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タグ哲学
Q.人間なのに自分を人間だと思えないです。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.人間なのに自分を人間だと思えないです。

A.なるほど…この文章だけでは、そのことで困っているのか、これはどういうことなのだろう?と気になっているのか、ちょっとそのあたりがわからないので変な回答になったらすみません。でも、「人間だと思えない」ということは、こういうのが人間だという像があなたの中にあるのか(=だからそうじゃない自分は人間じゃないという考え)、何か感覚的に・具体的に自分を人間じゃない何かだ(例えば、宇宙人だとか)と感じるのか、何かしら思考や感覚があるのだろうとは想像しています。
とはいえ考えてみると、誰も望んで人間になったわけではないですし、自分が人間だと思えないことはある意味自然なことなのかも…?ともちょっと感じました。

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update 2025/9/7
Q.人間は病気も治せて食べ物も供給できるのに、なぜ野生動物より悩み窮屈そうなのか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.人間は病気でも治療して治せる
食べ物はちゃんと供給できる
野生動物に襲われる確率はかなり低いのに
野生動物よりなぜくよくよ悩み窮屈そうに見えるんでしょうか?

A.それは、くよくよ悩むということ自体が、生存のためにリソースを全部使う必要がない(つまり、端的に言うと暇がある)から発生する現象というのがまずあるのかなと思いました。あとはそもそも動物と人間の大きな違いとして、人間は概念というものを獲得していて、今目の前のこと以外も考えることができちゃうというのもあると思います。過去を思い出すのも、将来を不安に思うのも、アイデンティティというものに揺らぐのも、比較するのも、概念があって初めて生まれるもので、動物には(現状の仮説としては)ないとされています。
そして困ったことに、一方で面白いことに、人間の考えや生き方に正解は存在しないのですよね・・・。この世界が何なのかを自分で感じ、必要があれば感覚を理論で補強し、自分の欲求と周りの欲求や現実との間で折り合いを探り続け、絶望や閉塞を感じてもどうにか今を生きるための支えを見つけ・・・死ねない間は、揺らぐ自我を抱えてどうにかやっていかないといけません。そのバランスを自分で見つけて取り続けていくことの難しさは、ここまで宗教というものが必要とされてきたことや、時に信じられないような虐殺が起こってしまうことなど、歴史が証明しているとウ・サギは思います。
くよくよ悩むのは(その権利を使いたいかは別として)人間として生まれた特権のようなものだし、全然いいと思いますが、窮屈というのは行き過ぎると怖いようにウ・サギは感じます。だからくよくよをシェアできる、窮屈になりすぎない社会をつくりたいと思っているところです。

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update 2025/9/2
Q.生きかたカエルさんの言っていた「お金は魔物」についてさらに詳しく知りたい
この記事の担当 生きかたカエル

Q.「Q.休みたいけどどこからが甘えでどのラインが休むべきか分からない
の質問回答動画で
生きかたカエルさんの言っていた
「お金は魔物」について
さらに詳しく知りたいです
また
食事や住まいの現物給付と自己決定の折り合いについては
どう考えますか

A.「お金は魔物」というのは、主に人の心を狂わせるという意味で使いました。
本来、お金というのは必要なものを交換し合うために生み出された一つの手段だとカエルは理解しています。ところが、いつの間にやらお金がそれ以上の価値や意味を持ち始め、今ではそれがないと生きていけない唯一無二の存在になっているように感じます。
物を交換するための手段より、お金が権力となり、格差や支配、争いのもとになっています。人が生活する一つの手段として使っていたお金が、いつの間にやらお金が主導権を握って、人がその存在に支配されているように思えます。なければすなわち絶望、あればすなわち権力という構造は、お金が人間のコントロールを超えた魔力を持ってしまった状態のように思えるため「魔物」と表現したところです。

食事や住まいの現物支給と自己決定の折り合いについてですが、食事はその人が食事を購入するためにしか使えないクーポンのようなものを支給して、お店で食材を買うのもよし、レストランなどの飲食店で使うもよしのシステムを想定していたので、自己決定は保障できると考えています。
また、住まいについても様々なスタイルの住まいをリスト化し、そこから本人の生活のニーズや希望に応じたところを選べるようにするイメージです。だから、一方的に当てがわれるのではなく、一人ひとりの希望やニーズもある程度考慮するべきと考えています。もちろん、住んでみてダメなら一定の基準を設けて引っ越しも可能だと思います。感覚過敏やトラウマなどある人もいますからそうしたことも理解される機会になるとよいなとカエルは考えています。

