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Q.母との会話にモヤモヤした。なにが誰がおかしいのか。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.部活に真剣になる人について。下に母との会話を載せました。心に引っ掛かりを覚えて、なんかモヤモヤします。なにが誰がおかしいんでしょうか。

A.会話が見えないと解説が難しいので、補足の内容をここに書かせてもらいますね。

母:部活に一生懸命になって学業が疎かになって困ってる親がいるらしいよ。せっかく進学校に入ったのにって
私:別に部活頑張ったってよくない?それはそれで
母:いいよ?あなたの人生だから
 勉強しなくたって別にいいよ?
 だったら大学に行く必要なんかないよね
 Fランに行くなら専門学校で職を身につけたほうがまだマシだよ
私:、、、、、、

ウ・サギが気になったのは、とりあえず以下3点です。
①勉強を他の何より大切なものだと強く信じていそうな母の価値観
②その価値観を自分以外の人にも押しつける姿勢
③押しつける気満々にもかかわらず、「あなたの人生だから」と表面的には自由を持ち出してくる矛盾
他にも細かいツッコミはいくつか出来そうですが、自分の価値観を正しいと強固に思い、それを察させるような圧で押しつけるのは、多様な考えがあること、他の人にも他の人の価値観や生き方があることを軽視しているとウ・サギは感じます。ウ・サギのあり方も否定されているように感じてモヤモヤしますし、それを親→子という力関係がある中でやるのは本当にやめてほしいところです……。
ただ、逆にウ・サギの考えにモヤモヤする人もいるかと思います。だからどの考えが正しいみたいな話ではなく、大人は子どもに対して(立場の強い人は立場の弱い人に対して)モヤモヤを言ってもらえるような関係、自分と合わない考えだとしてもどうしてその考えをするのかを聞いたり想像する姿勢をもつことが、きっと大切なのだとウ・サギは思います。だからあなたがモヤモヤを伝えても受けつけなさそうな雰囲気が母から感じられるのが、もしかしたら一番のモヤモヤかもしれないですね。

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update 2025/6/4
Q.高校生で一人称が僕や俺ってやっぱおかしいですか?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.学校で一人称が僕や俺などになったりその一人称に合った口調になるのですが、何年か前に「もう少し、女の子らしい言葉づかいをしなさい」と親に言われました。高校生で一人称が僕や俺ってやっぱおかしいですか?直すべきですか?直し方はありますか?

A.一人称はその人のアイデンティティの大切な表現なので、自分が使いたいものを思う存分使ってください。周囲の頭の固い大人は「〇〇らしく」などというもっともらしい理由をつけて、改善を求めることがありますが、それに従う義務はありません。あくまでも、親なりの一つの意見として言っているにすぎないと理解するのが妥当だろうと思います。
多くの人は何となく社会規範に従って同じような一人称を使いますが、自分がもっともしっくりくる表現をしたらいいのだとカエルは思います。日々変わったっていいと思いますし、気分や状況によって言いたい言葉は違うと思います。
もしも、周囲に「それは違う」とか「おかしい」という人がいても、その人の常識や感覚を押し付けているにすぎないとカエルは思うのです。自分のことをどう呼ぶかは自分の問題であり、自分以外の人は一見解を伝えることはできても、強制することはできません。
そして、そう呼ぶことにいちいち理由もないのかなと思います。そう呼びたいからということでいいと思います。だから、一人称を直す必要はないし、直さなくてもいいと思います。これを書いていて、いろんな人がそれぞれの一人称を使ったら、もう少し生きやすい世の中になりそうだ!とカエルは少しワクワクしたので、思いのままに表現することを応援したいです。カエルも自分のことを「カエル」と呼ぶととても自分らしくなった気持ちがしてホッとします。

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update 2025/6/2
Q.よく、「生きづLABOで〇〇しよう!」と言ってるけど、本当にするんですか?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.よく、「生きづLABOで〇〇しよう!」と言ってるけど、本当にするんですか?そういう機会があればいいなぁというだけで、やる予定はないのですか?口先だけなのかなと思ってしまって・・・すみません絶賛人間不信で・・・

A.図星のご指摘、ありがとうございます。おっしゃる通り、まだやろうといったことはできていない状況なので、ごもっともな意見だと思いました。絶賛人間(キャラ)不信ではなくても、「やるっていったこと、やってないじゃん!」という権利はあると思います。カエル的には期待をされているからこその質問だと勝手にポジティブに受け取りました。
そのうえでこの先の予定をお伝えすると、今、質問箱を続けながらユーザーのニーズリサーチを進めつつ、実は水面下で研究員制度の運用の準備をしています。7月ごろには研究員活動がスタートしこれまで「やってみよう」言ってみた内容についても取り扱える予定となっています。(こう宣言して、自分を追い詰めるカエルです)

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update 2025/5/30
Q.リスカの傷とか、ODした後の具合悪さがあるから頑張れる。これって変?
この記事の担当 やみーペン

Q.リスカの傷とか、ODした後の具合悪さがあるから頑張れる。これって変?

