PAGE
TOP
タグ人間関係
Q.ウ・サギさんの浮気についての考え方は結構尖っているとも思ったが、その考えにどう至ったのか
この記事の担当 ウ・サギ

Q.ウ・サギさんの浮気についての考え方が自分と概ね一緒で励まされました、自分だけが非倫理的な事を考えている悪い人間だと思っていたので安心しました。ただ、結構尖った考え方だとも思うのでウ・サギさんがどのようにして今の考え方に至ったか気になります。

A.この質問(Q.どうして浮気は悪なのでしょうか?)の回答についてですね。ウ・サギはもはや尖っているのが通常運転で周りからそう言われることもなくなっていたので、「なるほど、確かに結構尖った考え方か」と改めて気づいて、ちょっと愉快な気持ちになりました。
浮気についての持論をここまで確立したのは、実際に親しい他者との関係性でギャップや違和感を抱いて、自分も相手も尊重する関係とは本質的には何なのか、自分なりに哲学し突き詰めていったという過程があります。
また、「浮気していいじゃん」「むしろしたいけど…?」という部分の尖り方については、ウ・サギの情熱の行き先となる存在の第1位が社会活動(世界平和と社会的公正を目指した活動、今だとイコールで仕事にもなっている、対全世界)、第2位が社会活動、第3位が社会活動、第4位が社会活動、第5位が社会活動、第6位くらいに恋愛らしきもの(対一個人)という感じなので、恋愛をちょっとしたお遊びくらいにしか思っていないのが大きいと思います。
恋愛といわれるものだろうと友情といわれるものだろうと、相手の気持ちをばっさり蔑ろにするつもりはありませんが、恋の大本命の社会活動さんはウ・サギが普遍性や本質を蔑ろにしたら絶対に振り向いてくれないので、どんなことも突き詰めて結果的に尖るのかもしれません。

回答:ウ・サギ

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/3/20
Q.トランスジェンダー当事者です。恐怖心があったとしても危険扱いされるのは悲しいと感じます。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.トランスジェンダー当事者です。恐怖心があったとしても危険扱いされるのは悲しいと感じます。恐怖心自体は悪ではなく、個人の自由だと思います。しかし、デマや誤解を前提に、属性だけで一律に危険人物扱いや自称扱いされる現実は悲しいです。

A.トランスジェンダーに限らず、マイノリティに対して、デマや偏見が前提となっているバッシングは時々見受けられるように感じますね。ウ・サギはトランスジェンダーについてはあまりわからないですが、国籍や人種、障がいなどについては発言を見聞きすることがあります。言っている本人は差別発言の自覚がないことがほとんどに感じるので(おそらく、デマだろうと偏見だろうと本人は根拠と認識しているように思います)、それは差別発言ですよ…?というのを、どう伝えてコミュニケーションをとるのがいいのか悩んでしまいます。
一個人として誰かとの関わりで嫌な思いや怖い思いをして、そのことでその相手への属性自体へのネガティブな印象が離れなくなってしまって…という恐怖心は悪ではないし、誰でもあることだとウ・サギは思います。比較的多いもので考えると男性恐怖が浮かびますが、トランスジェンダーへの恐怖で話が難しいのは、男性は社会で優位にある一方で、トランスジェンダーは社会で差別や抑圧をされている(トランスジェンダーを怖いと思うシスジェンダーも、社会構造で考えると、自分の性別についてはトランスジェンダーより優位にある)ことだと思います。それは、例えるなら、「あなたの右足(に似たもの)が私の右足を踏んだのが事実であると同時に、私は左手で知らず知らずあなたをよく殴っていました」という「こっちでは劣位、こっちでは優位」が両立している状態となります。いくつか例をあげるなら、「セクシュアルマイノリティで差別に苦しんでいるが、向いている仕事が見つかって生活は安定している人」と「ブラック企業で心身ともに追い込まれ賃金も低いが、セクシュアリティにおいては差別される要素のない人」、「教育虐待を受けて今も親に過干渉されているが、高身長で容姿の整っている男性」と「容姿や体型で差別をされることも多いが、親には干渉されず尊重されている女性」・・・そういった場合は、とても多くあります。その「こっちでは劣位、こっちでは優位」つまり、自分が被害や不利益のある立場でありながら別要素では傍観や加害側にも属している関係性で、お互いをどう分かり合い尊重していくことができるのかが、今の社会を公正なものにしていく上での大きな課題でありテーマだとウ・サギは思っています。
質問者さんの話とはズレてしまったかもしれませんが、トランスジェンダーに限定して深めていくとウ・サギが迷走しそうだったので、ちょっと広げて考えさせてもらいました。

