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Q&A > ウ・サギ回答のQ&A
Q.ルールや法律を破ることに厳しく、例え身近な人でも注意する。私は厳しすぎるのだろうか。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.ルールや法律を破ることに厳しいです。例え仲のいい友達や、親だろうが関係なく破ろうとする人には注意します。「ちょっとくらいいいじゃん」とか、「誰も見てないしいいよ」と言われることが多いですが、それさえも地雷です。私が厳しすぎるのでしょうか。

A.質問者さんの言っていることに近しい感覚をもつ人を何人か知っているので、どこから起こるどんな心理なのか、研究を深めたくなったウ・サギです。ウ・サギもどちらかといえばルールを守るタイプで、これを超えた違反は本当に無理というラインもありますが、質問者さんの厳しさとは、少し質は違うように感じています。ただ、仲のいい友達だろうが何だろうが、それがマナー違反を許そうとする気持ちにはウ・サギはつながらないので、その感覚には共感しています。
だから「厳しすぎるのでしょうか」と聞かれると、ウ・サギよりは厳しそうとは思いつつ、とはいえ守らなすぎるのはもっと問題があると思うし…という気持ちです。一応、ルールというのは、安全や秩序を保つための一つの「手段」であって、ルールを守ること自体が「目的」ではないとは思います。どんなものであれ、手段が目的と化してしまうのはウ・サギは怖いですが、ここまで複雑で規模の大きい社会を作ってしまった以上、法律はある程度大切にされないと危ないようにも感じます。ルールや法律は「自分を守ってくれている」存在なので、自分が守ってもらっている以上、ルールや法律を守るのが筋だとも思う気持ちも強いです。
だから質問者さんが求めているものについては厳しすぎない気もしてきましたが、そこに含まれる「許しがたい」に近いような感情(を感じています)は、ちょっとパワフルすぎるものを感じている部分はあります。強い感情は自分の経験や環境、個性が影響して生じるものだと思うので、ルールに厳しいという事実だけでなく、過程や背景にフォーカスをしてみて考えてみると、何か発見があるかもしれません。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/18
Q.お馴染みのセクシュアリティは悪いことですか?
この記事の担当 所長室

Q.お馴染みのセクシュアリティは悪いことですか?他の面で少数派な部分がたくさんあるのになぜ性に関する少数派だけが守られるべきような表現なのですか?お馴染みだろうと性別という差から生まれる事象に悩んでる人はいっぱいいると思います。

A.生きづLABOのチェックリスト「あなたの生きづらさはどこから?」についての話ですね。(チェックリストをやってない人にはわからない記事になってしまうかもしれませんが、説明をすると長くなるので、この回答では省きます)
チェックリストの何かから、自分の生きづらさや痛みを軽視されたような感覚がしたのだろうと受け取りました。そして、それはこれまで質問者さん自身が色々と理不尽を感じ、我慢や努力をして生きのびきてきたからこそ生じる感情だろうと想像しています。(ズレていたらごめんなさい)
お馴染みのセクシュアリティは生きのびリソースの一つとして出てくるものではありますが、悪いこととはまったく思っていません。また、性に関する少数派だけが守られるべきという考えもなく、そういった表現をしたつもりもありませんでした。
あらゆるマイノリティ(少数という意味合いだけでなく、不当に抑圧されているもの)が守られ、マイノリティを抑圧する不公正な社会構造がなくなるために、至らない点もあると思いますが、これからもずっと実践を続けたいと思っています。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/18
Q.自分に好意を寄せている同級生が苦手。その理由も見当たらないのにどうして拒絶してしまうのか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.同級生が私に好意を寄せているのですが、自分はその人のことが苦手だと思ってしまいます。でもそう思う理由が見当たりません。それなのに会話することも嫌だと思ってしまいます。その人は悪い人じゃないはずなのに、どうして拒絶してしまうのでしょう?

