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Q.自傷行為はODとリスカだけ?爪を立てたり噛んで痣を作るのは自傷じゃないと言われてしまう?
この記事の担当 やみーペン

Q.自傷行為はODとリスカだけですか?私は自分の体に強く爪を立てたり思いっきり噛んで痣を作ったりするのですが、それは自傷じゃないと言われてしまうのでしょうか?私の行為は、自傷と言っても良いのでしょうか?

A.自分を傷つけることで今を耐え忍ぶ行為はなんでも自傷に入るのでは……とやみーペンは思う!!
抜毛も自分を噛むのも、高いのが苦手なのに高いところに行くことも!嫌とか痛い刺激を入れてその場の嫌から逃れることは全部自傷って定義にしたら、いろんな自傷が出てきそう??それじゃダメかな??

回答:やみーペン

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update 2026/2/18
Q.人は結局ないものねだりで悩みなんか無くならないんだから死んでもよくない?と思っちゃう
この記事の担当 ウ・サギ

Q.所長室を見てると自分が羨ましいと思う環境でも悩んでる人がいるんだなと思う。結局ないものねだりで悩みなんか無くならないんだから死んでもよくない?って思っちゃう

A.結局ないものねだりというのはそうかもしれないですね。言わんとしていることや気持ちはなんとなくわかる派閥のウ・サギですが、死んでもよくない?は論理が飛躍している印象を受けました。でも人の思考は、自分の感情・感覚に正当性や筋道を与えてあげるための行為だとウ・サギは思っているので、質問者さんにとっての確かな感覚として生きているのがしんどいのだろうと受け取っています。
ないものねだりはどちらかというとネガティブなイメージで使われる言葉だと思うのですが、ないものねだりにも何種類かあるのかもしれないとウ・サギは思ったりもしました。自分がどうしようもなくしんどい、死んでしまいたいと感じるような状態にいるなら、誰かの環境を羨ましいという気持ちは「ないものねだり」と呼ばずに「権利を守られたい」というまっとうな叫びとしてウ・サギは受け取りたいです。言い換えるなら「あるべきものねだり」と表現したいと思います。ただ、自分から見ると羨ましく思える環境でも、社会の構造や未来の見通しを含めると今の環境は誰にとっても過酷で、権利を守られている人はほとんどいないとウ・サギは感じているので、悩みや苦しみが世に溢れてしまっているのだろうと考えています。
結局ないものねだりはそれなりに真実でも、心地よい環境にいると目の前の刺激に意識が向いて、悩みに気が向く時間が減ることはあるとウ・サギは思っています。

回答:ウ・サギ

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update 2026/2/18
Q.社会は私を助けてくれなかったのに、なんで私が社会のために頑張らないといけないの?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.社会は私を助けてくれなかったのに、なんで私が社会のために頑張らないといけないんですか?

A.カエルも特別誰かに助けられた!とはあまり感じていませんが、感じなくても事実けっこういろいろな恩恵を受けているものだと思っています。恩恵は空気のように当たり前のものとなって気付きにくいですが、助けてもらえなかったことやひどいことをされたことは忘れられないので、意識にのぼりやすいとカエルは思うのです。ひどいことをしてきた相手がそれに無自覚で、自分に当然のように貢献を求めてくると感じるなら、余計に意識にのぼることも多くなるだろうと思います。
助けることとか役に立つことを、カエルはもっとひろ~いものだと思っています。毎日食べている食べ物も使っているもの(こうして使っているパソコンやスマホやインターネットなどの通信手段)も、当たり前に享受していますが、カエルの力だけでは何もできず頼りきりだと思います。そして人間が生み出したシステムだけではなく、水や空気も人間とカエル同じく必要不可欠な存在で、助けられていることを忘れたくないとカエルは思っています。カエルは水や空気に支えられていると思うから、必要以上に水や空気に負荷をかけたくないと思うし、カエルにできるちょっとした努力はしたいと思っています。
ちょっと質問者さんの話とはズレてしまったかもしれません。カエルは社会を地球規模でとらえてしまうので、一方的に助けられてばかりの人もいなければ、一方的に誰かの役に立ち続けている人もいないと感じるのです。

