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タグ人間関係
Q.苦手な父の発言にモヤモヤしたりイラっとなりました。
この記事の担当 所長室

Q.私にとって苦手な存在である父が、AIを賢い人が使うともっと賢くなってバカな人はもっとばかになると言っていてモヤモヤしたり、イラっとなりました。〇〇(私の名前)は、どうなるかなと言ってきて嫌いだと思いました。質問じゃなくて、すみません。

A.嫌なニュアンスを込めて伝えることで、その相手の心に良くも悪くも記憶させる。大人のよくやる、ねっとりとした中に威圧や挑発が含まれている物言い。ゴロン猫も子猫時代にかまされて、時々引き出しからゴロっと飛び出してくるようにそれを思い出して嫌な気持ちになっている。子どもに対する願望は心の中でそっと祈ってくれるか、もう少し伝わりやすい言葉を使ってほしいもの。「しょーもない」と言い切れるように、色んな大人を遠巻きに観察しサンプルを取るのもいいかもしれない。

回答:しきぶとんゴロン猫

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update 2026/3/29
Q.所長さんやネット上の居場所の人たちはいい人なのにリアルでそういう人に出会えないんだろう?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.生きづLABOの所長さんたちやネット上の居場所にいる人たちはいい人ばかりなのにリアルでそういう人に出会えないんだろう?リアルでそういう人たちに出会えたらもっとリアルが楽しくなるのに。

A.いい人(生命体)認定されて大変光栄です!
ただ、所長たちはいい人というより、みんな自由で本来の個性を丸出ししているだけのような気がします。カエル的には自由を重んじているからだと思っていて、自分と自分以外の人(生命体)もみんなが自由に、のびのび生きられる社会を作っていきたいのですよ。それを「いい」と思ってくれた質問者さんも自由を愛する仲間ですね!これからも、よろしくお願いします。
きっと、近くにも知らないだけで(いい人はしばしば目立たず隠れています)、いい人はいるはずなので、ぜひ、見つけてみてください。

回答:生きかたカエル

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update 2026/3/29
Q.職場の送別会に子ども2人連れてきた人にもやっとし、私の心は狭いなと落ち込んだ
この記事の担当 ウ・サギ

Q.職場の送別会に子ども2人連れてきた人にもやっとしました。退職する主役がいる会なのですが、途中で子ども中心の会話、食べるものに気を遣い、事前に連れて来ることを聞いてなかったので、余計になんだかなと思いました。私の心は狭いなと落ち込みました。

A.ウ・サギは自分が関わると決めた子どもにはたぶんけっこう優しいですが、街中で会っただけとか誰かが連れてきただけの子どもにはめんどうだなあと思ってしまうことも多いので、わかりみのある内容に感じました。(子どもが嫌だとか親子連れとかが迷惑という話ではなく、大きい声とか自分のペースを乱されることへの耐性が低いだけで、「暑いのが苦手」くらいの話で受け取ってもらえると有難いです)
でも誰かに「もやっと」するときのポイントは、その言動単体ではなくて、相手がこっちの立場を想像していなさそうに見えるとか、このもやもやを言うと性格悪く思われるだろうし我慢するしかないなとか、どこか自分の立場や気持ちが押し負けてしまうような部分にあるかもしれないと最近は思っています。ウ・サギは基本的には子どもは大切にしたいし、状況によって自分が誰かに譲ることも仕方ないとも思いますが、とはいえ自分のストレスやもやもやも生まれるときはあるし、ほどよいお互い様のラインはどこにあるのだろう・・・とぐるぐる考えてしまいました。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/29
Q.どうしたら死にたいって気持ちがおさまるんでしょうか?
この記事の担当 所長室

Q.朝、友達に自分が消えたいと思っていることを話したけど何で?と言われて答えることができなくて話題を変えられました。今日は、朝から死にたくなって昼は人間関係がうまくいかず家で泣きました。どうしたら、死にたいって気持ちがおさまるんでしょうか?