回答:ウ・サギ

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/3/20
Q.なんで人って、孤独を感じたりするんでしょうか?
この記事の担当 所長室

Q.友達が他の友達と話している姿をみて、私はいてもいなくても変わらない存在だなと思って消えたくなりました。なんで人って、孤独を感じたりするんでしょうか?考えをききたいです。お願いします。

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

*記事バージョン* ※読みやすさを考え、動画の字幕から一部変更している部分があります

ウ・サギ なんで人は孤独を感じるのかは……孤独じゃない状態っていう幻想、または経験があるからじゃないですか?
カエル カエルは、友達が他の友達と話してるとほっとする。話さなくていいなと思って。
ウ・サギ どんだけ消極的なんですか。
カエル 役割免除されたみたいな。(会話に)入りたかったら入るけどね。(質問者は)他者によって自分の存在を証明してる段階だからじゃない?
ペン 寂しいとか、感情をマッチングする練習が足りない。
カエル まだ途中。カエルもだいぶ長生きしてるから、オタマジャクシの時だったら……でも気質的に(孤独を感じることが)ない感じもするな。
ウ・サギ いてもいなくても変わらない存在だなって思うこと自体が、何か育ちの段階でその(そう思う)ベースができないと思わないような気がするんですよね。ウ・サギは、自分がいてもなくても変わらない存在、それがいいねっていう気持ちにしかならないから。
カエル カエルもどんな人間、カエル、ペンギン、ウサギも、いてもいなくてもいいもんだと思ってるんだよな。
ウ・サギ 変わるは変わるかもしれないですけど……。
カエル (コメントで)『特別になりたいという感覚なら分かるかも』
ウ・サギ それと近い話っぽいよね、これも。
カエル じゃあ、誰かの一番とかいうやつだな。
ペン 誰かがいないと自分の存在が証明されない感覚は、育ちの中で忘れ物してきちゃった?
ウ・サギ この前生きづLABOの仲間たちが「今何でも商品になってるから、代わりがいるんだっていうのがみんなの中にも刻み込まれてる」みたいなこと言ってましたよね。代わりはいるけど、代わりはいないじゃないですか。でも代わりがいるばっかり言われてるから、実際に本当に代わりがいるんだなっていうのを見た時にガーンってなっちゃう。
カエル 友達が他の友達と話しているのは、象徴的にそれを直面化させられる図になるってことでしょ? これ。だからこれは、友達が他の友達と話していることが問題なんじゃないんだよ。そういうトリガーみたいなもので、自分の中にある育ちの中で忘れてきたものが騒いでるってことだよね。このシチュエーションで孤独を感じたりするっていうのは、何か埋められない渇きみたいなのがあるという証拠ではないでしょうか。
ウ・サギ 「お前には代わりがいる」とか、条件付きの承認とか、そういうものがありそうですよね。(質問者の中に)眠ってそう。