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update 2025/9/2
Q.希死念慮のある人に生きる意味を聞かれたらどう答えればいい?
この記事の担当 所長室

Q.希死念慮のある人から生きる意味について聞かれたとき、どう答えればいいと思いますか?希死念慮があったとき「そう考えるほどつらいんだね、でも生きていてほしいと思う」みたいな答えは求めてなかったし、意味を教えてほしかったなと思って悩んでます。

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update 2025/8/22
Q.私は人と関わる時に相手の顔色を伺いがちです
この記事の担当 所長室

Q.私は、人と関わる時に、相手の顔色を伺いがちです。ちょっとした会話でも「あの時の私の一言で、相手を傷つけてしまったかな?」と考えてしまいます。全ての人の機嫌が取れるほど自分は完璧じゃないと分かっていても、人の顔色が気になってしまいます。

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update 2025/8/22
Q.幸せな生活を送りたいと毎日思うのに幸せが具体的にわからない。どうやったら理解できる?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.幸せな生活を送りたいと毎日思うのに、幸せが具体的にどんな状態かわからない。そもそも幸せが何かわからないから、この願いが叶うことはないんじゃないかと思う。どうやったら幸せが何かを理解することができると思いますか

A.ウ・サギは幸せだと感じた瞬間がこれまで2度(合計3時間くらい)しかないので、お答えできるかは自信がないですが、まずそもそも幸せは「理解する」ものではなく「感じる」ものかな・・・?とは思いました。そして、幸せがどんな要素で起こるどんな感覚かは人それぞれだし、幸せ(と表現したい感覚のある日々)だけが豊かな生活というわけでもないのだろうと思います。ちなみに、ウ・サギは幸せを感じるよりも、interestingでexciting(突然の英語ですが、このニュアンスが一番しっくりきます)な生活を希望しているタイプです。
ただ、あなたにとっては、幸せというイメージが大切な意味をもつというか、惹かれるものなのだろうと受け取りました。ウ・サギ調べでは、「こうなりたい」という強いイメージや願いは、「○○なしんどさを全く感じない世界に行きたい」といった、不安や傷から生じる場合が多いように感じていますが、どうでしょうか。願いを叶える方向にだけ目を向けると、不安や苦しみが募ってくるので、願いを分析したり解剖する方向に目を向けてみるのはウ・サギとしてはおすすめです。
普通になりたい、愛されたい、役に立ちたいの分析・研究はしたことがあるのですが、幸せな生活を送りたいの分析はまだ聞いたことがないので、何かわかったら質問箱に送ってくれるのも歓迎します。

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update 2025/8/7
Q.力不足な自分が嫌になる。どうやって気分転換していけば良いだろう?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.力不足な自分が嫌になります。歳を重ねる毎に、悩みと不安と心の苦しさが増えていくばかり…どうやって、気分転換していけば良いだろう?どれも当てはまらずです。苦しくない気分転換を探す方法を知りたいです。

A.力不足とは、何の力なのか気になってしまったカエルです…
どんな力でもあればいいこともあるかもしれませんが、それぞれ限界もありますから、身の丈の力を認めて生きていくしかないとカエルは思っています。
そして、気分転換も難しいですね!みんな気分転換の方法や効果は違うと思うので、探す方法もそれぞれ工夫してみるしかないのかなと思います。一つ思ったのは、わからなくなっているときは、何かが足りないよりも、何かに縛られていたり、視野が狭くなっていることの方が多いものです。知識や知恵を取り入れようとするよりも、自分の中にある固定概念やこうあるべきなどという、思い込みや観念を捨てて自由になることの方が効果的な場合が多いです。とはいえ、捨てるのって簡単ではないのですが…トライする価値はあるかと思います。

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update 2025/8/7
Q.前までの苦しみが薬を飲んだら無くなった。良いことなんだろうけど忘れたらどうしようと思う。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.前までは夜、その日にあった事や過去や未来の事を考えて泣いて苦しんでたんですけど、薬を飲んだらそういう事も無くなりました。良いことだとは思うけどこの苦しい思いをしたことを忘れたらどうしようと思っています。どう考えたらいいですか?