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update 2026/3/28
Q.周りの人に合わせすぎて自分の考えがわからなくなった。芯のない自分が嫌になる。
この記事の担当 所長室

Q.周りの人に合わせすぎて「あなたはどう思う」と言われても自分の考えや気持ちが分からなくなりました。意見を言われるとその方がいいのかなとすぐにぶれて、中身や芯のない自分が嫌になります。

A.「芯がない」というより、質問者さんはずっと周りを見ながら調整役をしてきたのだろうな…と想像しています。無ササビも子どもの頃から周囲に合わせてきた結果、自分に選択を委ねられることがとても苦手なので、周囲に気を配り続けていたら「自分はどう思うか」が分からなくなるのも無理もないことだと半分自分にも言い聞かせるつもりで思っています。
自分に嫌気がさしてしまう気持ちがすごく分かるなぁと思いながら、いきなり自分の意見を持とうとすると余計苦しくなるなと感じているので、最近は「どっちが正しいか」ではなく「どっちがマシか」で選ぶようにしたり、何か一つだけでも「これは自分で決めた」と思える選択をつくるということを無ササビは意識するようにしています。人によって抱えている不安や苦しさがどういうことで解消されていくかは異なるものだとは思いますが、無ササビと一緒に、自分の中にある”芯”を少しずつ太くしていこう…!と伝えたい気持ちになりました。

回答:無ササビ

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update 2026/3/27
Q.父親が憎い。早くあいつから離れたい。
この記事の担当 生きかたカエル

Q.父親が憎い。父親とも呼びたくないクソみたいなやつだ。
あいつはこっちが相づち打たないだけでキレた。殺してしまいたいくらいの気持ちになる。
感謝も親孝行も絶対したくない。早くあいつから離れたい。

A.ずいぶんと父親への憎悪感がたまっているようにお見受けしました。その気持ちを率直に吐き出すこをカエルは歓迎します。カエルは親子といえど、相性はあるし、嫌なものは嫌なので、大嫌いで全然いいと思うし、心の中でいなくなってほしいと叫ぶことも大ありだと思います。怒りのエネルギーは力が強いので、このエネルギーを何か有効に使えるといいかもと思いました。世の中の怒りで電気を起こせたりしたら、エネルギー問題も解決していいかも?と妄想してしまったカエルでした。

回答:生きかたカエル

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update 2026/3/24
Q.元彼女とのいろいろで疲れてしまった。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.元彼女のせいでなんか疲れてる。別れた理由は、彼女が自分には重くて、ラインとか返信しなかったら別れ話切り出されて、そのまま別れた。そのあと、距離置きたくて色々してたら失敗して嫌われ、彼女は元々自分くらいしか同じクラスに仲良しがいなかったから浮いた。自分の親友から、彼女が自分と縁を切ろうとしているとも聞いた。自分は嬉しい。でも、なんか疲れちゃう。現在中三です。ちなみに、元彼女は中学の同級生で、1年半ほど付き合って別れた。彼女は自分含めた友人にベタベタくっつき依存ぎみ。自分の親友もその子の距離の近さに疲れてしまっていた。彼女が進学する高校は、同じ中学から進学する人のいない高校だから、会わなくて済みそう。

A.交際関係は距離が近くなるものですし、別れた後はこれまで我慢していたものがどっと湧き出して、もう疲れちゃったし元恋人のあれもこれもイヤだった……!ってなるのはあるあるな気がします(あるあるだからといって悩みを軽く見ているとかではなく、自然な現象であるという意味です)。ウ・サギは人間関係の問題は距離感のミスマッチであると考えているため、今回の距離感はお互いにとって違いましたね~と爽やかに切り替えてしまいたいと理屈では思いつつも、モヤモヤや疲れはすぐには抜けないのもよくわかります。
彼女さんは人間関係の距離をとるのが苦手そうですが、それはそれで本人が悪いのではなく、育ちの中で何かつまずきや未学習、誤学習があるのだろうとウ・サギは感じます。でもだから我慢して受け入れようと言っているのではなく、そういったものの受け止めや学び直しに付き合うのは大人の仕事だと思うので、ツケのようなものが同年代にまわってくるのは違うよなあと大人の立場で思うウ・サギです。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/24
Q.他者を怖がらせる特性を持つ人がいてもそれを理由に排除される風潮や仕組みは嫌だと感じる
この記事の担当 ウ・サギ