カエル こうじゃないと認められないとか、イメージはそういうことだな。別に何もしてなくてもいいっていう経験をすると、少しずつ解消する気はするんだよね。大人になってからでも、ある程度年齢が経ってからでも、そういうことってチャンスはあると思うけど……一般的な競争社会にずっといたんじゃ中々ね。
ペン (チャンスが)あることの方が少ないですから。
カエル 少ない。
ウ・サギ でも、この質問に対してめっちゃ「分かる」はきそうですよね。今配信のコメント欄にもきてるけど、もっといっぱい分かるっていう人めっちゃいると思う。何ならウ・サギとかの言ってることの方が分かるって言ってもらえないと思う。
カエル それはそうだよ。
ウ・サギ 分かる分からないで競ってるわけじゃないけど……。
カエル 我々の言ってること分かるなんていう人、中々いないよね。
ペン やみーペンはちょっと(ウ・サギたちの)仲間じゃないから。
カエル やみーペンが離脱した。(コメントで)『たぶんさみしいんだよね』って。寂しいがどこからくるかって話だよね。寂しいの起源を今度みんなで考えてみたいよ。寂しいは割と共通のテーマだから、分かったようで分かってない。奥が深い話だよ。寂しいは。
ペン 本当は、寂しいと孤独はイコールじゃないはずなんだけど、でも寂しいと孤独は結構セットになって勝手にやってくる。セット販売得意だから。
カエル みんな買っちゃうんだ。そして安いから。
ペン 単品より分かりやすくなっちゃう。
カエル 分かりやすくなって、お得感があって、みんな「じゃあ孤独感と寂しいをセットでいただきます」って。
ペン ってなるのかも。
ウ・サギ この前ウ・サギ、寂しいは研究員のみんなに教えてもらったよ。寂しいは感じる派閥と感じない派閥いるんですよ。で、ひとりの時間が楽しい人は別に寂しくない。でも、人といる時間とひとりの時間の楽しさにギャップがあると、そこの喪失感が寂しいを生み出す説。ウ・サギ一体でいる時間大好きだから、寂しくないんだなって思いました。でも、このシチュエーションで孤独を感じるのは少し分かる。比較する時の孤独はあるから、ひとりの寂しいとそこの孤独感はちょっと違うかなって気もする。
カエル 比較はどこからくるんだ?
ウ・サギ 比較は、自分が劣ってるっていう焦りから? でも比較されて身につくんだよね、間違いなく。
カエル 比べられてね、周りに。
ウ・サギ 実際に比べられなくても、比べてる文化を見て身につける部分は大きいと思う。こうやってみんな比べられて言われてるから、きっとウ・サギも比べられるんだって。
ペン やみーペンは、分かってもらえるが前提の感覚でいるのに分かってもらえない時に寂しいってなる。
カエル それぞれいろいろありそうだね。
ウ・サギ 面白いね、これ。いろんな要素が含まれてそうな質問だ。
カエル これは本質観取にいっちゃうか。この質問箱ではできないね。また今度だ。

update 2026/3/19
Q.マイナーな学部を受験するが人と違う選択に自信が持てず苦しい
この記事の担当 所長室

Q.大学受験で、同じ大学を目指す人が多くメジャーな学部から、定員の少なくマイナーな学部に変更しました。自分は周りと違うものが好きでも、無理に周りに合わせないようにしていたのですが、でも人と違ったことをするとき自信が持てないことが多く苦しいです。

