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Q.「素直に言うことを聞かない」はひねくれてるの?そもそもひねくれてるのは良くないことなの?
この記事の担当 所長室

Q.「素直に言うことを聞かない」のはひねくれてるんでしょうか?
でも、嫌なことを嫌と言うことや、やりたくないことをやらないことや、違うと思うことを違うと言うことは、むしろ素直に感じます。
そもそもひねくれてることって良くないことなんですか?

A.「言うことを聞く=素直」という定義そのものがだいぶ都合のいい表現だなと無ササビは思います。質問者さんが書いてくれた「やりたくないことをやらない」、「違うと思うことを違うと言う」は、自分の感覚に”素直”であると無ササビも感じます。
「ひねくれてる」と言われる時、相手が抱いている”期待通りではない”状態に自分がある場合が多いのではないか?と思いました。それは相手にとっては都合のよくないことかもしれませんが、意図して自分より弱い立場の相手を傷つけるのでなければ、ひねくれていたって(周りや相手に合わせなくても)問題ないのかなと無ササビは思っています。

回答:無ササビ

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update 2026/3/4
Q.障害者の表記は個人的には障碍者と書いて貰えると嬉しい気持ちがあります。
この記事の担当 生きかたカエル

Q.障害者、障がい者、色々な表記があると思いますが個人的には障碍者と書いて貰えると嬉しい気持ちがあります。ニュアンスが英語圏のChallengedに重なっているような気がするからです。社会との関係性の中に困難を見出す感覚です、どうでしょうか?

A.カエルも障碍者という表記については身近な信頼できる人が推しているのを聞いて、「なるほど」と思ったことがあります。ただ、碍の字があまりにも馴染みがないために、日常的に使うようにはなりませんでした。字の意味合いでいくと、確かにもっとも社会モデル的な表記なのかもしれません。
カエルはかなり聴覚情報の優位性が高いので、どんな字で書こうとも「しょうがい」という響きがあまり好きになれません。困りました。響きのいい別の言い方を募集したいですね。

回答:生きかたカエル

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update 2026/3/4
Q.私が死にたくなるのは周りのせいなのか思春期のせいなのかわかりません
この記事の担当 ウ・サギ

Q.私が死にたくなるのは周りのせいなのか思春期のせいなのかわかりません

A.ウ・サギの経験を言うと、思春期は一番多感で感情の揺れは激しかったので、死にたいを最も感じやすい時期だとは思います。ただ、思春期で必ず死にたくなるかと言うと、そんなことはないので、死にたいと思うからには何かしんどいことがあるのは間違いないと感じます。
また、そもそも自分の気持ちは、周りとの関係性でしか生まれないものだとウ・サギは考えています。そして、周りとの関係性は、直接的な人との関わりだけでなく、周りと周りの関係性を見ていて思うことや、社会全体に漂う雰囲気やネットなどで入ってくる情報も含めた複雑なものだとウ・サギは捉えています。それらは重たい何かとして、まだ弱い立場の(自分一人の力では跳ね返せないし、逃げられない)子どもを、揺さぶって消耗させてくるものだと感じます。
複雑であるがゆえに「○○のせい」と言い切るのは難しいですが、自分のせいだけで起こる感情はないとウ・サギは断言したいです。もし質問者さんが「この人のせいかも」と思う人がいるのだとしたら、その人との関わりで傷ついていることは、きっととても確かなのだと思いますよ。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/4
Q.「Q.いじめ傍観者も加害者と”同罪”は~」の質問者です。回答の言葉からぐるぐる考えました。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.Q.「いじめ傍観者も加害者と”同罪”」は極論だと思いますか?の質問者です。
ウ・サギさんの回答にあった、「子どものいじめについての責任は100%大人にある」という言葉について俺が思ったことがあります。
まず、俺は子供と大人でキャパやできることの差が極端にあるわけではないと俺は思います。だから、大人(教師など)ができる範囲で必死に頑張っても子供のいじめをどうにもできないケースや、他のことの負担が大きくて対応できないケースや、一人の大人が負担を押しつけられて適切な対応ができなくなるほど追い詰められてしまうケースも、現実にあると俺は想像しています。特に教師の過重労働問題もあると俺は認識しているので、大人にも限界があるのも現実だと思ってます。
しかし、そんな大人側の背景や事情は、いじめを受けた子供やいじめをしてしまった子供には関係のないことだという意見もその通りだと俺は感じるのです。
なぜなら、大人のキャパやできることが子供と大きく違わないとしても、大人の言動が子供に与える影響が絶大なことに変わりはないと思うからです。だからこそ、「子どものいじめについての責任は100%大人にある」という言葉そのものは正しいと思うのです。
しかし、いじめ問題に対して、大人が適切な対応を選べない現実そのものは、「大人の責任」で片付けていい問題ではないんゃないかと、俺は思うのです。大人であるということは、キャパが大きいことや、できることが多いことと、イコールではないと感じるし、大人にも限界がある、大人にも事情があるということも現実だからです。
しかし、だからといって大人がそれを言い訳に子供に責任転嫁するのも違うと感じます。難しいです。
少なくともいじめ問題は、簡単に「こうすればいい」で片付けられる問題ではないと感じますが、勝手ながらぐるぐると考えてしまい、質問を送ることにしました。
ウ・サギさんは、どう思いますか?

