PAGE
TOP
カテゴリー
Q&A > ウ・サギ回答のQ&A
Q.誰にも助けてもらえず死ぬしかなくても自死は迷惑だと言われ、許されないのはなんで?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.自死は迷惑だって言うけど、今の世界は、生きるのがどうしようもなく辛くなって、でも誰にも助けてもらえなくて死ぬしかなくても、迷惑かけずに死ぬ方法はない。
人は皆迷惑をかけあって生きているって言うくせに、自死が許せないのはなんで?

A.マジョリティ(現状では社会のありように疑問を感じていない、ある程度の平穏を守られている人)の考えや言葉は、多くの場合、感情や感覚から発せられているというのがウ・サギの調査結果です。それは論理でも倫理でもなく、ほとんど反応で出てきているものなので、言葉だけを突き詰めて考えると、矛盾や理不尽がたくさん含まれていることが多いように感じます。
そして「迷惑をかけあっている」と「迷惑だから死んではいけない」を両方言うのも、矛盾してしまっているとウ・サギは思いました。世間が自死を許せないと言っているのかまではわかりませんが、基本的には「私に都合の悪いことはやめてください」「私たちはこのまま平穏に生きたいのです」ということを、いろんな表現で言っている話だとウ・サギは捉えています。でも自分が平穏でも、同じ世界にまったく平穏に生きられていない人がいるのは事実なんだから、それを直視してくださいよ…!とウ・サギは暴れまわりたいくらいの気持ちで思うこともあります。だからこの問いかけには共感しましたし、この問いをまっすぐ受け取って回答できないなら綺麗事は言わないでくださいね…?と、世間に対して言いたい気持ちになりました。質問ありがとうございます。

回答:ウ・サギ

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/3/24
Q.他者を怖がらせる特性を持つ人がいてもそれを理由に排除される風潮や仕組みは嫌だと感じる
この記事の担当 ウ・サギ

Q.他者を怖がらせてしまったり傷つけてしまうかもしれない特性を持つ人がいたとして、
その特性を理由にその人が排除されたり攻撃されたり「社会で受け入れるなんて無理だ」とか諦められたりする風潮や仕組みは、僕は悲しいし嫌だと感じる。
人は人に変わりないし、その特性がその人の全てではないと思うし、加害は止められるべきでも、特性に関して、特性を持つ本人と周りが共に折り合いをつけて調整していくことを最初から切り捨て諦めて、排除したり攻撃をするような風潮や仕組みは嫌だ。手放しで受け入れられなくても、棲み分ける道や互いに折り合いをつけて調整をしていく道は、あるんじゃないかと根拠はないけど僕は思う。
そう感じるんだけど、僕自身も他者に「怖い」とか「関わりたくない」とは思うし、「自分の平穏を乱されたくない」とも思うんです。どちらも確かな僕の感覚で、だからこそ矛盾が苦しいです。
どう思いますか?

A.まっとうな主張だと思いました。個々にキャパがあるのも当たり前なので、大切なのは、いかに共同で(それぞれが自分にできることを持ち寄って)誰も切り捨てない社会を成り立たせるか、という視点だとウ・サギは思っています。
また、普遍的な真実として、人は環境に左右される生き物です。そして、加害行動はストレスが一定値を超えたときに起こるとウ・サギは思っています。特性のある場合は、何かしらの大きい不得意や苦痛があり、それの対処や発散が一人では困難になってしまう状況が、他の人よりも生じやすい傾向があるように感じます。逆にいえば、誰だって同じ量のストレスを浴びれば、自分をコントロールできなくなるとウ・サギは思います。だからこそ、誰かが自分をコントロールできずに他者を傷つける「状態」にある人を切り捨てるのは不適切だというのがウ・サギの考えです。切り捨ての論理を一度適用すると、それはいつか自分へも適用されかねないものになると思うからです。
自分一人ですべてをどうにかしようとするのは、誰にとっても無理なことです。無力な立場で理想を大きい声で叫ぶのもきっと違うとは思いますが、たとえば救命で電話をかけて救急車を呼ぶ役割も大切なように、誰でもささやかにできることはあるはずだとウ・サギは思いますし、自分の感じたことをアイメッセージで発信し、考え続けるのもその一つだと感じます。その余裕もないなら、まずは自分を助けることをしていいし、とにかく自分が困ったときにも安心して暮らせるように、助け合いの論理はぶらしたくないウ・サギです。

