Q.心がしんどいのに親が学校行きなさいと言うもう疲れた。
A.それはとても疲れますね。もっともな気持ちだと思います。
心の中で、親は犬(何か他の動物でもよい)で、話しているのは鳴き声ぐらいに変換してしまうのはどうでしょうか。カエル的には魔法をかけて、あなたと一緒にいるときには親をカエルにしてしまいたいぐらいです(質問者さんがカエル嫌いなら別の動物にします)。
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Q.心がしんどいのに親が学校行きなさいと言うもう疲れた。
A.それはとても疲れますね。もっともな気持ちだと思います。
心の中で、親は犬(何か他の動物でもよい)で、話しているのは鳴き声ぐらいに変換してしまうのはどうでしょうか。カエル的には魔法をかけて、あなたと一緒にいるときには親をカエルにしてしまいたいぐらいです(質問者さんがカエル嫌いなら別の動物にします)。
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Q.私の人生には「にげる」しかコマンドがない。
そのせいでろくでもない人生になっていると思う。
一体どうしたらいいんだろう。
A.その「にげる」コマンドの背景には、何かに向き合いたいと思えるだけの愛着や信頼、安心感などを世界に抱けなかったという事実(関係性)があるようにウ・サギは感じました。だとすると、「にげる」は、そうするのが自分を守るためには合理的だった、そうせざるを得なかったという、ある意味選択肢がない中での唯一のコマンドだったのかなと考察しています。
質問者さんを取り巻く環境がどういったものだったかはわかりませんが、周りと感性などが合っていなかったり、小さなことでも信頼できなさを察してしまったり、自分でも意識しきれないうちに大小さまざまな違和やモヤモヤを積み重ねてきたのかもしれないと想像しています(このあたりの想像や考察が的外れに感じられたらすみません…)。ちなみにウ・サギは閉じこもりがちな性格で、不安が強く疑り深いので、「かかわる」というコマンドに気づくのに、周りと比べると随分時間がかかったように思います。「もとめられたことにおうじる」は得意だったのですが・・・。
一体どうしたらいい・・・難しいですね。でも何かがつらい、どうにかしたい、と感じていること自体が、とても人間らしく、ちょっと大げさかもしれませんが、いわゆる第二の誕生のような現象かもしれないと感じています。ウ・サギ調べでは、多くの人は「それっぽくふるまう」「ながされる」という、コマンドとも言えないオートマモードで生きている印象なので、周りと比べても案外、質問者さんの現在地が遅れているわけでもない気がします。
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Q.熱中できることを見つける方法を知りたいです!今人生舐めプみたいな感じで勉強もしなくてもある程度できるしみたいな、あてもなく歩いてます。たすけてー
A.やみーペンもあんまり熱中出来ることないし、最近のペン生は舐めプ気味かも?「こんな人生(ペン生)を過ごしたい」って理想があるほどこれでいいのかなぁって悩むのかな……
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Q.昔のネットが好きだったが
みてて 辛い
なんかゆるい個人サイトやブログが消えた
ショックだ
A.ウ・サギは昔のネットにそこまで詳しいわけではないですが、発信が過激になって、とげとげしてきたことはとても感じます。そして、その背景の一つとして大きいのは、アクセス数を稼ぐほどお金が儲かる仕組みができてしまったことだと思っています。だからそうじゃない形でのネットのあり方を考えていかないとだよね…と最近周りとも話していました。せめて生きづLABO界隈(?)は、ゆるい空気でいたいところです。
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Q.つい熱くなると声を荒げて?言い方が強くなってしまいます。どうしたらいいですか?
A.やみーペンも言葉悪くなる時がある!!けど普段我慢してるのが暴走しちゃうから言葉強くなる…って気づいてからは、普段から少しずつ我慢しないで過ごすようにしたら、少しずつそういうことなくなってきたかも……?