A.変じゃないと思う!やみーペンも、シャワータイムでリスカしたことを感じられる時間があるからリスカしてる時期あった気がする🤔

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update 2025/5/28
Q.生きかたカエルさんが「障害」ではなく「障がい」と使う理由は何ですか?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.生きかたカエルさんが「障害」ではなく「障がい」と使う理由は何ですか?他の質問をみて、質問者の方が「障害」と使っていても「障がい」に置き換えていたので、どういう意図があるのか気になりました。ちなみに、私はどっちでもいいと思っています。

A.よく見ていますね。カエルのこだわりに気づいてもらえてうれしいです。
「害」は「邪魔をする」「そこなう」という具合に、よくない意味が全面的にあります。障害者は特定の人たちの総称になりますが、人の総称として「害」という漢字を使うことで、当事者の方たちが嫌な気持ちになるという意見が多くあります。そこで、一般的に障がいのある人たちが、「害がある人」という意味合いでとらえられることのないように、「害」を「がい」にしていこうとする動きがあり、カエルもそれに賛同した結果、ひらがなにしたわけです。
似たようなことで「こども」は「子ども」であって、「子供」とは書かないようにしています。「供」はお供(主人に従う存在)としての意味があり、子どもを従属的な存在として理解される恐れがあると思っているので、「子ども」と書くようにしています。カエルも結構どっちでもいい派的なところはありましたが、いろいろな社会の実情を知っていくと、自分にとってはどちらでもいい、どうでもいいと思っていたことが他の人たちにとってとんでもなくどうでもよくないこともあるので、少しずつアンテナを張るようにしています(まだまだ全然足りないと思いますが)。

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update 2025/5/28
Q.どうして多くの支援者は、リスカに対してすぐに代替行為をするように言うのか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.どうして、多くの支援者は、すぐに代替行為をするように言うのですか?あなたの衝動や感情は、腕を赤ペンで塗るくらいの簡単な行為で収まるものだから、リスカなんて大げさなことしなくていいと思われているように感じます。

A.多くの支援者がそうやって言うのは、代替行為の提案が定番になっているのもありますが、強い刺激を入れなくては抑えられないほどの激しい衝動や感情を知らないから、というのが一番の理由だとウ・サギは感じます。支援者にもあの衝動や感情を体験してもらえたら、色々と簡単に言えなくなるだろうし、それと日々闘っている私たちのことをリスペクトしてくれるはずなのに…としんどかった頃のウ・サギはよく思っていました。ウ・サギはリスカはしませんでしたが、支援者が提案するような、平和で健康的な行為で発散することはできるわけない…!という感覚はありました。
でも、代替行為をするという発想も知らない人もいれば、代替行為が実際に役立つ人もいるのも事実だと思います。だから代替行為の話題を支援者が出すこと自体は、きっとそこまで問題はなくて、「すぐに」代替行為をするように言うのが問題なのだと思っています。日本では、先生は生徒を教える、大人は子どもを導く、みたいに「立場が上の人がアドバイスする」風習が強く、対等に対話する、まずは話を聞いてよく想像する、みたいな習慣があまり身についていない大人も多いのかもしれません。
ウ・サギもそうならないように気をつけないと・・・と思うとともに、あなたのその声を、支援者に届けたいと強く思いました。

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update 2025/5/28
Q.障害があると公共施設の割引がされるのは何故だと思いますか?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.障害があると公共施設の割引がされるのは何故だと思いますか?交通費の補助制度は理解できますが、公共施設へのアクセス出来るのは、そもそも障害の程度や困難さが低い人が多いと思います。今の制度は、重度の人に分配できているのかなと疑問に思っています。

A.いいところに疑問を持ちましたね。
実はカエルも障がい者への支援策には少々、疑問や違和感がありました。
今の社会において、何らかの障がいがあると制限される場面が障がいのない人たちに比べて多く、余計な苦労や負担をしなければならなかったり、不利益なことがある実態はあります。なので、そうした不便さを補う特典として、公共サービスの免除や優遇があるのだろうとカエルは理解しています。つまり、公共施設の利用に直接的に不便があるから、補助するのではなく、福祉を担当している行政として何か特典を提供できるとすると自分たちのサービスである公共施設の利用についてはクーポン出せますよ、というロジックかと思っています(真実はわからないのですが、カエルの推測です)。
ただし、カエルがいつも違和感なのは障がい者へのそうした支援策は「不便、不利益な社会だけど、これサービスするから我慢してね」と言われているように感じる点です。そもそも、障がいがあることで起こる不利益や負担を減らすような施策が必要だと思いますし、それはそれぞれ違うので一律に何か優遇することではないと思います。一人ひとりが何で困っているのか、そのためにどんな仕組みがあればいいのか検討して、やれることをやっていくのが大切だろうと思います。こうした議論がとても大切だと思いました。

