Q.人権が守られるとはどういう状態ですか?そもそも人権ってなに?自由とはなんですか?どこまでが自由?どのような自由なら追求してよくて、どのような自由はだめ?やっぱり公共の福祉に反しているかどうかが境界線?所長ズは人権と自由守られてますか?
★質問を送りたい方はこちら→質問BOX
Q.人権が守られるとはどういう状態ですか?そもそも人権ってなに?自由とはなんですか?どこまでが自由?どのような自由なら追求してよくて、どのような自由はだめ?やっぱり公共の福祉に反しているかどうかが境界線?所長ズは人権と自由守られてますか?
★質問を送りたい方はこちら→質問BOX
Q.健全に自分軸で生きるってどういう状態?好きなことして生きたいけど、行動選択の理由が全部「自分にとって良いから」になってしまったら人のためにならない。必ずしも人のためにせねばとはないかもだけど、でも自分にばかり意識が向くと人に何も与えられない 人に何も与えられない人って人間的に良くないというか薄っぺらい人間ですよね、みんなは人に与えたいなにかを持っているのに自分だけ自分にばかり意識が向いてしまって、自分ばかりかわいいってなってるのが本当にしんどいです、でもそう思っているように端から見えるから前知り合いにそうやって指摘されたんだろうな、、
★質問を送りたい方はこちら→質問BOX
Q.かえるさんは本当にしんどくないんですか?ほんとのほんとですか?漠然としんどいときの対処法とか持ってるんですか?かえる生で一番しんどかったのは何ですか?謎
A.カエルは何せ鈍感力が強く、心身ともにタフなので本当にしんどくないんですよ~
漠然としんどいとき?う~ん、やっぱりないかな カエル生で一番しんどかったのは、自分なりに楽しくオタマジャクシを自由に育てていたら、オタマジャクシの育ちがゆっくりで偏りがあることが分かったときに、専門家と呼ばれる人に遠回しに育て方に問題があるようなことを言われた時かなぁ。その時には「自分が悪かったのか…」とぐるぐるして少し引きずってました。でも、それも30年以上前の話なので、最近はあまり思いつきません!
回答:生きかたカエル

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX
どんな質問でも歓迎!質問を送るときは、いろんな人の質問に答えるために、3日に1回くらいにしてね~。
Q.母親が学校の先生で、化粧してきた生徒が「先生は化粧してるのに私はなんでしちゃだめなの」と言ったことを父親に話して、父親はよくある屁理屈だねと返していた。納得できる説明をしてくれたらいいなと思います。屁理屈って何ですか。意見とどう違いますか。
A.屁理屈と意見の違いですか…興味深い質問ですね。屁理屈と言っても色々あると思いますが、質問者さんの両親の話の中で言われている「屁理屈」については、ウ・サギは「大人からすでに理屈を提供しているのに、それに納得せずに議論を向けてくる行為」と捉えました。先生が化粧してよくて生徒が化粧をしてはいけない理由も理屈もウ・サギにはわからないですが、そこに理屈があると思っている大人もいることは理解していますし、理屈というからには、それはその人にとっては筋の通ったものと感じているのだと思います。そして、自分が筋が通っていると思ってて、周りもそれにおおむね同意したり反発はしてこない中で、「なんでですか?」と聞いてくる相手がいると、自分の信じているものや秩序を乱されるような不快感を抱き、「屁理屈だ」と自分の方の理屈が正しいと圧をかけにいく…のかもしれませんね。
だから意見と屁理屈の違いは、どんな発言かではなく、受け取る側がどう受け取るかで決まるのかも……?と思いました。自分によって許容範囲内で価値のあるものを感じたら「意見」、許容できないまたは無価値だとみなしたら「屁理屈」にされてしまうというのか・・・。「先生は化粧してるのに私はなんでしちゃだめなの」というのは、ウ・サギからするととてもいい意見だと思います。逆に世間でよいと言われている意見や発言だとしても、ウ・サギからすれば屁理屈に見えるときもきっとあると思います。
そう整理していくと、屁理屈だと言われるのは、「すみません、私は今このテーマについてあなたと対話する力や意欲を持ち合わせていません」というメッセージなのかもしれません。
回答:ウ・サギ