回答:生きかたカエル

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update 2026/2/18
Q.自分の中にある何かを言語化しようとすると苦しくなったり気持ち悪くなったりする
この記事の担当 ウ・サギ

Q.自分の中にある何かを言語化しようとすると苦しくなったり気持ち悪くなったりする
なんでなんだろう
どう思いますか

A.素直に考えれば、意識したくない、言葉にしたくない、まだ触れたくない思い(傷つき体験に関係する何か)があるということになりそう……?とウ・サギは思いました。あくまでウ・サギ説なので、真実は質問者さんの中ですが、苦しくなったり気持ち悪くなるというのは、言語化したら今の生活においての不利益やリスクがあるよ…!みたいな、サインなのだろうとは感じます。あまり安全や安心のない環境では特に、あえて見ない、意識しないことは、自分を守るための有効な一つの方法だと思います。
あとは言語化する行為自体に、周りが否定的であったりして、抵抗や恐怖を抱いている可能性とかもありますかね……?どちらも仮説でしかないですが、ウ・サギとしてはそんなことを考えました。

回答:ウ・サギ

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update 2026/2/18
Q.例えばペンギンやクマには色んな種類がいるのに、何故人間だけ全部ホモサピエンスなの?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.ここで聞いても仕方ない話なんですが
例えばペンギンにはアデリーペンギンやイワトビペンギンがいるし
クマにはツキノワグマやシロクマがいるのに
何故人間だけ全部ホモサピエンスってことになってるんだろう?

A.とても興味深い質問だと思い、カエルは真剣に調べました!人間も随分と昔には、ホモサピエンス以外にネアンデルタール人とかフローレス人とかもいた時期があったのですが、頭脳と文明の力で環境を整えたため、ホモサピエンスに一本化されてしまったようです。
ペンギンやクマやカエルは自然界を自力で生き抜くしかないので、環境に応じていろいろな種類が共存する必然性があるけれど、ホモサピエンスは文明を高度化させて、どこでもほぼ同じように生きられるような仕組み(家、ライフライン、温度管理、食料供給など)を作ったため、いろいろな種類に分かれる必要性がなくホモサピエンスだけになったんだとさ。今後、環境破壊が進んだり、ものすごい環境変動が起こり、人間もサバイバルして生きるようなことがあれば、ホモサピエンス以外の新種が現れてもおかしくはないのかもしれません。

回答:生きかたカエル

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update 2026/2/18
Q.生きづLABOが「障がい」表記を使う理由の質問を見たが「障害」のほうがサイトに合ってない?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.Q.生きかたカエルさんが「障害」ではなく「障がい」と使う理由は何ですか?の質問を見て調べたのですが、「障害」表記のほうが生きづLABOには合っているんじゃないかなと疑問に思いました。

A.編集注:障がい表記は個人の属性に「害」は良くないという個人モデルの発想で、社会モデルで考えるなら障害は社会にあるのだから、障害表記の方が適切なのでは?という話になります。補足には他にも質問者さんの考えが丁寧に書いてありました。

*生きかたカエルから*
質問者さんのご意見はごもっともで納得できるものと感じました。結論から言うと、ぶっちゃけカエルは使いたい人によってどちらでもいいと思っています。カエル的には「害獣」「害虫」という概念になじんでいるゆえ、「障害者」の表現にはその人自身が何かしら害があるような印象に直結してしまい、漢字を使うことに抵抗があるため、平仮名にしたい派です。そもそも、害獣や害虫も人間の都合でつけられた失礼な表現ではあるのですが…。社会モデルで考えたときの合理性はわかりますが、自分の属性表記に「害」が入っているのは嫌だなぁと思う人がそれなりに多いのであれば、できるだけ使わないようにするという方針もあるとは思っています。ただ、(補足に書いてあった)平仮名にしただけで配慮した気になってしまう危惧も「それな」と思います。本来は、漢字が平仮名かという問題ではなく、こうして議論できることがもっとも大切なのだろうとカエルは思いました。