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update 2025/5/28
Q.なぜ、家の中で起きた虐待のような長年の殺人未遂や恐喝は、罪になりづらいのでしょうか
この記事の担当 生きかたカエル

Q.なぜ、家の中で起きた虐待のような長年の殺人未遂や恐喝は、罪になりづらいのでしょうか

A.とても鋭い質問だと思います。実際にはすべて罪だとカエルは思っていますし、対策もされるべきだと思います。そのうえで、「罪になりづらい」というより「犯罪行為だと気づかれにくい」という理由を整理してみました。

①家庭が密室化していること
家庭内で起こったことは基本的に周囲から見えにくいです。被害にあった人が外に訴えても、「そんなことはない」と思われたり、家庭内の問題だから周囲の人が口出ししにくい雰囲気があります。近年、近所付き合いや親せき付き合いも減ってしまい、家庭が外から見えにくい傾向にあります。
②子どもや女性など、弱い立場の人たちの人権が軽視されている
子どもや女性など、家庭内で立場が弱くなってしまう人たちを守る考え方や仕組みが十分ではありません。子どもなら大人の方が偉いから、言うことを聞かなければならないとか、女性は家で夫に従い尽くすべきなど、偏った価値観が社会にはまだまだあります。その考え方が基盤としてあると、閉鎖された家庭内では強いものが弱いものを支配したり、従属させることに、罪悪感や間違っている感があまり起きず、むしろ正しいことをしているという常識ができてしまい、問題として浮上しにくいです。むしろ、子どもや女性がわがままを言っているなどという別の問題としてすり替えられることもあります。
③子どもが家以外で暮らす選択肢が少ない
子どもが希望した場合、家以外のところで暮らせる(ちょっと逃げられるところを含めて)選択肢があることが子どもの権利を守るために必要なのですが、そうした仕組みがあまりありません。施設か家か二極化がありますし、施設の数も多くはないことや課題もあります。
カエルとしては全国の学校に寄宿舎を作り、希望する子どもが寄宿舎で暮らせるような仕組みがあるといいと思っています。
④子育てを親に任せすぎる風潮
子育ては親がするもの、して当たり前という考え方が大きいです。そもそも、親だけで子どもを育てることは難しく、どんなに優れた親であっても親だけで子どもを育てるのは望ましいことではありません。子どもの育ちには豊かで多様な大人との出会いや関わりが必要なのですが、現代は何かと「親の責任」みたいなことが重要視され、親が知らないうちにプレッシャーを感じてしまうことも多くあります。そうしたプレッシャーは虐待を起こしやすくします。

とてもたくさん書きましたが、カエルは質問者の心の叫びを感じて、熱くなっています。心の叫びを届けてくれたことに敬意と感謝を表明します。こうした実態がもっと理解され、対策が進むように生きづLABOも活動していきたいと思います。

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update 2025/5/28
Q.ジェラートってどういうところに売ってますか?
この記事の担当 やみーペン

Q.ジェラートってどういうところに売ってますか?アイス屋さんとかかき氷屋さんなら見つかるんですけど…

A.え!ジェラート屋がない…??
フルーツ沢山のシャーベット寄りのアイス屋さんはジェラート屋さんだとやみーペンは思ってる…
(ウ・サギ補足:ジェラート屋さんは、アイス屋さんやかき氷屋さんと比べると少ないし、ショッピングセンターにあったりお祭りに出ていたりすることもほとんどないと思われます。だから確かに見つかりづらいかもしれませんね。検索してみたら、住んでいる市町村や都道府県にいくつかはあると思いますが、車がないと行きづらい場所や、家からちょっと遠い場所にしかない可能性はありそうです)

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update 2025/5/26
Q.人間の本来の寿命は55歳くらいだと聞いた。それに抗ってまで長生きするのは良いことなのだろうか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.人間の本来の寿命は55歳くらいだと聞きました。それが現代では、医療の発展によって80歳くらいまでは生きられるようになったと。でも、本来の寿命に抗ってまで長生きするのは、肉体的には可能だとしても、良いことなんでしょうか?

A.本来というものの定義は諸説ありそうですが、現代の生活で(過度な肉体の酷使なく、栄養バランスが最低限とれた食事をとり、歯磨きなどをちゃんとして…)、手術などの高度な医療を使わない場合、寿命が55歳くらいということでしょうか。
長生き=良いこと、では全然ないとウ・サギは思います。でも「これをすればまだ生きられる」という方法があるのに、それを選ばないというのは、当人が望んでも、周りの人にとって心の負担になる場合がありそうだとは感じました。良くも悪くも、医療に限らず私たちは本来とか自然とかからは遠ざかってしまっているので、合意がとれる(誰かの心が深く傷つかない)あり方が、しいていうなら「良いこと」になるのかなとウ・サギは思います。
だから人や状況によって、抗わない方がベターな選択になるときもあれば、抗う方がベターな選択になるときもある、というのがウ・サギの考えです。

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update 2025/5/25