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記事の担当 ウ・サギ
Q.ちょっと怒られただけで否定されたと感じしにたくなる。間違えることが怖い。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.ちょっと怒られただけで涙が溢れる、しにたくなる。自分が否定されているように感じる。自責が止まらない。間違えることが怖い。

A.間違えないように普段気をつけている人ほど、周りに責められたときのダメージは大きいようにウ・サギは感じます。ウ・サギもそのタイプですが、ウ・サギの場合は自責にいくときと、強い怒りが湧くときの両方がある気がします。自分という司令塔(?)がいつも自分を見張り、厳しく指導し、それに自分が一生懸命従って…と労力を割いて追い詰めている分、常に限界が近くキャパオーバー寸前なのか・・・。分析していくと色々な要素はありそうですが、何はともあれ、自分でわかっている、十分気をつけている部分を他人に指摘されるのは苦しさのあるものだと感じます。努力や気持ちが蔑ろにされた気持ちになるとか、そういった要素もあるのでしょうかね……。
せめて「あなたが考えているのはわかってるけど、これはこうしたほうがいいと思うよ」と優しく言ってもらえると少しは違うのか、または間違っても大丈夫という自信や余裕が手に入ればいいのか・・・同じ気持ちの仲間で研究してみたいと思いました。「○○(不安、承認欲求、寂しさ…)学会掲示板」みたいな、ゆるく当事者研究できるコンテンツの新規作成は最近真剣に検討中です。

回答:ウ・サギ

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update 2026/4/14
Q.主人が急に亡くなった。事務手続きがたくさんあって一人で処理できず余計に辛く悲しい気持ちになる
この記事の担当 ウ・サギ

Q.主人が急に亡くなりました。主人の会社に提出する書類や、役場での手続き、たくさんあって、難しい言葉がたくさんで、1人で処理できません。余計に辛く悲しい気持ちになります。期限もあり、あせります。一時的に付添ってくれる制度が欲しいです。

A.急に亡くなっただけでも、ショックや喪失感など、とにかく心がいっぱいいっぱいで揺らぐ中で、現実的な物事の処理にも追われるのは相当ハードだと感じました。手続きなどは事実だけを突きつけられるような無機質な感じがしそうですし、喪失感や、どうして…とついていけない気持ちが、じわじわ膨らんでいくのではないかと想像しています。
一時的に付添ってくれる制度がほしい、はまさにその通りだな……ととても考えさせられました。ウ・サギは平常時でも書類や手続きが苦手なので、本当に必要なことだと強く思います。今はまだ未来のことも目の前のことも考えず、夫さんが亡くなってしまったことの辛さ、自分なりの弔いにだけ本当はすべてを割いていいはずだと感じるのですが、現実は残酷で……。付添ってくれる制度がすぐできるとはならないかもしれませんが、こうやって伝えてもらえると「必要なことだな」と気付かされるので、質問してもらえてありがたいと感じました。

回答:ウ・サギ

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update 2026/4/14
Q.FtMだと母にカミングアウトしたら「何年かしたら気持ち変わるかも」と言われ否定された気分
この記事の担当 ウ・サギ

Q.自分がFtMだって母にカミングアウトしたけど、「何年かしたらその気持ち変わるかもよ」って言われてなんだか否定された気分。それからもうその話はしていない。父はLGBTQ+には反対してるっぽくて怖いです。辛い気持ちを分かってほしい。