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX
どんな質問でも歓迎!質問を送るときは、いろんな人の質問に答えるために、3日に1回くらいにしてね~。
Q.前の質問(結婚や恋愛に違和感を持っている生きかたカエルさんが結婚した経緯が気になります)の続きです。結婚が自由になれずに苦しむ生命体になるってどういうこと?
A.人間界では結婚が契約である点が問題だとカエルは思いました。個体と個体の関係はそれぞれだし、流動的であるのに、契約をすることで画一的な形に当てはめることになる傾向があり、お互いの自由やその個体らしさを縛るような場面が多かったなぁと感じました。我々が追い求めている自由には今の結婚制度はなじまないなぁと思っています。別の仕組みならいいのかもしれませんね。いずれにしても、今の日本社会の結婚制度は課題も多いと思うので、みんなで考えてみる機会は必要だと思うのでした。
回答:生きかたカエル

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX
どんな質問でも歓迎!質問を送るときは、いろんな人の質問に答えるために、3日に1回くらいにしてね~。
Q.「あなたのためにそうした!だって子どもは未熟で知識も経験もないから」と言われたらどう反論すればいいかわからない。かといってある程度の規制は親の義務としてあるとは思う。親はどこまで子どもの人生に干渉していいと思いますか?境界線を教えて!
A.ある程度の規制は親の義務としてあると思いつつ、干渉はほどほどにして欲しいと思っている質問者さんの複雑な心中を察します。会話の始まりに「あなたのために」と言われると、押し付けられているような気分になるのはゴロン猫だけだろうか。どこまで干渉して良いのかの境界性はわからないけれど、干渉拒否権は常に質問者さんが持っている。大人もこう見えて、たくさん傷付きながら大人になってきていたりするので、傷つきを避けて行って欲しいと願う気持ちもわからなくない。もしかしたら、反論よりもその干渉に質問攻めしてみると、干渉の形が見えてくるかもしれない。
回答:しきぶとんゴロン猫

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX
どんな質問でも歓迎!質問を送るときは、いろんな人の質問に答えるために、3日に1回くらいにしてね~。
Q.子供に人気というロブロックスというメタバースゲームを遊んでみました。こんな面白い物、子供があっという間にハマってしまうと危機感を覚える一方、不登校の子供でも友達を作れると思うと良い物にも思える、ゲームとの良い距離感ってどんな物でしょうか?
A.ロブロックスというのは初めて知りました。リアルの活動には様々なハードルがあるので、機会や居場所の平等を考えると、オンラインの活用にウ・サギは前向きですが、軽視できないリスクはありますよね…。補足に課金要素があるとあったので、特に課金要素については難しい問題だと感じます。開発企業としては何かしらで収益をあげる必要はもちろんありますが、それが搾取や依存につながってしまうと問題だと思うので、企業側が公共性を失ってまでの儲け最優先にならないのは大前提としてあってほしいとは思います。
子供のゲームとの良い距離感についても難しいですが、距離感がおかしくなっていると感じたときに「ちょっとこれはまずいんじゃない?」と声をかけて話し合いができる関係性の大人がいれば大丈夫なのかな…とはちょっと思いました。使い方次第で毒にもなれば薬にもなるものはたくさんあると思うので、ゲームに限らずどのコンテンツとどう付き合っていくかは、生きる上で大切なスキルな気がします。
回答:ウ・サギ

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX
どんな質問でも歓迎!質問を送るときは、いろんな人の質問に答えるために、3日に1回くらいにしてね~。
Q.何回も質問することに申し訳ない気持ちになりもう送るのやめた方がいいか?気になってます
A.一定の頻度を守ってもらえたら、繰り返し質問をすることは構わないと生きづLABO一同は思っています。ただ、気になっているということは、質問者さんの中に別に何かがあり、それがソワソワと動き出しているのかな?…とカエルは想像します。
回答:生きかたカエル

