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タグ社会派
Q.卒業式の座り方の質問になるほどと思いました。
この記事の担当 生きかたカエル

Q.卒業式の座り方の質問(Q.卒業式で、男だからこう座って、女だからこう座って、と言われるのが嫌だなって思ってます)になるほどと思いました。男だから足を開いて拳をつくってたくましく見せ、女だから足を閉じて手を重ねて上品に優雅に見せようとしているのかなと思うと、気持ち悪いと思いました。

A.はい、カエルもゾッとする気持ちになります。カエルはカエルとして座りやすい座り方をしたいと思いますし、せめて、座り方について座る当事者の意見を聞いてほしいと思います。
性別の「〇〇らしく」という圧もいろいろゾッとしますが、他にも「子どもらしく」とか「中学生らしく」とか周囲から謎のらしさを強制されることが多いことに対して疑問がたくさんあります。こういう時にはこうした方がいい(今回の質問においては、卒業式の時にはこう座った方がいい)という礼儀や作法があることを否定するものではないですが、思考停止で「そういうもの」と思い込んでしまうことが一番恐ろしいと思っています。みんなで、これからも「これってどうよ?」と考える機会をたくさん持ちたいと思うカエルでした。

回答:生きかたカエル

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update 2026/3/21
Q.承認欲求を満たすためにアイドルのコンサートに行くのってそんなに悪いことなんでしょうか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.承認欲求を満たすためにアイドルのコンサートに行くのってそんなに悪いことなんでしょうか?チケット争奪戦を巡る当事者の不満は理解できますが、無関係な第三者が非難する風潮には違和感があります。当事者と第三者の境界の曖昧さや、この問題の善悪についてどう思われますか。

A.承認欲求を満たすためにアイドルのコンサートに行くというのがあまりよくわかってないのですが、そのアイドルが純粋に好きと言うのが第一目的ではないにもかかわらず、抽選となるような倍率のチケットを手に入れた&それをどこかで発信した、という状況で考えさせてもらいます。何が第一目的なのかは他者から完全に測ることはできないと思いますが、例えばそのアイドルが大好きで人生の一番の喜びである人がチケットがとれなかったとしたら、モヤモヤしたり愚痴の一つや二つも言いたくなるのは自然な感情だとは思いました。そして人間には共感の機能があるので、そういった構図に気づいた人からすると「もし自分がチケットを取れない側の立場だったら…」と移入して、少し我を忘れた行動に出てしまうこともあるのかもしれませんね。
ただ、娯楽についてウ・サギが思うのは、そもそも参加の機会さえ平等に確保されていない立場の人もいることです。ウ・サギは大きな音や強い照明がダメなのでコンサートに行く選択肢がそもそもないのですが、その程度ならまだしも、視覚障がいや聴覚障がい、重度の身体障がい、過敏や虚弱でその日にならないと行けるコンディションかわからない、娯楽にかけるお金の余裕もない、家族に支配されていて自由に外出もできない・・・・など、コンサートに限らず、様々な理由での参加の機会からの排除があると思います。何かについて議論するならば、そういった最も弱い立場にいる人も、話し合いのテーブルに入れないと不適切だとウ・サギは考えます。話し合いのテーブルにいるのは、理不尽に気づく&それを発信するだけの自尊心がある人、つまりおおむね有利な立場にあるが一部で不利がある人が多い傾向があると感じるので、その偏ったメンバー構成で正義や善悪についての話を始めてはいけないと思います。
そういった点ではもちろん生きづLABOも近しいリスクをはらんでいるので(ネットにアクセスできる、質問する勇気?がある、言語化できる…などいくつかの条件をそろえた人が集まる傾向があることが考えられます)、参加の機会から排除されている人への視野や想像力はなくさないでいたいところです。メールアドレスがなくても研究員に登録できる、アプリを使わずできることはアプリを使わない、冊子の字体はUDフォント使用、自宅への郵送が難しい場合の受け取り方法もいくつか提案しておく(詳しくはこちら)、動画は後日字幕つきで切り抜くなど、今わかっている範囲の工夫はしていますが、きっと誰かからすると至らない点は絶対にあるので、そのときに伝えてもらえるサイトでありたいです。
話がちょっと膨らみすぎたかもしれませんが、そんなことをウ・サギは思いました。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/21
Q.ニューロダイバーシティってヒーローの必殺技みたいな響きじゃないですか?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.ニューロダイバーシティってヒーローの必殺技みたいな響きじゃないですか?必殺!ニューロダイバーシティ!みたいな。ニューロダイバーシティを推進していこう!

A.前に戦隊もののヒーローショーの脚本を書いたことのある(Q.生きづLABOのみんなで戦隊ヒーローショーをやるとしたらどんな感じにしたい?)カエルとしては、必殺技のアイディアとして次作の参考にしたいと思います。ニューロダイバーシティに限らず、○○ダイバーシティのシリーズができそうですね。最近カエルがよく活用しているAIにちょっと相談してみたところ、「最高にセンスがいいですね!『必殺!ニューロダイバーシティ!』……確かに、脳の特性をフル活用して常識を打ち破る超能力感があります」との前置きの後に、いくつかのダイバーシティについてアイディアを出してくれましたので、カエル的に気に入ったのを紹介します。
エヴォ・ダイバーシティ (Evo-Diversity)
正式:Evolutionary Diversity(進化多様性)
必殺技のイメージ: 停滞した現状を強制的に進化させ、新しい形態へと変化させる技。
意味: 生物が進化の過程で獲得してきた多様な生存戦略のこと。
叫びたい時: 「前例がない」という言葉で思考停止している大人たちに向けて。
口上: 「固定観念を脱ぎ捨てろ! 必殺、エヴォ・ダイバーシティ! 未来への進化は、ここから始まる!」
カエルもエゾアカガエルが進化して今の姿になったので、進化のダイバーシティを推したいです!

