Q.居心地が悪い家族から逃げたい。どうすればいい?
A.逃げたい気持ち大事!どう逃げられるかはそれぞれの事情によるけれど、逃げ方の相談にのってくれるような相談先と繋がれると一人で頑張らずに済むのかも…?未成年だと児童相談所が一番そういうための相談窓口なのかな…?やみーペンも逃げる方法をどうやって一緒に考えれるか考えておくね。
回答:やみーペン

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Q.居心地が悪い家族から逃げたい。どうすればいい?
A.逃げたい気持ち大事!どう逃げられるかはそれぞれの事情によるけれど、逃げ方の相談にのってくれるような相談先と繋がれると一人で頑張らずに済むのかも…?未成年だと児童相談所が一番そういうための相談窓口なのかな…?やみーペンも逃げる方法をどうやって一緒に考えれるか考えておくね。
回答:やみーペン

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Q.トランスジェンダーがトランスジェンダーであるというだけで「危険人物」扱いや「性自認は自称してるだけ」扱いされていることについてどう思いますか?
また、Q.場面的トランスジェンダーについてどう思いますか。のウ・サギさんの回答で「立場の弱い側の安心が優先されてほしい」という表現がありましたが、「トランスジェンダーは立場の弱い側を脅かす立場の強い側だ」みたいに扱っている表現に感じてしまい、トランスジェンダーに対する「危険人物」扱いを助長するような表現に感じてしまいました。また、トランスジェンダー側の安心や安全が無視された表現とも感じました。
それで、見ていてすごく苦しくなってしまいました。そのような意図ではなかったと想像しますので、申し訳無いのですが、すごくつらかったので、伝えます。
A.まず、トランスジェンダーがトランスジェンダーであるだけで「危険人物」扱いや「性自認は自称しているだけ」扱いされることは、何の根拠があってそんなことを言っているんだ…??と、怒りを通り越して訳がわからないという気持ちが強いです。もしこれらの扱いを公共の場で(たとえばSNSなどで)発信しているなら、ヘイトスピーチに該当するものだと思いますし、ヘイトスピーチという行動にはウ・サギは断固反対の立場をとります。ただし、自分の安心安全が守られていて、適切な教育を受ける機会があったときには、人はヘイトスピーチをしないと思っているので、そこは社会問題として真摯に受け止め、罪を憎んで人を憎まずの精神は欠かしたくないと考えています。
「Q.場面的トランスジェンダーについてどう思いますか。」の回答については、質問者さんも汲んでくれている通りウ・サギとしてはそういった意図はなかったですが、世にトランスジェンダーを責める文脈が根強くあることを考えると、配慮を欠いた表現だったかもしれないと自分の発信を省みています。ウ・サギはネットでの主義主張の発信を見ないようにしているのと、身近でトランスヘイトを聞く機会も一度もなかったので、そう受け取られる可能性があるという想像が浮かびませんでした。
ウ・サギは、トランスジェンダーやセクシュアルマイノリティ全体が受けている差別や不利益については、当事者から実情を聞く機会もありましたし、その中で自分の無知や特権を恥じることもこれまで多く、軽視したくないと思っています。ただ、真の公正な社会を目指したいと思ったとき、ウ・サギはセクシュアルマイノリティの問題は、ジェンダーや性愛について暴力や排除が起こった出来事すべてについて考えていく必要があると思っていて、「男性が女性を抑圧してきた構造や歴史」と「性暴力が起こっていること・その救済もまったくもって不十分なこと」抜きにして、いろいろな問題を語ることはできないとも思っています。MtFへのヘイトを向ける意図はまったくないですが、「Q.場面的トランスジェンダーについてどう思いますか。」は女性のトイレや風呂の話を指していたため、あらゆるマイノリティを包括できる表現として「立場の弱い側の安心が優先されてほしい」という表現を選びました。それは属性だけで決まるものではなく、その時々で(セクシュアリティの属性だけでなく他マイノリティ要素も込みで)誰が一番弱い立場かが変わると思うからです。
また、誰の気持ちも無視したくない大切なものですが、それだけだとマジョリティ側が「どっちも大事でしょ」と数の理論で押し切ることもまかり通ってしまうので、社会的に強い立場の人に対して、立場はどちらが強いのか・それは願いなのか安心安全の次元なのかという軸を大切にしませんか?と提案しておきたかったのも「立場の弱い側の安心が優先されてほしい」が出てきた理由の一つだったと思います。
回答:ウ・サギ

