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タグ心の悩み
Q.なんとなく生きていて何が楽しいんだろ、、兄弟が多くて毎日うんざり、、誰か助けて、、
この記事の担当 ウ・サギ

Q.なんとなく生きていて何が楽しいんだろ、、
兄弟が多くて毎日うんざり、、誰か助けて、、
生きる理由をちょうだい、、受験頑張ってる自分が嫌いになる。
今から遺書書こうかな、、

A.しんどい思いがたくさんあるのをウ・サギは感じました。
もうどうしていいかわからない、疲れてしまったよ…という悲しさが、文章からとても伝わってきました。つらいことがあるし、考えてしまうことも多い中で、きっと気持ちを安心して言えることもあまりなくて、どんどん追い詰められているのかな…と想像しています。
兄弟が多いと自分が後回しにされたり、暮らしの中で実際にストレスもあったり、もしかしたら比べられたり、買ってもらうものや構ってもらうことに奪い合いが出る部分もあったりなど、心休まるときがないかもしれませんね。誰か質問者さん一人をしっかり見て、話を聞いてくれる大人がいたらいいのですが……。学校のカウンセラーさんとか、話せそうな人はいないでしょうか。遺書を書こうと思うくらいの気持ちは強いSOSだと思うので、気づいて動いてくれる大人を募集したいです。

回答:ウ・サギ

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update 2026/2/7
Q.職場の人(年上の方)の愚痴を聞くのに疲れました。
この記事の担当 所長室

Q.職場の人(年上の方)の愚痴を聞くのに疲れました。言っていることと大変さはとても分かるのですが、聞き終わった後は胸がつっかえるようなもやもやしたような気持ちになり、体の疲れとは違うようなしんどさがきています。

A.「体の疲れとは違うようなしんどさ」はきっと自分の心が削られ続けている感覚もあるのかなぁと想像していました。相手の負の感情を引き受けるのは消耗してしまうものだよね…と無ササビも経験して思うことです。
相手の状況や話している内容も分からないではないからと受け止めてしまうところが余計苦しさが重なっているのかなと思いながら、でも”分かる”ということとそれを”引き受ける”ことは別ですし、質問者さんが相手の感情まで背負う必要はないってことを伝えたくなりました。
そうはいっても職場内でのことですし、直接相手に伝えられていたら苦悩もしないですよね…。相槌は打ちつつも「私はこの話を聞き続ける余裕はない」と心の中でもいいので線を引いてみるのはどうかな?と思いました。自分のしんどさを無視することはしないで、やり過ごせる方法を無ササビも知りたいと思う今日この頃です。

回答:無ササビ

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update 2026/2/7
Q.幼稚園の頃、指定された線の上を歩いてたのに、進路直しで先生が体を触ってきた
この記事の担当 ウ・サギ

Q.幼稚園で鼓笛隊やってた時に、先生が進路直しというかで体を触ってきました。しっかりと指定された線の上を歩いていたし、突然のことだったので驚きました。そして何度もやってきたので屈辱感半端なかったです。発達遅い子として目をつけられていたのかな…

A.それは屈辱だし、教育者として(いや、大人として)許されない行為だとウ・サギは思いました。「この子ならやっても大丈夫だろう」みたいに見られることや、境界を侵犯されていることは、はっきりとはよくわからなくても感じ取れてしまうものだし、ダメージとして残るものだとウ・サギは感じます。
そういうときに言える相手、助けを求められる場所がないとダメだよなあと思うとともに、子どもと関わらせてはいけない大人を、事前にはじくシステムは何かないのだろうか…と考えてしまいます。少なくとも、勝手に体に触る行為はNGだというのは、対人のルールの大前提にあってほしいと思います…。どうして子どもがこんな思いをして、その後も苦しまなければならないのか、ムカムカもやもやのウ・サギです。

回答:ウ・サギ

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update 2026/2/7
Q.他の人のためにもなっていないのに、自分が生きている必要は何なんでしょうか?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.ずっと、自分が何のために生きているのかわかりません。他の人のためにもなっていないのに、自分が生きている必要は何なんでしょうか?

A.カエルは何のために生きるとか、生きる必要とかはそもそもないと思っている派です。
意味とか必要性とかは人間が頭の中でつくりあげているものでもあり、カエル的には人間が生きていることで生じる一種の症状のようなものなのだろうと思っています。ただ、誰でも症状が出るわけではなく、真剣に生きようとしていること、物事を深く考えようとすること、そして何らかの苦悩が掛け合わされたときに出るのだろうとカエルは分析しています。
そして、何のためにいきるのか、生きる必要性というものの結論はわりとどうでもよく、そのことに悩み、迷うプロセスに人間らしさが隠れているようにカエルは思うのです。カエルは人間ではないので細かい機微までは理解しきれていませんが、脳が複雑な構造になり、考える余地が多い人間らしさがそこにはあると感じます。

回答:生きかたカエル

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update 2026/2/7
Q.親と絶縁してるがいつか居場所がバレるのではないかと怖い
この記事の担当 所長室

Q.DV等支援措置を使い住所を隠して暴力的な親と絶縁し逃げ続けています。生活は安定して来たのですが、いつか親に居場所がバレて殺しに来るのではないかと毎日恐怖が消えません。これは私の考え過ぎなのでしょうか?

