Q.ウ・サギさん、勝手ながら同志だー!と思って日々拝見しています。
いつか、こんな考え方しながら生きてきたよね〜とか、自分の生きづらさポイントに気がついた時こんなリアクションしたよね〜とか、今の過ごし方や考え方とか、語らい合いたいものです。
A.おお、同志認定ありがとうございます!同志という表現になるということは、同じようなもの(生きづらさ)と闘ってきた印象なのだろうかと想像しています。いつか語り合える機会があるといいですね…!
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Q.ウ・サギさん、勝手ながら同志だー!と思って日々拝見しています。
いつか、こんな考え方しながら生きてきたよね〜とか、自分の生きづらさポイントに気がついた時こんなリアクションしたよね〜とか、今の過ごし方や考え方とか、語らい合いたいものです。
A.おお、同志認定ありがとうございます!同志という表現になるということは、同じようなもの(生きづらさ)と闘ってきた印象なのだろうかと想像しています。いつか語り合える機会があるといいですね…!
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Q.辛かったり苦しかったりすることを言葉でも表情とかの見た目でも表現できません。なので、周りの人からは平気そうに思われてしまいます。病んでるアピールをしたいわけではないけど、誰にも気づかれず1人ぼっちで苦しむのはつらいです。
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Q.前まで確かにあった意欲が急になくなって、しにたくなることがあります。自分が何をしたかったのか分からないし、何もしたくないなら生きる意味もないと思ってしまいます。意欲を保つにはどうしたら良いのでしょうか。
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Q.高校受験生です。学校に行きたくないです。けど、親に言っても勉強だけすれば良いと言われて休ませてくれません。休むと強制的に引きずってでも学校に行かされそうなのでのが怖くて….死にたいです。
A.引きずってでも学校に行かされそうというのは恐怖ですね…。パワーと圧で無理やりコントロールされてしまうような関係性を想像し、学校も行きたくない場、家も安心できない場・・・という中で追い詰められているだろう質問者さんがとても心配です。学校に行く行かないは100%子どもの意思で決めていいことだとウ・サギは思っているので、引きずってでも学校に行かされるのであれば、親を現行犯逮捕(?)して引きずっていきたいくらいと思いました。
何か少しでも、例えば保健室登校など、学校は休ませてもらえない中でも学校内で休める方法か、その他楽になれる方法はないでしょうかね……。どうして一部の大人がここまで強硬に学校休ませない派閥になってしまうのか、社会問題として整理して、対処していく必要性をひしひしと感じます。こんな社会で申し訳ないです…。
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Q.自分は潔癖症の傾向があって、めんどくさかったりするとシャワー入らない時があって、その時はいいんですけど翌朝機嫌が悪いと汚いことに耐えられなくてイライラしたり機嫌がもっと悪くなります。どうしたらいいですか?あと、周りに迷惑をかけずに生きる方法ってありますか?自分が気持ち悪くて汚らわしくてしょうがないです、いなくなりたい気持ちでいっぱいですが、怖いです。寝て起きて死んでたらいいのに。申し訳ないんですがもう一つだけ、最近不登校から期末テスト前から学校に行くようになりました。仲のいい友達はできないし勉強は不安だし全部心配です。親にも先生にも迷惑かけてるし爆発したいです。長くてごめんなさい
A.いえいえ、長くても謝ることはないですよ。負担が大きくて、いっぱいいっぱいなんだろうなというのがよくわかりました。
ウ・サギは潔癖症のことはあまり詳しくないですが、そういった神経質な気になりは、余裕がなくなるほ気になる度やイライラが高まるように思います。だから潔癖症がどうこうよりは、質問者さんのコンディションの方にポイントがあるのだろうと感じましたし、書いてくれたことを見るに相当不安やストレスがたくさんな環境ですよね…。このままだと負担が大きすぎるように感じたので、学校に行く日数や時間を減らしたり調整してみるのも考えたいとウ・サギは思いましたが、どうでしょうか。
ウ・サギは生きるのは迷惑をかけあうことだと思っています。どんな人も(カエルも、ペンギンも…)大変なときやしんどくなるときがあるから、ピンチの人がいたらできる範囲で手助けするし、自分がピンチになったら堂々と助けてもらっていい、という約束で社会は本来成り立っているのだとウ・サギは考えています。そして、その「助ける」というのは、そんなに学校のストレスが大きいなら学校や教育の在り方を変えた方がいいのでは?という点も考えることも含んでいると思っています。困っているという声があるから、みんなで立ち止まって一緒に考えて、もっと生きやすい社会のあり方を探していけるのだとウ・サギは思います。だから質問者さんは今は助けてもらう場面なだけで、それは迷惑をかけているわけではなく、社会のために大切なことをしているのだとウ・サギは思いました。よくわからない話だったらすみません。