A.ウ・サギはそういった経験があまりないので(今は気が紛れているときも多いですが、しつこく過去のことをあれこれ考えて苦しんでいます)、なるほど・・・と思いながら想像を巡らせています。
ただ、たとえ忘れたり今は苦しさを感じなくても、苦しい思いが「無かったことはならない」とウ・サギは感じています。食べたものを忘れても、体は食べたもので構成されているように、記憶やエピソードを忘れて、感情を鮮烈に感じることもなくても、経験や思いはどこかに積もり続けて私たちを形作っていると思うのです。
苦しい思いを感じるべきとき(感じる余裕があるとき、かもしれません)になったら、自然と思い出すような気もしますし、小説を読んだり映画を見たりする中で、ふと自分の感情や記憶が湧き上がってくることもあるかもしれません。だから、今はそういうのを感じる機能を鈍らせている「時期」なだけで、本当に自分の中から何かが失われるわけではないようにウ・サギは思いました。

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update 2025/8/7
Q.配信で権利の質問を送った者です。気づいたことを書いてみました。
この記事の担当 生きかたカエル

Q.配信20回の質問6、権利の質問を送った者です。皆さんのお話を聞いて、権利は自分の中にずっとあるから、使えるタイミングで使っていいよ!(気が向いたら使ってね〜)みたいなことかな?と思いました。他にも気付いたことがあるので補足に書いてみました。

A.わざわざ、丁寧に気づいたことを送ってくれてありがとうございます!
はい、そうです。そんなイメージです。権利(特に基本的人権と呼ばれる種類のものは)は誰にでもあって、その人の必要なタイミングで使えるものいう理解でよいと思います。特に子どもの場合は「生きる権利」「守られる権利」「育つ権利」「参加する権利」という4つの権利があると言われています。

補足にもご自身がどのように情報を理解したかというプロセスについて詳しく書いていて「なるほど」と思いました。カエルも、人から聞いた話が、自分の中で変換されていくのを経験したことが何度もあります。カエル自身もありますが、特につらい経験をしてきた人や情報収集に癖がある人は、願望や期待などが入ってしまうことが多く、変換の幅が広くなることがあると思います。
また、似たようなたくさんの情報があると、自分の中でつなぎ合わされて別のことになったりまします。そのことで、知らないうちに最初の情報と違う理解になることも自然なことだと思います。カエル的には、そうしたことはよくあることではありますが、質問者さんのように自分の情報の偏りを冷静に振り返り、「誤解でした」と宣言できる潔さにアッパレ!と言いたいです。自分を振り返る力は、必ずや自分を守ってくれるとカエルは思っています。

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update 2025/8/5
Q.なぜ私は生活に支障をきたすくらい怖がっても、怖いものを見たくなってしまうのか。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.なぜ私は怖いものを怖いのに見たがるのでしょう。怖いものを見た時、最初は何とも思いませんが、その後急に怖くなります。風呂にも入れないし一人の空間にいられないので正直生活に支障をきたすくらい怖がっています。しかしまた怖いものを見たくなるのです。

A.怖がりなのにホラーを見る層は結構いる気がするので、支障をきたすくらい怖くなるとわかっても怖いものを見たがるという事象は案外自然なことなのかも…?とまず思いました。個人で見ていったら理由は様々かとは思うのですが、その行動は矛盾しているようで、実は合理性や意味もある、という感じがします。
もう少し考えると、ホラーだけでなく、鬱マンガや鬱ゲー、胸くそ系など、見たら気分が落ちるものもジャンルとして成立していますよね…。(ウ・サギは怖いものは避けるタイプですが、鬱系のものは時々見ちゃいます)
人間は危険を避けるために、基本的に快よりも不快や恐怖を強くインプットするらしいですが、それが不快や恐怖だとしても、何かに圧倒されたり耽るのは一つの現実逃避としては有用なのかもしれません。現実がすごく大変じゃなくとも、考えないといけないこと、やらなきゃいけないことはどうしてもあるので、どんな方法だろうとそれを完全に心から追い出す時間があることは、生きるためのバランスを保つのに役立つような気もします。

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update 2025/7/27