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タグ人間関係
Q.人を分類する言葉に違和感を覚える。何故人を安易な言葉で形容して箱に入れようとするのか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.人を分類する言葉に違和感を覚えてしまいます。何故、人のことを安易な言葉で形容して箱に入れようとするのでしょうか?また、個性を消して、生きることが美徳とされているように感じます。かくいう自分もそれに縛られて生きています。どうすればいいですか?

A.補足の内容も少し入れて整理させてもらうと、人を分類する言葉は例えば「優等生」であり、その背景に、使いやすい人間と使いにくい人間で分けるような価値観を感じ違和感を抱いている、という話で受け取りました。
人を安易な言葉で形容することについては、
・アイメッセージ(私はこう思う)ではなく、ユーメッセージ(あなたはこうだよね)で伝える
・形容された側が、違和感や抵抗を抱いても、反論できないくらい力を失った状態にある
の2つがそろったケースであれば、まさに箱に入れるような暴力性が生じるとウ・サギは思っています。
ただ、話を深めていくと、他者の個性を形容することは、その他者の個性についての話題というよりは、形容した側の価値観を話している意味合いが強いとウ・サギは捉えています。わざわざ誰かを優等生だと言う人は、優等生を望ましいと思っているか、優等生になりたいか、優等生じゃないとまずいというプレッシャーを抱えているか、とにかく「優等生」ということに何かしらの意味を感じている人ではないでしょうか。だから「あの人は○○だよね」という形容は、誰かを箱に入れているように見えて、実は自分が閉じ込められている箱について語っている発信なのだとウ・サギは考えています。
つまり、何故人のことを安易な言葉で形容して箱に入れようとするのか?の問いへの答えは、自分自身が箱に閉じ込められているから、というのがウ・サギ説です。個性を消して生きることが美徳とされていることについては、力を持っている側が力を持ち続けるにあたって、力のない者が思考停止で従ってくれるのが都合がいいという力学のようなものが働いているように思います(勿論、それ以外の要因や背景もあると思いますが、ウ・サギとしてはそういった力学に一番着目しています)。このあたりは、もしもっと興味があれば、パウロ・フレイレの「被抑圧者の教育学」という本をぜひ読んでみてください。ちょっと難しいかもしれませんが、言葉や概念を「押しつけられるもの」「受け入れるしかないもの」ではなく、「自分たちで考えるもの」「つくっていくもの」とすることが、社会づくりの本質であるといったことが書いてあります。
だから、どうすればいいですか?は、こうやって世界を自分の言葉で語り、対話し続けることだとウ・サギは思っています。いい質問をありがとうございました。

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update 2025/12/12
Q.繊細で敏感な性格を損してると思ってしまう。長所があったら教えてほしい。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.私は繊細で敏感な性格なのですが(周囲の人からもそう言われる)、いつも自分のこの性格は損してる性格だと思ってしまいます。
逆に、大雑把で神経が図太い方が得をしてるように見えます。
もし、繊細で敏感な性格の長所がありましたら、教えてください。

A.ウ・サギもいわゆる繊細で敏感なタイプに属すると思いますが(自分のニュアンスで言うと「過敏で神経質」がしっくりきます)、「自分が楽に生きること」を得と考えるなら、損をすることが多くは感じますね。大雑把で図太い方が、生きるのは楽だろうと思います。だから質問者さんの感じ方にはまず共感しました。
ただ、どんな個性も、見方や状況や噛み合いによって発揮のされ方が違ってくるので、長所にもなれば短所にもなります。ウ・サギの思う繊細で敏感なことであるメリットは、自分にとっての利益で考えれば、豊かな感情体験(感覚、感性が良い意味で震える体験)ができることです。何かで感動すること、細かな違いを楽しめること、創作に大いなる楽しみを見出したり夢中になれることは、繊細で敏感な側に与えられたギフトだと思います。
周りにとってのメリットだと、細やかな共感や気遣いができることや、小さな危険にも気づけることがあると思います。逆に大雑把なタイプの周りへのデメリットは、それらが苦手で知らず知らず他者を傷つけたりすることで、メリットはタフに行動し続けられることだとウ・サギは感じています。ただ、結局はそれぞれ凸凹があるという話なので、補い合って、尊敬し合って、社会というチームを一緒に作り上げていくことが大切だと感じています。

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update 2025/12/12
Q.深い人付き合いができません。どうしたら人と仲良くなれますか?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.深い人付き合いができません。どうしたら人と仲良くなれますか?人と話すのは好きで、パーティーなどでも自分から初対面の人に話しかけたり、お店で知らない人と会話したりもよくあります。でも友達以上の関係は少なく、挨拶をするだけの人間関係ばかりです。

