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Q.普段は死にたいと思ってるのに、事故にあいそうになったときは生きたいと思った。なんで???
この記事の担当 ウ・サギ

Q.普段は死にたいと思ってるのに、事故にあいそうになったときは生きたいと思った。なんで???

A.それは「死にたい」という気持ちは、死という状態になることをただひたすらに望む、という気持ちとは実は結構違うからだとウ・サギは思います。
死にたいという気持ちに何が含まれているのかは人それぞれだと思うのですが、一つのポイントとして「こんなに自分の望みの叶わない理不尽な(選択肢のない、自分の意思の尊重されない)世界なら、せめて終わらせることくらいは自分で”選びたい”」という自己決定への渇望が含まれている場合が多いとウ・サギは考えています。不慮の事故は自己決定とは真逆の出来事になるので、これは違う、と反射的に感じて生きたいという気持ちが湧くのかもしれません。
また、死にたいは掘り下げて丁寧に考えると、目的は今の苦しさから解放されたいということでその手段として死があるだけで、心から欲しているものは死ではなく救済だと言えると思っています。死にたいというのを思考だけで捉えるなら、事故にあって亡くなることも救済と定義されるかもしれませんが、死にたいを感情やイメージとして捉えるなら、事故にあいそうだという状況を救済だと心や体は感じないような気がします。
だから、事故にあいそうになったときに生きたいと思うのも、死にたいという気持ちと両立する、自然は反応や感情なのだとウ・サギは思います。

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update 2026/1/18
Q.自責思考が辞められない 死ぬのがなぜ駄目なのかわからない
この記事の担当 ウ・サギ

Q.自責思考が辞められない
死ぬのがなぜ駄目なのかわからない

A.補足の内容からも、とてもしんどい状態にあることが伝わってきました。
思考や生きづらさというのは、自分自身の中にある問題というよりは、環境によって生み出される部分が大きいとウ・サギは思っています。強い自責(または他責)が生まれるのは、何かを攻撃したい感情になっているから=深く傷つけられているから、というのがまずあるとウ・サギは考えています。個人差はあると思いますし場合にもよるかと思いますが、こころは暴力を受けた分だけ、暴れ出したいエネルギーを蓄えてしまうものだと感じます。だから自責思考の強さは、自分はそれほど傷ついているのだな、と受け止めると多少は和らぐかもしれません。
これは質問の回答からは少しズレてしまうかもしれませんが、ウ・サギは自ら命をたってしまうことについて、「社会(その人を取り巻く環境すべて)が人を殺してしまった」出来事だと捉えています。社会が個人をそこまで追いつめてしまうことはあってはならない、そういった社会になっているのなら変えていかなくてはならない、とウ・サギは思っています。先ほども思考は環境から生まれると書いたように、死にたいなどの気持ちも、他も人のこころに浮かぶものはすべて、環境の影響があります。だから、誰が何を思うかは自由ですし、どんな気持ちも責めたり否定するつもりはまったくないのですが、自ら命をたってしまう人がいることを「それでも構わない」「個人の自由だ」みたいにはウ・サギは捉えることができないのです。

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update 2026/1/18
Q.告白されたら「こんな自分を?裏の顔は生きづらモンスターです、遭遇前に離れて!」と思っちゃう
この記事の担当 ウ・サギ

Q.告白されたら、「こんな自分を??ダメダメもっと良い人見つけなさい!生憎私の裏の顔は生きづらモンスターです、遭遇する前に離れて!」って思っちゃいます。でもそれを理由に告白をお断りしちゃうのはお相手に悪いかなぁ。

A.もしウ・サギが質問者さん側だとしたら、率直に思っていることを全部伝えた上で、相手の感情や要望についてもなるべくヒアリングし、交際するのが妥当なのか相談しながら決めるだろうとは思いました。恋愛に限らず、関係性で湧き上がってしまう気持ちや考えはなるべく共有した上で、どうしていくか一緒に考えるのが「関係を大切にする」ということだとウ・サギは考えています。ただそれは手間のかかることですし怖いことでもあるので、そういう開示や調整をしようとまでは思えない相手、またはそんな余裕のない状況であれば、近しい距離になることはお断りするだろうと思います。
恋愛についてのウ・サギの考え方は「恋愛は好きになった側が自己責任で楽しむもの。好かれた側が品質を保証したり責任を負う必要はなし」という片思い自己責任論者なので、生きづらモンスターに遭遇させることは申し訳ないとは思わない派閥ではあります。(ただし、恋愛的惹かれが弱っているが故の依存だろうと判断した場合は、恋愛としてお付き合いしないのがマナーであると考えます)
ウ・サギの考え方はちょっと独特で、大体偏っていると言われるので、参考になるかはわからないですが、何かの参考になれば幸いです。

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update 2026/1/16
Q.夜の神社にオバケが出るから行くなと先生が言うのは不審者が潜んでいるからということですよね。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.小学生の時に、夜の神社にはオバケが出るから行っちゃだめだよと先生とかから言われていましたが、要するに不審者潜んでるから行くなってことですよね。何で不審者出るから行くなってストレートに言わないんだろう。