A.なるほど……色々と、考えを深めたことがよくわかりました。まず、「責任」という言葉の捉え方が質問者さんとウ・サギで少し違うかもしれないと感じたので補足しておくと、「責任」は「○○のせいである」という原因よりも、「解決する役割を果たすのは誰か」という解決の主体を指している意味合いがウ・サギは強いです。また、ここでいう大人とは常に大人たちのことであり、小さい単位で言えばそれは身近な人たちで組むチーム、そして大きい単位では社会を構成する大人全員のことを言っています。
大人の定義についても、単に年齢で考えてはいなく、子ども時代に必要なケアや学ぶ機会を保障された上で、現在誰かをサポートするだけのリソースが余っている者、という捉え方をしています。ただ、残念なことに全員がそれを保障されてはいないので、子どもと大人の混ざったような段階の人たちも、それぞれの力を無理なく持ち寄ることができたらいいな…とは思います。
「責任がある」「責任をとる」いう言葉でウ・サギが一番強く思っているのは、「問題の本質を考え、長いスパンで解決のための努力を続ける」姿勢のことかもしれません。解決のための協力者は大人子ども問わずたくさんいるほど良いし、誰でも少しずつ手伝えるし、自分のできる分については少しずつの責任を背負ってほしいとも思います。でもそのプロジェクトの責任者と言える人やチームには、それなりの力量や安定感が求められると考えているし、ここでいう力量や安定感を得るためには、絶対に一定数の人生経験が必要だとウ・サギは思っています。だから、責任を果たせないものには責任がない(求めてもいいことはない)という点で、子どもには責任がないと言い切ってしまうのかもしれません。
ただし、個人で責任を背負いすぎると、結局責任が果たせなくなることもあります。こうやって考えてみると、責任というものはとても難しいですね……。考える機会をありがとうございます。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/4
Q.進路を考えないといけないときなのに、もう疲れてしまい、この世界に希望が感じられない。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.人生に疲れました。進路について考えないといけないときなのに、もう疲れてしまいました。この世界に希望が感じられないです。しかし、今、大事な決断をしないといけない時期なので、どうすれば決断できるか教えてほしいです。

A.この世界に希望を感じられないのに進路について考えないといけないのは・・・非常に困りましたね。ウ・サギは長いスパンで将来を考えようとすると、「生きたいとも思ってないのに、そんな先のこと考えるとか無理すぎる」と死にたい気持ちさんが発狂するので、とりあえず先は1年くらいしか考えないようにしています。この環境でこれをやれるなら1年はまあ生きていてもいいかという繰り返しで、行きつ戻りつはありつつも、少しずつ生きることは楽になってきました。
希望が感じられないのに考えるのは疲れてしまうと思うので、とりあえず目の前の1週間とか、3カ月とか、1年間とかをイメージして「これだったら多少は息がしやすいかも」という環境に自分を置いてあげてほしいとウ・サギは思いました。ちなみに、進路はそんなに大事な決断じゃないとウ・サギは考えています。やる元気を温存しておければ、たいていのことは後から案外どうにでもなります。どうにでもならないと脅してくる人や、実際にどうにもならなかった経験をした人もいるとは思いますが、自分を支えるつながりと巡り会えたなら、衣食住を守られて自分らしく生きていくことはいつからでも間に合うとウ・サギは思っています。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/4
Q.お金を使いすぎてしまい、収支マイナスで給料日に病むの繰り返しです泣
この記事の担当 所長室