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update 2026/2/5
Q.学校の先生が暴言を吐く母に電話するという提案を断ってしまった
この記事の担当 所長室

Q.母親に暴言を吐かれることが多くあります。学校の先生に言って、「電話しようか?」と聞かれたのですが、断ってしまいました。そうした方がいいに決まっているのに、変わることを恐れる自分がいることが不思議です。

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update 2026/2/5
Q.相談員にもキャパがあり疲れてる時もあると思うと相談できない
この記事の担当 所長室

Q.誰かに相談したいけど、相談員さんにもキャパはあって、疲れてる時もあると思うと、相談できない。無理行って話聞いてもらうくらいなら、自分なんて死んだほうがマシだと思う。

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update 2026/2/5
Q.俺個人は、性別違和の身体違和は人と人との繋がりだけでは解決できないと感じる。どう思う?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.俺個人は、性別違和の中の身体違和は、身体の構造そのものが苦しみに繋がってると感じるので、人と人との繋がりだけでは解決できないと感じます。
どう思いますか?
また、他に人と人との繋がりだけでは解決できない問題として、何があると思いますか?

A.「そもそも心の問題に完全な解決はあるのか?」「解決があるとしたらそれはどういう状態なのか」まで話を深めたい気持ちになったウ・サギです。そこを深めずして、人と人との繋がりだけで解決できる・できない問題を論ずるのは難しいとも感じますが、性別違和については、体を変える以外の解決はないし体を変えたところで完全に解決するわけでもない、といった話を当事者から聞いたことはあります。だから質問者さんの言いたいことはなんとなくわかるようには思いました。
苦しみは、無くなるというよりは、その苦しみを考えてない時間が増えるとか、苦しくなっても共有できる相手がいるとか対処できるとか、そういう軽減がゴールなのかなとウ・サギ思っています。ただ、そう考えたときに、性別違和の突出して苦しいのは、忘れていられる時間がない、むしろ突き付けられることや目に入ってしまうことが多い、という部分かなと思います。
人と人との繋がりだけで問題は解決できないことは多くあると思いますが、「どんな問題も、人と人との繋がりがあるから生じたものである」というのは確かなようにウ・サギは感じます。また、人との繋がりで解消されるか否かは、悩みの種類で決まるよりは、その人の気質や性格によって変わる側面が大きいように思ったりもします。

回答:ウ・サギ

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update 2026/2/4
Q.ゴキブリみたいな人、とはどんな人でしょうか
この記事の担当 ウ・サギ

Q.ゴキブリみたいな人、とはどんな人でしょうか

A.補足の内容を読むに、悪口のニュアンスで言われたという話ですね。だとするとそこで使われた日本語には何の意味もなく、例えば犬のうなり声や、ニワトリがつつく攻撃のように、とにかく威圧が目的で、その手段として言葉が使われただけだとウ・サギは捉えます。
マンガで似たような台詞が使われていて言ってみたいと思ったとか、周りにそういった言葉で悪口を言う人がいてそれを真似したとか、自分自身がゴキブリがきらいだとか、そういう理由で「ゴキブリ」が悪口として選ばれたのだろうとウ・サギは想像します。でも、言われた側としては、その言葉が意味をもって突き刺さってしまい、傷ついて引きずってしまうものですよね……。「○○みたいな人」と評するのはあまり好きじゃないですが、悪口を言ってきた人が「残念な人」なだけだとウ・サギは思います。
それにしても、ゴキブリはゴキブリとして生きているだけなのに、勝手に悪口に使われるなんてちょっと可哀想な気もしてきました……。「男は狼」とか「豚に真珠」とか、そういうのもなんだかモヤモヤしたり・・・あ、話が逸れてしまいすみません。

回答:ウ・サギ

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update 2026/2/4
Q.高校1年生の頃のトラウマが未だ癒えないので、話を共有させてください。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.私は今大学1年生なのですが、高校1年生の頃のトラウマが未だに癒えないので、話を共有させてください。もしわがままを聞いてもらえるなら、励ましていただけたら嬉しいです。

A.(補足に書いてあった)話を読ませてもらいました。
とにかく当時いっぱいいっぱいだった、というのが一番伝わってきたことでした。もし客観的に見たら極端な思考や感情になっていたとしても、それは質問者さんの性格や人間性などの問題ではなく、追い込まれて「そうなってしまった」ということだとウ・サギは思いました。
追い込まれて生じてしまったアンバランスな思考や言動について、そのアンバランスさだけを見て評価のような返答をされるのは(相手としては、ただ率直に感想を伝えてしまっただけかもしれませんが)、本当に苦しいことだと思います。結果や結論ではなく背景の方に、本当に相談したいことや傷つきがあると思うので、結果や結論だけにリアクションされると、まるでこころや傷つきを軽視されたような、そんな感覚になっておかしくないとウ・サギは思います。信頼している相手であるほど、そういった少しの言葉が深く突き刺さるものだとも感じます。
未だ癒えないトラウマになっているのは苦しいことだと思いますが、傷ついた出来事であると同時に、納得できない出来事でもあったことが、モヤモヤや痛みを強くさせているのかなと感じました。「納得できない」といった感覚はつまり「私の気持ちや存在を軽視しないで!」という叫びだとウ・サギは思うので、自分で自分を尊重しようとしている、とも言えると思っています。強い感情や叫びを抱えることは負荷のかかるしんどいものではありますが、きちんと回復するためには、避けられないしんどさなのかな……と感じたりもします。少しずつ整理していくことで、傷つき経験はある種の学びを得た経験へと意味づけが変わる部分もあると思いますし、考えること、共有することは大切だとウ・サギは思っています。

回答:ウ・サギ

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update 2026/2/4