Q.私は今(体的に言うと)思春期?だと思います。でも、思春期 という言葉を見た時にすんなりと受け入れられました。自分でも驚きました。そういう人はいますか。
A.思春期!なるほど…?でも名前がついて納得することってあるよねぇ〜。やみーペンは…どんな名前がついて納得したかなぁ…あ!メンヘラのメは酩酊状態のメなんじゃない!?ってウ・サギと思いついた時にはしっくりきたよ!(こういう話と違ったらごめん……)
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Q.私は今(体的に言うと)思春期?だと思います。でも、思春期 という言葉を見た時にすんなりと受け入れられました。自分でも驚きました。そういう人はいますか。
A.思春期!なるほど…?でも名前がついて納得することってあるよねぇ〜。やみーペンは…どんな名前がついて納得したかなぁ…あ!メンヘラのメは酩酊状態のメなんじゃない!?ってウ・サギと思いついた時にはしっくりきたよ!(こういう話と違ったらごめん……)
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Q.身内を亡くしたのと 職場の人事異動が重なって 体調を崩してしまった
子育てもしながら働いていたので
元々過度に負担がかかっていたところに更につらすぎる衝撃がきた感覚だった
耐えきれず 退職してしまった がんばればよかったのか……?
A.耐えきれず退職したのであれば、それは妥当な一つの判断だったのだろうとカエルは思いました。カエルはそうした直感的なことや衝動的なことはわりと妥当なことが多いと思っています。後になって、間違いだったとか、本当はそうじゃない方がよかったと結果論はいくらでも言えますが、その時に自分の中から出てきた思いは大事にして悪いことはないと思っています。
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Q.現実がつらいときのために、ソーシャルゲームを始めました。けれど、現実を蔑ろにしてまでゲームにどっぷりハマってしまいました。それは望んでいなかったので、困っています。どうしてこんなことが起きているのでしょうか。ゲームってそういうものでしょうか
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Q.休めば元気になる前提について
休んでもやりたくないことをやりたいと思えるとは限らない
できないことができるようになるとも限らない
そもそも「休んでいる」ほうが本人にとって無理ない生活スタイルかもしれない
そう感じるのですが
どう思いますか?
A.興味深い意見だと思いました。「休む」「元気になる」を世間で言われているイメージで捉えるか、質的な定義で考えるかで、たぶん話は変わってくるのかなとは感じます。
世間で言われているイメージの「休む」=学校や仕事など外部のタスクの多い世界に行かない、寝る、何もしないなど、「元気になる」=学校や仕事などに行く、周りの要求を満たせるようになる、活動的になるなど で考えるなら「休めば元気になる」なんて前提は、暴力的だし突っ込みどころの塊だと思います。あなたの言う通り、休んでいる方が無理ない生活スタイルのこともあれば、休んでも何かできるようになるとも限りません。そして何より、世間の求める元気像は理不尽に要求が高く価値観が限定的だとウ・サギは思っているので、思考停止の「休めば元気になる」キャンペーンには疑問を投げかけ続けたいと思います。
ただ、「休む」=自分のパフォーマンスが上がるようにセルフケアをしたり環境調整をする、「元気になる」=自分の本来もっている力が発揮できる(阻害されない)ようになる、といった質的な定義で考えるなら、「休めば元気になる」はある程度真理なのかなと思っています。その定義で眺めると、周りからは忙しく見えるくらいが実は休んでいる状態の人もいるかもしれないですし、別に元気といえるような様子に見えなくても休んでいると言われる状態であろうとも、本人も周りも苦しんでいないなら何でもありだと思います。
でも考えるほどに、「休む」は「元気になる」「働く」を正しい状態と定義して生まれている表現な気がしてきて、簡単に使うのは危ういのかもなと思えてきました。考えさせられる質問をありがとうございます。
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Q.何が不安なのか分からなくて。毎日なんとなくギリギリで生きてるけど、このままでいいのかなって思ってしまって。自分を見失ってます。
A. ウ・サギは不安というのは、プレッシャー(周囲からのものと、自分が自分に向けるものと)と、自分はこうありたいというののせめぎ合いの中で発生することのように感じています。また、心身が弱るほどに、不安が暴走してくるとも思っています。
だから日常的にプレッシャーや負荷がかかっている中で、休める機会も十分になく、でも本当は自分らしく生きたいともがいている気持ちもあるのかなと勝手ながら感じました。負担については、それがあるのが当たり前になっているか、意外なところに苦手ポイントがあるのか等で、自覚しにくい状態にあるのかな…?という想像も浮かびました。(全然違ったらすみません)
また、あなたとしては自分を見失っていると感じるのかもしれませんが、「見失っている」とわかっているのは、哲学にも「無知の知」という有名な言葉があるように、理解の第一歩にいるようにウ・サギは感じます。
とくに、「このままでいいのかな」には、大切な要素がたくさん含まれていそうにも思いました。見失いながらも、あなたがまた自分のことを言葉にするのを、ウ・サギとしては聞いてみたい気持ちです。
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Q.「仕事も家事もやりたいと思えない自分を親は支えてくれているのに将来介護したくない自分が嫌で苦しい」の質問をした者です
“自然な心の働き”について考えてみたのですが
朝から疲れていて、もう頑張りたくない感覚がずっと続いてるような気がします
自分を生かすのも自分の限界を超えてしまっているような感覚です
“必要性や理由”はシンプルに「もう頑張るのは限界」ということなのかもと思いました
自然な心の働きって、こういうことでしょうか?