A.それは否定された気分になりますね……。カミングアウトは自分がマイノリティであるのを知ってほしいという意味合いだけでなく、マイノリティであるゆえに辛い気持ちをしていることを知ってほしい、理解者や味方であってほしい(とまでいかなくとも、世間がしてくるような無理解をあなたはしないでほしい)、といった意味合いが含まれているとウ・サギは思っています。「何年かしたらその気持ち変わるかもよ」は性別の違和が確かにあることの重みや真実を軽んじることになってしまうような反応に感じましたし、変わることを望んでいるような表現にも見えてしまうので、否定された気分になるのも無理ないと感じました。ただ、何かを打ち明けられたすぐは戸惑って不適切な返答をしてしまっても、その後考えたり勉強してきちんと理解しようとしてくれる場合もあるので、今後のことはまだ未知数であると一応可能性としては提出しておきます。
「LGBTQ+には反対」というのも怖いし、どういうスタンスですか……!?と勝手ながらちょっと憤りも感じてしまいました。LGBTQ+はやめろと言われてやめられるものではないと思いますし、LGBTQ+であることで誰に迷惑をかけるわけでもないはずです。マジョリティの世界に属している大人はどうしても、周りの人も自分のわかる枠組みの中にいてほしいみたいな、ワガママな願いを持つものなんでしょうか…う~ん……とモヤモヤが止まらないウ・サギです。

回答:ウ・サギ

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update 2026/4/14
Q.以前質問した者です。俺自身「少しでもマシな言動をしたい」も使っていたのでしっくりきました。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.Q.「男は皆ケダモノだ」みたいな表現は嫌だなと思うが男性の自分は少しでも良い言動を選びたい
の質問者です。
回答を見て、「良い言動を選びたい」より「多少なりともマシな言動を選びたい」のほうが、現実的でかつ無理のない表現だと感じました。
実は俺自身、「少しでもマシな言動をしたい」という表現も使っていたので、すごくしっくりきました。
ありがとうございます。

A.質問者さんのニュアンスとも一致したならよかったです。
少しでもマシな言動をできるように、過ちを認められる生物でいられるように、気をつけていきたいウ・サギです……!

回答:ウ・サギ

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update 2026/4/11
Q.努力と結果は必ずしも比例しないと思うのですが、どう思いますか。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.努力と結果は必ずしも比例しないと思うのですが、どう思いますか。「かわいい子は皆努力してる、ブスはもっと努力しろ」みたいなことを言っている人をたまに見かけます。私は、世の中ってもっと理不尽なものだと思っています。努力は正義、的なのがしんどい。

A.ウ・サギも世の中というか、世界はもっと理不尽で、努力でどうにもならないことはたくさんあると思います。努力と結果は必ずしも比例しないですし、分野によっては、かなり努力しても、まったく努力していない人に才能だけで負けるものだってあります。例えば容姿とか、短距離走とか、お勉強とかは、努力よりも生まれもったものの比重が大きいと感じます。だから努力を正義とし盲信するのは、個人の信念として思う分には自由ですが、あまり合理的な考えではないような…?とウ・サギは思っています。
また、そもそも、「皆」というでかい主語、みんなが~とか普通は~とかの言葉は「あなた個人がそう思っているだけのことを、勝手に見も知らない他の人のことまでわかった顔で語らないでくださいね」と突っ込みたくなります。あと「ブスはもっと努力しろ」というのは強烈なルッキズムと自己責任論(どちらも最近大流行しているウイルスだと感じます)が込められていて、そう思わされるような世の中つらすぎでは・・・?と嘆くような気持ちになりました。
ウ・サギは、もし努力に意味があるとしたら、昨日の自分ができなかったことが今日できるようになった、みたいな自分への手応えを得られる部分だと思っています。でもそれにしたって、努力をするかしないかは個人の自由のはずです。ウ・サギは努力するのがわりと好きな傾向がありますが、自分の思うような結果が出るかは運や巡り合わせ次第の部分もあるので、結果が出れば嬉しいけど出ないと悲しいギャンブルに、自分のエネルギーというコストを投入するという一風変わった趣味嗜好くらいに捉えています。ハイコスト、ハイリスクなわりにリターンはそんなに見込めないので、あまり他人におすすめする気持ちにはなれないです(苦笑)

回答:ウ・サギ

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update 2026/4/11
Q.生きづLABOのアプリの話、私も賛成です!メタバースで社長たちと会えるといいと思います!
この記事の担当 ウ・サギ

Q.生きづLABOのアプリの話、私も賛成です!「かくれてしまえばいいのです」みたいにメタバースで生きづLABOの社長たちと会えるみたいなのいいと思います!