A.感情というのはエネルギーであり、好意は「自分に好意を向けてほしい」という要求を伴うエゴであるので、好意を寄せられるのが苦手だったり負担であることは何もおかしくないと思いました。また、恋愛的な好意は投影や理想化が含まれている(相手を見ているのではなく、自分の憧れを相手の中に勝手に見出している)ことも多いと感じるので、ウ・サギはぶっちゃけ結構無礼な話だよなあと思っています。
ただ、投影や理想化が起こることも心の自然な働きなので、それが起こること自体が悪いとか失礼だとはウ・サギは思っていません。問題はそれをどう取り扱っていくかだと思うのですが、どうやら補足の話を見るに、質問者さんに好意を寄せている同級生は、好意の取り扱いが超初心者のようです(少なくとも、ウ・サギが質問者さんと同じ環境に置かれたら、心が悲鳴を上げると思いました)。好意はなんとなく良いものと世の中でされていることもあり、好意のもつリスクや、取り扱いについて教えてもらえる機会がなかなかないので、困ったものだと思います……。
ウ・サギの感覚では、補足にあるような関わり方をされるなら、会社であればセクハラ(そこまではいかないにしてもストレスとなっている関わりとして)上司に相談してもいい内容だと思いました。誰か、理解してくれそうな先生や、友達などはいないでしょうか。第三者に助けを求めて、実際にその第三者が介入してくれると、相手にも事の深刻さや、思いや認識のギャップが伝わりやすいように思います。とはいえ「好意なんてありがたいことでしょ」とか「○○さん(その同級生)の気持ちも考えてあげなよ」みたいなことをもし言われたらキツすぎるよなあ、とも思ったり……。
好意を拒絶してしまうのは何もおかしくないと思いますし、「相手が悪い人じゃない」というのは嫌ってはいけない理由にもならないし、相手を受け入れてあげないといけない理由にもならないので、質問者さん自身の心を一番に大切にしていいんだよ…!とウ・サギは伝えたいです。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/18
Q.最近嫌な記憶を思い出すことが増えてつらい。それに支配されて色々回避してしまうのもつらい。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.最近、危機管理能力が誤作動しているのか、嫌な記憶をふと思い出すことが増えました。つらいです。嫌な記憶を思い出してしまうこと自体も、嫌な記憶に支配されて色々なことができない(回避してしまう)のもつらい。

A.ほんと、脳はよく誤作動を起こす困ったやつですよね……。嫌なことを覚えておくのは危機管理に必要な機能だとしても、不必要な場面で出てきてしまうのは困ってしまうものです。それによって行動が制限されるのも、言いようもない理不尽を感じてしまいます。
でも「誤作動」とまずは勝手に話を進めてしまいましたが、抑圧していた記憶が出てきたとすると、何か要因が存在する可能性もあるのでしょうか。少し環境が安全になったからこそ出てくる場合もあれば、何かの危険を察して出てくるときもあると思いますし、何かそういうの関係なく出てくるタイミングもあるかもしれませんし、ちょっとそのあたりは気になりました。
スイッチを切るみたいに記憶をコントロールできればいいのにと切実に思うウ・サギです。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/18
Q.暴力はあってはいけないと思うが、嫌な言動をされた場合殴ったりした方が早いのではと時々思う
この記事の担当 ウ・サギ

Q.自分は、「暴力」は絶対にあってはいけないと思っています。でも、相手が自分にとって嫌な言動をしてきて、「嫌だ。やめて!」という気持ちを言葉にしづらい場合、その相手を殴ったりしたほうが、言葉にするよりも早いのではないかと時々思ってしまいます。

A.難しい問題ですが、大切な視点での問いにも感じました。正当防衛というのがある通り、先に相手から暴力(無断で自分の境界に立ち入ってくる行為)があったのなら、暴力で対処することは必ずしも罪ではない、ということにはなる気がします。もちろんできれば殴る以外の方法を見つけたい、選びたいとは思いますが、身の危険を感じてやむを得ず、という反射的な対処としてはしてしまうこともあるだろうと思います。
殴るはやはり相手の体を勝手に触る行為なので、境界侵犯という意味では暴力になってしまうかとは思うのですが、相手を従わせることや無力化することを「目的」とした力の行使なのかそうじゃないのかで、暴力の罪深さは一段階変わるように感じます。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/15
Q.相手の考えを聞くと言いたいことはわかるけどそういった考えにはすぐになれないです
この記事の担当 ウ・サギ

Q.カウンセラーさんや親、先生などに相談したり、生きづらぼで質問を送ったりすると相手の考えが聞けると思うんですけど、相手の言いたいことはわかるけどそういった考えにはすぐになれないです。どうしたら自分の考え方を変えられるでしょうか。