Q.他者を怖がらせてしまったり傷つけてしまうかもしれない特性を持つ人がいたとして、
その特性を理由にその人が排除されたり攻撃されたり「社会で受け入れるなんて無理だ」とか諦められたりする風潮や仕組みは、僕は悲しいし嫌だと感じる。
人は人に変わりないし、その特性がその人の全てではないと思うし、加害は止められるべきでも、特性に関して、特性を持つ本人と周りが共に折り合いをつけて調整していくことを最初から切り捨て諦めて、排除したり攻撃をするような風潮や仕組みは嫌だ。手放しで受け入れられなくても、棲み分ける道や互いに折り合いをつけて調整をしていく道は、あるんじゃないかと根拠はないけど僕は思う。
そう感じるんだけど、僕自身も他者に「怖い」とか「関わりたくない」とは思うし、「自分の平穏を乱されたくない」とも思うんです。どちらも確かな僕の感覚で、だからこそ矛盾が苦しいです。
どう思いますか?

A.まっとうな主張だと思いました。個々にキャパがあるのも当たり前なので、大切なのは、いかに共同で(それぞれが自分にできることを持ち寄って)誰も切り捨てない社会を成り立たせるか、という視点だとウ・サギは思っています。
また、普遍的な真実として、人は環境に左右される生き物です。そして、加害行動はストレスが一定値を超えたときに起こるとウ・サギは思っています。特性のある場合は、何かしらの大きい不得意や苦痛があり、それの対処や発散が一人では困難になってしまう状況が、他の人よりも生じやすい傾向があるように感じます。逆にいえば、誰だって同じ量のストレスを浴びれば、自分をコントロールできなくなるとウ・サギは思います。だからこそ、誰かが自分をコントロールできずに他者を傷つける「状態」にある人を切り捨てるのは不適切だというのがウ・サギの考えです。切り捨ての論理を一度適用すると、それはいつか自分へも適用されかねないものになると思うからです。
自分一人ですべてをどうにかしようとするのは、誰にとっても無理なことです。無力な立場で理想を大きい声で叫ぶのもきっと違うとは思いますが、たとえば救命で電話をかけて救急車を呼ぶ役割も大切なように、誰でもささやかにできることはあるはずだとウ・サギは思いますし、自分の感じたことをアイメッセージで発信し、考え続けるのもその一つだと感じます。その余裕もないなら、まずは自分を助けることをしていいし、とにかく自分が困ったときにも安心して暮らせるように、助け合いの論理はぶらしたくないウ・サギです。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/24
Q.ウ・サギさんの浮気についての考え方は結構尖っているとも思ったが、その考えにどう至ったのか
この記事の担当 ウ・サギ

Q.ウ・サギさんの浮気についての考え方が自分と概ね一緒で励まされました、自分だけが非倫理的な事を考えている悪い人間だと思っていたので安心しました。ただ、結構尖った考え方だとも思うのでウ・サギさんがどのようにして今の考え方に至ったか気になります。