A.不審者が潜んでいるからなのか、その他の理由もあるのかわかりませんが、「危ないからやめなさい」を根拠ある理由ではなく、本来は違うオバケという理由を使って伝えているという話にはなりそうですね。
ウ・サギは伝える上で有効に働くなら嘘も方便だと考えるタイプなので、周りの大人としてはオバケ説の方が有効だと考えたのかもしれません。例えば、「不審者」がどういう者か子どもには説明しづらいと考えたとか、または不審者と確定していいかわからない曖昧な情報しかないとか…?とはいえウ・サギも受け取る側の力を信じて、事実を率直に伝える方が好ましいと基本的には思っています。

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update 2026/1/16
Q.ちょっとした感情がきっかけで涙が止まらなくなる。そういったことはある?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.ちょっとした感情がきっかけで涙が止まらなくなります。頭では、すぐにその感情はなくななります。泣いちゃだめと思っても止まりません。人と話しているときにも出てくるので非常に厄介です。そういったことはありますか?何か対策はあるでしょうか?

A.カエルは泣くタイプじゃないので、そういった経験があるわけではないですが、涙が出てくる人は見たことがあるので、不思議ではないと思いました。
ちょっと調べてみたところ、いくつかの要因が考えられるそうです。まずは、単に心理的なつらさがキャパ一杯になっていて、ちょっとしたことでコップの水があふれだすサインとして涙が止まらなくなることがあります。そこまで精神的に追い詰められていない場合には、自律神経のバランスやホルモンバランスが一時的に乱れているような場合にもあるそうですよ。いずれにしても、脳内や神経の緊張や負担が関係しているようなので、「泣いちゃだめ」と思うと、より脳や神経は緊張してしまうため、「泣いてもいい」「サインが出ているぞ」などと肯定する捉え方ができると涙が止まりやすくなるかもしれませんね。
また、深呼吸をしたり、脳の作用の切り替えのために、五感に刺激を入れるのもよいみたいです。やみーペンおススメの冷えピタも効くかもしれませんが、いつも冷えピタを持っているわけではないと思うので、冷たい水を飲むとか、手を洗うとか、甘いものを口にするとか、自分でどこかを軽くたたくとか刺激を入れるのもひょっとしたら効くかもしれません。やってみて、何か効き目があったらぜひ教えてください。

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update 2026/1/16
Q.言語化が苦手で言いくるめられる。どうすれば改善出来る?
この記事の担当 所長室

Q.言語化が苦手です。口論になった時に、言いたいことはあるものの言葉が思いつかなかったり、どもったりしたりして言いくるめられてしまうことが多々あります。どうすれば改善出来るでしょうか。

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update 2026/1/15
Q.意欲が急になくなることがある。意欲を保つにはどうしたら良い?
この記事の担当 所長室

Q.前まで確かにあった意欲が急になくなって、しにたくなることがあります。自分が何をしたかったのか分からないし、何もしたくないなら生きる意味もないと思ってしまいます。意欲を保つにはどうしたら良いのでしょうか。

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update 2026/1/15
Q.複雑性PTSDで辛いのに主治医が理解してくれず口論になった
この記事の担当 所長室

Q.複雑性PTSDでフラッシュバックが激しくてとても辛いのに主治医が上手く理解してくれなくて口論になってしまいました。理解が難しいと言われ悲しくなりました。経験が無い事を理解出来ないのは仕方ないとはいえ、専門家でしょ!と思うのはおかしいですか?

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update 2026/1/15
Q.障害者は子供を持つべきではないと思いますか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.障害者は子供を持つべきではないと思いますか?私は子供が欲しいのですが、ASDと診断されてしまいました。
私が子供を持ったら子供が不幸になりますか?

A.そもそも障がいをどう捉えるか?という個人モデル・社会モデルの話や、子育ての責任をどこまで血のつながった親がとるべきか、人間の幸せとは何なのかなど、言葉の意味をいろいろすり合わせてからでないと語れない話だと思いました。ただ、結論だけを言うなら、ウ・サギは、子どもを持つ資格についても、子どもの幸せについても、障がいの有無は本質的には関係ないと考えています。
それぞれの経験や気持ちとしては、子どもを持つことや子育てについて、いろんな考え方があると思います。自分の子を育てたい人もいれば、反出生主義のように産むこと自体を非倫理的だと考える人もいます。責任もって親が子を育てるんだと考える人もいれば、どんな子どもも社会全体で育てようと考える人もいれば、理想と現実のはざまで優生思想に近いスタンスをとる人もいるかもしれません。個々がどう思い考えるかは自由ですが、出生や子育てについての議論は、「(自分自身も含む)生まれてきた者たちの安心と自由をどうやったら私たちは守れるのか?」というのを軸に行いたいとウ・サギは思っています。あまり回答になっていなかったらすみません。

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update 2026/1/12