PAGE
TOP
タグ働く
Q.両親が喧嘩の声がよく聞こえて辛い。何か対策はないか?
この記事の担当 所長室

Q.両親がよく喧嘩し、その声が聞こえるのが辛いです。弟も、大きな音をたててドアを閉めたり、怒っています。私は自分の部屋にこもるようにしていますが、家ではあまり療養できていないのではと不安になります。何か対策はないか一緒に考えてほしいです。

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2025/12/14
Q.進学を急にダメと言われてしまった。進学は諦めるしかない?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.進学を急にダメと言われてしまった。
最初は就職でも進学でもいい、どの分野でもいいと言われていたのに理由もなく急に”進学ダメ、就職にして” と急に言われてしまってどうすればいいか分からない。
進学は諦めるしかない?

A.おそらく親に言われたのだろうと推測しますが、現状として親の援助がある前提で進学する仕組みであることに、まずカエルは異議を唱えたくなりました。
少ない情報からなので進学がどれほど可能そうかは答えられないですが、もし進学をいったん諦めるという方向性になっても、それはすなわち「進学を全く諦める」ということにはならないとカエルは思います。今は諦めても今後に進学する道はあります。カエルも社会人になってから通信教育で学び直しをしましたが、現役の大学とは比べ物にならない学びが深まったと思っています。また、回り道をすることがネガティブなイメージがあるかもしれませんが、学ぶタイミングや動機は本当はそれぞれ違うと思います。親に振り回されることもあるかもしれませんが、それがすべてではないので、自分らしい道を探していくことをカエルは応援しています。
親の理解や援助がない中での進学も、方法はなくはないので、もし詳しく聞きたい場合はまた質問をください!

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2025/12/12
Q.会社で男だけ寮が用意されているって性差別ですよね? 
この記事の担当 ウ・サギ

Q.会社で男だけ寮が用意されているって性差別ですよね? 逆の場合でもいいので、同じ悩みの人いたら教えてほしいです!

A.会社は資源(資金、人材)に限界があるので、男しか寮がないこと自体は性差別とまでは言い切れないと思うのですが、寮と同等の費用で住めるほどの家賃補助がないのであれば、それは性差別の範囲に入るかな…というのがウ・サギの感覚です。このあたりは詳しいわけじゃないので、あくまで一意見として受け取ってください。
補足で、情報伝達において会社側に至らない部分があったことと、寮があるのが会社を選んだ理由だったということが書かれていたので、それであればショックや憤りを感じるのも当然だろうと思います。平等や公正は本来であればすべて叶ってほしいのですが、リソースとの兼ね合いで完璧にはいかないところがあるのが…とても悩ましい部分だとウ・サギは思っています。でも不利益がある現実は納得できないものですし、腹も立っちゃいますよね…。

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2025/12/12
Q.職場で噂された者です。いつどこの誰が広めたかわからないので、まだモヤモヤしています
この記事の担当 ウ・サギ

Q.職場で噂された者です。ウ・サギさんの言う通りちょっとした理由で噂をされてモヤモヤしました。説明不足で申し訳ありません。それに、いつどこの誰が広めて上司の耳に入ったのかわからないので(広まって数日経っていたらしい)、まだモヤモヤしています。

A.「Q.職場でなぜか私の聴覚に障がいがあるという噂があった」の質問者さんですね。質問の雰囲気からは障がいを差別するような気持ちがないのは感じていたのですが、文章の一部だけが読み手の目に入ったときのことを考えて、ちょっと補足を入れさせてもらいました。(このあたりの配慮はサイトで編集や補足できるので、説明不足だとも思っていないですし、気にしないでくださいね)
自分の全然知らぬところで自分についての話が広まっているのは怖くて当たり前ですし、モヤモヤも大きいものだと思います。いつ誰が広めたの?と問い詰めていくのもそれはそれで大変でしょうし、困りますね……。自分の個人的な事情の範囲のことが(真偽問わず)勝手に噂になっていく職場は、なんだか安心して過ごせない気がしますし、仕事だから行かざるをえないと思うので、モヤモヤやザワザワがおさまりづらそうです。

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2025/12/8
Q.サポートを受ければ私も働けるかもと思う一方で、意欲が湧いてこない自分が嫌になる
この記事の担当 生きかたカエル

Q.障害年金や生活保護を活用しつつ、働く上での支援やケアやサポートも受けながらなら、私でも働けるのかもしれないと思う一方で、そこまでして働かなきゃいけないのかなって気持ちが強く出てきてしまう。意欲が湧いてこない自分が嫌になる。

