Q.ハーマンさんの「心的外傷と回復」の解りやすい解説動画を作って欲しいです。何度読んでもいまいち理解出来ない所が多くて困ってます。どのように読み進めれば理解に近づきますか?
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Q.親が僕のことを前のほうが良かった、と言うことがあります。僕は全くと言っていいほどどんな自分だったのか覚えていません。気になるけど今と違いすぎるとなんとなくショックだなと感じます。過去のことを聞いた方がいいと思いますか。
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Q.大きい地震がくるのは怖くないのですか?何度も地震がくるうちに慣れてしまったのでしょうか?私は地震があまりこない地域に住んでおり、大きく揺れると思うだけで不安です。年数回ある震度2でもびっくりしてしまいます。
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Q.「素直に言うことを聞かない」のはひねくれてるんでしょうか?
でも、嫌なことを嫌と言うことや、やりたくないことをやらないことや、違うと思うことを違うと言うことは、むしろ素直に感じます。
そもそもひねくれてることって良くないことなんですか?
A.「言うことを聞く=素直」という定義そのものがだいぶ都合のいい表現だなと無ササビは思います。質問者さんが書いてくれた「やりたくないことをやらない」、「違うと思うことを違うと言う」は、自分の感覚に”素直”であると無ササビも感じます。
「ひねくれてる」と言われる時、相手が抱いている”期待通りではない”状態に自分がある場合が多いのではないか?と思いました。それは相手にとっては都合のよくないことかもしれませんが、意図して自分より弱い立場の相手を傷つけるのでなければ、ひねくれていたって(周りや相手に合わせなくても)問題ないのかなと無ササビは思っています。
回答:無ササビ

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Q.私が死にたくなるのは周りのせいなのか思春期のせいなのかわかりません
A.ウ・サギの経験を言うと、思春期は一番多感で感情の揺れは激しかったので、死にたいを最も感じやすい時期だとは思います。ただ、思春期で必ず死にたくなるかと言うと、そんなことはないので、死にたいと思うからには何かしんどいことがあるのは間違いないと感じます。
また、そもそも自分の気持ちは、周りとの関係性でしか生まれないものだとウ・サギは考えています。そして、周りとの関係性は、直接的な人との関わりだけでなく、周りと周りの関係性を見ていて思うことや、社会全体に漂う雰囲気やネットなどで入ってくる情報も含めた複雑なものだとウ・サギは捉えています。それらは重たい何かとして、まだ弱い立場の(自分一人の力では跳ね返せないし、逃げられない)子どもを、揺さぶって消耗させてくるものだと感じます。
複雑であるがゆえに「○○のせい」と言い切るのは難しいですが、自分のせいだけで起こる感情はないとウ・サギは断言したいです。もし質問者さんが「この人のせいかも」と思う人がいるのだとしたら、その人との関わりで傷ついていることは、きっととても確かなのだと思いますよ。
回答:ウ・サギ

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Q.死にたいと思うのと、自分に対して死ねと思うのって、違うと思いますか?
A.似ている部分もあると思いますが、違う部分もありそうだとウ・サギは感じました。そもそも死にたいにも結構種類があって、存在自体なかったことにしたい気持ち、自死という形で気持ちや存在を伝えようとしている場合、自分を殺してしまいたいような激情など、色々あるように思っています。
自分に対して死ねという感情も人それぞれかと思いますが、「死にたい」と「死ねと思う」には何か違いはあって、どんな違いがあるか分析してみたら、自分の気持ちについて何か発見があるかもしれないとウ・サギは感じました。
回答:ウ・サギ

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Q.「働かざるもの食うべからず」は人権侵害だと感じます。
現実食べられずに苦しんでいる人がいることは解決すべき問題だと思います。
その問題を「社会は厳しいんだ」「嫌なら努力しろ」で正当化するのも、人権侵害だと感じます。
どう思いますか?
A.これは「働く」をどうとらえるかによってかなり意味が違ってくるとカエルは思います。働くを本来の意味(自分が自然に備えている力や存在を活用して、自分のできる範囲で誰かの存在や自由の拡大に貢献すること)でとらえるのと、とても窮屈で偏った意味(労働市場に参加して、お金を稼ぐ)でとらえるのでは全然違うと思うのです。
後者の意味でとらえるのであれば、「働かざるもの食うべからず」はおっしゃる通り人権侵害だと思います。でも、前者の意味でとらえると、お金はすごく稼いでいるかもしれないけれど誰かの存在を危うくして、自由を狭めているような「働く」をしている人がたくさんいる構造的な問題があるので、そういう人に対して「食うべからず!」と叫べるのならちょっと爽快だとカエルは思ってしまいます。ただ、一般的に言われるのは後者に近いので、労働=お金を稼ぐことという矮小化が問題であるし、このことわざはその矮小化を助長してしまう恐れがあるとカエルは思いました。ただ、こうして「働くとは何か?」という本質を問い直す機会をくれるので、それはそれで意味があると思います。
回答:生きかたカエル

