Q.友達が他の友達と話している姿をみて、私はいてもいなくても変わらない存在だなと思って消えたくなりました。なんで人って、孤独を感じたりするんでしょうか?考えをききたいです。お願いします。
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Q.友達が他の友達と話している姿をみて、私はいてもいなくても変わらない存在だなと思って消えたくなりました。なんで人って、孤独を感じたりするんでしょうか?考えをききたいです。お願いします。
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Q.大学受験で、同じ大学を目指す人が多くメジャーな学部から、定員の少なくマイナーな学部に変更しました。自分は周りと違うものが好きでも、無理に周りに合わせないようにしていたのですが、でも人と違ったことをするとき自信が持てないことが多く苦しいです。
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Q.自分の子どもを「君」と呼ぶ親に遭遇し、びっくりとモヤモヤを感じた。名前の呼び方、呼ばれ方についての所長たちの考えを聞かせてほしいです!(質問じゃなくてごめんなさい!)
A.うさえなが:考えたことない~!
ウ・サギ:ウ・サギは小学生くらい相手だとなぜか「君」呼びしたくなることが時々ありますが、なんとなく良くない気がして抑えています。たぶん相手を個人としてリスペクトする気持ちよりも、保護すべきまだ未完成の存在として見る気持ちが強くなると、つい出てきてしまう表現なのかもしれないと思ったりもします。相手がOKならどんな呼び方をしてもいいとは思いますが、だからこそきちんと許可をとるのが大切だと思います。呼ばれ方については気にした記憶はないですが、子どものときに、よく知らない大人に親しげにされるのは苦手でした。
生きかたカエル:カエルは誰かを「君」と呼ぶことはほぼないですが、人によって呼びやすい呼称と呼びにくい呼称があるとは思います。確かに「君」はちょっと上から目線のにおいはしますね。カエルは、相手が呼んでほしい呼び名で合わせたいと思いますし、自分が呼ばれる側だとあまりこだわりはないかもしれません。いずれにしても、それぞれに感じることは違うのだから、勝手に呼ばないで確かめあうのが大切だと思っています。
やみーペン:やみーペンはついつい呼び捨てにしがちで、相手がどう思うかとかどう呼ばれたいかを大事にしていなかった…って今は反省中。お互い○○って呼んで!を確認し合える文化だとモヤモヤやびっくりは少ないのかも…?

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Q.最近、自分の気持ちが抑えられなくなることが増えていて、自傷行為をやめられません。他の人に迷惑はかけたくないし、家族にはバレたくないけど、それ以外の人には心配してほしいし、かまってほしいです。どうすればいいですか?
A.自分の気持ちを抑えられる量ってそれぞれ持ってるとやみーペンは思っていて、今はその量が溢れかえってるから自傷するしかなくなってるのかなーと想像した!かまってくれたり心配してくれるような存在に「キャパオーバー中!」って言って、構ってくれればいいのだけど‥‥やみーペンもちなみにキャパオーバー中だけど、質問には答えれるよ!!締め切り破ってウ・サギ困ってるだろうけど…
回答:やみーペン

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Q.私の妹が食べようとしていたご飯を誤って父に出してしまい、妹を怒らせてしまい私の晩御飯が抜きになりました。
A.ごはん抜きは困るよ~
ごはん抜きはひどい!
*ウ・サギから補足*
怒らせたとしても、ご飯が抜きになるというのはあまりに理不尽な罰だと思いました。また、「父にごはんを出す」という表現を見て、自分のごはんは自分で用意するものではないのでしょうか…?と、父に対してモヤモヤもしてしまいました。周りに「あなたが悪い」みたいに言われても、実際は周りのほうに問題や理不尽があることは結構あると思いますし、質問者さんが理不尽な目に遭っている気がしてならないウ・サギです。
回答:うさえなが