回答:ウ・サギ

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/3/24
Q.休みでも学校のこととか考えちゃって休みの感じしない。
この記事の担当 所長室

Q.休みでも学校のこととか考えちゃって、休みって感じしない。そもそも1月は一度も1日休みがなかった、学校とか塾で 学校はきらいじゃないんだけど ちょっとだけげんかいかもーつかれちゃったかも

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/3/22
Q.親に平和な復讐をしたい。どういう風にするのが一番親のダメージがデカいかな?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.親に平和な復讐をしたい。怪我一つもしないような、そんな復讐がしたい。どういう風にするのが一番親のダメージがデカいかな?親が大嫌いだし、一回この気持ちを分からせてやりたい。

A.なるほど……気持ちは伝わってきましたし、平和な復讐であれば、全面的に応援したいと思いました。何が一番ダメージがデカいかは相手の個性次第なので、質問者さんの親を知らないウ・サギにうまく提案できるかは自信がないですが、大切にしている(縛られている、に近いかな)ものや価値観を揺さぶるのが良いかも?とは思います。たとえば体面を気にしているなら恥ずかしい思いを、都合のいい愛を欲してるなら入手からの喪失を、みたいなイメージです。
でも一番いいのは、親に何を言われても何を求められても無反応になれるくらい、自分が幸せで自由になることだともウ・サギは思ったりします(とはいえ復讐心メラメラのウ・サギは、それを自分に言い聞かせても、やはりまだ納得できず怒りに縛られています……笑)。自分が幸せでも自由でもないからこそ、人は自分より弱い立場の人を抑圧するのだとウ・サギは思うし、それに対してのもっとも皮肉な結果は、抑圧した相手が自分より幸せになって自由になることだと思うのです。暴力は自分の抱えている孤独や屈辱感に、相手を引きずり込む行為とも言えるとウ・サギは思っているので、もうそれに私は引きずられることはないですよ、さようなら!は加害者にとってはきついことのはずです。
そう思うと、復讐心は消えなくても、世界はとても悲しいなとは感じたりはします。

回答:ウ・サギ

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/3/21
Q.動物の飼育環境の苦痛を想像すると罪悪感が生じて苦しいが、食生活を変えるのもつらい
この記事の担当 ウ・サギ

Q.「Q.弱肉強食という言葉について怖さや複雑な気分を感じる。どう思う?」の質問者です
「他の命の苦痛」と表現したのは、人への過酷な労働の強制だけでなく、家畜として扱われる動物の飼育環境による苦痛も含めて表現したつもりです。
畜産が人を救っているのも確かだと思います、自分も美味しい食べ物に救われています。また、実際の動物の感覚や飼育環境については、わからないです。
そのため、ネットで見た写真や文章の記憶をもとにした想像なんですが、狭くて不衛生な工場畜産の飼育環境で家畜として扱われる動物の苦痛が現実にあるのかなと想像すると、すごく複雑な気持ちになってしまいます。
罪悪感が生じて苦しいけど、食生活を少しでも変えたりは、つらくて続けられずやめたし、今後やるつもりもないので、すごく複雑な気持ちになるんです。どう思いますか?
また、人が人から搾取する構造は、少しでも無くなっていってほしいなと、回答を読んでいて思いました。自分は奪われて苦痛を強いられるのは嫌だし、奪って苦痛を強いるのも嫌です、完璧には程遠くても、できればどちらも可能な限り避けたいです。