Q.お金使いすぎてしまいます泣
お金使う時が一番ストレス解消で幸せで、収支マイナスで給料日に病むの繰り返しです泣
この衝動どうしたらいいでしょう

A.キャッシュレス決済が支流になり、使い過ぎる感は多くの人が体感している気もするよ。だって、手元に現金が無くても買えてしまうから、我慢しなくて良いような感覚も持ちやすい。世の中全体が便利になり、個人の我慢への耐久性はどんどん減っているはず。
それに輪をかけて、SNSで繰り返し入ってくる情報で、すでに誰のための買い物かすらわからなくなってくる。ゴロン猫はホコリのかかったステッパーが部屋の片隅に転がっているよ。言い換えとして正しいかはわからないけど、誰もが衝動しやすくなるような仕掛け(トラップ)だらけ。そんな風に世の中を斜めにみたり下から見たりしてみると、自分の「買いたい(お金を使いたい)」にフォーカスが当たり過ぎず、ちょっとだけ熱が冷めたりしそう。

回答:しきぶとんゴロン猫

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update 2026/3/4
Q.自分の容姿や、発する匂いとか音が常に気になって辛い
この記事の担当 ウ・サギ

Q.自分の容姿や、発する匂いとか音が常に気になって辛いです。外では人目が怖くて、歩き方も息の仕方もわからなくなります。人と目合わせることもできません。どうしましょう。

A.それはしんどそうです。自分はいつもついて離れない存在ですし、生きているだけで消耗してしまうのではないかと想像しました。そこまで自分を気にしてしまう要因は何なのか、逆に何があれば気にならなくなるのか……考えてみたいところです。
ウ・サギは人目があまり気にならないし、容姿にいたっては全く気にならないタイプなのですが、どうしてだろうと最近分析してみたら、自然の中で過ごすことが多かったのが一つの要因かもしれないと気づきました。なぜなら、海や森や動物は、ウ・サギの容姿も匂いも音も気にしないからです。人と過ごす場合も、キャンプは夜だと人の顔なんて見えないし、いいだけお腹が空いてから食べるカレーは最高に美味しかったり、蚊に刺されて不快だったり、綺麗な景色に感動したり・・・とにかく五感が忙しくて、自意識の入る隙間がとても少ないと感じます。それこそ、息がしやすいような感覚があります。
あ、つい語りすぎてしまいました・・・。話を戻すと、今は五感への刺激が乏しいことで、SNSやネットで流れてくる偏った価値観、周りの人の目や評価などの、細かい刺激の方をキャッチすることが多くなったのかもしれないとウ・サギは考えています。
そのあたりはもともとの感受性が強いほど、生育環境で周りにアンテナを張る必要があったほど、怖いの源になる情報をたくさん拾ってしまって、苦しくなってしまいそうだとも思います。人目を忘れちゃうほどの素敵な何かに出会えたらいいのでしょうかね……とにかく、社会や環境との関連性が高そうな現象だとはとても感じました。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/4
研究員活動報告(2025年12月~2026年2月)
この記事の担当 所長室

前回の報告をしてから、3カ月ほど報告をサボってしまいました……。
研究員でどういった活動をしているか、2025年12月から2026年2月の3カ月間について、軽く報告をしたいと思います!

■研究員ブログの活動

研究員に登録すると、研究員ブログへの記事投稿と、投稿された記事へのコメントをすることができます。

投稿とコメントはフォームで募集しています。
どちらも運営が確認の上で、ブログに掲載しています。読んだ人への影響を考えて、意味の変わらない程度の編集をすることは時々ありますが、だからこそ、投稿する人は原稿を自由にのびのびと書いてもらって大丈夫な形となっています。

記事の投稿は活発で、2025年12月は28件、2026年1月は14件、2026年2月は23件の記事が現在掲載されています。(記事は後で取り下げも可能なので、取り下げされているものは含まない件数です)

■研究員内での情報共有や交換

研究員限定の研究員ニュースでは、いろいろな情報を募集して、随時掲載しています。

・自己紹介
・私のお気に入り作品
・短歌・川柳
・研究員ブログのテーマ募集
などの募集をこれまではしてきています。

何を募集したいかは、研究員からのアイデアや企画を積極的に取り入れて行っています。

■チャットルームでの交流

今のところは、月に3~4回程度行っています。
研究員同士の交流を目的としたテーマなしのチャットや、「意味不明な 男/女らしさ について語り合おう」という社会派テーマのチャットや、クリスマスについてなどの雑談チャットなど、いろいろなものを開催しています。

