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タグ哲学
Q.大人は、嘘つきはだめっていうのに、私が嘘ついた時のほうが喜びます。なんでですか。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.大人は、嘘つきはだめっていうのに、私が嘘ついた時のほうが喜びます。なんでですか。

A.つまり「嘘つきはだめ」とお説教するくせに、実際に関わるときは本音を言うよりも、その大人にとって都合のいい嘘をついたときの方が喜ぶ……という話でしょうかね。
残念ながら、主張や要求には、正当性や一貫性がある場合が少ないというのがウ・サギの実感です。感情や感覚に任せて、世の中のそれっぽい論から自分にとって都合のいいものを借りてきて、相手を打ち負かすためだけに言葉を使うようなことは、実は結構あります。「嘘つきはだめ」と言っても、その言葉の意味について別に深く考えていないので、矛盾した行動をするのです。
ただ、最初に「残念ながら」とは書きましたが、私たちは不完全な生き物なので、ウ・サギも(おそらく誰しも)そういった矛盾を他者に押しつけてしまうときがあります。といっても「だから仕方ないね」という話ではなく、おかしいと思ったら怒っていいし、やってしまったら反省して、身勝手が暴走しすぎないようにしていくべきだと思っています。
質問者さんの矛盾に気づく力の高さ、鋭さにウ・サギは感心しました。

回答:ウ・サギ

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update 2026/2/2
Q.回答を読んでなるほどと思うと同時に、やはり私は死という状態になりたいなと思ってると気づいた
この記事の担当 ウ・サギ

Q.死にたいという気持ちは死という状態を目指すものではないという回答を読んで、なるほどなという気持ちと同時に、でもやっぱり私は死という状態になりたいなと思っていることに気が付きました。

A.なるほど…この質問や、この質問で書いたことでしょうかね。質問者さんがそう思うなら、それは一つの間違いない望みなのだろうとウ・サギは思います。
具体的な望みや気持ち(死にたいでも、恋人がほしいでも可愛くなりたいでも、その他でも)は突き詰めれば、それは自分の願いを叶えるための一つの手段であって目的ではない、というのがウ・サギの思っていることで、「○○になりたい」という気持ちは気持ちとして真実であり本物だと思っています。
そして、自分の気持ちや願いについては、現実とか理屈とは気にせず、自分で一番しっくりくる言葉やイメージを与えてあげることが大切だとウ・サギは考えています。心で思うことはいつだって、自分だけの自由な世界です。でも、心が自由であるのに対して現実には制約がたくさんあるので、なんだかそれだけで生きるのって随分と苦しいことにも感じたりします。

回答:ウ・サギ

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update 2026/2/2
Q.前質問した者です。何もならないと思っていたことを価値あることと言って貰えて嬉しかったです
この記事の担当 ウ・サギ

Q.自分が望んでいないのに、つらい思いをしているのが嫌だという質問をしたものです。こんなことを考えても何にもならないのに、と思っていたので価値があることなんだよと言ってもらえたのが嬉しかったです。ありがとうございました!

A.いえいえ、こちらこそありがとうございます。一人ひとりが考え、自分の形で発信していくことが、ウ・サギは本当に大切で価値のあることだと思っています。まだ表現できなくても、モヤモヤや苦しみがあるなら、そこには絶対に意味や価値があると改めてウ・サギは強調しておきたいです。
個人に起こること、個人の思うこと感じることには、多かれ少なかれ社会の問題が関係しています。そして、社会というのは私たちの集積なので、誰か個人に起こることもいつも全て私たちの問題なのです。だからウ・サギは、自分の生きている社会を知って一緒に考えていくために、モヤモヤや苦しみのシェアを歓迎します。

回答:ウ・サギ

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update 2026/1/31
Q.多様性を尊重する社会だと同じが安心する人は不安になる?
この記事の担当 所長室

Q.個性や多様な選択を尊重する社会になったら、みんなが同じ体験や価値観を持つことが今まで以上に少なくなるはずですが、それで不安になる人は増えないのでしょうか。みんなと同じだと安心する人は、これからどうすれば不安にならず生きられるでしょうか。

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update 2026/1/31
Q.自分を「義務人間」と言語化した。この気づきを持ったままこの先どう向き合っていけばいい?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.「義務があると動けるけど、限界まで気づけず倒れてしまう自分」を「義務人間」と言語化しました。
この気づきを持ったまま、この先どう向き合っていけばいいと思いますか?