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Q.同級生が私に好意を寄せているのですが、自分はその人のことが苦手だと思ってしまいます。でもそう思う理由が見当たりません。それなのに会話することも嫌だと思ってしまいます。その人は悪い人じゃないはずなのに、どうして拒絶してしまうのでしょう?
A.感情というのはエネルギーであり、好意は「自分に好意を向けてほしい」という要求を伴うエゴであるので、好意を寄せられるのが苦手だったり負担であることは何もおかしくないと思いました。また、恋愛的な好意は投影や理想化が含まれている(相手を見ているのではなく、自分の憧れを相手の中に勝手に見出している)ことも多いと感じるので、ウ・サギはぶっちゃけ結構無礼な話だよなあと思っています。
ただ、投影や理想化が起こることも心の自然な働きなので、それが起こること自体が悪いとか失礼だとはウ・サギは思っていません。問題はそれをどう取り扱っていくかだと思うのですが、どうやら補足の話を見るに、質問者さんに好意を寄せている同級生は、好意の取り扱いが超初心者のようです(少なくとも、ウ・サギが質問者さんと同じ環境に置かれたら、心が悲鳴を上げると思いました)。好意はなんとなく良いものと世の中でされていることもあり、好意のもつリスクや、取り扱いについて教えてもらえる機会がなかなかないので、困ったものだと思います……。
ウ・サギの感覚では、補足にあるような関わり方をされるなら、会社であればセクハラ(そこまではいかないにしてもストレスとなっている関わりとして)上司に相談してもいい内容だと思いました。誰か、理解してくれそうな先生や、友達などはいないでしょうか。第三者に助けを求めて、実際にその第三者が介入してくれると、相手にも事の深刻さや、思いや認識のギャップが伝わりやすいように思います。とはいえ「好意なんてありがたいことでしょ」とか「○○さん(その同級生)の気持ちも考えてあげなよ」みたいなことをもし言われたらキツすぎるよなあ、とも思ったり……。
好意を拒絶してしまうのは何もおかしくないと思いますし、「相手が悪い人じゃない」というのは嫌ってはいけない理由にもならないし、相手を受け入れてあげないといけない理由にもならないので、質問者さん自身の心を一番に大切にしていいんだよ…!とウ・サギは伝えたいです。
回答:ウ・サギ

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Q.言葉の表現について、
予防線を張ることってそんなに良くないことなんでしょうか?
ストレートで手短な表現で伝えるほうが常に正しいのでしょうか?
どうしてもそうは思えません。
俺自身が予防線を張ってしまうタイプだからかもしれませんが。
A.予防線そのものが悪いものだとは無ササビは思わないです。人との関係の中で傷ついたり(傷つけたり)誤解されたりしないように表現を柔らかくしたり前置きをつけるなどは、場の空気や相手のことを考えて出てくる工夫の一つだと思いますし、相手との距離を調整するクッション的な要素もあるのかな?とも考えています。
人間関係は情報だけをやり取りしているわけではなくて、感情も一緒に動いているので、時には少し遠回りな表現の方がうまく伝わることもあるのではないでしょうか。ストレートな言葉にも役割はあるし、予防線を張った表現にも役割があって、どちらが正しいかというよりも、”どこで使うかを自分で選べること”が大事なのかなと無ササビは思うのでした。
回答:無ササビ