A.意欲がわいてこないのは、準備が整っていないからだろうとカエルは思います。
まだ、安心安全の保障や、自分の存在や力へのある程度の信頼感など、社会に貢献するために必要なものが整っていない時点ならば、イメージがわかなかったり、懐疑的になることは自然だと思います。もちろん、個人差があるので、そうした準備が整っていても「働きたくない」と思う人はいるかもしれません。そして、必ずしも自分から積極的に「よし働くんだ」という意欲を前面にして働くようになるのではなく、「仕方ないけど必要だから働くかな」ぐらいの意欲が自然だと思っています。
また、物事を継続することは簡単なことではないので、働くようになっても体調や環境、その時のいろいろな条件の中で、働きたくない気持ちが大きくなることも自然だと思います。これは働くことだけではなく、あらゆることに対して意欲のある時もあれば、そうでもない時もあるというのが当然なのかなとカエルは思っています。そうした、気持ちやモチベーションの揺れにつきあいつつも、自分なりに向き合い続けることを含めて、生きることそして働くことだとカエルは思うのです。
そして、働くシリーズで質問をしている質問者さんは「働くこと」というキーワードをめぐって問いが展開しているようですが、実は「働くこと」に含まれる別のことに引っかかっているようにもカエルは思えます。働くことの中に本質的な何かが隠されているような気がするので、一度、テーマから離れてみると何か見えてくるかもしれないと思うカエルでした。

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2025/12/6
Q.前質問を送った者です。ケアやサポートを受けながらの活動なら「働く」ができるかもと思いました
この記事の担当 生きかたカエル

Q.Q.どうしても働きたいと思えない人は、死ぬしかないのでしょうか?の質問を送った者です。私の場合、支援やケアやサポートを受けながら、何かの活動をする形なら、楽しさや安心感を感じつつ「働く」ができるのかもしれないなと、なんとなく思います。

A.はい、その通りだと思います。あらゆる人たちがそれぞれに安心や安全が確保され、その人の力や興味関心にあった役割を果たせる社会になることをカエルはいつも願っています。そのためには今の社会のことをいろいろな角度から検証して、改めてどのような価値に基づいて社会の在り方を検討していく必要があると思っています。生きづLABOもそのための研究機関です。

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2025/12/3
Q.「働きたくない」の違う表現を考えたら「休みたい」とかが出てきた。こんな感じでいいの?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.「働きたくない」の違う表現を私自身で考えたんですが、
「もう頑張りたくない」とか「これ以上の苦痛は嫌だ」とか「やりたいことをしたい」とか「休みたい」とかしか出てきません。
こんな感じの違う表現でいいのでしょうか…?

A.はい、そうした表現をする方が、社会に対して正しく理解をしてもらえるかとカエルは思います。「働きたくない」と表現すると、誤解を受けかねないと思います。だから、つまり「働きたくない」というのは、個人の気持ちという切り口からの表現で、掘り下げていくと、社会について考える機会(働くの本質は何?今の働くはどう偏ってしまっているの?…)になります。
「もう頑張りたくない」と言われれば、そう思うほど頑張り続けてきたのか、それはどういうことだ?と疑問につながりますし、「これ以上の苦痛は嫌だ」と言われれば、そう思うほどの苦痛は何だろう?と知りたくなります。また、「休みたい」と言われれば、何から休みたいのだろうかと、その発言の背景や理由を社会のこととして対話することができます。
まぁ、「働きたくない」と言われても、「どうして働きたくないのですか?」とカエルは深めたくなるのですが、相当の深める志向の持ち主ではない限り、「何、わがままなこと言ってるんだ」という印象を持たれてしまうように思います。だから、自分の気持ちを社会と結びつけて、表現する機会が、この社会が少しずつ変わっていく機会になるとカエルは思っています。でも、苦しさが強くなるとそんなことまで考える気力もなくなりそうですし、そもそも社会について知る機会も、権利について学ぶ機会も少なすぎるのでそのあたりも課題かと思っています。

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2025/11/30
Q.どうしても働きたいと思えない人は、死ぬしかないのでしょうか?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.生活保護は、働けるのに働かない人は受給できないといった感じのことを、生活保護に関する本で見ました。では、どうしても働きたいと思えない人は、死ぬしかないのでしょうか?

A.少し前にも「働く」ことについて回答しましたが、世の中の「働く」のスタンダードがおかしくなってしまっているので、「働けるのに働かない人」の誤解を生みだしているように思います。

カエルはの認識では、どんな人でも、自分の持っている資源を活用して働くことができると思っています。もしも、働けない人、働きたくない人がいるとしたら、それは働くための条件や準備が整っていないことが理由だと考えます。
例えば、体が健康な人がいたとして、でも、オオカミに育てられたとしたら働くことができないだろうと思います。それはなぜかというと、教育の機会がなく、学ぶことができなかったからです。それと同じように、その人の学び方に応じて必要なことを学ぶチャンスが、実はあるようでありません。

ポイントは「その人に応じた学び」の保障です。
学校の学び方はどうしても画一的で一方的であるがゆえに、それに合わない子どもは一定数います。また、生活が不安定で学ぶどころではなく、学ぶチャンスを得られなかった人もたくさんいます。虐待やいじめなどの暴力に怯えていたら、学ぶことができません。自分に降りかかる危険のために備えること、回避することにエネルギーを注ぎ、生き抜くための特殊なサバイバルスキルは身につくかもしれませんが、それが働くことに役立つかというと役立つことは少なく、多くは働くことを阻害してしまいます。