A.自分にしっくりくる「○○人間」の言語化は、なかなか偉大なる発見だとウ・サギは思いました。自分を理解することはセルフマネジメントをする上で有効というのもありますし、納得できる名前や言葉を自分に与えてあげることは自分から自分への受容や優しさだと感じるからです。
ちなみに、詳細は省きますが、ウ・サギは自分について「自滅するために生きている存在」だと思っています。質問者さんの「義務人間」がもし周囲からの要請で生じているなら、環境にいることで義務人間から何か違うものに変化することもあるとは思いますが、「この動機で動いて、こういう偏りが生じて、こうやって自分(または周り)が潰れます」というパターンは誰しも多かれ少なかれ持っているとウ・サギは考えています。
じゃあどうすればいいのか?というと、そのパターンやサイクルを完全に無くすことを目指すのではなく、そのやらかしの規模や被害総額(?)を抑えていく工夫をちょっとずつ見つけていくことだとウ・サギは考えています。工夫というのは、自分で何かを意識するとかだけでなく、環境調整や、誰かに補助してもらうという方法もあります。義務人間のパターンで考えると、ほどよい義務を課してくれる環境(質問者さん自身も納得したり楽しめる&負荷の大きすぎないタスクを投げてくれて、でもだからといって質問者さんに過度な期待をするわけでない人や環境)を見つけることが、最も効果が高いかも…?とウ・サギは思いました。
ただ、補足の内容から、質問者さんはまだ学生さんかと思うので、環境を変えられる幅は今はあまり多くないかもしれませんね…。とはいえ気づきまでたどり着いたなら、その自分の傾向を誰かに伝えることやほどよい義務をくれる人を探すことは一応可能なので(気持ちとしてのハードルはあるかもしれませんが…)、自分に向き合っていくというよりは自分を補ってくれるものを見つけるイメージで考えておくといいかもしれません。

回答:ウ・サギ

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update 2026/1/28
Q.「成長する」の成長の意味が分からなくなりました。
この記事の担当 うさえなが

Q.「成長する」の成長の意味が分からなくなりました。

A.我もわからない…!一緒だね!!

*ウ・サギから補足*
つまり人間的な成長みたいな話の「成長する」ですよね。ウ・サギも世間で言われる「成長する」についてはよくわからないというか、あまり賛成できない部分があります。そこには自分の気持ちを犠牲にして社会のルールに迎合しなさい、社会は(周りは)あなたに合わせるつもりはありません、という圧が必要以上に含まれていると感じるからです。
成長が何を意味するかはウ・サギにもはっきりとはわかりませんが、成長するためには安心・安全が必要ですし、力を発揮するためには自分に合う環境や人と出会うことが大切だと思っています。だから「成長しなさい」とプレッシャーをかけるのはむしろ、成長のチャンスを奪うような関わりだと思っています(といっても、何でもかんでも許すとかはまた違うとは思います)。人間的成熟みたいなものは、頑張って身につけるようなものではなく、尊重される環境にいれば自然と訪れるものなのではないか?とウ・サギは思ったりします。

回答:うさえなが

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update 2026/1/28
Q.なぜ人間なんかに産まれたんだろ?身勝手な他人も怖いが人として生き延びてる自分が気味が悪い。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.なぜ人間なんかに産まれたんだろ?
身勝手な他人も怖いけれど、同じ人として生き延びてる自分が気味が悪い。
昔からいじめられる方が悪い、仲良く出来ない方がおかしいと言われ続けて来たけど100%相手が悪い事故でも同じ事言われる

