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Q.「働かざるもの食うべからず」は人権侵害だと感じます。
この記事の担当 生きかたカエル

Q.「働かざるもの食うべからず」は人権侵害だと感じます。
現実食べられずに苦しんでいる人がいることは解決すべき問題だと思います。
その問題を「社会は厳しいんだ」「嫌なら努力しろ」で正当化するのも、人権侵害だと感じます。
どう思いますか?

A.これは「働く」をどうとらえるかによってかなり意味が違ってくるとカエルは思います。働くを本来の意味(自分が自然に備えている力や存在を活用して、自分のできる範囲で誰かの存在や自由の拡大に貢献すること)でとらえるのと、とても窮屈で偏った意味(労働市場に参加して、お金を稼ぐ)でとらえるのでは全然違うと思うのです。
後者の意味でとらえるのであれば、「働かざるもの食うべからず」はおっしゃる通り人権侵害だと思います。でも、前者の意味でとらえると、お金はすごく稼いでいるかもしれないけれど誰かの存在を危うくして、自由を狭めているような「働く」をしている人がたくさんいる構造的な問題があるので、そういう人に対して「食うべからず!」と叫べるのならちょっと爽快だとカエルは思ってしまいます。ただ、一般的に言われるのは後者に近いので、労働=お金を稼ぐことという矮小化が問題であるし、このことわざはその矮小化を助長してしまう恐れがあるとカエルは思いました。ただ、こうして「働くとは何か?」という本質を問い直す機会をくれるので、それはそれで意味があると思います。

回答:生きかたカエル

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update 2026/3/1
Q.志望校について母親に相談したらこんなことを言われたのですが、どう受け止めたらいいですか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.志望校をどうしようと、相談したら、母親から「あんたは色々変わってるから頭いいところで吹っ切れてるところに行ったほうが合う人いると思うよ。」と言われました。どう受け止めたらいいですか?また、褒められてますか?けなされてますか?

A.言った母親の気持ちはわからないですが、ウ・サギとしては、褒めてもけなしてもいなく、質問者さんに対しての母親なりの見立てを率直に言っただけの印象を受けました。「あなたはそう思ったんですね」と受け止め、一理あると思った部分があればちょっと参考にして、違うなあと思った部分はスルーしてしまうのはどうでしょうか。ちなみにウ・サギとしては「一理くらいはありそうだけど、けっこう偏った見方をしていそうだな」というのが、母親の発言に対しての感想でした。
一応ウ・サギの周りでも、勉強が得意で凸凹のあるタイプは、比較的自由な雰囲気の進学校に行くと馴染めるというのは聞いたことはあります。でも結局は行ってみないとわからないし、周りは基本的に無責任に好き勝手なことを言うので(自分がその志望校に行くわけではないですからね)、相談して返ってきた答えよりも、それに対して自分が抱いた「モヤモヤ」や「なるほど」などの感覚を尊重するようにウ・サギはしています。

回答:ウ・サギ

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update 2026/2/27
Q.自殺ってなんでしたらだめなんですか。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.自殺ってなんでしたらだめなんですか。自殺した人の話がニュースで出た時に相談窓口が出るから死んでほしくないのかなと思いました。でも僕はどんな未来を選択してもそれでいいと思います。生きててやっぱり死んでおけばよかったと思うこともあります。

A.世の中の人が何をどう思って「自殺はだめ」と言っているかはわからないですが(それぞれに理由も違うだろうと思います)、ウ・サギの考えとしては、自死は「社会に追い詰められたがゆえの死」、つまり「社会が個人を殺した」殺人事件だと捉えています。だから、殺人事件が起こることを肯定しないのと同じ意味合いで、自死が起こることを肯定はできない、というのが世界平和を願うウ・サギの立場となります。自死は「この苦しい世界で生きるよりはマシ」という消去法の選択だとウ・サギは思っていますし、そんな究極の二択しかない中で選ぶしかなかったものは、自由な選択だとは言えないと感じています。
もしも、誰もが安心・安全に、衣食住が保障されていて、感じることや考えることが尊重される中生きているなら、自ら死を選ぶことを選択と言うこともできなくはないかもしれません。でも今の社会で起こっている自殺は、この社会が個人を追い詰めている要素が圧倒的に多いとウ・サギは考えています。
ただ、だからこそ、相談窓口が解決策のように見なされる風潮には、ウ・サギは違和感を抱いています。私たちの社会がとある個人を追い詰めた殺人事件だとしたら、まず一番に注目して変わるべきは、この社会構造であり、そこまで追いつめられない側にいる私たちの生き方や在り方であるからです。せめて「相談してください」ではなく、「相談もできないような心理状態にしてしまってごめんなさい」「相談してもすぐにはどうにもならないような問題を抱えさせてしまってごめんなさい」と頭を下げ、「そんな現状を変えるために頑張るので、もう少しだけ待ってもらえませんか」「何が問題なのかの本質を知りたいので、話をしませんか」とお願いするのが筋だとウ・サギは思っています。個人に相談を促すことで自死の問題を解決しようとするなら、それは自死を個人の問題だと扱っているとみなされても仕方ないと思っていますし、そのときに「個人の問題としてあなたたちが自死を捉えるのなら、自ら死を選ぶことも個人の自由じゃないですか?」と感じてしまうのは自然な現象だと思います。
だから、自死を自由だとは思えない立場のウ・サギですが、質問者さんの言っていることやモヤっとしたものはある程度わかっているつもりだし、筋も通っていると感じているところです。