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Q.最近、テレビとかのダンサーや司会の女性は露出が多いのに男性は違うなとか、なんでもかんでも男の多くが女を性的搾取の目で見ているのではないかという思考になってしまう
A.思考に「なってしまう」という表現が、適切でグッドなアイメッセージだとウ・サギは感じました。心は自分でコントロールできるものではなく、勝手に感じてしまうものだとウ・サギは考えているので、「~してしまう」と表現し合うことで、内面をジャッジするのではなく一緒に考えていくコミュニケーション文化が作られないだろうか…?と最近思ったりしています。
男から女への性的搾取についての話をすると、男性が権力を握って女性をモノとして扱ってきた歴史については、誰にも否定しようもない事実だとウ・サギは捉えています。例えばフランス革命の人権宣言においては、当初そこで定義される「人間」は男性だけで、女性を排除していました。ウ・サギは歴史にあまり詳しくないですが、例えば日本でも女性に参政権がなかった時代もありますし、今も権力のある場所にいる人は男性(かつシスジェンダー、比較的高齢、高学歴、経済的に裕福などの要素のある人)に偏っています。話し合いにいない人の存在や意見はどうしても見えないものとなり、後回しになってしまうので、大事なことを決める話し合いの場に(権力のある場所に)集まっている人の属性が偏れば、その属性の人たち中心の社会制度になってしまうのだろうと思います。だから今の日本は男女で比較すれば男性中心の社会ではありますが、性別関係なく、社会的に弱い立場にいる人たちの声が届きにくいのが現状になってしまっていると思います。
歴史を見たときに極端な男性中心で近代の社会づくりが始まっていると考えると、男が女を搾取する構造はあらゆるところ(言葉の表現一つから、服装、メディアでの描かれ方…)に残っていて当然だろうというのがウ・サギの考えです。だから個人として男性が女性を性的搾取の目で見ているという話よりは、歴史や社会構造の話として着目して、性別についてでも性別以外についてでも搾取のない社会づくりをしていきたいと思っています。その始まりとして、「これは搾取や不平等では?」と声を上げていくのはとても大切なことだとウ・サギは感じます。
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Q.初詣のついでに寺の水子地蔵に挨拶に行きましたが、親より先に亡くなった子供が親不孝として賽の河原で罰を受けるという世界にモヤモヤしました。好きで先に死ぬわけじゃないのに、地蔵様はそんな子を助けてくれる存在と聞いて安心しました。
A.本当に、好きで亡くなるわけでないのに、罰を受ける世界観はウ・サギもモヤモヤで、ちょっと許しがたい気持ちさえ抱いてしまいました。水子地蔵の存在、大切ですね…。ウ・サギももし見かける機会があったら、しっかり挨拶しておこうと思います。
死人に口なしではないですが、文化や風習を作っていくのは結局は生きている側の人間になるので、「子供に先に亡くなってほしくない」という親の思いを中心に世界観が作られてしまったのでしょうかね……?ウ・サギは全然そのあたりは有識者じゃないので、的外れなことを言っていたら申し訳ないですが、弱い立場からすると残酷に感じる世界観や文化は他にもたくさんあるのかもな、と思ったりしてしまいました。
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Q.独り立ちしたいけれど、精神的にも金銭的にも難しい、独り立ちできないという気持ちの狭間でしんどい。勝手に物を捨てられたりとか、価値観を押し付けられるのにはもううんざり。
A.勝手に物を捨てられるとは…境界を全然守ってもらえないのがよく伝わってくるエピソードで、聞いているだけでモヤモヤします……。尊重されない中で生活を続けるのは消耗の日々だと思いますし、独り立ちしたいという願いを全肯定、応援したいウ・サギです。
独り立ちの実現はすぐは難しくても、願うこと、表現することは、実現のための小さな力になるとウ・サギは実感として思っています。自己表現をしているうちに、何かしら実現のためのきっかけや、資源が見つかるときが来てほしい…来てくれ……という気持ちです。
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Q.虐待されていると友達から相談されたの質問をしたものです。あれから、話したときには変わらず接しています。ですが、頼られる様になったせいで、今度はこちらが限界に達しそうです。どうすればいいですか?