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

*記事バージョン* ※読みやすさを考え、動画の字幕から一部変更している部分があります

カエル 人と違うことに自信が持てないっていうのはどういうことだ? 圧に負けるってこと? やみーペンの得意な。
ペン 圧ってこと?
カエル 圧に負けてるってことじゃない? これ。だって人と違ったって別にいいはずなのに、そのことだけで自信が持てない感じがしちゃうってことでしょ? その原因は何なんだろうって今カエルは考えてる。
ウ・サギ 人と違ったことをするのはちょっと大変ですよね。人と違うと突然説明責任を求められませんか? 「なんで学校に行かないの?」とか、行く側は聞かれないのに、若干のネガティブな評価と謎の説明責任が来るなってイメージはあります。
カエル 自信が持てないっていうのは「なんで?」みたいに反対の雰囲気をいっぱい感じ取っちゃうからかな? 何か間違ってるのかなって。(周りと)違うこと言って「えっ?」みたいにいっぱい言われると、カエルも時々自分が間違ってるのかなって思う時あるから、想像してみたらちょっと分かった。
ウ・サギ 国とかによって違いそうだね。
カエル 今どうか知らんけど、欧米だと議論好きなところは「みんなと一緒です」とか言ったら「お前には意見がないのか?」とか言われて逆にネガティブな眼差しを受けるって聞いたことあるよ。メジャーな学部からマイナーな学部に変更したら「なんで変えたの?」って言われるけど、反対だったら確かに言われなさそうだ。説明責任がそうさせてるんです。
ウ・サギ 一つの要素としてはありそうだよね。違うってことに対して(周りが)「なんで?」ってなるんだな、とりあえず。でも違う方が当たり前のはずですけどね、本当は。
カエル 同じでも違うでも、別にどっちも自然だと思うよね、本来。メジャーな方を思考する人もいれば、マイナーな方を思考する人だっているということでいいじゃないかと。同性愛とかも「なんで同性を好きになるんですか?」とか説明責任を求められる。「じゃあなぜあなたは異性を好きになるんだ?」って質問したら「そういうもんだから」とか意味分からないこと言っちゃって。
ウ・サギ ずるいですよね、あれ。
カエル 「そういうものなんですよ」って逆に言っちゃえばいい。でもそうなると、もっと酷いこと言われたりするもんな。悲しいぞ〜……。でも少なくとも生きづLABOは周りと違う人たちいっぱいいるから、生きづLABOでは自信持ってくれ。
ウ・サギ 自信が足りなかったら、誰かに自信を貰いに行くしかないね。「いいぞ」って言ってもらわなきゃ、自分で分かってても安心できないことってあるじゃないですか。
カエル じゃあ、みんなで応援しよう。
ウ・サギ いいぞいいぞ!
カエル いいぞいいぞ! 全然いいぞ!
ペン いいぞいいぞ〜!
カエル 我慢しちゃう人もいっぱいいる中でも、違ったことをする、行動に移せる力があるってことで……。思ってもできないのもそれはそれでいいんだけど、それは圧のせいってことで。これを解消するためにも、生きづLABO研究してるっていう……活動の趣旨でもあるからね。

update 2026/3/19
Q.名前の呼び方、呼ばれ方についての所長たちの考えを聞かせてほしいです!
この記事の担当 所長室

Q.自分の子どもを「君」と呼ぶ親に遭遇し、びっくりとモヤモヤを感じた。名前の呼び方、呼ばれ方についての所長たちの考えを聞かせてほしいです!(質問じゃなくてごめんなさい!)

A.うさえなが:考えたことない~!

ウ・サギ:ウ・サギは小学生くらい相手だとなぜか「君」呼びしたくなることが時々ありますが、なんとなく良くない気がして抑えています。たぶん相手を個人としてリスペクトする気持ちよりも、保護すべきまだ未完成の存在として見る気持ちが強くなると、つい出てきてしまう表現なのかもしれないと思ったりもします。相手がOKならどんな呼び方をしてもいいとは思いますが、だからこそきちんと許可をとるのが大切だと思います。呼ばれ方については気にした記憶はないですが、子どものときに、よく知らない大人に親しげにされるのは苦手でした。

生きかたカエル:カエルは誰かを「君」と呼ぶことはほぼないですが、人によって呼びやすい呼称と呼びにくい呼称があるとは思います。確かに「君」はちょっと上から目線のにおいはしますね。カエルは、相手が呼んでほしい呼び名で合わせたいと思いますし、自分が呼ばれる側だとあまりこだわりはないかもしれません。いずれにしても、それぞれに感じることは違うのだから、勝手に呼ばないで確かめあうのが大切だと思っています。

やみーペン:やみーペンはついつい呼び捨てにしがちで、相手がどう思うかとかどう呼ばれたいかを大事にしていなかった…って今は反省中。お互い○○って呼んで!を確認し合える文化だとモヤモヤやびっくりは少ないのかも…?