そして、人々が働くことを最も妨げているのが、日本社会の「働く」の大部分が、企業の都合で人材や働き方が決められていることです。
それに無理なく合う人もいるかもしれませんが、少なくない人たちが、その枠にはまろうとして無理をしています。無理をしてストレスや疲労が蓄積する人もいますし、合わせすぎて心身を崩す人もいます。また、合わせられない人は「働けない」「社会に適応できない人」という一方的な評価をされてしまいます。本当の課題は、ものすごく狭い枠にいろいろな人たちをはめすぎていることなのに、ハマれない人のせいになります。これは本当におかしなことです。

つい、熱くなりました…苦笑 カエルは世の中の「働く」を見直したいと思っています。このように「働く」が変わるとしたら、質問者さんの意見はどうなりそうでしょうか。
今の「働く」を見直すためには、質問者さんのように、今の働くことへ疑問や絶望がある人の声が必要なので、死ぬしかないどころか、生きて意見を届けてほしいとカエルは思っています。

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2025/11/28
Q.自分のことを肉食系だと思っていて友達との冗談で例えていたが、就活で人間扱いされず泣いた
この記事の担当 ウ・サギ

Q.自分のことを肉食系だと思っていて、よく友達との冗談で動物(トラとかライオン)に例えていますが、就活の時に某企業の選考で人間として扱われなくて泣きました。自分で自分のことを言うのは楽しいですが、他人から言われたり扱われたりするとつらいです。

A.肉食系と言えば恋愛に積極的な人をさす表現としても使われていますが、質問者さんの自認する肉食系は、また別のニュアンスのオリジナルな肉食系でしょうか。ちなみにウ・サギは肉を食べるのが好きなので、周りから肉食獣と言われることはあります。
それはさておき、「自分で自分で自分のことを言うのは楽しいですが、他人から言われたり扱われたりするとつらいです」は、もう本当にその通りですよね……と共感しました。楽しさを人と共有するのは案外難しくて、ウ・サギも楽しい自虐だと思ったもので相手を困らせてしまったり、相手が楽しいと思ってるだろうことで「え?」となってしまったり、うまくいかないことは結構多いです。

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2025/11/28
Q.どうして「働きたくない」という気持ちが軽んじられ切り捨てられる現実があるのか?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.どうして「働きたくない」という気持ちが、軽んじられて切り捨てられる現実があるのでしょうか。
「働きたくない」の裏にある切実な苦痛や絶望や罪悪感に、当たり前のように寄り添ってもらいたいって、理想論かもだけど、願ってしまいます。

A.世の中の「働く」があまりにも狭くて歪なものとして理解されているための気持ちではないかというのが、カエルの見解です。おそらく質問の中の「働く」は賃労働のことだろうと推測します。つまり要素的には
①組織に雇用されて組織の都合で用意された条件に合った仕事をする
②組織の都合に合った仕事をすることで、対価をもらう
③なおかつその稼ぎで自分の生活費を賄う
の3条件が当たり前に含まれるとなると「働く」は一部の人にとってとても過酷なことであり「働きたくない」と思うのは当然だと思います。それは個人の気持ちではなく、もはや社会の課題への問題提起だと思うからです。ただ、「働きたくない」と言ってしまうと、働く意欲がないとか、個人の気持ちの問題とかわがままだとか言われて批判されてしまい、本質が伝わらない可能性があるため、違う表現をした方が真実が伝わるのではないかと思うところはあります。
カエルにとって「働く」とは、社会の一員として、その人なりに支えあいに貢献することだろうと捉えています。貢献というのはとても幅広く、あらゆる人や人だけじゃなく動植物祖含む自然環境も、できるだけ持続可能に豊かにあるためへの貢献だと思っています。だから企業で働くことだけでもなく、お金を稼ぐことだけでもなく、経済的な自立と直結することではないと理解しています。
また、働くためには権利が守られているのが前提で、権利が守られてない人や過去に権利が守られていなかった後遺症で苦しむ場合は、まずはケアをされるところからはじまるべきだとも考えています。安心安全、理解、ケア、チャンスが保障される中にあればだれもが働くことは可能であり、それは過度な苦しみや負担は起こらないでしょうし、働くのが嫌だと抵抗をする必要もないと思います。むしろ、働くこと(労働)が喜びや自己実現につながっていくものと思っています。
このあたりは、マルクスというとても有名な哲学者でもあり、経済学者でもある人が随分と前に主張しています。カエルはマルクスさんが考えた「働く」のとらえ方は今の社会を見直すときに一つの参考になる考え方だと思っています。きっと他にも「働くって何なの?」って考える機会がそもそも必要だと思うので、こうした質問はとても大切だと思っています。

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2025/11/22