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タグ哲学
Q.自分自身に向けられた言葉より、漫画やアニメの前向きな言葉のほうが素直に聞ける。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.自分自身に向けられた言葉より、漫画やアニメの前向きな言葉のほうが素直に聞ける。

A.確かにそれはある気がします。ウ・サギは言葉には「思ったことを素直に表現する」ものと、「相手に○○な気持ちになってほしくて表現する」ものがあると感じていて、自分自身に向けられた言葉は比較的後者の要素が強い場合が多いように思っています。前者は「フィードバック」、後者は前向きな変化を求めるものであれば「励まし」という呼び方になるかもしれません。
そして、励ましのための発信がされたとき、善意の気持ちを受け取って前向きな気持ちになるパターンと、自分を変化させようとする姿勢にそもそも拒否反応を抱いたり、内容の合う・合わないの方が気になって前向きになれないパターンに分かれるようにも思っています。(もちろん、フィードバック7:励まし3みたいに混ざった発信もあれば、ただ反射でなんとなく言ってしまっただけの発信もありますし、受け取り方も誰に言われるかやコンディションによって変化するので、実際のコミュニケーションはそんな簡単に分類したりできるものではないと思います)
話が長くなってしまいましたが、自分自身に向けられた言葉には相手との関係性や相手の感情など様々な要素が含まれる分、言葉を素直に受け取るとはならない場合も多いよね、というのがウ・サギの考えです。

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update 2026/1/16
Q.水子地蔵に挨拶に行ったが、親より先に亡くなった子供が親不孝として罰を受ける世界にモヤモヤ
この記事の担当 ウ・サギ

Q.初詣のついでに寺の水子地蔵に挨拶に行きましたが、親より先に亡くなった子供が親不孝として賽の河原で罰を受けるという世界にモヤモヤしました。好きで先に死ぬわけじゃないのに、地蔵様はそんな子を助けてくれる存在と聞いて安心しました。

A.本当に、好きで亡くなるわけでないのに、罰を受ける世界観はウ・サギもモヤモヤで、ちょっと許しがたい気持ちさえ抱いてしまいました。水子地蔵の存在、大切ですね…。ウ・サギももし見かける機会があったら、しっかり挨拶しておこうと思います。
死人に口なしではないですが、文化や風習を作っていくのは結局は生きている側の人間になるので、「子供に先に亡くなってほしくない」という親の思いを中心に世界観が作られてしまったのでしょうかね……?ウ・サギは全然そのあたりは有識者じゃないので、的外れなことを言っていたら申し訳ないですが、弱い立場からすると残酷に感じる世界観や文化は他にもたくさんあるのかもな、と思ったりしてしまいました。

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update 2026/1/14
Q.人生重要なことはネットとaiにはないんじゃないかな?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.インターネットって人生重要なこと書いてないよな
aiも役に立つが人生重要なことはネットとaiには
ないんじゃないかな?

A.コミュニケーションに占める言語の割合は7%という説もありますし(「メラビアンの法則」というものです)、言語だけの情報から得られるものには限界があるとウ・サギは感じています。インターネットに重要なことが書いていないのかはわかりませんが、もし書いてあったとしても、書いてあるのを読んだだけで重要なことが本当の意味でわかることは少ないのではないでしょうか。
だからどこかに重要なことが書いてあったように感じたとしても、それはその人の経験や感性があるからそう感じただけで、言葉は本人のもつパワーをほんの少し後押ししたり、整理を少しお手伝いをするくらいの作用のものだとウ・サギは思っています。その少しの力が、もちろん大切なときも大いにあるし、つらさを絶望の方に後押ししてしまう可能性もあるので、「書く」って難しいことだと感じます。あ、つい話が逸れてしまいました……。

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update 2026/1/6
Q.恥ずかしい、という感情の取り扱い方を知りたい
この記事の担当 所長室

Q.恥ずかしい、という感情の取り扱い方を知りたいです。勘違いしたり間違ったりすると、恥ずかしくなってくると同時に、自責の念や希死念慮が湧いてきます。そのあとに深い傷になりやすくて困っています。

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update 2025/12/26
Q.恋愛や性的な感じで甘えたいわけでは無いが、甘えたい。この感情をどう考察しますか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.赤ちゃんや幼児みたいにべったりと甘えることを許されたいと思うけど
全ての赤ちゃんや幼児が甘えを許されてるわけ
じゃないよなとも思う
また、恋愛や性的な感じで甘えたいわけでは無い
でも甘えたい気持ちはある
この感情をどう考察しますか?