A.なるほど、続きをありがとうございます。だとすると、弱肉強食そのものというより、家畜の扱いがまっとうじゃないのではないか?という点で今回の回答は考えさせてもらいますね。もう少し話を広く拾うと、自分たちで苦痛を訴えたりできないもの(家畜)に対して強者側(人間)が好き勝手していいのか?という話になるとは思うのですが、ちょっと広がりすぎるので、まずは畜産の実態について考えたいと思います。
狭くて不衛生な工場畜産は間違いなくあると思いますし、はっきり言ってしまうと、野菜なども含めて安い食べ物はほとんどがかなり歪な育てられ方をしています。ウ・サギはまっとうに育てている肉や野菜を食べる機会や、実際に育てた経験、生産者と実際に会う機会もありますが、かけている手間を知ってしまうと、スーパーで安く売っている値段になりようがないのは考える間もなくわかります。一方で、まっとうなものだけを買おうとすると、年収が一定以上ないと絶対に無理(ウ・サギも自分では日常的に買えず、おこぼれに授かっているような立場です)なのも確かです。動物の感覚や苦痛については想像の域を出ないので、想像で物事を決めつけるのはウ・サギのポリシーに反することから、感情的な共感はあえてしない立場をとってはいますが、地球環境の維持と適切な循環などの観点から、健康なあり方で食物を生産していくべきだとは思っています。
解決策まで勝手ながら話をのばすと、食べ物を育てる土もないような大都市に人が大量に住み続ける限り、どこかで歪なことをしてでも大量生産をするしか食糧を確保する方法がないため、絶対にこの構造はなくならないと思っています。それぞれの抱える事情や制約を考えると、大都市に住むしかない人もいると思うのでそこは強制しませんが、まっとうに生きたいと願うなら、大地や生き物の恵みの上に生きている(からそこをきちんと大切にしよう)という視点は欠かせないように思っていますし、人口が地方に分散するのは必須だと感じています。それぞれに農寄りやX寄りかの度合いは違っていいですが、半農半Xがライフの基本となってほしいというのがウ・サギの現状の考えです。

回答:ウ・サギ

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/3/21
Q.中学卒業から高校入学までの春休みって勉強しなきゃダメ?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.中学卒業から高校入学までの春休みって勉強しなきゃダメ?遊んで、自分探して、ダラダラしてってつもりだったんだけど。高校の宿題だけでいいかなって感じ。

A.自分の好きに過ごすのが一番だとウ・サギは思います!この前ちょうど配信でもそんな話をしたので、もしかしたらもう見ているかもしれませんが、よかったら見てみてください。(質問回答配信43回  28:13~ ※概要欄にタイムスタンプ有)
誰かの生命の維持に関わるようなケアを担っていない限りは、時間をどう過ごすかは、完全に自分で決めていいことだとウ・サギは感じます。少なくとも、誰かに「こうしないとダメ」とか、あれこれ指図されるのはお断りしたいですね。若いときは時間を自由に使いやすい時期だと思うので、せっかくなら思う存分自由を満喫しておくほうが、後々生きやすいというのがウ・サギの感覚です。

回答:ウ・サギ

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/3/21
Q.生理前のホルモン関係の感情の揺れが無意識化で操作される感情であることが本当に気持ち悪い
この記事の担当 ウ・サギ

Q.生理前のホルモンの関係の感情の揺れって思考から排出された感情じゃなくて無意識下で操作されてる感情であることが本当に気持ち悪い

A.補足に書かれていた言葉からも、生理前のホルモンで感情が揺れる大変さ、また、それによって自分の感情の確かさが脅かされるような感覚が伝わってくる気がしました。確かに我々はホルモンに大いに影響されている生き物ですが、生理という身体の現象で心まで左右されるのは、考えてみると怖いものにも感じました。
もしかしたら、自分の感情も意思も自分で作り出せるものではなく、勝手に生み出されちゃうし、製造元がわかんないこともあるよね、くらいに構えられたら楽なのでしょうかね……。自分の感情や意思はどんなときでも、無意識下での何かが含まれるとは思うのですが、「操作されている」という感覚を抱くほどというのは、無意識下の力がよほど強いのだろうと思います。また、質問者さんは「自分が自分であること」の確かさを大切にしているとか、または自分が自分じゃないような怖さを体験してきているとか、何かしら気質や経験も影響して、苦しさがさらに増しているのかも……とも思ったりしました。いずれにせよ、それも自分ではどうにもならないことなので、とても苦しいだろうと感じています。

回答:ウ・サギ

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/3/21
Q.承認欲求を満たすためにアイドルのコンサートに行くのってそんなに悪いことなんでしょうか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.承認欲求を満たすためにアイドルのコンサートに行くのってそんなに悪いことなんでしょうか?
承認欲求を見たそうとする人にチケットを取られて、
本当にアイドルが好きで行きたい人が行けなくなったら、それは許せなくても自然だと思うけど、
第三者が非難するのは、違うんじゃないかと思うんです。
ただ、第三者に見えてそうでない人の可能性もあるのかもなと思うと、うーんうーんとなります。
第三者とそうでない人の線引きも難しいのではないかと感じます。
また、そもそも自分はアイドルのコンサート行かないから、どうあがいても安全圏からの意見なんだよなとも思います。
どう思いますか?