*ウ・サギから*
たしかにその方が筋は通っているなと思いつつ、だとすると○○障害ではなく、さらに厳密なニュアンスで言葉を作りませんか…?と前のめりになってしまうウ・サギです。例えば発達障がいについては、状態像で言うなら「社会生活不具合(発達特性に起因)」、性質だけで言うなら「発達特性マイノリティ(我が道、自己完結傾向)」といった感じが希望です。発達障がいについて話を続けると、ウ・サギは神経多様性の捉え方をしているので、実は発達障がいという言葉自体、本当は使いたくないなあという気持ちもあります。とはいえ実際に社会が障害を生んで不利益や不便を被っている当事者がいる以上、多様性だなんて綺麗な言葉で片づけていいものではないと感じますし、少数派というより不当に劣位に置かれているという意味で広まってくれるなら、発達特性マイノリティが一番いいのでしょうかね……。カエルさんの言う通り、こうして議論できることが大切だとウ・サギも思うので、いい質問をありがとうございました。

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update 2026/2/18
Q.感情って生き残るためのシステムのはずなのに、なぜ「消えてしまいたい」などと思うの?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.感情って生き残るためのシステムのはずなのに、なんで「自分が嫌い」「消えてしまいたい」「存在を消したい」と思うの?

A.それは、感情さんが言葉足らずだから起こっている不思議現象だとウ・サギは思います。
・自分が嫌いは、自分が嫌い(としか感じてしまいほどに生きるのがストレス、しんどい)
・消えてしまいたいは、(今の環境に居続けるくらいなら)消えてしまいたい
・存在を消したいは、(この関係性の中にいる自分という)存在を消したい
という、つまり現状のストレスを訴えているサインだとウ・サギは考えています。「このままでは私が私として生きられなくて、死んでいるみたいです。環境やつながる相手を変えてください」みたいなことを言っているイメージです。あくまでウ・サギ説なので、合っているかはわかりません…!

回答:ウ・サギ

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update 2026/2/18
Q.大人は悩みがあったら誰かに相談しなさいというけど、そんなの綺麗事だと感じる
この記事の担当 ウ・サギ

Q.大人はみんな、悩みがあったら1人で抱え込まず誰かに相談しなさいというけど、そんなのただの綺麗事だと感じるし、そういう声があってもオーバードーズしてしまう若者が増えていたり、辛さや苦しみを話せない人がいなくならないのはどうしてだと思いますか。

A.実に鋭い質問で、大人が向き合わないといけない、大切な問いかけだとウ・サギは思いました。
ウ・サギの答えとしては、そもそも相談は共同作業なので、聞き手の力量が至らないという点がまずあると思っています。だから「相談しなさい」ではなく「相談してほしいので、相談をしてもらえるように頑張ります」とメッセージを発するべきとウ・サギは思いますし、そういう謙虚さや、自分自身に向き合う姿勢が、社会に不足しているように思います。(ウ・サギも気をつけないと……)
次に、大人個人の頑張りのレベルを超えて、社会に「自己責任論」という考え方、「迷惑をかけてはいけない」というウイルスが爆発的に広がっていることも理由の一つだとウ・サギは思っています。自分一人だけで生きれる人はどこにもいませんし、本来、社会というのは助け合い、支え合いで成り立っているものなのですが、みんなそれを忘れてしまって、「困るのは自分のせい、自分の努力でどうにかするべき」という考えが広まってしまっています。生きづLABOとしては、その「迷惑をかけてはいけない」ウイルスに非常に危機感を抱いており(ウ・サギの心の中にも、油断すると増殖してきます)、みんなと一緒に考えていきたいと思っています。
また、コミュニケーションについて、相手の求めている正解を言う形で生き延びるしかなかった人が多いことも、もっと大人は知って考えないといけないとウ・サギは思っています。
1人で抱え込まずに相談してほしい(ウ・サギの感覚で言うならシェアしてほしい)とウ・サギも思うのですが、どうしたらそれが綺麗事ではなく広がるのか、向き合って試行錯誤していきたいです。鋭い質問をありがとうございます。