チャットには、登録不要のウェブのチャットルームを使用しています。
生きづLABOの所長たちの誰かか、研究員活動の助手が、なんとなくの進行役はやりますが、基本的にはゆる~くやっています。

参加者は回によりますが、各回合計10~15名くらいで、同じタイミングで活発に話している人は5~7名くらいのイメージです。

■研究員内限定のYouTubeライブやZOOM

最近の新しい取り組みとしては、「何でもお便りラジオ」という、研究員からもらったお便りを読み上げる(+ちょっとコメントをする)配信をやりました。
前にやった回では「勉強・研究したいこと」を重点テーマにしてお便りをもらったのですが、テーマ以外でも、ちょっとしたことを投稿してOKというスタンスで運営しています。

また、1月には生きづLABOのこどもの居場所検討委会の集合会が開かれたので、検討委員の方との交流をZOOMで行ったり、検討委員で話していることの中間報告をYouTubeライブで行って意見をもらうなどもしました。
検討委員会とは、サイト運営から集まったこどもたちの意見やニーズをもとにこどもの居場所の在り方や具体的な実現方法を検討する委員会で、子ども若者支援に取り組む実践者や学識経験者が委員をやっています。

ZOOMは話すのに抵抗がある人や、環境的に話すのが難しい人も多かったので、研究員にはZOOM内のチャットを使って感想や質問をもらいました。

■サイトのコンテンツ作成のお手伝い

10月~11月にはチェックリストをやってもらいフォームで意見をもらいましたし、最近はチェックリスト最終仕上げのためのテスターとして協力してもらいました。

最終仕上げの作業では、LINEオープンチャットを活用して、運営から「このあたり重点的に確認してほしいです!ユーザー目線で見てどうですか?」と質問があったことに、答えられる人が無理なく答えて、それを踏まえてチェックリストの修正を重ねて…といった活動をしていました。
※チェックリストは今週中に公開予定です!

今後も月に1回、何かしらのサイトコンテンツのお手伝いを呼びかけていきたいと思っています。

■他にもやりたいこと

本当は勉強会をやりたいとずっと思っているのですが、なかなか忙しくてできていません……。

運営体制との兼ね合いがあるので、やりたくてもすぐには始められない活動も多いですが、研究員の皆さんの声を取り入れながら、柔軟に活動の幅を広げていきたいと思っています。

前にも書きましたが、活動にノルマはないので、興味がある方はぜひお気軽にご登録ください。

★研究員の募集記事はこちらです。研究員活動に参加したい方は、記事をご確認の上、記事内にある登録フォームを送ってください。

update 2026/3/2
Q.いますっごく後悔してる。今からできることは多分何もない。どうしたら立ち直れる?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.いますっごく後悔してる。すべてをなかったことにしたい…。今からできることは多分何もない。どうしたら立ち直れる?

A.強い後悔の気持ちが伝わってきました。ウ・サギは最近は後悔する機会があまりないですが、後悔は実に取り扱いの難しい感情の一つだと感じていますし、どう立ち直るのか、またはどう付き合って飲み込んでいくのか、これは人類の永遠のテーマと言っていいとウ・サギは思っています。
とりあえず一つ言えるのは、今(そして未来)をほどほどに忙しかったり刺激的なものにしていくことが、後悔のダメージを緩和するということです。ショックというのは、気持ちを言える相手とつながりのある中で、自分にとって悪くない時間が積み重なっていったら、時間の経過である程度は去っていってくれるものだとウ・サギは感じています。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/1
Q.ナポリタンは好きですか?
この記事の担当 所長室

Q.ナポリタンは好きですか?

A.うさえなが:なんでも好き!

ウ・サギ:苦手な食べ物の一つです…。パスタは好きですが、ケチャップが嫌いなのです。ちなみにオムライスもものすごくケチャップ少な目のチキンライスにしないと食べられません。

生きかたカエル:カエルは基本パスタ好きですが、ナポリタンは普段はあまり食べません。ただ、時々(年に1回ぐらい)無性に食べたくなって、食べられる店を吟味して、わざわざ食べに行くことがあります。わりと中毒性の強い食べ物だと思っています。

やみーペン:ナポリタンは自分では選ばないかも……!でも嫌いではないかなぁ〜粉チーズかけれるのが好き!

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update 2026/3/1