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/3/18
Q.最近自分の気持ちが抑えられなくなることが増えていて、自傷行為をやめられません。
この記事の担当 やみーペン

Q.最近、自分の気持ちが抑えられなくなることが増えていて、自傷行為をやめられません。他の人に迷惑はかけたくないし、家族にはバレたくないけど、それ以外の人には心配してほしいし、かまってほしいです。どうすればいいですか?

A.自分の気持ちを抑えられる量ってそれぞれ持ってるとやみーペンは思っていて、今はその量が溢れかえってるから自傷するしかなくなってるのかなーと想像した!かまってくれたり心配してくれるような存在に「キャパオーバー中!」って言って、構ってくれればいいのだけど‥‥やみーペンもちなみにキャパオーバー中だけど、質問には答えれるよ!!締め切り破ってウ・サギ困ってるだろうけど…

回答:やみーペン

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/3/18
Q.妹が食べようとしていたご飯を誤って父に出してしまい私の晩御飯が抜きになった
この記事の担当 うさえなが

Q.私の妹が食べようとしていたご飯を誤って父に出してしまい、妹を怒らせてしまい私の晩御飯が抜きになりました。

A.ごはん抜きは困るよ~
ごはん抜きはひどい!

*ウ・サギから補足*
怒らせたとしても、ご飯が抜きになるというのはあまりに理不尽な罰だと思いました。また、「父にごはんを出す」という表現を見て、自分のごはんは自分で用意するものではないのでしょうか…?と、父に対してモヤモヤもしてしまいました。周りに「あなたが悪い」みたいに言われても、実際は周りのほうに問題や理不尽があることは結構あると思いますし、質問者さんが理不尽な目に遭っている気がしてならないウ・サギです。

回答:うさえなが

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/3/18
Q.自分に好意を寄せている同級生が苦手。その理由も見当たらないのにどうして拒絶してしまうのか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.同級生が私に好意を寄せているのですが、自分はその人のことが苦手だと思ってしまいます。でもそう思う理由が見当たりません。それなのに会話することも嫌だと思ってしまいます。その人は悪い人じゃないはずなのに、どうして拒絶してしまうのでしょう?

A.感情というのはエネルギーであり、好意は「自分に好意を向けてほしい」という要求を伴うエゴであるので、好意を寄せられるのが苦手だったり負担であることは何もおかしくないと思いました。また、恋愛的な好意は投影や理想化が含まれている(相手を見ているのではなく、自分の憧れを相手の中に勝手に見出している)ことも多いと感じるので、ウ・サギはぶっちゃけ結構無礼な話だよなあと思っています。
ただ、投影や理想化が起こることも心の自然な働きなので、それが起こること自体が悪いとか失礼だとはウ・サギは思っていません。問題はそれをどう取り扱っていくかだと思うのですが、どうやら補足の話を見るに、質問者さんに好意を寄せている同級生は、好意の取り扱いが超初心者のようです(少なくとも、ウ・サギが質問者さんと同じ環境に置かれたら、心が悲鳴を上げると思いました)。好意はなんとなく良いものと世の中でされていることもあり、好意のもつリスクや、取り扱いについて教えてもらえる機会がなかなかないので、困ったものだと思います……。
ウ・サギの感覚では、補足にあるような関わり方をされるなら、会社であればセクハラ(そこまではいかないにしてもストレスとなっている関わりとして)上司に相談してもいい内容だと思いました。誰か、理解してくれそうな先生や、友達などはいないでしょうか。第三者に助けを求めて、実際にその第三者が介入してくれると、相手にも事の深刻さや、思いや認識のギャップが伝わりやすいように思います。とはいえ「好意なんてありがたいことでしょ」とか「○○さん(その同級生)の気持ちも考えてあげなよ」みたいなことをもし言われたらキツすぎるよなあ、とも思ったり……。
好意を拒絶してしまうのは何もおかしくないと思いますし、「相手が悪い人じゃない」というのは嫌ってはいけない理由にもならないし、相手を受け入れてあげないといけない理由にもならないので、質問者さん自身の心を一番に大切にしていいんだよ…!とウ・サギは伝えたいです。