A.質問者さんは深い付き合いがしたいのでしょうか。深い付き合いや人と仲良くなることを自ら希望するのか、それとも、「しなければならない」的な義務感のように感じているのかによって、構えは異なるのかなと思いました。
カエル界では仲の良い人がいてもいいけど、別にいなくてもいい、どちらでもいいという風潮があります。それに対して、人間界は仲の良い方がいいという考えが強いように思っています。なので、カエル的には人との付き合いは相手のあることでもあるし、努力したり工夫するというより、自然に関わりが深くなる時にはなるのかなと思います。自然体でいていいと思っています。回答になっていなくてすみません。

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update 2025/12/10
Q.職場で噂された者です。いつどこの誰が広めたかわからないので、まだモヤモヤしています
この記事の担当 ウ・サギ

Q.職場で噂された者です。ウ・サギさんの言う通りちょっとした理由で噂をされてモヤモヤしました。説明不足で申し訳ありません。それに、いつどこの誰が広めて上司の耳に入ったのかわからないので(広まって数日経っていたらしい)、まだモヤモヤしています。

A.「Q.職場でなぜか私の聴覚に障がいがあるという噂があった」の質問者さんですね。質問の雰囲気からは障がいを差別するような気持ちがないのは感じていたのですが、文章の一部だけが読み手の目に入ったときのことを考えて、ちょっと補足を入れさせてもらいました。(このあたりの配慮はサイトで編集や補足できるので、説明不足だとも思っていないですし、気にしないでくださいね)
自分の全然知らぬところで自分についての話が広まっているのは怖くて当たり前ですし、モヤモヤも大きいものだと思います。いつ誰が広めたの?と問い詰めていくのもそれはそれで大変でしょうし、困りますね……。自分の個人的な事情の範囲のことが(真偽問わず)勝手に噂になっていく職場は、なんだか安心して過ごせない気がしますし、仕事だから行かざるをえないと思うので、モヤモヤやザワザワがおさまりづらそうです。

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update 2025/12/8
Q.裏垢をやめたいのにやめられない。褒められる瞬間が気持ちいいのにつらい
この記事の担当 ウ・サギ

Q.裏垢をやめたいのにやめられません
何度かやめようとして垢を消し、1週間経たずにまた垢を作って動かすを繰り返してます
没頭できる趣味は何個かあるけど、1番ハマる趣味が裏垢になってしまってます
褒められる瞬間が気持ちいいのにつらいです

A.一部の人にとって、褒められることや求められることにはどうやら麻薬的な作用があるというのがウ・サギ調べでは判明しています。押しが弱いというか普段相手に合わせることが多く、身近な大人に自分の思うように甘えられなかったタイプに、そういった現象が起こる傾向があるようにウ・サギは感じています。つまり「自分を見て、認めてほしい」という飢餓からくる発作に近いのかもしれません。(あくまでウ・サギ調べなので、全然違ったらすみません)
飢えから起こるものだと考えたら、飢えというのはとても苦しいので、諸々のリスクはわかっても裏垢で埋めるのも時には必要なのかもしれないとも思います。でもつらいのは困りますね……行動の解決よりも自分に起こっていることを知るのがまず大切に思うので、もし似たような悩みの人と話したことがないなら、この悩みに「わかる」と言いそうなウ・サギの知り合いを紹介して、研究会を開催してみたい気持ちになりました。

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update 2025/12/8
Q.嘘はダメなことでバレるとわかっているのにやめられない
この記事の担当 所長室

Q.自分をよく見せるため、失望されないためにさらっと無意識で嘘をつく。あとから気付いて気持ち悪くなる。けれどこれから嘘なしで怒られるのは本当に怖い。どうすればいいですか?嘘はダメなことでバレるとわかっているのにやめられません。

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update 2025/12/7
Q.目に見える形で壊れたら…の質問に共感した。私もそう思うと同時に、見捨てられる不安もある。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.目に見える形で壊れたら…の質問に共感しました。私もそう思うと同時に、もしバラバラに壊れてしまったら、醜いと思われて人から見捨てられるんじゃないかという不安もあります。

A.この質問か、この質問のことでしょうかね。ちゃんとしようとする気持ちが強いほど、実際にちゃんとできてしまうほど、負担が果てしなく溜まっていく構造にはウ・サギもいつも悩ましさを感じます…。見捨てられるかもしれないという不安も、本当に厄介なものですよね……。
ちなみに、励ますでもないですが、バラバラに壊れることは「醜い」とはならないとウ・サギは思いました。なぜかというと、人は誰しも弱くて脆い部分がある(バラバラに壊れる可能性のある)存在なので、自分の弱さや脆さを正しく知って受け止めている人から見たときに、壊れることは恐怖や嫌悪ではなく共感の対象だと思うからです。誰かの弱さを否定したり見捨てる人は、自分自身の弱さから逃げているのだとウ・サギは思っています。話がズレてしまって失礼しました。