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Q.家にいるのが辛くて、出来る限り外にいたいけど、高校の完全下校時間は19時で、そこからまっすぐ家に帰ったら20時くらいなの。もっと外にいたいけど、どうすればいいか分からない。
A.いるのが辛い場所にいなきゃならないのはつらい…。友達の家にいたりはできないかなあ??あと、窓を開けて外にいる感をいっぱい味わえる部屋にすることができたら少しは楽…??
合法的な家出場所が徒歩圏内に必ずある社会だったら、苦しまなくて済んだのかな……
回答:やみーペン

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Q.同級生が私に好意を寄せているのですが、自分はその人のことが苦手だと思ってしまいます。でもそう思う理由が見当たりません。それなのに会話することも嫌だと思ってしまいます。その人は悪い人じゃないはずなのに、どうして拒絶してしまうのでしょう?
A.感情というのはエネルギーであり、好意は「自分に好意を向けてほしい」という要求を伴うエゴであるので、好意を寄せられるのが苦手だったり負担であることは何もおかしくないと思いました。また、恋愛的な好意は投影や理想化が含まれている(相手を見ているのではなく、自分の憧れを相手の中に勝手に見出している)ことも多いと感じるので、ウ・サギはぶっちゃけ結構無礼な話だよなあと思っています。
ただ、投影や理想化が起こることも心の自然な働きなので、それが起こること自体が悪いとか失礼だとはウ・サギは思っていません。問題はそれをどう取り扱っていくかだと思うのですが、どうやら補足の話を見るに、質問者さんに好意を寄せている同級生は、好意の取り扱いが超初心者のようです(少なくとも、ウ・サギが質問者さんと同じ環境に置かれたら、心が悲鳴を上げると思いました)。好意はなんとなく良いものと世の中でされていることもあり、好意のもつリスクや、取り扱いについて教えてもらえる機会がなかなかないので、困ったものだと思います……。
ウ・サギの感覚では、補足にあるような関わり方をされるなら、会社であればセクハラ(そこまではいかないにしてもストレスとなっている関わりとして)上司に相談してもいい内容だと思いました。誰か、理解してくれそうな先生や、友達などはいないでしょうか。第三者に助けを求めて、実際にその第三者が介入してくれると、相手にも事の深刻さや、思いや認識のギャップが伝わりやすいように思います。とはいえ「好意なんてありがたいことでしょ」とか「○○さん(その同級生)の気持ちも考えてあげなよ」みたいなことをもし言われたらキツすぎるよなあ、とも思ったり……。
好意を拒絶してしまうのは何もおかしくないと思いますし、「相手が悪い人じゃない」というのは嫌ってはいけない理由にもならないし、相手を受け入れてあげないといけない理由にもならないので、質問者さん自身の心を一番に大切にしていいんだよ…!とウ・サギは伝えたいです。
回答:ウ・サギ

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Q.最近、危機管理能力が誤作動しているのか、嫌な記憶をふと思い出すことが増えました。つらいです。嫌な記憶を思い出してしまうこと自体も、嫌な記憶に支配されて色々なことができない(回避してしまう)のもつらい。
A.ほんと、脳はよく誤作動を起こす困ったやつですよね……。嫌なことを覚えておくのは危機管理に必要な機能だとしても、不必要な場面で出てきてしまうのは困ってしまうものです。それによって行動が制限されるのも、言いようもない理不尽を感じてしまいます。
でも「誤作動」とまずは勝手に話を進めてしまいましたが、抑圧していた記憶が出てきたとすると、何か要因が存在する可能性もあるのでしょうか。少し環境が安全になったからこそ出てくる場合もあれば、何かの危険を察して出てくるときもあると思いますし、何かそういうの関係なく出てくるタイミングもあるかもしれませんし、ちょっとそのあたりは気になりました。
スイッチを切るみたいに記憶をコントロールできればいいのにと切実に思うウ・サギです。
回答:ウ・サギ

