PAGE
TOP
カテゴリー
Q&A
Q.デモはどれくらい意味があると思う?当事者がするのと支援者がするのとは変わってくると自分は思う
この記事の担当 生きかたカエル

Q.デモってどれくらい意味があると思いますか?
それが精一杯な当事者がするのと、他の支援をする余裕がある支援者がするのとでは変わってくると自分は思いますが、どう思いますか?

A.カエルはデモはある種の自己表現であると思うので、やっている人たちが何かしらを表現できるのなら、それでいいと思っています。デモに限らず何かの意味は捉える人たちそれぞれであって、他の人が意味があるとかないとかいうことではないかなと思います。やっている人がどう感じるか、それを見た人がどう感じるのか、どうとらえるのか、それぞれだろうと思うのです。
そういう意味ではデモを直接見かけることは多くないので、報道や情報発信などの媒体がけっこう大切になると思います。やっている人たちより、そうした報道など情報の媒体が影響力を持つことを考えると、そのあり方が気になるカエルです。

回答:生きかたカエル

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

うさえなが所長
うさえなが所長

どんな質問でも歓迎!質問を送るときは、いろんな人の質問に答えるために、3日に1回くらいにしてね~。

update 2026/6/28
Q.最近医療機関に行こうと思ったものの電話がつながらず、頼るのを否定されている気持ちです
この記事の担当 ウ・サギ

Q.中学生から10年以上、希死念慮や自傷行為が続いています。最近医療機関に行ってみるかと思ったはいいものの、何度電話をかけても繋がらず、ただでさえ電話が嫌いなのに、やっぱり頼るのはだめなんだなと否定されているような気持ちです。

A.医療機関への電話=精神科の初診予約電話かと思うのですが、初診の電話予約は本当に何度かけても繋がらないときはありますね……。人気の病院だと月初めに新患予約解禁で枠が埋まったら終了(実質予約できるのは数時間だけ)なんて場合もありますし、しんどい中でなんとか力や勇気を振り絞っても、余計につらい思いをすることもあるのが何ともやりきれないところです。時々、問い合わせフォームからの連絡で初診を受け付けているところもあるので、そういったところだと少しハードルは下がるかもしれませんが、そもそも支援につながるために当事者がエネルギーを使い、時に苦しい思いをしなくてはならない構造が本当に残酷だと感じます。
対面がいいと補足にあったので、病院以外の選択肢を出すと、精神保健福祉センターで保健師と面談をする手はあると思います。精神科にかかりたいことも相談できると思いますし、病院はどうしても症状に注目される傾向があるのに対して(そうじゃなく生活単位で考えてくれるときも勿論あります)、保健師の方がソーシャルワークの視点がある傾向はある気がします。といってもあくまで傾向は傾向なので、実際は相性次第な部分があるのも難しいところです。そんな感じで色々と実情は追い付いてないですが、支援職の人たちは気持ちとしては「頼ってほしい」と思って活動はしていると感じるので、質問者さんに良き出会いがあるように祈っています。

回答:ウ・サギ

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

うさえなが所長
うさえなが所長

どんな質問でも歓迎!質問を送るときは、いろんな人の質問に答えるために、3日に1回くらいにしてね~。

update 2026/6/28
Q.最近こちらのサイトを知って、Q&Aなどを拝見してザワザワした心がちょっとだけ軽くなりました
この記事の担当 やみーペン

Q.最近こちらのサイトを知りました。皆さんのQ&Aなどを拝見してザワザワしていた心がちょっとだけ軽くなりました。質問ではありませんが、どうしても伝えたい気持ちになって送らせていただきました。

A.生きづLABOを知って、質問箱に送ってくれてありがとう〜!!落ち着かない気持ちを自分だけで付き合うと疲れちゃうから、自分のペースで生きづLABOを使って欲しいなぁ〜とやみーペンは思ったよ!

回答:やみーペン

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

うさえなが所長
うさえなが所長

どんな質問でも歓迎!質問を送るときは、いろんな人の質問に答えるために、3日に1回くらいにしてね~。

update 2026/6/28
Q.学びたい言語と母国語が同時表示されるゲームが発表された。未来の学校ではゲームの活用もある?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.新発売のゲームに、学びたい言語と母国語を選ぶと全ての場面で2つの言語を同時に表示してくれるという言語学習機能が搭載されると発表されました。もしかして未来の学校教育ではゲームを活用して何かを学ぶようになる事も考えられるのでしょうか?