A.丁寧に補足もありがとうございます。「身勝手な他人が怖い」と思うことには無条件で頷いたのですが、「同じ人として生き延びている自分が気味が悪い」については、わかるようなわからないような、まだぐるぐるしているウ・サギです。ただ、全般に人間社会そのものや、人間という生き物について、グロテスクさを感じている(グロテスクという表現があまり良くなかったらすみません)のは感覚として伝わってくる気がしました。
いじめられる方が悪い、仲良く出来ない方がおかしい、というのは相当な暴論であるとウ・サギは感じます。おそらく質問者さん自身も、自分は理不尽な目に遭っている、理不尽なことを言われている、という感覚はあると読み取っているのですが、だとしたら本来は理不尽から自分を守ってくれるものがあるべきなのに(助けてくれるものがある、助けを求めていい、というシステムとして社会がある前提になっているのに)、そうならない…。それを自分の中でどう理解し受け止めたらいいのかわからないし、わかろうとしてももう限界で、「人間という生き物自体、生きていること自体が、もう怖いし気味が悪い」という感情や感覚が結論となってしまった構造なのかなとウ・サギは想像しました。
傷つき体験の個別のケースごとに整理して意味づけていけば、「それは質問者さんが悪いわけでなく、相手が責任転嫁してきた話ですね…」「強者が弱者をおさえこむ風潮があり、社会全体のキャパも無くなっている背景が、そういった責任転嫁を生み出しているのかも」「いや、だとしてもそんなことをするのが許されるわけではない…!」と紐解き、消化や回復までが完了するまではいかなくとも、「なぜ人間なんかに産まれたんだろ?」「同じ人として生き延びてる自分が気味が悪い」という(理論だけで言うなら飛躍しているとも言える)ところに集約はされなかったのではないか?とウ・サギは思いました。このあたりはウ・サギも、個別のケースの意味づけや消化がうまくできず溜め込んだ結果「はい、自分がそもそもゴミだから駄目なんですよ」という、客観的に見ればよくわからない感覚や結論に至ったので、何となく共通する部分がありそうに感じてもいます。
もしかしたら的外れな回答になってしまったかもしれませんが、そんなことを思いました。

回答:ウ・サギ

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update 2026/1/28
Q.辛いのに何故と聞かれたら答えられないから相談もできずに困っている。どうすればいい?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.辛くて、生きたくないと思うのに、何故と聞かれたら答えられないです。何で辛いのかわからないので、どうしようもないですし、人にうまく伝えられないので、相談もできなくて困っています。そういうときどうすればいいですか?また、なぜだと思いますか?

A.理由をうまく説明できないこともとても自然なことだとカエルは思っています。ただ、相談したいのにできないのであれば、ちょっと困ることもあるかもしれません。でも、相談を専門でやっている人であれば、言葉にならない気持ちを一緒に考えるのが役割だと思うので、今回のように「分からない」ということをとりあえず伝えられたら、一緒に考えてくれるのではないかと思います。
理由ですが、カエルの推測では、うまく言葉にならない人と言葉にできる人の違いは、言葉にするのが上手か下手かという問題よりも、言葉にすることへの厳密性の違いなのではないかと思ったりします。つまり、答えられない人は言葉というものの限界を感じていて、言葉以外の感覚や感情そのままを大切にしたいのではないかと思うのです。よくある言葉でわかった気になることができない鋭い感性を持っているからだとカエルは思いました。

回答:生きかたカエル

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update 2026/1/28
Q.苦手への配慮は進んできたが逆に頭が良すぎる人は困らないの?
この記事の担当 所長室

Q.発達障害とか発達と凸凹とかをよく聞く社会になってきて、苦手とかできないことへの配慮は少しずつ進んできた気がします。逆に頭が良すぎる人は、困ることはないのでしょうか?

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update 2026/1/26