまいました。
ちなみに、ウ・サギはその人の言う(多くの人の言う)「まとも」は、「自分にとって把握、了解、許容が可能である」という意味合いだと感じています。だから「まとも」の範囲が狭いのは、その人の知っている世界が狭く余裕がないという話だと思うのですが・・・多くの人がそうだから、ここまで生きづらくなってしまっているのですかね……。ウ・サギは生きづらさについては詳しい方ですが、社会的立場の強い相手への見識は浅いし自分が傷つけられてしまうこともあるので、そんなときは「こいつ、まともじゃない!おかしい!」と思ってしまうときもあります。逆に生きづLABOに来てくれるみんなのことは、まともだといつも心から思っています。

回答:ウ・サギ

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update 2026/5/2
Q.哲学関係で何かオススメの本はありますか?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.前に配信で哲学する事をオススメしていたと思うのですが、それ関係で何かオススメの本はありますか?出来るだけたくさん知りたいです

A.三木清さんの「人生論ノート」がカエルのお気に入りです。少し前に読んで興味深かったのは西研さんの「哲学は対話する」です。苫野一徳さんの本はわかりやすくて読みやすいですし、子どもにも哲学を伝えようとするマインドがいいなぁと思います。「『自由』はいかに可能か?」は本質を考えるうえで、面白いと思いました。
外国の人でいくと、やはりパウロ・フレイレの「被抑圧者の教育学」がマインド的にはバイブルだと思いますが、分厚くて表現が独特で読み進めるのに苦労しました。カエルがかなり若いころ、いくつかヨーロッパの有名な人たちの哲学書を読んでみたことがありましたが、キルケゴールの「死に至る病」はとても印象的でした。今の時代においても通じることが書かれていると思うのですが、何せ難解で最初の1行を読み解くのにしばらくかかったという記憶があります。
もしも、質問者さんが難解な書を読み進めるのが得意なら、ぜひ読んでみて、感想などもらえると嬉しいです。

回答:生きかたカエル

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update 2026/5/2
Q.大好きなぬいぐるみさんと結婚したいが社会から変だと言われている気がする
この記事の担当 ウ・サギ

Q.大好きなぬいぐるみさんを彼氏としてもう2年交際しています。ぬいぐるみさんと結婚したいのですが受け入れてくれる式場も少なく社会から変だと言われている気がしています。でも本気で愛してるんです。人を愛する事と何が違うというのでしょうか?

A.なるほど…熱量がとても伝わってきました。愛の形は実に多様なものだと思いますし、ぬいぐるみさんが彼氏でも誰かの人権を侵害することはないはずなので、結婚式を挙げたいならその希望が叶うことをウ・サギは応援したいです。理解や共感をしてくれる人は多くないかもしれませんが、誰かに否定される筋合いもないし、式場としても適切な費用を払ってくれるなら、たぶん問題はないよね…?と思いました。(ウ・サギは相手が何者だろうと式場で結婚式を挙げる気は一切ないので、事情は全然詳しくないですが…)
愛とは何か、愛するとは何かという定義は様々だと思います。ちなみに、ウ・サギは人(独立した自我と複雑な感情をもち、自己選択をする存在)を愛することと、ぬいぐるみを愛することは別物だと思いますが、そのどちらも愛とは言えるだろうし、そこに優劣をつけるつもりもありません。ウ・サギの思う愛の定義はけっこう明確にありますが、説明すると「言わんとしてることはわかるものの、その愛は高度だし、付き合ってくれる相手はいなさそう」みたいな反応をこれまではされてきたので、若干悲しい気持ちになりながら、愛は多様で時に理解し合えないものなのだと割り切っています。といっても、他者を侵害する言動を伴ってしまっているなら、どんなときもウ・サギはそれを愛とは呼びたくはないです。
愛について語ると迷子になっていきそうですが、お互いの好きを尊重し、違いを間違いとせず、リスペクトし合えるような関係がたくさんある社会を作っていきたいところです。

回答:ウ・サギ

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update 2026/5/2