回答:ウ・サギ

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update 2026/2/27
Q.進路を調べろというけど、そこで生きていけるかの情報は載ってないのに、何を見ろと言うのか
この記事の担当 ウ・サギ

Q.進路を調べろっていうけど、そこで生きてけるかどうかっていう情報はどこにも載っていないのに、何を見ろって言うんだよーと心が叫んでいます。生きていけるかどうかは、何を見て、どうやって判断材料を用意して、判断すればいいのでしょうか?

A.とてもまっとうな叫びだとウ・サギは思いました。生きづLABOに寄せられる声を見ると、進路を重く見る大人がけっこう生息しているようで(人生を左右する大事な選択、きちんと考えて決めなさいといった雰囲気なのでしょうかね…)、いやいやそんなに世界は単純じゃないですよ……?といつも疑問を抱いているウ・サギです。進路は全然関係なかったね、という職業や生き方にたどり着いている民がウ・サギの周りには多いのですが、そうじゃない世界も多いのでしょうか。
そこで生きていけるかどうかについては、質問者さんの言う通り、どこにも情報は載っていません。大事なポイントは、そこで生きていくのは「自分」という点だとウ・サギは思っています。どんなに高学歴になって大企業に入っても、そこが自分に合わなければ人生は絶望にさえ感じるかもしれませんし、合わないまま無理をしたら、体や心を壊してしまうかもしれません。つまりポイントは、自分の合う・合わないに気づく感性と、自分を守る(心地よく生きる)ための選択をする力や人とのつながりを育てていくことだとウ・サギは考えています。心が叫んでいる質問者さんは、すでに感性はとても働いている状態にありそうですが、それがゆえに感性よりも常識優先になってしまった周りの大人と相性が合わなくて、戸惑いを抱いている今なのだろうかと想像しています。
学校で言われる進路については、極論行ってみないとわからないですし、さして調べずにフィーリングで選んだっていいとウ・サギは思っています。最近は学校のクチコミみたいなサイトもあるはずなので、そこで校風や雰囲気を調べるのは、一つの材料になるかもしれません。もし就職だとしたら、少しでも興味を持てそうなところか、自分にとって楽そうかとか、そういう軽い理由で全然構わないと思います。ぶっちゃけ、そこに行ってみて、合う人が一人でもいるかが最も大きい要素になるとウ・サギは感じています。

回答:ウ・サギ

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update 2026/2/27
Q.正論や綺麗事につらさや憤りを感じるメカニズムはどのようなものだと思う?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.正論や綺麗事を聞いたり見たりした時に、
つらさを感じたりモヤモヤしたり憤りを感じたりするメカニズムはどのようなものだと思いますか?
個人的には、反論の難しさと、こちらの現実を無視してくることが理由だと感じますが、
どう思いますか?

A.これは、正論や綺麗事というものの定義(自分の判定基準)について、まずは深めてみるのがポイントになるかもしれないと思いました。正論や綺麗事といってもその定義は曖昧だと思いますが、ウ・サギは正論や綺麗事は「お前が言うな」みたいな、立場の違いや関係性に一番の引っかかりがありそうに思っています。
つまり正論や綺麗事の本質は「論」ではなく、論を言っている「人」の方にあるのではないかと思うのです。たとえば「自分を変えられるのは自分だけ」という言葉は、言われるとダメージを受ける類の正論だとウ・サギは感じますが、ウ・サギのことをずっとサポートしてくれている相手が、変われない事情や気持ちも全部受け止めている上であれば、時と場合によって「自分を変えられるのは自分だけ」が残酷な正論じゃなく心からの励ましになることもありそうだと思います。
あと他のポイントとしては、実は自分の中でも思っていたり囚われてしまっている論ほど、言われたときにつらいというのはあると思います。だから湧き上がってくる感情が大きいなら、その正論や綺麗事を言ってくる相手との関係性や存在自体へのモヤモヤがが大きいか、その正論がすでに内在化されている自分を苦しめている価値観の一つなのか……何はともあれ、自分が自分として生きるための闘いが質問者さんの中に起こっているのだろうとウ・サギは思いました。

回答:ウ・サギ

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update 2026/2/22
Q.「自分の意見を持つ」がどういうことかよく分からない。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.「自分の意見を持つ」というのが、どういうことなのかよく分かりません。自分なりに考えたことを言ったのに、取り合ってもらえなかったり、バカにされるということがありました。今思い返しても、納得できない思いが湧き上がってきます。