A.学びたい言語と母国語の同時表示は面白そうですね。ただ、昔ウ・サギは同じような機能のある本(海外文学の英文と日本語訳や両方載っているもの)を持っていたことがありますが、英語を覚えることにはつながりませんでした…笑 学習につながる可能性は間違いなくある機能だと思いますが、効果があるかは人によって差が大きいかもしれません。
未来の学校教育でゲームを活用して何かを学ぶことについては、全然考えられるとウ・サギは思います。一人一台タブレットの時代ですし、今もすでにやっているところがある気も…?
ただ、未来の「学校教育」を考えると、ゼロからみんなで考え直したいというのがウ・サギの希望です。もしかしたら読み書き算盤以外はせずに外で遊ぶことがメインになるかもしれないですし、とにかく自由に話し合うことが授業になるかもしれないですし、お勉強という狭いくくりじゃなく、本当にみんなの学びにつながるあり方を創り上げていきたいものです。

回答:ウ・サギ

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

うさえなが所長
うさえなが所長

どんな質問でも歓迎!質問を送るときは、いろんな人の質問に答えるために、3日に1回くらいにしてね~。

update 2026/6/24
Q.中学では勉強できたが高校では順位が下の方で、今までの感覚はなんだったんだと思ってしまう
この記事の担当 うさえなが

Q.この春高校に進学しました。中学校の時は自分は勉強ができるって思っていました。でも高校に行くと順位は下から数えて3番目。ああ今までの感覚はなんだったんだと思ってしまいます。月末には期末テスト7月には模試もあります。学校が怖くて仕方がないです。

A.う~ん…学校も勉強も大変だ~
怖いのはイヤだねえ…

*ウ・サギから補足*
なるほど…自分と同じくらいの成績の人が集まると、その中で下位になるのもおかしくないことではあるのですが、例えば「勉強できる」が自分のアイデンティティや自分を認める根拠であったりする場合は、しんどさが湧き上がってくるものかもしれません。世間の平均と比べればお勉強が得意なことはおそらくずっと変わらないはずなのに、自己評価や感覚は近しい人との比較から生じるので、揺らいでしまうも無理ないと感じました。
例えば家族が全員医者みたいな高学歴だったら平均よりずっとお勉強が得意でも劣等感があるかもしれないし、容姿が(今の社会の価値観では)良くて芸能界に入ったら自分の容姿に欠点ばかり見つけてしまうかもしれないし、「できる」「できない」の自己評価はとても不確かで、でも強く自分を揺さぶるものでもあるので、苦しいなあ……と思います。

回答:うさえなが

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

うさえなが所長
うさえなが所長

どんな質問でも歓迎!質問を送るときは、いろんな人の質問に答えるために、3日に1回くらいにしてね~。

update 2026/6/24
Q.朝は「学校行きたくない」、夕方は「家に帰りたくない」。自分が矛盾しすぎてて訳がわかんない。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.朝は「学校行きたくない」、夕方は「家に帰りたくない」。矛盾しすぎてて訳わかんないです。こんな私はどうすればいいですか?

A.その二つは矛盾ではなく、家も学校も「ここは自分の居場所じゃない」と感じているがゆえに出てくる思いなのではないか…?とウ・サギは思いました。居場所が見つかったり、本当は自分で見つけずともどこかからやってくればいいのですが、子どもだと選択肢も少ないのが難しさだと思います……。
ただ、世の中の動きとしては子どもの居場所(サードプレイス)を作ろうというのはここ数年あるので、調べてみたら質問者さんの周りに何かしらはあるかもしれません。また、そこまでは難しくとも、こっそり一人で過ごせるような居場所が見つかると少しは楽になるかも…?とは思いました。

回答:ウ・サギ

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

うさえなが所長
うさえなが所長

どんな質問でも歓迎!質問を送るときは、いろんな人の質問に答えるために、3日に1回くらいにしてね~。

update 2026/6/24
Q.世の中の「若者向け」がゲームやメタバースなどでつまらない。私は若者になってはいけないのか。
この記事の担当 所長室

Q.世の中の「若者向け」と書いてあるものが、ゲーム、アニメ、デジタル、メタバースばかりで、つまらないです。
私はスマホとか見てると疲れるから、ゲームより、小説を読んだり、歌ったりする方が好きです。
私は若者になってはいけないんでしょうか。

A.「若者向け」と言われているものに対して質問者さんが抱く違和感は、若者像が勝手に限定的なものに括られていることへの窮屈さも感じていたりするのかなと想像していました。あくまで「若者向け」と銘打っているのは企業のターゲット戦略であることが多いのかなと無ササビは思いますし、実際には、ゲームやアニメといった類に興味のない人も少なくないのではないかと感じています。質問者さんの「小説を読んだり、歌ったりする方が好き」という感覚は決して時代遅れでも変でもないですし、それでもし若者ではないとされてしまうのだとすれば、あまりにも”若者の定義”が狭すぎる!と無ササビは思ってしまいました。つまらないと感じているものを無理に興味を持つ必要はないですし、質問者さんは質問者さんのままでいていいと無ササビはお伝えしたいです。