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX
どんな質問でも歓迎!質問を送るときは、いろんな人の質問に答えるために、3日に1回くらいにしてね~。
Q.質問回答してくれる全ての人(生命体の方が正しい?)に質問です。自分が限界だと感じるサインってなんですか?私は常時の希死念慮と食欲が失せることです。
A.うさえなが:限界ってどれだ?わかんないよ~!
ウ・サギ:他者のどんな狡さも雑さも許容できなくなることですかね…。しばらくその状態にはなってないですが、なったら刺激を遮断して引きこもるしかないので不便です。
生きかたカエル:カエルにはほぼ限界というものはなく、基本的には非常にタフなのですが、強いて言うのなら自己免疫反応が現れることでしょうか。きれいな緑色の皮膚に白斑ができたり、粘膜の調子が悪くなったりします。そうした症状が出ても、限界だと感じていることはないのですが…苦笑
やみーペン:限界…うーん!?あんまり迎えたことがない…のかも??病んでる真っ盛り?の時とかはどうだったかは覚えてないし…。お腹壊しやすくなったり寝れない・いっぱい寝ちゃう…は限界前の赤ランプなのかなぁとは思ってる!
しきぶとんゴロン猫:ゴロン猫の限界サインは常に毛が逆立ってる状態かな。心配ごとや気になることがあるときは周囲の言動や不穏さに敏感になり、いちいち体に力をいれて低い声を唸らせ周囲を威嚇する。消耗が激し過ぎ、何に対して逆立っているのかすらわからなくなることも多々あったりする。
無ササビ:自分が限界だと感じるサイン…、無ササビは自分の限界のサインを捉えることが苦手で困ってしまうことが多いです。希死念慮も体調不良もデフォルト搭載なところがあるので気づきにくく、限界がきた時には回復に時間がかかるところまできてしまいます。きっとそうなる前に何かしらサイン(例えば、文章や相手が話している言葉が頭に入ってこなくなる・アディクション行為に走るなど…が無ササビにはあります)は出ていると思うので、自分のSOSを”まだ大丈夫だろう”と見過ごさないようにできるようになりたいなと改めて感じたのと、他の人は限界のサインに気づいた時どういう対処をしているのだろう?と気になった無ササビでした。
もふぱか:もふぱかは鈍いから、体調不良とかでサインが出ても動けなくはないからな~って限界がよくわかっていないかも。あ、でもほんのひとつかみの草を食べるのも大変だった時は限界だったんだろうな~って今は思います。
★質問を送りたい方はこちら→質問BOX
どんな質問でも歓迎!質問を送るときは、いろんな人の質問に答えるために、3日に1回くらいにしてね~。
※以前は1日1回まででお願いしていましたが、質問数の増加により変更しました
Q.「性格・考え方は変えることができる。すると(生きるのが)楽になる」ことの目的って、「ありのままの自分を受け入れる」という表現の方が正確な気がするけど、気のせい?
A.なるほど、補足も含め丁寧にありがとうございます。質問者さんの考えを読んで、「ニーバーの祈り(平安の祈り)」のことをウ・サギは思い出しました。詳しくは調べてもらえたらと思うのですが、これは簡単にいうと、「変わらないものがあるのを認め(ありのままを認め)、変われる部分を見極めて変えていこう」という、アディクションからの回復を支えるメッセージとして知られている言葉です。
「性格・考え方」を変えることができると表現されると人格まで侵害・介入されているようでウ・サギはカチンときますが、自分について変えることのできる部分はあるし、そのためにはまず自分を知ることが大切なのもそうだと思います。ただ、自分のありのままを受け入れられない場合は、これまで生きてきた環境で危機的な感覚が沁みついてしまっている(抑圧的な相手に対し、誤魔化し偽ることで自分を守ってきた)部分があるとウ・サギは思うので、それは本人のせいじゃないし本人のコントロールの及ばない範囲のことでもあるよなあ…とは思います。
今の社会では経済的な問題や心理的ハードルがありますが、本来一番変えやすいのは環境だとウ・サギは思っています。少なくともウ・サギについては、自分を変えようと闘うよりは、環境を変えた方が色々と手っ取り早かったです。一本道のレールの圧が強い世の中ではなく、フラットで手軽な選択肢がたくさんあれば、軽くなる生きづらさが案外あるのではないかと思ったりします。
回答:ウ・サギ

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX
どんな質問でも歓迎!質問を送るときは、いろんな人の質問に答えるために、3日に1回くらいにしてね~。
※以前は1日1回まででお願いしていましたが、質問数の増加により変更しました