Q.一生治らない病気を持っているのですが、常に病気に気遣いながら生活するのがつらくなってきてしまいました。
A.常に何かに気を遣いながら(他の多くの人の抱えていない不自由を抱えながら)生活すること、そしてそれが一生続くだろうことは、独特な重みのあるつらさのようにウ・サギは感じます。
だから安直に励ましも慰めもできないなと思いつつも、吐き出せる場所でどんどん「つらい」と言ってくださいと伝えたくなりました。
Q.一生治らない病気を持っているのですが、常に病気に気遣いながら生活するのがつらくなってきてしまいました。
A.常に何かに気を遣いながら(他の多くの人の抱えていない不自由を抱えながら)生活すること、そしてそれが一生続くだろうことは、独特な重みのあるつらさのようにウ・サギは感じます。
だから安直に励ましも慰めもできないなと思いつつも、吐き出せる場所でどんどん「つらい」と言ってくださいと伝えたくなりました。
Q.親が、喧嘩します。話して解決とか言ってるくせに怒鳴ったり、自室へひきこもったり、むししたりしています。呆れています
A.むしは困っちゃうなあ
親のことは生きかたカエルがくわしいから聞いてみる!
*生きかたカエルから補足*
大いに呆れましょう
親を客観的に見て、呆れられるのは大したものです。
あなたのその呆れる感性をわかってくれそうな大人を見つけたら、キープしてください。(大人じゃなくても、いいのですが)
Q.弟に依存をされている気がします。消耗し合うような関係性を辞めたいです。お互いにとって良い選択は何でしょうか。
A.依存をされているような気がすることと、消耗し合うような関係性を辞めたいということを自覚している時点で解決のスタートラインに立派に立っているようにお見受けしました。
ただ、現実的に難しい事情もあるが故、「分かっているけれど、どうにもならない」という気持ちもあるのだろうと推察します。
大切な点として
①第三者に手助けしてもらうこと
②物理的に離れること
この2つが挙げられると思いました。
カエルとしては、あなたがこのように自覚し意思を表明している点を根拠として、あなた自身が家を出ることを推奨したいです。(家を出るための参考記事はこちら)
弟さんのことは心配かと思いますが、それは第三者(支援者)に任せていいと思います。
Q.働かないといけないのに、アルバイトもボランティアもハードルが高すぎます。
A.ハードルの高いことを無理してやることにいいことはないとカエルは思っています。あなたにとってハードルが高くないことを見つけることが大切だろうと思います。
働かないといけない事情がどのようなものかわかりませんが、お金の問題なら使える手助けは活用しつつ、まずは自己理解と一人でもいいので自己理解をアシストしてくれる誰かを見つけることから始めることをおススメしたいです。
Q.最近、ネガティブ・批判的な言葉を見聞きするのが辛くなってきてしまいました。
ネットニュースは見ないようにし、だんだんとテレビや新聞も避けるようになりました。
自分に向けられた言葉でないので考えすぎなのはわかっていますがどうしてもつらいです。
A.自分に向けられた言葉じゃなくてもつらくなる現象、わかる…!と思いました。
澱んだ空気を吸うと体がダメージを受けるように、淀んだ感情を吸うと心にダメージを受ける気がしています。そして、もしそのようなメカニズムなら、体質を変えるのは難しいので、回避するのは最良の対象法だとウ・サギは感じました。
Q.私の兄は障害を抱えています。
そのため両親が亡くなった時には、私が兄を支えるべきと周りの人に言われ続けてきました。また兄のことについて相談されることが多く、私は「障害を抱えた兄」の弟という属性でしか見てもらえないのだ。と軽く絶望しています。
A.きょうだいだからと言って、支えるべきというのは周囲の勝手な押し付けだとカエルは思います。
今は障がいのある人たちへの意思決定支援というものが福祉制度として位置づけられていて、専門家に任せることもできますよ。
カエルの個人的な考え方としては、家族は家族であるだけで抱えてきたものがあると思いますので、積極的に担いたいという希望があれば別ですが、専門家に任せてもいいと思います。今は両親がいて、お兄さんのことを決めたりしているのだろうと思いますが、両親が年老いたり、亡くなったら(別に元気なうちでもカエルはいいと思っていますが)、成年後見人をつける方法もあります。
とにかく、あなたが周囲からの扱いに軽い絶望をしてしまう気持ちを心から支持したいです。自分と兄のことを切り分けて考え、自分としての気持ちや意思をお持ちだという証だと思います。
Q.お父さんとお母さんがいつも喧嘩していて、自分ももやもやしてしまう。それが1年半続いているから、精神的につらい。
A.うん、喧嘩はこわいしイヤだ。
どうしたらいいかわからないから、生きかたカエルに聞いてみるね。
*生きかたカエルから補足*
もしも、もやもやの中に「自分のせいかも」という気持ちがあるのなら、その心配はしなくてもいいことは伝えたいです。喧嘩をするのは、100%親の事情なのです。