回答:無ササビ

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

うさえなが所長
うさえなが所長

どんな質問でも歓迎!質問を送るときは、いろんな人の質問に答えるために、3日に1回くらいにしてね~。

update 2026/6/24
Q.家出したいんですけどあてさきないし施設も行きたくないです、、、
この記事の担当 生きかたカエル

Q.家出したいんですけどあてさきないし施設も行きたくないです、、、

A.子どもが家出するための行き先はそう簡単にはないのが現状です。率直な気持ちは全くその通りだとカエルも思います。もう、10年ぐらい前から活動の中で出会ったオタマジャクシたちと、「合法的な家出場所が必要」という有力な意見が出ていて、中学校区に1か所ぐらいあったらいいのにと思います。子どもが気軽に家から離れて暮らすことができる場所が歩いていけるところにあり、大人が話を聞いてくれたり、ご飯出してくれたり、必要最低限のケアをしてくれるような公共の実家的なところです。本当にしんどい人とか困ったときというより、わりと気軽に使えるようなイメージの方が子どもにとっては活用しやすいのかなって思います。家出といういい方より、自立や社会性を養うための研修所みたいな位置づけだと、親にも言いやすいし、使いやすそうな気がしています。

回答:生きかたカエル

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

うさえなが所長
うさえなが所長

どんな質問でも歓迎!質問を送るときは、いろんな人の質問に答えるために、3日に1回くらいにしてね~。

update 2026/6/24
Q.死にたいけど休みたいと言えず学校に行っている子達は誰が認めて抱きしめてくれるの
この記事の担当 生きかたカエル

Q.不登校叩きしたいわけじゃないし不登校ならそりゃそれでいいと思う。私がいいたいのは、社会に教えて欲しいのは、じゃあ死にたいけど休みたいって言えずに学校行ってる子達は誰が認めて抱きしめてくれるのっていう

A.おっしゃる通りだとカエルは思いました。不登校という決断や行動にも一定のエネルギーやコストがかかります。それは簡単なことではありません。また、学校には行った方がいい、行くべきという圧がこれだけ強い中で行きたくないと言えないし、行かない選択ができないという子どももいるでしょう。まずは学校に行きたくないだけではなく、子どもが自分の気持ちや意思を伝えてもいい、否定されずに受け止めてもらえるという環境を作ることだとカエルはいつも思っています。でもそれが難しいのですよね。少なくとも、こうした声が子どもに関わる人たちに届いていくといいなぁと思います。

回答:生きかたカエル

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

うさえなが所長
うさえなが所長

どんな質問でも歓迎!質問を送るときは、いろんな人の質問に答えるために、3日に1回くらいにしてね~。

update 2026/6/24
Q.自殺を安楽死として合法化することはできないのか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.自殺を安楽死として合法化することはできないのか?
死にたいほど辛い体験をしてきた人が、自分を苦しみから救うために自殺するのに、命を絶つ時に耐え難い身体的・精神的な苦痛を味わうことは皮肉なことだと思う。

A.補足も読み、死にたい気持ちを抱えた一個人の心情としては実にまっとうなものだと思いました。安楽死の是非はさておき、「こんな苦しい世の中ならせめて安楽死を」と声を上げることや、そこから真剣に議論をすることには、大きな意味があるとウ・サギは思っています。だから質問者さん個人に対してだけなら、本当は何も言わずただ主張を受け止めたい気持ちなのですが、生きづLABOを訪れる色んな人(マジョリティ含む)を想定すると、社会的公正を目指す生きづLABOの立場上少し書いておかないといけないことがあるので、ここからは自殺を安楽死として合法化することへの反対意見を書かせてもらいます。ごめんなさい。
補足で質問者さんも書いていた通り「自殺は社会問題」です。極端な表現をするなら、自殺は社会が個人を追いつめた殺人と言えるとウ・サギは思っています。つまり、自殺を安楽死として合法化するのは「今の社会が苦痛ならどうぞ死んでください」と、国家が開き直って殺人(マイノリティの切り捨て)を肯定するという意味合いを持つとウ・サギは思います。今も実際は切り捨てになっている現実があるのはわかっていますが、だとしたら切り捨てられない社会にしていくべきで、どんな理由があれど殺人を肯定することはウ・サギにはできません。また、安楽死といえど死にたい人一人だけの力ではできず、制度となれば事務手続きに携わる人や医療関係者など、誰かの力を借りることになります。死刑執行のボタンでさえ相当な心理的負担があると聞きます。いくら本人が死にたいと望んでいても、死刑になるほどの罪があるわけでもなく、体もまだ生きられる人の死に、協力していいと思う人がどれほどいるのか?もしいるとしても、自殺ほう助に抵抗を感じない人間が増えるのなら、それはそれで危ないのではないか?そうウ・サギは気になってしまって、「安楽死……したい気持ちはわかるけど……でも……」とどうしても首を縦には振れないのです。

回答:ウ・サギ

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

うさえなが所長
うさえなが所長

どんな質問でも歓迎!質問を送るときは、いろんな人の質問に答えるために、3日に1回くらいにしてね~。

update 2026/6/24