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Q.一人がいい時は関わりを拒んで、一緒にいてほしい時は一緒にいてもらうのは相手をただ都合よく利用していることになるのでしょうか?
A.ウ・サギは、都合よく利用しているわけではないと思いました。一人がいい時に一人でいることを選ぶこと、相手の誘いを断るのは一つの権利ですし、無理をして合わせると、それはそれで対等ではない関係になってしまうとも思います。ただ、もちろん相手にも同じ権利がありますし、関係性の中ではいろいろな感情も生まれてくる(断られると悲しいなど)のも自然なことなので、もし相手と友達でいたいなら、自分の意見だけ通すというわけにはいかないときもあるとは思います。お互いに、相手は自分と違う存在(違う感性、違う経験、違う心をもった存在である)と線は引きつつも、相手の立場や気持ちも想像したり、無理ない範囲での配慮や譲り合いがあることは大切な気がします。
そのあたりは、感性や人間関係に求めるものが近しい同士だと、あまり配慮や譲り合いを考えなくてよくて楽かもしれませんね。逆に価値観が真逆だと、何をしてもお互いに「この人はなんて失礼なんだ」とか「ひどい、傷つけられた」とかと思う場合もあるかもしれません。
だから「一人がいい時は関わりを拒んで、一緒にいてほしい時は一緒にいてもらう」という点だけで「都合よく利用しているか」の判定はできなくて、もっと質的な問題として、片方に過度に負担がかかっているかどうかの問題になってくるとウ・サギは思いました。また、片方に過度に負担があったとしても、負担をかけた側が悪で負担を感じた側が被害者というのではなく、マッチングがよくないだけ、という相性の側面が強いと思います。質問者さんが正直に自分の気持ちを伝えるタイプであるなら、同じように思ったことを正直に伝えてくれるタイプと友達になれると、「都合よく利用してる」なんて思われることなく付き合えるかもしれません。
回答:ウ・サギ

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Q.自分(の考え)を否定等されることにかなり敏感です。そう自覚しててもしんどい。
A.簡単に「わかる」と言っていい重さのものではないと思いますが、否定されることにはウ・サギもちょっと敏感で、そんな自分に凹むことも多いので仲間意識を抱きました。正解を選ばなくては、というプレッシャーにさらされると、もう自分自身で勝手に自分にそう圧をかけるようになってしまって、否定されると何かが崩れるような気持ちになってしまうのかもな…と自己分析しています。でもわかっていても、今のところあまり治せる気配はなく……という感じのウ・サギです。
自分について語り過ぎました。考えの否定は人格の否定ではないし、自分への否定だとしてもそれは相手が失礼な人なだけだし・・・とは思うのですけどね。染みついたものというのは、そう簡単なものではきっとないのだろうと感じます。そう考えると、何を経験してきたかの影響は大きく、プレッシャーをかける行為はとても罪深く、なんともやりきれない気持ちです。
回答:ウ・サギ

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Q.どうして浮気は悪なのでしょうか?
A.その疑問、わかりすぎます……!ウ・サギの感覚や論では、「浮気は悪である」と画一的にみなされることには、まったく納得できないでいます。他にも補足に書いてあった諸々の疑問について、うんうんと激しく頷きました。
もちろん、浮気を嫌だと感じる気持ち自体や、浮気がパートナーを傷つける行為になる場合が多いことはウ・サギも理解していますし、自分もそういった感情を抱くこともあります。そこは何かしら、理屈を超えた感覚や欲求があるのかもしれません。でも「悪」を「相手の感情を害すること」と定義してしまうと、感情が善悪の基準となってしまいますし、感情はどこまでいっても主観的で個別性のあるものだと思うので、「浮気は悪である」という捉え方はウ・サギは反対です。それはとても危うい正義の文化だと思うからです。
ただし、ウ・サギが一般的な浮気で悪質だとみなしている点はあって、それは①相手が嫌がるだろうとわかっていることを、②隠れて時に嘘をついてまでやって、③快楽を得ている、という3点です。この3点をしっかりと満たす行為は、浮気以外にはあまりないようにも思います。
ウ・サギは複数の相手と交際することや浮気自体はまったく悪いと思わないし、むしろしたい派閥なのですが、パートナーには事前に共有し相談した上で、相手がもし嫌だと思うならその気持ちも真摯に受け止めて、受け止めた上で自分の気持ちと相手の気持ちのどちらを優先するか選択し、報いがあるなら受けるべき(それで別れると言われるなら甘んじて受け入れるべき)だと思っています。浮気に限らず、ずるして自分だけ美味しい思いをするようなことは、相手からの信頼を失ってしまうのはある程度仕方ないかもしれません。ただし、それを第三者がああだこうだ言うのはわからないし、何かの境界を踏み越えている行為に感じています。
回答:ウ・サギ

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