その親の事情が、本来はのんびりと過ごしたい生活の場に持ち込まれているのですから、もやもやして、精神的につらいのは当然だとカエルは思います。そうはいっても、親の事情なので、どうにかできるわけでもないのがまたつらいところです。
ただ、「わたしは、喧嘩はいやだし、やめてほしい」と思ったり、言ったり、叫んだりする権利があります。家から距離を置いたり、もやもやを誰かに相談したり、話したりすることもできます。
「つらい」と思えて、こうして伝えられる力をカエルは支持します。
Q.外出先で人の声など騒音に悩まされる事が多く、外出するのが億劫になってしまいました。けれどどうしても人が集まる場所(病院や公共施設など)に行かなければならず、すごく疲れます。どうすればいいのか分からず自分でも困っていて、毎日辛いです。
A.音に過敏なんでしょうか。最近だと、イヤーマフをつけたり、イヤホンで自分の好きな音で書き消す人もいますね。
もしも、コンディションによってうるささが異なるのであれば、調子を見ながら外出するとか?(きっと、そんなこととっくにやっていそう…)
カエルとしては、「こうしたらいいよ!」という知恵がすぐにはないので、つらくて疲れることは受け止めました。
そんな騒音の中で暮らさなくてはならないことは他の人たちはあまりに知らないと思うので、これを読んだ読んだ人から、何かアイディアがもらえるかもしれません。
Q.現在高校生です。
中学の頃に不登校で今は高校に通っています。
将来のことを考えると不安なので今遅れを取り戻すために勉強をしているのですがスタディサプリというスマホアプリを使っているので誘惑に負けそうになっています。集中する方法ってありますか
A.なるほどです。ウ・サギの身近にいる人間には、中卒で生きている人も何人かいるので、「学歴や学力=将来の安定」という単純な話でもないとは伝えたくなりますが、今の人間界を見ると不安を感じるのも自然なことだと思います。
集中するための方法については、自分がどうすると集中できるのか・モチベが保てるのか、または逆に誘惑に負けてしまうのか、をまずは突き止めることをおすすめしたいです。
あとは、不安が強くなると不安をかき消したい欲求から、むしろ誘惑に負けやすくなる気がするので、将来への不安を少しでも和らげるのも集中につながりそうだと思います。
それらを総合して考えると、自分の頑張りたいことにほどよく寄り添ってくれる、協力してくれる、不安について話せる人間やアイテムを見つけるのが一番有効な気がします。
・褒められた方がモチベが上がるのか
・「よし、頑張れ」みたいに優しく激励されたいのか
・誰かと競い合う方が楽しめるのか
・誰かと協力して何かを目指す方が続けられるのか
・信じて放っておかれる方が頑張れるのか
どんな人やアイテムがいいのかは、人それぞれ個性があると思うので、具体的なおすすめまでは紹介できませんが、あなたに合う方法を見つけられたらいいな、と思います。
あとは、どれくらい、どんな休息があるとパフォーマンスが安定するかも知りたいところですね。
ちなみに、勉学の能力よりも、自分の操り方やケアを知っていることが、生きていく上で大事なんじゃないかな?とウ・サギは思っています。
(根性論で頑張り続けていたら病んでしまい、立て直すのにとっても時間がかかってしまった経験があるので…)
Q.29歳、実家暮らしの無職です。なるべく見ないようにはしているのですが、SNSなどで「実家暮らしニートは甘え」「子供部屋おじさん(おばさん)」というような心に刺さる言葉が目に入ってくることがあります。これらの言葉に傷つくのも、甘えですか?
A.「甘えですか?」との最後の問いかけに、おそらく周囲から「あなたは甘えている」と言われることが多いのかなと推測しています。
「甘え」という言葉は、他の誰かに向かって使う方が多いように思います。どのような時に使うのか考えてみましょう。
おそらく、言っている人の期待や常識の枠では、相手のことがうまく理解できないときに「それは甘えだ」という具合に使いそうな気がします。
本当は、「私はあなたのことがわからない」「どうしてそうなるのか、自分の想像や常識では理解が難しいから、教えてほしい」とアサーティブに伝えてしかるべきだとカエルは思うのですが、力関係で押し付けてきたり、多数派の意見だったりすると、理解してもらえない側が一方的に悪いように扱われることはあるように思います。
自分が理解できないことを「教えてほしい」と言わずに、何だか相手が悪いかのように思わせる文化はカエル的にお行儀のよくないと思うのです(しばしば、強い者が立場の弱い者に使うことが多いので、特にお行儀が悪いです)。
何とかしようと思っていてもできない場合に「甘え」はないし、どんなことであっても何かに傷つくことも「甘え」ではないと、カエルは思っています。
わかったような言葉で丸め込むことは私たちの成長や創造を妨げます。
誰かが困っているときに「甘え」などとジャッジするのではなく、何が起こっているのかを一緒に研究できる世の中をつくりたいところです。