回答:ウ・サギ

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/3/18
Q.言葉の表現について予防線を張るのは良くないことなのでしょうか?
この記事の担当 所長室

Q.言葉の表現について予防線を張ることってそんなに良くないことなんでしょうか?ストレートで手短な表現で伝えるほうが常に正しいのでしょうか。どうしてもそうは思えません。自分が予防線を張ってしまうタイプだからかもしれませんが。

A.予防線そのものが悪いものだとは無ササビは思わないです。人との関係の中で傷ついたり(傷つけたり)誤解されたりしないように表現を柔らかくしたり前置きをつけるなどは、場の空気や相手のことを考えて出てくる工夫の一つだと思いますし、相手との距離を調整するクッション的な要素もあるのかな?とも考えています。
人間関係は情報だけをやり取りしているわけではなくて、感情も一緒に動いているので、時には少し遠回りな表現の方がうまく伝わることもあるのではないでしょうか。ストレートな言葉にも役割はあるし、予防線を張った表現にも役割があって、どちらが正しいかというよりも、”どこで使うかを自分で選べること”が大事なのかなと無ササビは思うのでした。

回答:無ササビ

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/3/18
Q.一人がいい時は関わりと拒み一緒にいてほしい時いてもらうのは都合よく利用してることになる?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.一人がいい時は関わりを拒んで、一緒にいてほしい時は一緒にいてもらうのは相手をただ都合よく利用していることになるのでしょうか?

A.ウ・サギは、都合よく利用しているわけではないと思いました。一人がいい時に一人でいることを選ぶこと、相手の誘いを断るのは一つの権利ですし、無理をして合わせると、それはそれで対等ではない関係になってしまうとも思います。ただ、もちろん相手にも同じ権利がありますし、関係性の中ではいろいろな感情も生まれてくる(断られると悲しいなど)のも自然なことなので、もし相手と友達でいたいなら、自分の意見だけ通すというわけにはいかないときもあるとは思います。お互いに、相手は自分と違う存在(違う感性、違う経験、違う心をもった存在である)と線は引きつつも、相手の立場や気持ちも想像したり、無理ない範囲での配慮や譲り合いがあることは大切な気がします。
そのあたりは、感性や人間関係に求めるものが近しい同士だと、あまり配慮や譲り合いを考えなくてよくて楽かもしれませんね。逆に価値観が真逆だと、何をしてもお互いに「この人はなんて失礼なんだ」とか「ひどい、傷つけられた」とかと思う場合もあるかもしれません。
だから「一人がいい時は関わりを拒んで、一緒にいてほしい時は一緒にいてもらう」という点だけで「都合よく利用しているか」の判定はできなくて、もっと質的な問題として、片方に過度に負担がかかっているかどうかの問題になってくるとウ・サギは思いました。また、片方に過度に負担があったとしても、負担をかけた側が悪で負担を感じた側が被害者というのではなく、マッチングがよくないだけ、という相性の側面が強いと思います。質問者さんが正直に自分の気持ちを伝えるタイプであるなら、同じように思ったことを正直に伝えてくれるタイプと友達になれると、「都合よく利用してる」なんて思われることなく付き合えるかもしれません。

回答:ウ・サギ

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/3/15