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Q.春から高校生になる。親から「妹も中学生になって帰りが遅くなるから家のこともやって」と言われた。居心地が悪くてギリギリまで外にいるつもりだったから嫌。なんで手伝わなくちゃいけないの?血が繋がってるだけで嫌いな人間のために働く理由って何?
A.大人って、トホホと思わず口をついて出そうになった。
この春は質問者さんにとって、授業も通学時間も周りにいる人達も、色んなことが変わる時。緊張や心配が無いわけないのに、このタイミングで「家のこともやって」なんて言われてしまうと、居心地の悪さに拍車がかかる。
いわゆる家事と言われることは、身につけておいて困ることは無いし、暮らしの中の仕事は誰かのためのものでもあり自分のためものかもしれないけど……。嫌いな人間のために…というのは、手伝いをするとかしないとかとはまた違う苛立ちだよね。その苛立ちを吸い込むくらい強力な掃除機があったらいいのになあ。
回答:しきぶとんゴロン猫

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Q.カウンセラーさんや親、先生などに相談したり、生きづらぼで質問を送ったりすると相手の考えが聞けると思うんですけど、相手の言いたいことはわかるけどそういった考えにはすぐになれないです。どうしたら自分の考え方を変えられるでしょうか。
A.なるほど、ウ・サギもこうやっていろいろ考え方や解決のためのポイントを提案したりしていますが、他人からの意見は実はまったく聞き入れないタイプです(苦笑)だってウ・サギのこと一番わかっているのはウ・サギだし、考え方はそもそも感覚や感情の方からくるとウ・サギは思うので、感覚や感情のあり方が違う人に言われても「う~ん…」となる方が多いものだと思います。新しい見方や考え方を知ることはできても、それをどう取り入れるか、どう感じるかは自分自身の問題なので、考え方を無理に変える必要はないし、無理に変えられるものでもないと思います。
自分を身近でよく知っている人だと、適切なことを言ってくれるかもしれないですが、相談という距離感ではそのあたりも限界がありますしね。相談の意味や意義は、やり取りすることで「ここはちょっと違うな」感じて自分への理解度が上がっていく部分にもあって、解決よりも案外そっちの要素が大きいかもしれないとウ・サギは思ったりもします。
回答:ウ・サギ

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Q.辛い感情の吐き出し方が分からない。こういうネットで少ししか吐き出せない。リアルでの吐き出し方が知りたい
A.有効な辛い感情の吐き出し方があるのなら、無ササビも知りたい!と思うくらいには苦手なことなので、質問者さんの気持ちには勝手ながら共感を覚えました。
ネットでも少ししか吐き出せないのはどういう理由からなのでしょうね…。そもそも自分の感情は誰にも理解されることはないだろうとか、感情を吐き出すべきではないという思いなど複数重なっていたりするのかなと想像ていますが、”吐き出せば楽になるのか”というとそうではない場合も多いなと無ササビは最近感じているところです。だから、”吐き出すこと”に重きを置くのではなく、自分の辛さについてもう少し掘り下げて分析したり、解剖していく作業を試みています。
その中で、分析や解剖の結果を共有できそうな場所や人がいれば共有するのも、感情の吐き出しに繋がる一つの方法かもしれないなと思ったりもします。感情の吐き出しが苦手な人は多いと感じるので、そういう人たちで”吐き出しやすさの条件”など出し合ってみるのも面白いかもと思いました。
回答:無ササビ