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update 2025/12/3
Q.自分の思い通りにいかないと癇癪を起こすことにずっと悩んでいます。
この記事の担当 やみーペン

Q.自分の思い通りにいかないと癇癪を起こすことにずっと悩んでいます。
以前に、それをカウンセラーさんに相談したら、「子供時代に子供らしい生活ができなかった反動で、大人になった今自分の思い通りにしたくなるんだよ。」と言われました。私はどうしたらいいのでしょうか?

A.確かに子どもらしい育ちをしてないとそういう行動しかできなくなるよね…あと、やみーペン的にはそうじゃない方法での自己表現が見つかってない時も癇癪が起きやすかった気がするかなぁ。
どうしてこういう気持ちになったとか、どう思ったとかを話せたり、表現したりする人がいっぱいいる空間で過ごせるとどんどん身につくんだけど、中々そんな空間が無いのが悲しいところ…質問箱でまずは練習してみる??

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update 2025/12/3
Q.職場でなぜか私の聴覚に障がいがあるという噂があった。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.職場でなぜか私の聴覚に障がいがあるという噂がありました。話しかけても返事くれないことがあったからということでしたが、それだけで言うのはどうなのよと思いました。ちなみに、私は逆に聴覚過敏です。

A.勝手に決めつけられて噂にされるのは、困ったものですね……。(聴覚の障がいへのネガティブな評価からの発言ではなく、ちょっとした理由で噂をされることへのモヤモヤだとウ・サギは受け取ったので、質問を公開しました)
噂の始まりは、話しかけても返事をされないことで戸惑って、「もしかしたらそうなのかも」と言ったくらいの話だった可能性もあるのかな…?とウ・サギは考えたりしました。これは噂をした側をフォローする意味ではなく、噂というのは案外そういった小さなことから話が広がるかもしれないと、自分を戒めておこうと思って書きました。
「話しかけても返事くれないことがあったのだけど…」と、本人にまず直接聞いてくれ~!と、ウ・サギとしては言いたくなりました。決めつけと噂話にならないコミュニケーション文化を広げていきたいところです。

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update 2025/12/2
Q.親の実名を出さずに「親に○○されてつらかった」などネットに投稿するのは良くないこと?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.親の実名は決して出さずに
「親に〇〇されて、私は、つらかった」
「私の親は過保護だ、過干渉だ」
「私の親は毒親だ」
ということをネットに投稿するのは
親への悪口でしかないのでしょうか?
良くないことなのでしょうか?
酷いことなのでしょうか?

A.世間が何を「良くないこと」とするかは時代によって変わるものですし、良くないことは全て禁止すべきか?というのも難しいところですが、そういう哲学的な話は置いておいて、親の実名を出さずにネットに親へのネガティブな感情を投稿することの問題点を考えてみますね。
結論から言えば、ウ・サギとしては問題あるとは思えませんでした。身体や生命を脅かしたり、強い立場の人が弱い立場の人を抑圧したり、実名でバッシングする等他の不特定多数の悪意が向くようにする行動は酷いことに該当すると思いますが、匿名で親(自分より強い立場)の人への愚痴や、つらかった気持ちを書くことは、ウ・サギ基準では酷いことには当てはまりません。
ただし「こんなことは絶対的に誰がどう見ても酷いことです」みたいことじゃなくても、相手にとっては酷い(と感じる)ことであるときはあります。自分と相手では見えてるものや感じることが違うので、「自分側の見えているものが絶対真実で、あなたの方が間違っている!」という論調でぶつかると、お互いにダメージを負うかもしれません。といっても、じゃあお互い様だよねというのも違って、どう感じたかの聞き役になって受け止める役割は、まずは強い側の方にあるとウ・サギは思っています。
ネットに親へのネガティブな投稿をすることについては、親にとっては酷いことに感じられる場合はあると思います。だからといって、親へのネガティブな投稿をするのが許されないとはウ・サギは全然思わなくて、質問者さん自身が自分の傷ついた気持ちと、親が傷ついた気持ちの、どちらを大切にしたいかで決めていいのかなと思いました。「私の親は毒親だ」などと思うのは自分の自由で、誰にもそれを責める権利も、制限する権利もありません。もしネットへの投稿やその他行動を我慢するにしても、自分の気持ちを否定することはしないでいい、しない方がいいとは、ウ・サギは強調しておきますね。

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update 2025/12/2