A.なるほど、ウ・サギもこうやっていろいろ考え方や解決のためのポイントを提案したりしていますが、他人からの意見は実はまったく聞き入れないタイプです(苦笑)だってウ・サギのこと一番わかっているのはウ・サギだし、考え方はそもそも感覚や感情の方からくるとウ・サギは思うので、感覚や感情のあり方が違う人に言われても「う~ん…」となる方が多いものだと思います。新しい見方や考え方を知ることはできても、それをどう取り入れるか、どう感じるかは自分自身の問題なので、考え方を無理に変える必要はないし、無理に変えられるものでもないと思います。
自分を身近でよく知っている人だと、適切なことを言ってくれるかもしれないですが、相談という距離感ではそのあたりも限界がありますしね。相談の意味や意義は、やり取りすることで「ここはちょっと違うな」感じて自分への理解度が上がっていく部分にもあって、解決よりも案外そっちの要素が大きいかもしれないとウ・サギは思ったりもします。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/15
Q.親と相性が合わなくて早く家を出たい。虐待されてないが家を出る方法はないか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.親と仲が悪いわけじゃないのですが、なんというか相性が合わないのか、早く家を出たいと思っています。虐待などをされているわけではないのですが、家を出る方法はありませんか?

A.人間、合う合わないは本当にありますからね…。合わない人間が親という近い距離で関わってくること、関心を抱いてくること、ましてや自分についての権限をもっていることなどは、普通に考えてかなり困ったものだと思います。どの学校にも寮がついてくれたらいいのになあ…とウ・サギは思ってしまうところです。
小中学生で家を出る方法となると、ウ・サギの知っている中では山村留学ですかね。といっても親の理解がないとできないですし、行った先の家庭や場所との相性もあるので難しいですが、親から離れることはできます。あとはそれを同じ方向性として、寮のある高校に行くというのもあります。もし教育熱心というか、そのあたりが理解ありそうなら、(実際の動機は寮でも)これを学びたいからこの高校に行きたい、という方向で頑張るのもいいかと思います。だから少なくとも、高校から家を出る方向なら、今からいろいろ作戦は練ることができそうです。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/15
Q.「好き嫌いの発信」と「ヘイトスピーチ」の境目ってどこにあるのでしょうか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.「好き嫌いの発信」と「ヘイトスピーチ」の境目ってどこにあるのでしょうか?
他人のしてるファッションや他人の好きなものなどに対してなら好みの発信、アイデンティティに対してならヘイトスピーチ、そのような感じなのでしょうか?
好みすら自由に言えないのは問題だと思うけど、ヘイトスピーチで誰かが苦しむのも問題だし、単純に誰かが見て傷つくか傷つかないかを基準にしてしまうのも数値化できないし個人差もあるしだから違う気がして、境目がわからず悩んでいます。
どう思いますか?
また、「何でも偏見だからと叩かれて、好みすら自由に発信できなくなるのはどうかと思う、知らない人がどう言おうと害はないし好きに言わせておけばいい、だから自分のファッションや意見が他人の好みじゃないことで傷つくのは傷つく側の問題」という意見についてどう思いますか?
僕自身はその意見に対して、他の部分は一理あると思いましたが、「傷つくのは傷つく側の問題」という部分には納得できませんでした。傷つくかどうかはコントロールできるものじゃないと思うからです。
ただ、傷ついたことを理由に相手と言葉のバトルを始めてしまうとなると話は変わってくるのかもしれないなとも思いました。

A.ヘイトスピーチの定義を改めてネットで調べてみたところ、「対象への明確な差別的な意図に基づく暴言や差別的行為を先導する言動」というのものになるそうです。なので、例えば他人のファッションを「自分は好きじゃない」といった形で表現するならヘイトスピーチには該当せず(ただ、わざわざSNSなどで発信するのは、結果的には悪意に近くは感じます)、「ああいう服装のやつらは消えればいい」とか「人として未熟」とかの、攻撃や人格否定まで含むとヘイトスピーチに入るのかなとウ・サギは解釈しました。
「傷つくのは傷つく側の問題」というのは、ある部分では間違っているし、ある部分では真実でもある言葉かなとウ・サギは思っています。傷つきを、傷つく側に問題があるだけ、傷つく側だけで対処しろという話(自己責任論的な考え)で使うなら、ウ・サギはこの考えに反対です。ただ、たとえばファッションを否定されても、とくに何も思わない人や、ただただ腹が立つ人、深く傷つく人までいろいろいるので、傷つきというのは傷つく側の人の中で起こる現象だとは思います。それはその人が弱いとかではなく、抑圧され否定されてきて「自分はダメなんだ」という自信のなさがあるゆえに起こることであって、だとしたらそれは社会構造がその人を追い込んだ結果の人災だとウ・サギは捉えます。
だから傷ついたという現象を、傷つけた発言をした一個人を加害者とし、自分を被害者と定義して語るのは(あなたのせいだという発想)、問題の本質を見失い解決を遠ざけるだろうとは思っています。とはいえ、傷ついたことで被害感情が湧くのも当然ですし、傷つけた側のほうに社会的優位性があるなら広い意味での加害ー被害は正しいものなので、難しいですが……。理想の展開としては、傷ついたということは伝えた上で、その現象が起こったことは双方で受け止めて、傷つきがなぜ起こったかを対話の中で深めて、お互いをわかり尊重し合う次へとつなげられることなのかなとは思っています。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/15
Q.一人がいい時は関わりと拒み一緒にいてほしい時いてもらうのは都合よく利用してることになる?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.一人がいい時は関わりを拒んで、一緒にいてほしい時は一緒にいてもらうのは相手をただ都合よく利用していることになるのでしょうか?