A.承認欲求を満たすためにアイドルのコンサートに行くというのがあまりよくわかってないのですが、そのアイドルが純粋に好きと言うのが第一目的ではないにもかかわらず、抽選となるような倍率のチケットを手に入れた&それをどこかで発信した、という状況で考えさせてもらいます。何が第一目的なのかは他者から完全に測ることはできないと思いますが、例えばそのアイドルが大好きで人生の一番の喜びである人がチケットがとれなかったとしたら、モヤモヤしたり愚痴の一つや二つも言いたくなるのは自然な感情だとは思いました。そして人間には共感の機能があるので、そういった構図に気づいた人からすると「もし自分がチケットを取れない側の立場だったら…」と移入して、少し我を忘れた行動に出てしまうこともあるのかもしれませんね。
ただ、娯楽についてウ・サギが思うのは、そもそも参加の機会さえ平等に確保されていない立場の人もいることです。ウ・サギは大きな音や強い照明がダメなのでコンサートに行く選択肢がそもそもないのですが、その程度ならまだしも、視覚障がいや聴覚障がい、重度の身体障がい、過敏や虚弱でその日にならないと行けるコンディションかわからない、娯楽にかけるお金の余裕もない、家族に支配されていて自由に外出もできない・・・・など、コンサートに限らず、様々な理由での参加の機会からの排除があると思います。何かについて議論するならば、そういった最も弱い立場にいる人も、話し合いのテーブルに入れないと不適切だとウ・サギは考えます。話し合いのテーブルにいるのは、理不尽に気づく&それを発信するだけの自尊心がある人、つまりおおむね有利な立場にあるが一部で不利がある人が多い傾向があると感じるので、その偏ったメンバー構成で正義や善悪についての話を始めてはいけないと思います。
そういった点ではもちろん生きづLABOも近しいリスクをはらんでいるので(ネットにアクセスできる、質問する勇気?がある、言語化できる…などいくつかの条件をそろえた人が集まる傾向があることが考えられます)、参加の機会から排除されている人への視野や想像力はなくさないでいたいところです。メールアドレスがなくても研究員に登録できる、アプリを使わずできることはアプリを使わない、冊子の字体はUDフォント使用、自宅への郵送が難しい場合の受け取り方法もいくつか提案しておく(詳しくはこちら)、動画は後日字幕つきで切り抜くなど、今わかっている範囲の工夫はしていますが、きっと誰かからすると至らない点は絶対にあるので、そのときに伝えてもらえるサイトでありたいです。
話がちょっと膨らみすぎたかもしれませんが、そんなことをウ・サギは思いました。

回答:ウ・サギ

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/3/21
Q.病気になったが治したくない本人と治さないと落ち着かない家族。どちらの意見が大事だと思う?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.病気になったけど治したくない本人と、病人といると落ち着かないし自分の人生の邪魔だから何としても最速最良の治療を受けさせなければ気が済まない家族、どちらの意見の方が大事だと思いますか。
私は100%前者であるべきだと思うんですけど⋯

A.補足に書いてある内容も含め、めちゃくちゃ頷きました。心配とかは勝手に湧いてきて止められないこともあるので、「この私の感情を解消させて」と思うこと自体は仕方ないし、相手に伝える権利はあるとも思いますが、当事者のほうが大変なんだからあなたの感情はあなたで頑張って対処してくださいよ、とウ・サギは言いたくなります。大切だと感じている相手の心配や葛藤なら受け止めて一緒に考えますが、大切だと思えない相手のそれらには一切付き合いたくないな~と思ってしまいます。それは、私の感情を処理してくれたこともないのに、むしろ感情の処理を大変にさせてくれたときもあるのに……と納得できない気持ちになるからかもしれません。
ただ、もしウ・サギ誰かの保護者のような存在になっているとなっている場合は、その相手が治療や延命を望めば、ウ・サギは自分より弱い立場の人のこころを優先して治療すると思います。誰が優位で誰が弱いかの判断は時々難しいこともありますが、原則としては、社会的に弱い立場にいるほうの感情を大事にしてあげたいとは思うウ・サギです。

回答:ウ・サギ

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/3/21