A.なんだかとても自然な気持ちだと感じました。気持ちや求めているものは人それぞれだと思うので、もし質問者さんとは反対で恋愛や性的な惹かれだと自分で感じているものだとしても、実はカテゴリーに入りきらないオリジナリティ性があるのでは…?とウ・サギは思っています。甘えたいといった気持ちは、十分な安心や受け入れてもらった感覚が蓄積していないときに湧いてくる、ある種の渇望のようにウ・サギは捉えています。
また、「こうではないけど、こういうのがほしくて…」と、自分なりの表現を丁寧に探そうとするスタンスが、質問者さんの個性であるように感じました。自分の感情や感覚をそこまで深めずに、何となくこういうものかな、とカテゴリーに入れてしまう方が世の中では多数派な気がします。

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update 2025/12/20
Q.前質問した者です。もしかしたら私の見た表現は「私は~と思う」という表現だったかもです。
この記事の担当 生きかたカエル

Q.Q.「マイノリティは社会に変わることを求めずに自分が変わるべき」みたいな表現を見てショック
の質問者です
正確な表現は覚えてないので
もしかしたら私が見た表現は
「私は〜と思う」という表現だったかもです
でもショックだったのは確かです

A.誰がどんなふうに言った言葉かさておき、ショックを受けるときというのは、ショックを受ける側に何かしらショックのもとがあり、それがある表現に触発されたという理解をするのが妥当だとカエルは思っています。
そして、ショックやストレスについては、最近聞くようになった「予測誤差」に関係していることも多いというのがカエル調べの結果です。つまり、ショックを受ける側の想定や許容範囲という枠組みがあり、それを揺るがしたり、超えてしまうような表現に出会うときに起こるものかなと思います。
生きている以上はそうした出来事は起こることだと思うので、脳や心の災害みたいなものだと理解してみるとどうかと思います。人によって脳や心の構造は違うので、こんな災害には弱いとか強いとかそれぞれ違いそうですし、そうなると災害への備えも人によってずいぶんと異なるのかなと思います。ただ、どんな災害に弱いのか分析できると災害を防ぐ方法(物理的に危ない事物から距離を置くとか、避難訓練をしておいて遭遇してもびっくりしないようにしておくとか)や起こってしまったときの対処法(どこに逃げるか、誰を頼るのかなど)も策を講じることができそうだとカエルは考えてみました。

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update 2025/12/18
Q.考え過ぎて疲れていることが多々ある。自分のことが嫌い
この記事の担当 所長室

Q.いつも不安を感じてしまっていて、たくさん考え過ぎて疲れていることが多々あるんです。昔の嫌な自分を思い出したり、みんなは私をどんなふうに思っているのかなとかいろいろ考えてしまいます。自分のことが嫌いです。どうすればいいでしょう。辛いです。

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update 2025/12/18
Q.人を分類する言葉に違和感を覚える。何故人を安易な言葉で形容して箱に入れようとするのか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.人を分類する言葉に違和感を覚えてしまいます。何故、人のことを安易な言葉で形容して箱に入れようとするのでしょうか?また、個性を消して、生きることが美徳とされているように感じます。かくいう自分もそれに縛られて生きています。どうすればいいですか?

A.補足の内容も少し入れて整理させてもらうと、人を分類する言葉は例えば「優等生」であり、その背景に、使いやすい人間と使いにくい人間で分けるような価値観を感じ違和感を抱いている、という話で受け取りました。
人を安易な言葉で形容することについては、
・アイメッセージ(私はこう思う)ではなく、ユーメッセージ(あなたはこうだよね)で伝える
・形容された側が、違和感や抵抗を抱いても、反論できないくらい力を失った状態にある
の2つがそろったケースであれば、まさに箱に入れるような暴力性が生じるとウ・サギは思っています。
ただ、話を深めていくと、他者の個性を形容することは、その他者の個性についての話題というよりは、形容した側の価値観を話している意味合いが強いとウ・サギは捉えています。わざわざ誰かを優等生だと言う人は、優等生を望ましいと思っているか、優等生になりたいか、優等生じゃないとまずいというプレッシャーを抱えているか、とにかく「優等生」ということに何かしらの意味を感じている人ではないでしょうか。だから「あの人は○○だよね」という形容は、誰かを箱に入れているように見えて、実は自分が閉じ込められている箱について語っている発信なのだとウ・サギは考えています。
つまり、何故人のことを安易な言葉で形容して箱に入れようとするのか?の問いへの答えは、自分自身が箱に閉じ込められているから、というのがウ・サギ説です。個性を消して生きることが美徳とされていることについては、力を持っている側が力を持ち続けるにあたって、力のない者が思考停止で従ってくれるのが都合がいいという力学のようなものが働いているように思います(勿論、それ以外の要因や背景もあると思いますが、ウ・サギとしてはそういった力学に一番着目しています)。このあたりは、もしもっと興味があれば、パウロ・フレイレの「被抑圧者の教育学」という本をぜひ読んでみてください。ちょっと難しいかもしれませんが、言葉や概念を「押しつけられるもの」「受け入れるしかないもの」ではなく、「自分たちで考えるもの」「つくっていくもの」とすることが、社会づくりの本質であるといったことが書いてあります。
だから、どうすればいいですか?は、こうやって世界を自分の言葉で語り、対話し続けることだとウ・サギは思っています。いい質問をありがとうございました。

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update 2025/12/12
Q.愛情が足りてなくても大人になると関係なく生きろとなるのはなぜ?
この記事の担当 所長室

Q.愛情をたくさんもらって大人になった人もいれば虐待など危険に晒されながら生きて愛情を充分にもらえず大人になった人もいるのに、大人になったら関係なく生きていかないといけないのはなぜ?

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update 2025/12/7