A.前にこのような質問(Q.死にトリにアプリがあるって話を聞いて生きづLABOもアプリ版ができたら面白いなって思った)がきたので、それを見ての質問ですかね。読んでいる人向けに補足しておくと、「かくれてしまえばいいのです」は生きるのがしんどい人のためのWeb空間で、交流のコンテンツはないですが、絵本調のメタバースとなっています。ウ・サギも「かくれてしまえばいいのです」みたいなのは生きづLABOに結構合っていると感じますし、いいと思いました!
ちなみに、生きづLABOは社長たちではなく所長たちですね(誤字かな?)。会社の社長ではなく、研究所の所長なので、一応訂正しておきます。

回答:ウ・サギ

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update 2026/4/11
Q.完璧主義ってなんですか?僕は完璧主義なのでしょうか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.完璧主義ってなんですか?
僕は完璧主義なのでしょうか?

A.完璧主義ってなんですか?は、とてもいい問いだとウ・サギは思いました。どんなものも「そもそも論」がウ・サギは好きというのもありますが、完璧主義には、社会の価値観と人の個性や性質の両方の要素が深く入り混じっていると感じるからです。
まず補足に他人に完璧主義だと言われて…という話があったので、他人から言われた自分の人物像や個性をどう捉えるかという話をすると、それはあくまでその人の感想であって、クオリティをそこまで信頼できるかというと怪しいとウ・サギは思っています。ウ・サギの経験則としては、「完璧主義だね」と言われる場合は、「私はあなたのようには目標や理想を抱かないし、それに対して神経質になったり不安になったりもしません。あなたは生きるのが大変そうですね」といった感想の表明の要素が強いと思っています。
次にウ・サギの思う完璧主義について話をすると、完璧主義は
①自分なりの、こうありたい、こうあらなければ、というイメージが限定的かつ明確である
②その限定的で明確なイメージが、世の中で言われる「出来ている」や「ミスがない」に近しい
③自分のイメージに向かっての努力が大きい、またはそうなれないことへの不安やショックが大きい
といった要素に分解できると思っています。つまり、完璧主義というのは、視野や想定が広くない&不安が強い、という言い方をした方が正確なのでは?というのがウ・サギの考えです。それが良いか悪いかでいうと一長一短だと思いますが、自称完璧主義の傾向があるウ・サギとしては、まあ生きるのは疲れますよね…とは思っています。
なぜ①②③が生じるのかの分析を深めると、「こうありたい」「こうあらねば」と思いやすい(あれこれ想定して理屈で生きる)タイプと、あまり思わない(今現在を感覚で生きる)タイプがもともとの個性としてあると思います。そして人は周りの価値観やプレッシャーを吸収するので、狭い価値観の中にいるほど、プレッシャーを浴びるほど、①②は強化されるし③も強くなると思われます。
だから完璧主義は、自分で抱いた「主義」なんてものではなく、自分の思う完璧にこだわってしまう、完璧への圧に囚われてしまった、という「自分で選べないもの」な気がします。
質問者さんが完璧主義かはわからないですが、圧が強い社会なので、完璧主義と言われる傾向を持ち合わせてしまう人はとても多いようにウ・サギは感じています。

回答:ウ・サギ

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update 2026/4/11
Q.最近、自分が「いい子」じゃなくて「悪い子」になりたいんだなと気づきました。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.最近、自分が「いい子」じゃなくて「悪い子」になりたいんだなと気づきました。私の思う「悪い子」は派手な見た目をして、社会規範から外れた、親や偉い人の言うことは納得できることしか聞かない子です。世の中のルールは最低限守って生活する感じです。この春から高校生になるのですが、家に帰るのは21時を過ぎさせる予定ですし、親の言うことは基本無視するつもりです。大学生になったら一人暮らししてピアス開けて髪染めて実家に帰るのは成人式のときに宿泊場所として使うので最後にしたいです。これって「悪い子」っぽくないですか?私はこういう人をかっこいいと思うのですが、かっこいいと思いますか?最近は不良をかっこいいと思って少し憧れてます。