A.頼られて限界に達してしまうという話は、大人同士の世界でも、支援者だとしても時々起こるので、対人の一つの難しさだとウ・サギは感じています。相談する側の心理としては、しんどい、自分を受け止めてほしい、もっと受け止めてほしい、自分を見てほしい・・・とコントロールができなくなっていく現象で、相談される側としては「自分のせいで傷つけたらどうしよう」と相手と自分の境界が混ざっていってしまう現象、と捉えられるのかもしれません。とにかく、質問者さんは何も悪くないし、だからといって友達が悪いわけでもなく、そういったことは時に起こってしまうのだ、というのをまず伝えておきますね。
対応としては、「自分にも限界があります」「だから他の相談なども使ってほしいです」というのを、友達に伝えるということになるとウ・サギは思います。というのも、相談している側は、相談をしているうちに我慢してきたこれまでの自分の気持ちが溢れてきて感情が優位になって、相手も人間であることや、限界があることを忘れてしまうことがあるからです(これは誰しもそうなることがあります)。また、相談を受ける側は相手を優先して、自分の気持ちや事情を抑えることが多いので、そうなると相乗効果で距離感がどんどん近くなってお互いに苦しくなっていくことが起こります(これも誰しもそうなることがあります)。
とはいえ、しんどそうな相手に「自分にも限界があります」と伝えるのは怖さや申し訳なさを抱く場合が多く、支援者でもうまく伝えることができないこともあるので、質問者さんに「こうしましょう」みたいにウ・サギが言うのもとてもためらうのですが・・・正攻法としては一応そうなるというだけで、質問者さんは子どもであって余裕もない状況とのことなので、本来は頼れる大人が身近にいるべきなのですよね……。とりあえず質問者さんが一人で抱えるのはとても大変なので、質問者さんにとって相談できる大人や、使えるチャット相談などがあればどんどん活用してほしいです。
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Q.障害者は子供を持つべきではないと思いますか?私は子供が欲しいのですが、ASDと診断されてしまいました。
私が子供を持ったら子供が不幸になりますか?
A.そもそも障がいをどう捉えるか?という個人モデル・社会モデルの話や、子育ての責任をどこまで血のつながった親がとるべきか、人間の幸せとは何なのかなど、言葉の意味をいろいろすり合わせてからでないと語れない話だと思いました。ただ、結論だけを言うなら、ウ・サギは、子どもを持つ資格についても、子どもの幸せについても、障がいの有無は本質的には関係ないと考えています。
それぞれの経験や気持ちとしては、子どもを持つことや子育てについて、いろんな考え方があると思います。自分の子を育てたい人もいれば、反出生主義のように産むこと自体を非倫理的だと考える人もいます。責任もって親が子を育てるんだと考える人もいれば、どんな子どもも社会全体で育てようと考える人もいれば、理想と現実のはざまで優生思想に近いスタンスをとる人もいるかもしれません。個々がどう思い考えるかは自由ですが、出生や子育てについての議論は、「(自分自身も含む)生まれてきた者たちの安心と自由をどうやったら私たちは守れるのか?」というのを軸に行いたいとウ・サギは思っています。あまり回答になっていなかったらすみません。
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