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Q.志望校をどうしようと、相談したら、母親から「あんたは色々変わってるから頭いいところで吹っ切れてるところに行ったほうが合う人いると思うよ。」と言われました。どう受け止めたらいいですか?また、褒められてますか?けなされてますか?
A.言った母親の気持ちはわからないですが、ウ・サギとしては、褒めてもけなしてもいなく、質問者さんに対しての母親なりの見立てを率直に言っただけの印象を受けました。「あなたはそう思ったんですね」と受け止め、一理あると思った部分があればちょっと参考にして、違うなあと思った部分はスルーしてしまうのはどうでしょうか。ちなみにウ・サギとしては「一理くらいはありそうだけど、けっこう偏った見方をしていそうだな」というのが、母親の発言に対しての感想でした。
一応ウ・サギの周りでも、勉強が得意で凸凹のあるタイプは、比較的自由な雰囲気の進学校に行くと馴染めるというのは聞いたことはあります。でも結局は行ってみないとわからないし、周りは基本的に無責任に好き勝手なことを言うので(自分がその志望校に行くわけではないですからね)、相談して返ってきた答えよりも、それに対して自分が抱いた「モヤモヤ」や「なるほど」などの感覚を尊重するようにウ・サギはしています。
回答:ウ・サギ

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Q.自殺ってなんでしたらだめなんですか。自殺した人の話がニュースで出た時に相談窓口が出るから死んでほしくないのかなと思いました。でも僕はどんな未来を選択してもそれでいいと思います。生きててやっぱり死んでおけばよかったと思うこともあります。
A.世の中の人が何をどう思って「自殺はだめ」と言っているかはわからないですが(それぞれに理由も違うだろうと思います)、ウ・サギの考えとしては、自死は「社会に追い詰められたがゆえの死」、つまり「社会が個人を殺した」殺人事件だと捉えています。だから、殺人事件が起こることを肯定しないのと同じ意味合いで、自死が起こることを肯定はできない、というのが世界平和を願うウ・サギの立場となります。自死は「この苦しい世界で生きるよりはマシ」という消去法の選択だとウ・サギは思っていますし、そんな究極の二択しかない中で選ぶしかなかったものは、自由な選択だとは言えないと感じています。
もしも、誰もが安心・安全に、衣食住が保障されていて、感じることや考えることが尊重される中生きているなら、自ら死を選ぶことを選択と言うこともできなくはないかもしれません。でも今の社会で起こっている自殺は、この社会が個人を追い詰めている要素が圧倒的に多いとウ・サギは考えています。
ただ、だからこそ、相談窓口が解決策のように見なされる風潮には、ウ・サギは違和感を抱いています。私たちの社会がとある個人を追い詰めた殺人事件だとしたら、まず一番に注目して変わるべきは、この社会構造であり、そこまで追いつめられない側にいる私たちの生き方や在り方であるからです。せめて「相談してください」ではなく、「相談もできないような心理状態にしてしまってごめんなさい」「相談してもすぐにはどうにもならないような問題を抱えさせてしまってごめんなさい」と頭を下げ、「そんな現状を変えるために頑張るので、もう少しだけ待ってもらえませんか」「何が問題なのかの本質を知りたいので、話をしませんか」とお願いするのが筋だとウ・サギは思っています。個人に相談を促すことで自死の問題を解決しようとするなら、それは自死を個人の問題だと扱っているとみなされても仕方ないと思っていますし、そのときに「個人の問題としてあなたたちが自死を捉えるのなら、自ら死を選ぶことも個人の自由じゃないですか?」と感じてしまうのは自然な現象だと思います。
だから、自死を自由だとは思えない立場のウ・サギですが、質問者さんの言っていることやモヤっとしたものはある程度わかっているつもりだし、筋も通っていると感じているところです。
回答:ウ・サギ

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Q.進路を調べろっていうけど、そこで生きてけるかどうかっていう情報はどこにも載っていないのに、何を見ろって言うんだよーと心が叫んでいます。生きていけるかどうかは、何を見て、どうやって判断材料を用意して、判断すればいいのでしょうか?
A.とてもまっとうな叫びだとウ・サギは思いました。生きづLABOに寄せられる声を見ると、進路を重く見る大人がけっこう生息しているようで(人生を左右する大事な選択、きちんと考えて決めなさいといった雰囲気なのでしょうかね…)、いやいやそんなに世界は単純じゃないですよ……?といつも疑問を抱いているウ・サギです。進路は全然関係なかったね、という職業や生き方にたどり着いている民がウ・サギの周りには多いのですが、そうじゃない世界も多いのでしょうか。
そこで生きていけるかどうかについては、質問者さんの言う通り、どこにも情報は載っていません。大事なポイントは、そこで生きていくのは「自分」という点だとウ・サギは思っています。どんなに高学歴になって大企業に入っても、そこが自分に合わなければ人生は絶望にさえ感じるかもしれませんし、合わないまま無理をしたら、体や心を壊してしまうかもしれません。つまりポイントは、自分の合う・合わないに気づく感性と、自分を守る(心地よく生きる)ための選択をする力や人とのつながりを育てていくことだとウ・サギは考えています。心が叫んでいる質問者さんは、すでに感性はとても働いている状態にありそうですが、それがゆえに感性よりも常識優先になってしまった周りの大人と相性が合わなくて、戸惑いを抱いている今なのだろうかと想像しています。
学校で言われる進路については、極論行ってみないとわからないですし、さして調べずにフィーリングで選んだっていいとウ・サギは思っています。最近は学校のクチコミみたいなサイトもあるはずなので、そこで校風や雰囲気を調べるのは、一つの材料になるかもしれません。もし就職だとしたら、少しでも興味を持てそうなところか、自分にとって楽そうかとか、そういう軽い理由で全然構わないと思います。ぶっちゃけ、そこに行ってみて、合う人が一人でもいるかが最も大きい要素になるとウ・サギは感じています。
回答:ウ・サギ

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