回答:ウ・サギ

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update 2026/2/15
Q.「友情面の好き」と「恋愛面の好き」の境目ってなんですか?
この記事の担当 所長室

Q.質問です。「友情面の好き」と「恋愛面の好き」の境目って、なんですか?たまに、わからなくなります。教えてください。

A.ウ・サギはこれについては絶対的な回答はないと思います。「友情」「恋愛」と同じ言葉を使っていても、友情や恋愛のニュアンスや求めているものは人それぞれ少しずつ違うでしょうし、その二つを分けない感じ方や考え方も存在します。
とはいえ、個人(個体)ごとに回答はあると思うので、何体かの意見を聞いてみましょう。

*ウ・サギの場合*
感情についてだけ言えば、友情と恋愛の境目はウ・サギはあまりないというか、「好き」は友情でしか生じなくて、「この相手とは恋愛もしたいかも」と恋愛オプションをつけたい意欲が相手や場合で揺れ動きます。いわゆる友達関係と恋愛関係のどちらが上位はないし、恋愛は友情のおまけでしかないので、友達が複数いても構わないのに、恋愛する相手が同時に複数だとダメと言われるのもわかりません……。ちなみに恋愛オプションつけたい意欲は、同じ相手に対しても自分のコンディションによって気まぐれに変化するので、ウ・サギにとっての恋愛感情は「好き」というのは相応しくない何かだと思っています。

*しきぶとんゴロン猫の場合*
わからなくなる気持ち、とてもよくわかる。ゴロン猫は一緒に働き友達だった猫が、今のパートナーになりました。会ってすぐ雷に打たれたような強い衝撃が走り、好きが降ってくることもあるようだけれど、心を許し、共に過ごす時間をいつまでも持ちたいと願う気持ちが徐々にしまってもしまいきれない、そんな好きもあると思う。その境目は難問で曖昧なのかもしれない。

*無ササビの場合*
きっぱり線を引ける人のほうが少ないテーマかもしれないですね。無ササビもハッキリと、こうです!とは明言できないのが正直なところです。ただ、何となく思うこととして、友情面の好きは「一緒にいると安心する」とか「気づいたら話が盛り上がっている」などその人の存在が日常の延長線にあって、恋愛面の好きはそこに少しだけ「特別でありたい」とか「もっと距離を縮めたい」などの要素が混ざってくることなのかなと。境目というより、”その人とどういう関係でいたいか”のイメージが、友情か恋愛かどちらかを判断するヒントになるのかなと無ササビは感じています。

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update 2026/2/15
Q.「子供生むなら子供が自死しても文句言えない」をどう思う?
この記事の担当 所長室

Q.「子供を生むなら、子供に自殺や自傷されても文句言っちゃいけない」って主張する人がいました。皆さんはどう思いますか。

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*記事バージョン* ※読みやすさを考え、動画の字幕から一部変更している部分があります