A.「いい子」「悪い子」の基準といっても様々だと思いますが、(思考停止で規範に従わせてくるような)大人にとっての「都合のいい子」になるのは完全にお断りします!といった宣言に近いのかなとウ・サギは理解しました。派手な見た目をして、大人の言うことは納得できることしか聞かなくて、ピアス開けて髪染めて、実家に帰るのを成人式で最後にするのは、ウ・サギとしては「悪い子」というよりは「自由な子」という感覚です。そこには、誰かの人権侵害をする要素がないからです。どちらにせよウ・サギは誰かを悪い「子」とは思わず、人権侵害の「言動」は確かにある&もしそれがあるなら予防や対処を考えようというスタンスですが、もしピアスや髪染めるくらいで悪い子とされてしまうなら、ちょっと基準が変じゃないですかね…?と言いたくなります。
かっこいいと思いますか?と聞かれると、「その人にとって望ましい自分でいられるなら、それが一番イケてる姿だと思います!」という回答になりますが、ウ・サギは性別を超越してる存在がかっこいいと思っています。これはウ・サギ自身が最も嫌いで苦痛な規範が、性別や異性愛や家族についての当たり前なので、それを打ち破りたい気持ちが強いからかもしれません。自分自身が嫌いな規範をお断りしてる人をかっこいい!と思うという点では、もしかしたら質問者さんの思うかっこいいと、ウ・サギの思うかっこいいは似ているかもしれませんね。

回答:ウ・サギ

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update 2026/4/11
Q.心療内科に通っている自分に後ろめたさを感じる。ふわっと死にたいが多いから申し訳ない
この記事の担当 ウ・サギ

Q.心療内科に通っている自分に後ろめたさを感じます。
ふわっとした死にたいが多くて、辛くて苦しい!死にたい!じゃないから、なんだか申し訳ないです
通院をやめた方がいいのでしょうか?

A.後ろめたいという理由で通院をやめるのは、ちょっともったいないような気がしたウ・サギです。もう自分には要らないと思っているなら通院をやめるのも手ですが、ウ・サギはピンチになったときに頼れる第三者機関の選択肢として、かかりつけの心療内科はキープしておいて損はないと思っています。ふわっとした死にたいでも、どんな気持ちでも、心療内科が助けになりそうなら通っていていいし、助けにならないなら通わなかったり、別の頼り先を探すのがいいかな…?とウ・サギは思います。だから質問者さんにとって心療内科に通っていることに価値があるかという、シンプルな考え方で判断することをおすすめしたいですが、いかがでしょうか。

回答:ウ・サギ

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update 2026/4/11
Q.30代でも自立が出来ず家庭も欲しくない。地方特有の家族の圧力などが息苦しい。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.不登校期に親に「殺す」と言われました。親は過労死世代で仕事のストレスなど重なった結果だと思って飲み込んでいますが、自分は30代でも自立が出来ず、家庭も欲しくありません。地方特有の家族の圧力や、お金が無ければ結婚という選択圧が息苦しいです。

A.地方特有の家族の圧力や、お金が無ければ結婚という選択圧…ウ・サギも地方に生息していたことが多いので、ありありと空気感が浮かんできました。「いや~…あれはしんどいですよね……」と、質問者さんの事情や地域をすべて知っているわけでないのに、心を込めて頷いてしまいます。家族所属の自分でしかいられないというか、「家」というものの力が強くて、一人で支援を使うみたいなものがそもそも選択肢に上がってこないというのか……。
生きづLABOは今年度から拠点のある釧路で「家以外で暮らしてみよう体験」も企画中なので、よろしければご検討ください。案内できるのは5月以降になりそうですが、お金がない場合も来れるようなものとして運営する予定です。

回答:ウ・サギ

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update 2026/4/11