A.汲み取ってくださりありがとうございます。そういうことがウ・サギとしては伝えたかったです!という気持ちで読みました。
もう頑張るのが限界なら何もやれないのは自然なことあり、それはあなたの意思や資質の問題ではないし、思考や努力や根性でどうにかなるものでもないとウ・サギは考えています。限界を超えているなら、そのときの最適解は何もせずに、なるべく生きる負荷を減らすことだと思います。そう考えると、もうウ・サギが何も言うまでもなく、あなたのこころやからだがあなたを守ろうと一生懸命働いていますね。
人間は感情が本体の存在であるとウ・サギは考えていますし、エネルギーにも限りがあります。だから「頑張らなくては」「迷惑をかけたくない」など思考が発達しすぎて、感情の自然な発散やケアを阻害してしまう現象、エネルギーの限界を忘れてしまう現象が増えているのは、由々しき事態だと感じています。
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Q.「生きるか死ぬか」みたいな大事な決断ほど、できる限り曖昧なままにしておいてもいいんじゃないかなってふと思いました。死ななければいけない、生きなければいけないだとすごく苦しい気がします。みなさんはどう思いますか?
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Q.価値ある人間になりたいと思って毎日頑張ろうとしてるのに、頑張れない自分が嫌いです。まず価値ある人間とは何なのか、誰が判断するものなのか、、、でも周りの人に恩返しできる人になりたいです。でも頑張れない、自己嫌悪です。
A.誰かに恩返しをしたいという心意気だけで十分だとカエルは思いました。実際に恩を返せるかどうかは、いろいろな物事のめぐりあわせがあると思います。頑張ろうと思ってできることでないし、頑張らなくても恩返しになることもあります。
カエルはこれまで迷えるオタマジャクシたちに出会い、いわゆる手助けする経験がありますが、お礼や恩返しをしたいとの申し出を受けることがあります。そんな時に伝えているのは、立場の強い者が弱い者を手助けするのは当たり前のことで、それが子どもの権利を保障する内容であれば、むしろ責任を果たす行為であり、子どもから恩を返される筋合いはないということです。
だから、「恩返ししたい」という気持ちだけで十分で、もしも、それを行動に移したいと思うのであれば、助けてもらった相手ではなく、自分よりも下の世代にいつか返してもらえたらと思っています。そうすると恩がどんどん引き継がれていく、いい流れができるとカエルは思っているのでした。頑張れなくても、社会的な存在としての自分を振り返り悩めるのですから、価値があることだとカエルは思ってますよ。
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Q.とある城の堀からいきなりウシガエルの声がしてびっくりした。特定外来生物に指定されているけど、原産地から連れて来たのは人間だし、本人たちは好きで来たわけじゃないのにと何だかモヤモヤした気持ちになってしまった。
A.声だけでウシガエルだとわかるとは、カエルに詳しい者とお見受けしました。(カエルの住んでいる地域にはウシガエルが生息していないため、カエルには見当がつかなかったです)
それはさておき、特定外来生物に関するモヤモヤはカエルもとても共感します。同じように絶滅危惧種とか特別天然記念物の保護活動に関してもモヤモヤします。ほぼ人間の都合で絶滅の危機に追いやっておいて、人間の基準で貴重だから守ろうとするのは自作自演ではないのか?とか、人間を基準にして益だとか害だとか決めちゃっていること全般にモヤモヤします。所詮自分は広い世界や宇宙のほんの一塊の存在であるちっぽけさを肝に銘じて、偉そうにならないよう、わきまえて生きていきたいと思います。
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Q.うさえながさんと生きかたカエルさんにお礼が言いたいです。僕の質問(Q.身長が低いのがコンプレックス。身長が高い=かっこいいという価値観はどこから来るものなのか?)にご回答頂きありがとうございました。うさえながさんと生きかたカエルさんのご回答を拝見してすごく共感しました。周囲の人とも話し合ってみたいのでアドバイスがほしいです。
A.ご丁寧に、お礼をいただきカエルも嬉しいです!(所長にも伝えておきますね)
また、質問を機に周囲の人とも話し合ってみる…という次なるアクションへとつなげようとする意向を聞いて、ますます嬉しく思います。
周囲と話し合う際のアドバイスですが、相手に必要以上に合わせたり、過剰に期待せず、自分の気持ちを率直に伝えてみることがまずは大切かと思います。もう一つは、伝えた後の反応が芳しくない場合は、早々に撤退することですね。
質問箱でかわされるやり取りは哲学対話と呼ばれるような内容に近いのですが、哲学対話はあまり馴染みがないので、楽しめる人と楽しめない人がけっこう明確に分かれるかと思われます。自分は自分の経験から「私はこう思う」いう私を主語にしたI(アイ)メッセージと伝え合えると深まるのですが、「普通はこうだよ」「それは当たり前」「あなたはこうだ」という具合にIメッセージではないやり取りになると展開しなくなります。なので、かみ合わないなぁと思ったら、いったん撤退しましょう。
それはその人が悪いということではなく、対話の作法や面白さを学んだり、楽しむ経験が少ないことが要因だとカエルは思っています。だから、これからも質問箱でいろいろな対話ができると嬉しいです。
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