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Q.親と弟が「一人暮らしした方がいい。(以下略)」と話しているのを聞いて、正論だけど絶望しました。私はずっと実家暮らしなので。
A.親と弟が、質問者さんのことについて、「一人暮らしした方がいい」と話しているのを聞いてしまったということですかね。学校が苦しくて学校に行っていないときに、親同士が「学校には行ってもらわないと…」と話しているのを聞いてしまったのと似たシチュエーションを想像しています。
補足には、退職に追い込まれ、今は頑張らないことで精神を安定させているとあったので、質問者さんは適切な選択をしているようにウ・サギは思いました。世の中には「この生き方が正解」「こうなるのが一人前」という像がありますが、一人ひとり能力の形も求めるものも違えば、時によって状態も違うので、正解があることが間違いだとウ・サギは感じています。限定的なものが唯一の正解とされてしまえば、それ以外のものに負のレッテルが貼られることになりますが、正解が決まっていなければ、どんなものにもその人なりの意味があるというフラットな地点から話が始まるはずです。結論ありきの論は、どんな論だろうと暴論だ…!とウ・サギは怒りたい気持ちになりました。
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Q.どうして「働きたくない」という気持ちが、軽んじられて切り捨てられる現実があるのでしょうか。
「働きたくない」の裏にある切実な苦痛や絶望や罪悪感に、当たり前のように寄り添ってもらいたいって、理想論かもだけど、願ってしまいます。
A.世の中の「働く」があまりにも狭くて歪なものとして理解されているための気持ちではないかというのが、カエルの見解です。おそらく質問の中の「働く」は賃労働のことだろうと推測します。つまり要素的には
①組織に雇用されて組織の都合で用意された条件に合った仕事をする
②組織の都合に合った仕事をすることで、対価をもらう
③なおかつその稼ぎで自分の生活費を賄う
の3条件が当たり前に含まれるとなると「働く」は一部の人にとってとても過酷なことであり「働きたくない」と思うのは当然だと思います。それは個人の気持ちではなく、もはや社会の課題への問題提起だと思うからです。ただ、「働きたくない」と言ってしまうと、働く意欲がないとか、個人の気持ちの問題とかわがままだとか言われて批判されてしまい、本質が伝わらない可能性があるため、違う表現をした方が真実が伝わるのではないかと思うところはあります。
カエルにとって「働く」とは、社会の一員として、その人なりに支えあいに貢献することだろうと捉えています。貢献というのはとても幅広く、あらゆる人や人だけじゃなく動植物祖含む自然環境も、できるだけ持続可能に豊かにあるためへの貢献だと思っています。だから企業で働くことだけでもなく、お金を稼ぐことだけでもなく、経済的な自立と直結することではないと理解しています。
また、働くためには権利が守られているのが前提で、権利が守られてない人や過去に権利が守られていなかった後遺症で苦しむ場合は、まずはケアをされるところからはじまるべきだとも考えています。安心安全、理解、ケア、チャンスが保障される中にあればだれもが働くことは可能であり、それは過度な苦しみや負担は起こらないでしょうし、働くのが嫌だと抵抗をする必要もないと思います。むしろ、働くこと(労働)が喜びや自己実現につながっていくものと思っています。
このあたりは、マルクスというとても有名な哲学者でもあり、経済学者でもある人が随分と前に主張しています。カエルはマルクスさんが考えた「働く」のとらえ方は今の社会を見直すときに一つの参考になる考え方だと思っています。きっと他にも「働くって何なの?」って考える機会がそもそも必要だと思うので、こうした質問はとても大切だと思っています。
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Q.いまだいたい30近くです。まだまだこれから先のことなのに老後が心配になりました。老後の貯金や仕事のこともし身寄りが無かったらどうしようと言う不安感があります。
A.日本は社会保障が比較的進んでいるとカエルは思っているので、そんなに贅沢な暮らしを望まなければ、生活の心配はしなくてもよいとカエルは認識しています。カエルは生活保護を含めた保障の仕組みを紹介したり手続きを手伝ったりすることが多く、どんなものかはだいたいイメージができるので、今は使っていないですが、働けなくなった時には使えるものがあるから大丈夫だと思えます。身寄り問題に関しても、時代の変化で身寄りのない人が増えていることから、対応策が研究されたり、増えたりしています。つまりは、今の日本社会においては、最低限の社会保障はある程度あって、生活できなくなる心配はしなくても大丈夫だと思います。
ただ、そうした制度があまり知られていなかったり、誤解されていたりすることもあり、うまくつながらないこともあるので、予め知る機会は必要かもしれません。また、困ったときや心配なことは相談機関に相談して、実情を伝えるということもとても大切だと思っています。すぐにどうにもならなくても、そういうことで困っている人とか不安なことがあるという声が伝わらないと、困っている人や心配事はいないことになってしまうので、声を上げること、相談することには深い意味があるのです。
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Q.僕は優等生というレッテルを貼られて生きています。完璧で社会一般が望む姿でいようと努力しています。家でも一人でいられる場所はありません。これまでの定期テストは高得点ですもうすぐ二学期の期末テストがあってすごく苦しいです。どうすればいいですか?
A.完璧で社会一般が望む姿・・・それは苦しそうです。それぞれが自分らしく過ごし、人権を守り合い生きられる世界をウ・サギは望むのですが、どうやら今の社会一般は違う部分(能力など)に目を向ける傾向があって悲しくなります。ちなみにウ・サギもおそらく質問者さんと近いくらいお勉強の得意な民ではありましたが、優等生を望むような大人が周りにいなかったので、自分が優等生だとか、そうあり続けるために努力しなくてはとか、そんな発想もなく呑気に生きていました。(これは自慢?ではなく、いかに環境によって考えは左右されるのか、の実例として出しています)
質問者さんは周りの期待や、規範の強い環境にいるのかなと想像しています。そして子どもは立場が弱いので、周りの期待があると、それを自分で跳ね除けたり、自由になるのはとても難しいものだと思います。だからそれをゆるめてくれるような、自由な大人と出会えたらいいのですけどね・・・。成績じゃない部分を見てくれる先生とか、成績なんて気にしないタイプの同級生とか、そういう人は周りにいないでしょうか…。またよかったら生きづLABOにも質問してください。
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Q.学校に行きたくありません。私自身特に理由があるわけではないのですが、周りの子達と合わせたり、ずっと一人でいることがしんどいです。今は夏休みなので大丈夫ですが、夏休み終わりに行けなくなってしまう気がします。
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