A.この質問(Q.どうして浮気は悪なのでしょうか?)の回答についてですね。ウ・サギはもはや尖っているのが通常運転で周りからそう言われることもなくなっていたので、「なるほど、確かに結構尖った考え方か」と改めて気づいて、ちょっと愉快な気持ちになりました。
浮気についての持論をここまで確立したのは、実際に親しい他者との関係性でギャップや違和感を抱いて、自分も相手も尊重する関係とは本質的には何なのか、自分なりに哲学し突き詰めていったという過程があります。
また、「浮気していいじゃん」「むしろしたいけど…?」という部分の尖り方については、ウ・サギの情熱の行き先となる存在の第1位が社会活動(世界平和と社会的公正を目指した活動、今だとイコールで仕事にもなっている、対全世界)、第2位が社会活動、第3位が社会活動、第4位が社会活動、第5位が社会活動、第6位くらいに恋愛らしきもの(対一個人)という感じなので、恋愛をちょっとしたお遊びくらいにしか思っていないのが大きいと思います。
恋愛といわれるものだろうと友情といわれるものだろうと、相手の気持ちをばっさり蔑ろにするつもりはありませんが、恋の大本命の社会活動さんはウ・サギが普遍性や本質を蔑ろにしたら絶対に振り向いてくれないので、どんなことも突き詰めて結果的に尖るのかもしれません。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/20
Q.トランスジェンダー当事者です。恐怖心があったとしても危険扱いされるのは悲しいと感じます。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.自分はトランスジェンダー当事者です。これは、あくまで個人の意見です。
まず前提として、トランスジェンダーに対する恐怖心そのものは決して悪では無いと自分は思います。怖いものは怖いというのは自分もそうです。ですから、トランスジェンダーに対する恐怖心そのものを「差別だ!」と第三者が袋叩きにするのは問題だと自分は思います。
しかし、その上で、トランスジェンダーもトランスジェンダー以外と同じく、色んな人がいると思うので酷いことをする人もいると思いますが、それはトランスジェンダー以外の中に酷いことをする人がいることと同じだと思います。
そして、トランスジェンダーは、トランスジェンダー以外と同じように、大抵はトラブルを起こしたくないし、トラブルに巻き込まれたくもないし、なるべく平和に暮らしたいのだと思います、少なくとも自分はそうです。そのため、背景に恐怖があったとしても、トランスジェンダーだからというだけで「危険」扱いされたり、「自称してるだけ」扱いされたりして、それを言動として表現する行為がある現実はすごく悲しいと自分は感じます。また、トランスジェンダーに関してのデマも横行してるという話も見たことがあるので、誤解で怖がられてしまっているとしたら、それもすごく悲しいです。
重ねて言いますが、恐怖心そのものは決して悪では無いと思います、しかし、デマが前提になっているとしたら、それはすごく悲しいんです。どう思いますか?

A.トランスジェンダーに限らず、マイノリティに対して、デマや偏見が前提となっているバッシングは時々見受けられるように感じますね。ウ・サギはトランスジェンダーについてはあまりわからないですが、国籍や人種、障がいなどについては発言を見聞きすることがあります。言っている本人は差別発言の自覚がないことがほとんどに感じるので(おそらく、デマだろうと偏見だろうと本人は根拠と認識しているように思います)、それは差別発言ですよ…?というのを、どう伝えてコミュニケーションをとるのがいいのか悩んでしまいます。
一個人として誰かとの関わりで嫌な思いや怖い思いをして、そのことでその相手への属性自体へのネガティブな印象が離れなくなってしまって…という恐怖心は悪ではないし、誰でもあることだとウ・サギは思います。比較的多いもので考えると男性恐怖が浮かびますが、トランスジェンダーへの恐怖で話が難しいのは、男性は社会で優位にある一方で、トランスジェンダーは社会で差別や抑圧をされている(トランスジェンダーを怖いと思うシスジェンダーも、社会構造で考えると、自分の性別についてはトランスジェンダーより優位にある)ことだと思います。それは、例えるなら、「あなたの右足(に似たもの)が私の右足を踏んだのが事実であると同時に、私は左手で知らず知らずあなたをよく殴っていました」という「こっちでは劣位、こっちでは優位」が両立している状態となります。いくつか例をあげるなら、「セクシュアルマイノリティで差別に苦しんでいるが、向いている仕事が見つかって生活は安定している人」と「ブラック企業で心身ともに追い込まれ賃金も低いが、セクシュアリティにおいては差別される要素のない人」、「教育虐待を受けて今も親に過干渉されているが、高身長で容姿の整っている男性」と「容姿や体型で差別をされることも多いが、親には干渉されず尊重されている女性」・・・そういった場合は、とても多くあります。その「こっちでは劣位、こっちでは優位」つまり、自分が被害や不利益のある立場でありながら別要素では傍観や加害側にも属している関係性で、お互いをどう分かり合い尊重していくことができるのかが、今の社会を公正なものにしていく上での大きな課題でありテーマだとウ・サギは思っています。
質問者さんの話とはズレてしまったかもしれませんが、トランスジェンダーに限定して深めていくとウ・サギが迷走しそうだったので、ちょっと広げて考えさせてもらいました。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/20