A.自分なりに考えたことを言ったなら、それは自分の意見に他ならないとウ・サギは思いました。自分の意見だったからこそ、取り合ってもらえなかったりバカにされたときに、納得できない思いが湧き上がってくるのではないでしょうか。それが適当に思いついた意見や、誰かから借りてきた意見なら、何を言われてもあまり痛くもかゆくもない気がします。
でも人によっては、意見を聞いてきているように見えて、その人の正解を言わせたいだけのコミュニケーションもあったりするのが世界の怖いところです……。

回答:ウ・サギ

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update 2026/2/22
Q.良い人間になるには学校で真面目に生活するしかないんでしょうか……。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.最近学校に行きたくないと思ってしまうことが多いのですが、やっぱり、良い人間になるには学校で真面目に生活するしかないんでしょうか……。そうじゃないと、生きていけないのでしょうか

A.良い人間になることと学校で真面目に生活することは関係がない、というのがウ・サギの経験則であり調査結果です。学校で真面目に生活していても良い人間になるとは限らないし、良い人間が全員学校で真面目に生活していたわけでもありません。
そもそも良い人間とは何か?というのが難しい問題ですが、(補足に書いてあった)質問者さんなりの良い人間像で考えると、学校で真面目に生活しなくても良い人間にはなれます。ちなみに、ウ・サギとやみーペンの学校遍歴は、いわゆる「そんなんじゃ社会でやっていけないぞ」と言われるようなやつです…!でもとりあえずはこれまで生きてきました。
ちょっと難しい話になるかもしれませんが、社会というのは個人の集合体だとウ・サギは思っています。一人ひとりの人生、感じること、考えることが集まって社会があると捉えたときは、社会にとって良い人間でありたいのなら、一人ひとりの人生、感じること、考えることを知っていく(知った上で尊重していく)のがまず基本となるはずです。そしてその第一歩は、自分の感じること、考えることを受け止めて、尊重してあげることだとウ・サギは考えています。

回答:ウ・サギ

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update 2026/2/22
Q.同性の恋人ってどう見つければいいのでしょうか?
この記事の担当 所長室

Q.同性の恋人探しについてお聞きしたいです!見つからないな〜と思ううちにどんどん年を取りそうで、焦りを感じています。同性の恋人ってどう見つければいいのでしょうか?また、闘病中なので、恋人を作らない方がいいかも悩んでいます…

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update 2026/2/22
Q.自傷行為はODとリスカだけ?爪を立てたり噛んで痣を作るのは自傷じゃないと言われてしまう?
この記事の担当 やみーペン

Q.自傷行為はODとリスカだけですか?私は自分の体に強く爪を立てたり思いっきり噛んで痣を作ったりするのですが、それは自傷じゃないと言われてしまうのでしょうか?私の行為は、自傷と言っても良いのでしょうか?

A.自分を傷つけることで今を耐え忍ぶ行為はなんでも自傷に入るのでは……とやみーペンは思う!!
抜毛も自分を噛むのも、高いのが苦手なのに高いところに行くことも!嫌とか痛い刺激を入れてその場の嫌から逃れることは全部自傷って定義にしたら、いろんな自傷が出てきそう??それじゃダメかな??

回答:やみーペン

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update 2026/2/18
Q.人は結局ないものねだりで悩みなんか無くならないんだから死んでもよくない?と思っちゃう
この記事の担当 ウ・サギ

Q.所長室を見てると自分が羨ましいと思う環境でも悩んでる人がいるんだなと思う。結局ないものねだりで悩みなんか無くならないんだから死んでもよくない?って思っちゃう

A.結局ないものねだりというのはそうかもしれないですね。言わんとしていることや気持ちはなんとなくわかる派閥のウ・サギですが、死んでもよくない?は論理が飛躍している印象を受けました。でも人の思考は、自分の感情・感覚に正当性や筋道を与えてあげるための行為だとウ・サギは思っているので、質問者さんにとっての確かな感覚として生きているのがしんどいのだろうと受け取っています。
ないものねだりはどちらかというとネガティブなイメージで使われる言葉だと思うのですが、ないものねだりにも何種類かあるのかもしれないとウ・サギは思ったりもしました。自分がどうしようもなくしんどい、死んでしまいたいと感じるような状態にいるなら、誰かの環境を羨ましいという気持ちは「ないものねだり」と呼ばずに「権利を守られたい」というまっとうな叫びとしてウ・サギは受け取りたいです。言い換えるなら「あるべきものねだり」と表現したいと思います。ただ、自分から見ると羨ましく思える環境でも、社会の構造や未来の見通しを含めると今の環境は誰にとっても過酷で、権利を守られている人はほとんどいないとウ・サギは感じているので、悩みや苦しみが世に溢れてしまっているのだろうと考えています。
結局ないものねだりはそれなりに真実でも、心地よい環境にいると目の前の刺激に意識が向いて、悩みに気が向く時間が減ることはあるとウ・サギは思っています。

回答:ウ・サギ

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update 2026/2/18