ウ・サギ 「生んだってことは、どんな出来事になっても受け入れる覚悟は持ってください」って話でしょ?
カエル でも、どんな覚悟に(含まれているのが)自殺や自傷なんだね。センスが良くないね。
ウ・サギ だって、子どもは自分と違う一人の人格だから……。
カエル これはちょっとよく分からないね。
ウ・サギ 文句言っちゃいけないかは分かんないけど、コントロールしようとしたらいけないですよね。
カエル カエルは、生むのと育てるのは別に考えたいカエルなんだよね。
ウ・サギ カエル界それっぽいもんね、結構。
カエル そうなの。生みっぱなしだからね、みんな。
ウ・サギ 割と雑だよね、カエル界の出産。
カエル 育てるんなら「文句言うな」は分かる。生んだから偉いわけでも何でもないからね。育てる時は、産んだ人が育てるわけじゃないから。みんなは子どもの権利を守るべきだと思う。自殺や自傷するのは、きっと育つ時に苦労したからだよ。だから、それは……もし自殺とか自傷があるとしたら、育つ環境を整えられなくてごめんなさいってまず謝罪事項だよね。これ、文句とかいう以前の問題だよね。
ウ・サギ だから、生むことにどこまで責任を求めるかっていうのは難しい。
カエル 政策的な問題だとカエルは思うよ。少子化対策するんだったら、生む人に責任を持たせるのはおかしいと思うよ。
ウ・サギ もっと社会全体で育てようっていう話ですよね。
カエル もう人が余っちゃってしょうがなくて、昔の中国みたいに一人っ子政策とかっていう時には生む側がみたいなことになってくるかもしれないけど、少子化対策云々言うんであれば、やっぱり育てる環境は全力で応援でしょ? そもそも生むっていうのは、限られた人しかできないわけだから。たまたま(生める)限られた人に責任を押しつけるのは変だよね。一番理不尽だと思うな、カエルは。カエル界では考えられないよ。そんな生んだカエルだけが育てるなんて。カエルだけじゃなくて、動物もみんなね。でもこの主張する人は、ちょっと例がいささかぶっ飛んでるねって。
ウ・サギ 自分が苦労した人なのかな? 自分が子ども側で苦労して親に文句言われたとか、そっち方面かなって勝手に想像してましたけどね。
カエル なるほど。もしそういう人だったらそうだそうだって応援するけど。そうじゃなくて、説教垂れてるだけの人の発言ってカエルちょっと思っちゃったから。
ウ・サギ 説教垂れてる人なら、ちょっと特殊ケースすぎるかなって。
カエル だ教育学者とかが偉そうに言ってるのかな? って思っちゃった。
ウ・サギ なるほど。私は過激派なサバイバーかなと思ってましたね。
カエル 過激派サバイバーなら、そうですねって思うし。
ウ・サギ 気持ちは分かるけど、でもそれも子育てはいろいろチームでやらないとダメだよねって話だと思う。あと産むってところに限定すると、どんな子どもが生まれてくるかも選べないですからね。そこは(生まれた後のことを)あんまりイメージを持つのは、さすがにちょっと生む時につらいかなと思う時はありますね。五体満足で……みたいなやつはかなり残酷だなと思う。
カエル 親になる前の●●教室とかあるじゃない? そういう時にちゃんと、1割ぐらいは所謂障がいを持つっていうことがあるんだよとか、セクシャルマイノリティとして生きる人もどれぐらいいるんだよとか、いろんな子どもが生まれてくるけど、どんな子どもでも認めようねっていう話をちゃんとしてほしいね。
ウ・サギ 全然自分の持たないマイノリティ性を持って生まれてきたら、それと一緒に戦う覚悟は必要ですよねって思っちゃう。それを親だけに求めるのも変な話だけど、社会が悪いからなぁ……。
カエル 結局どんな子どもでもオールオッケーとかって言える人の方が少ないじゃん。相性みたいのあるじゃん。 だから、相性が悪い時に「ごめんなさい。相性悪いんで手伝ってください」とか「交代してください」って言える方がいいと思うんだよね。そういうことを言った方が褒められるって言ったら変だけど、苦手なのに嫌なのを隠して我慢してたら、それこそ誰も見てない時に爆発しちゃうかもしれないから。いいんだよ。大丈夫だよ。育てられないって思ってもいいんだよ。そもそも一人じゃ育てられないし。
ウ・サギ それは誰でもそうだね。
カエル 一応ね、カナダは子育て支援進んでるって言われてて、「完璧な人はいない」っていうキャッチコピーなんだよね。もう 30年ぐらい前かな? もっと前かな? 子育てのキャッチコピーは「完璧な人はいません」っていうのが全面に出てる。だからちょっとしたお兄さん係とか、例えば母子家庭だったら近所のお父さん代わりみたいなのとか、あと家族ぐるみのサポート役が近所にちょっと指定されたりとか、いろいろそういうのやってるんだよね。
ウ・サギ だから、自分で全部やらなきゃって思うのも危ういし、「お前が生んだんだからちゃんとやれよ」みたいに思うのも危ういってことですね。
カエル 日本も昔は風習があってね。地域で子育てしようみたいなのあったからね。寝屋子制度とか。それが全部いいわけじゃないけど、親に全部押し付けるんじゃないあり方みたいのをやれるといいね。生きづLABOで提案しよう。

update 2026/2/14