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Q.「好き嫌いの発信」と「ヘイトスピーチ」の境目ってどこにあるのでしょうか?
他人のしてるファッションや他人の好きなものなどに対してなら好みの発信、アイデンティティに対してならヘイトスピーチ、そのような感じなのでしょうか?
好みすら自由に言えないのは問題だと思うけど、ヘイトスピーチで誰かが苦しむのも問題だし、単純に誰かが見て傷つくか傷つかないかを基準にしてしまうのも数値化できないし個人差もあるしだから違う気がして、境目がわからず悩んでいます。
どう思いますか?
また、「何でも偏見だからと叩かれて、好みすら自由に発信できなくなるのはどうかと思う、知らない人がどう言おうと害はないし好きに言わせておけばいい、だから自分のファッションや意見が他人の好みじゃないことで傷つくのは傷つく側の問題」という意見についてどう思いますか?
僕自身はその意見に対して、他の部分は一理あると思いましたが、「傷つくのは傷つく側の問題」という部分には納得できませんでした。傷つくかどうかはコントロールできるものじゃないと思うからです。
ただ、傷ついたことを理由に相手と言葉のバトルを始めてしまうとなると話は変わってくるのかもしれないなとも思いました。
A.ヘイトスピーチの定義を改めてネットで調べてみたところ、「対象への明確な差別的な意図に基づく暴言や差別的行為を先導する言動」というのものになるそうです。なので、例えば他人のファッションを「自分は好きじゃない」といった形で表現するならヘイトスピーチには該当せず(ただ、わざわざSNSなどで発信するのは、結果的には悪意に近くは感じます)、「ああいう服装のやつらは消えればいい」とか「人として未熟」とかの、攻撃や人格否定まで含むとヘイトスピーチに入るのかなとウ・サギは解釈しました。
「傷つくのは傷つく側の問題」というのは、ある部分では間違っているし、ある部分では真実でもある言葉かなとウ・サギは思っています。傷つきを、傷つく側に問題があるだけ、傷つく側だけで対処しろという話(自己責任論的な考え)で使うなら、ウ・サギはこの考えに反対です。ただ、たとえばファッションを否定されても、とくに何も思わない人や、ただただ腹が立つ人、深く傷つく人までいろいろいるので、傷つきというのは傷つく側の人の中で起こる現象だとは思います。それはその人が弱いとかではなく、抑圧され否定されてきて「自分はダメなんだ」という自信のなさがあるゆえに起こることであって、だとしたらそれは社会構造がその人を追い込んだ結果の人災だとウ・サギは捉えます。
だから傷ついたという現象を、傷つけた発言をした一個人を加害者とし、自分を被害者と定義して語るのは(あなたのせいだという発想)、問題の本質を見失い解決を遠ざけるだろうとは思っています。とはいえ、傷ついたことで被害感情が湧くのも当然ですし、傷つけた側のほうに社会的優位性があるなら広い意味での加害ー被害は正しいものなので、難しいですが……。理想の展開としては、傷ついたということは伝えた上で、その現象が起こったことは双方で受け止めて、傷つきがなぜ起こったかを対話の中で深めて、お互いをわかり尊重し合う次へとつなげられることなのかなとは思っています。
回答:ウ・サギ

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Q.親が仲悪い気がする。僕たちの前では仲いいフリしてるように見えるが、ぼそっと相手の悪口言ったり、相手のいないところで僕に愚痴ったりしてきます。
別に僕が耐えたらいい話なのかなって思うんですけど、僕が家を出た時親と弟達はどうなるのでしょうか、
A.まずは、自分にとってどんな環境がいいのかということを考えて、出た方がいい、出たいと思うのなら、出ることを全力で推したいカエルです。子どもにとって日常に安心や安全があることはとても重要なことなので、それを優先してもいいと思っています。ただ、下にきょうだいがいる場合、自分だけが出ることへの後ろめたさや残される下の子たちのことが心配なのも気持ちはわかります。
カエルも、これまで関わったオタマジャクシたちの中にもそれが心配で本当は家から出たいのに出られないという場合はありました。似たような状況でもいろいろなケースが考えられるので、一概には言えないのですが、自分はつらいということが必ずしも下のきょうだいたちにとってもつらいとは限らないこともあります。同じ環境でもそれをつらい苦しいと感じる子どももいれば、あまり気にならない子どももいます。
カエル調べでは、人はつらいときに自分よりも他の人たちの心配をする癖があります。自分のつらさへの遠慮が他の人の心配となって表現される、自覚されることは割と多いのです。だから、カエルとしては、まずは自分の苦しみはは自分のもの、母や弟にとってのしんどさは別なんだと線を引いてみることが大切だと思います。そのうえで、母や弟たちもまた苦しんでいる、つらい状況であり、なおかつ助け出す必要がありそうだと思う際には誰かに相談してみることをお勧めしたいです。
(補足の内容から)担任やスクールカウンセラーには相談できていて、親身になってくれている様子もあるのでそこに家族のことを相談してもいいですし、スクールソーシャルワーカーさんがいるのならそういう相談の専門家だと思いますし、学校経由で他の相談できるとことを教えてもらうこともありかもしれません。それにしても、自分の苦しさや自分のこれからの生活について自分の気持ちや希望を優先してもいいのですよ…とカエルは伝えたいです。
回答:生きかたカエル

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