A.ウ・サギは、都合よく利用しているわけではないと思いました。一人がいい時に一人でいることを選ぶこと、相手の誘いを断るのは一つの権利ですし、無理をして合わせると、それはそれで対等ではない関係になってしまうとも思います。ただ、もちろん相手にも同じ権利がありますし、関係性の中ではいろいろな感情も生まれてくる(断られると悲しいなど)のも自然なことなので、もし相手と友達でいたいなら、自分の意見だけ通すというわけにはいかないときもあるとは思います。お互いに、相手は自分と違う存在(違う感性、違う経験、違う心をもった存在である)と線は引きつつも、相手の立場や気持ちも想像したり、無理ない範囲での配慮や譲り合いがあることは大切な気がします。
そのあたりは、感性や人間関係に求めるものが近しい同士だと、あまり配慮や譲り合いを考えなくてよくて楽かもしれませんね。逆に価値観が真逆だと、何をしてもお互いに「この人はなんて失礼なんだ」とか「ひどい、傷つけられた」とかと思う場合もあるかもしれません。
だから「一人がいい時は関わりを拒んで、一緒にいてほしい時は一緒にいてもらう」という点だけで「都合よく利用しているか」の判定はできなくて、もっと質的な問題として、片方に過度に負担がかかっているかどうかの問題になってくるとウ・サギは思いました。また、片方に過度に負担があったとしても、負担をかけた側が悪で負担を感じた側が被害者というのではなく、マッチングがよくないだけ、という相性の側面が強いと思います。質問者さんが正直に自分の気持ちを伝えるタイプであるなら、同じように思ったことを正直に伝えてくれるタイプと友達になれると、「都合よく利用してる」なんて思われることなく付き合えるかもしれません。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/15
Q.最近戦争のニュースが多くてつらい。なぜ戦争は起こるのか?どうすれば少しでも減るのか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.最近、戦争のニュースが多くてつらいです。
ただ、ニュースで報道されてなくても知らないだけで戦争は起きてるものだとも思います。
なぜ戦争は起きるのでしょうか?
そして、どうすれば戦争が少しでも減ると思いますか?

A.ウ・サギも戦争のニュースが多いとつらくなる民です。といっても質問者さんの言う通り、報道されていないだけで、凄惨な暴力が世界中で起こっているのも確かですよね。近くの家の中でも、戦争のような恐怖を味わいなら過ごしている誰かがいるかもしれないですし……。脳は見た情報に実に引っ張られる、ポンコツなものだと思います。ただ、戦争は国家権力による大量虐殺と呼んでもいいとウ・サギは思っているので、そう考えると他に比べて大いに罪深いとはいえるかもしれません。
なぜ戦争が起きるかは、一つのポイントとしては「所有」という仕組みが悪さをしているのではないか?と、この前カエルさんとは話していました。過去の争いを見ていても、戦争には資源の奪い合いの要素が濃くあるように感じます。そもそも国や民族という単位で何かしらの分割をして、土地や利権を「所有」することで対立が生まれるとも思うので、どうにか地球在住の生物として仲良くできないものなのか……?なんて、最近は真剣に考えることもあります。
戦争をなくす方法は理論上はシンプルだとウ・サギは思っています。それは、戦争をしろとか戦争に行けとか言われても、全員が断ることです。そのための具体的なアプローチとしては、みんながいろんな国に友達をつくったり、どんな国のどんな人も自分と同じ人間だと感じられるような人権感覚を身につけることなどがあると思います。政治が国を決めるように思うかもしれませんが、国は人の集合体です。そして、完璧な権力者もどこにもいません。一人ひとりが考える主体となって、権力者が間違ったときに「それは違う」と言える世界になることが、何よりの解決策だとウ・サギは思っています。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/12