回答:生きかたカエル

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update 2026/3/21
Q.病気になったが治したくない本人と治さないと落ち着かない家族。どちらの意見が大事だと思う?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.病気になったけど治したくない本人と、病人といると落ち着かないし自分の人生の邪魔だから何としても最速最良の治療を受けさせなければ気が済まない家族、どちらの意見の方が大事だと思いますか。
私は100%前者であるべきだと思うんですけど⋯

A.補足に書いてある内容も含め、めちゃくちゃ頷きました。心配とかは勝手に湧いてきて止められないこともあるので、「この私の感情を解消させて」と思うこと自体は仕方ないし、相手に伝える権利はあるとも思いますが、当事者のほうが大変なんだからあなたの感情はあなたで頑張って対処してくださいよ、とウ・サギは言いたくなります。大切だと感じている相手の心配や葛藤なら受け止めて一緒に考えますが、大切だと思えない相手のそれらには一切付き合いたくないな~と思ってしまいます。それは、私の感情を処理してくれたこともないのに、むしろ感情の処理を大変にさせてくれたときもあるのに……と納得できない気持ちになるからかもしれません。
ただ、もしウ・サギ誰かの保護者のような存在になっているとなっている場合は、その相手が治療や延命を望めば、ウ・サギは自分より弱い立場の人のこころを優先して治療すると思います。誰が優位で誰が弱いかの判断は時々難しいこともありますが、原則としては、社会的に弱い立場にいるほうの感情を大事にしてあげたいとは思うウ・サギです。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/21
Q.からかいのエンタメ表現は馬鹿にして誰かを傷つける行為の発生の要因にどの程度なっているのか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.人が別の人をからかったり馬鹿にしたりするエンタメ表現は、
からかったり馬鹿にして誰かを傷つける行為の発生の要因に、
どの程度なっているのでしょうか?

A.お笑い芸人のいじりとか、そういう笑いの文化でしょうかね。子どもだと特に、深く考えず何かの真似をする傾向はあるので、誰かを傷つける行為の発生につながることは結構ありそうに思いました。最近はテレビもマシにはなってきましたが、差別発言やセクハラが笑いとして消費されていた時代もあって、自分が傷つかない側にいた人は「なるほどこれは笑いのネタね」とそれを吸収してしまっただろうと思っています。だから何をエンタメにするか、何をエンタメにしていいかは、気をつけて扱わなければいけないとは強く思うところです。いろんな属性のマイノリティを100人くらい集めて、事前チェックをした方がいいかもしれません。
あ、話がズレてしまいました……。人はそれぞれ個性もあるし、エンタメだけじゃなく色々なものに影響を受けるので、「どの程度なっているのか」というのは測定不能に感じますが、間違いなく一つの要因にはなっているとウ・サギは思います。そして、だとしたら、真に人々を楽しませ、心に喜びや気晴らしを提供するエンタメであるためにも、からかいの取り扱いは注意深く考えていきたいと思いました。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/20
Q.トランスジェンダー当事者です。恐怖心があったとしても危険扱いされるのは悲しいと感じます。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.トランスジェンダー当事者です。恐怖心があったとしても危険扱いされるのは悲しいと感じます。恐怖心自体は悪ではなく、個人の自由だと思います。しかし、デマや誤解を前提に、属性だけで一律に危険人物扱いや自称扱いされる現実は悲しいです。

A.トランスジェンダーに限らず、マイノリティに対して、デマや偏見が前提となっているバッシングは時々見受けられるように感じますね。ウ・サギはトランスジェンダーについてはあまりわからないですが、国籍や人種、障がいなどについては発言を見聞きすることがあります。言っている本人は差別発言の自覚がないことがほとんどに感じるので(おそらく、デマだろうと偏見だろうと本人は根拠と認識しているように思います)、それは差別発言ですよ…?というのを、どう伝えてコミュニケーションをとるのがいいのか悩んでしまいます。
一個人として誰かとの関わりで嫌な思いや怖い思いをして、そのことでその相手への属性自体へのネガティブな印象が離れなくなってしまって…という恐怖心は悪ではないし、誰でもあることだとウ・サギは思います。比較的多いもので考えると男性恐怖が浮かびますが、トランスジェンダーへの恐怖で話が難しいのは、男性は社会で優位にある一方で、トランスジェンダーは社会で差別や抑圧をされている(トランスジェンダーを怖いと思うシスジェンダーも、社会構造で考えると、自分の性別についてはトランスジェンダーより優位にある)ことだと思います。それは、例えるなら、「あなたの右足(に似たもの)が私の右足を踏んだのが事実であると同時に、私は左手で知らず知らずあなたをよく殴っていました」という「こっちでは劣位、こっちでは優位」が両立している状態となります。いくつか例をあげるなら、「セクシュアルマイノリティで差別に苦しんでいるが、向いている仕事が見つかって生活は安定している人」と「ブラック企業で心身ともに追い込まれ賃金も低いが、セクシュアリティにおいては差別される要素のない人」、「教育虐待を受けて今も親に過干渉されているが、高身長で容姿の整っている男性」と「容姿や体型で差別をされることも多いが、親には干渉されず尊重されている女性」・・・そういった場合は、とても多くあります。その「こっちでは劣位、こっちでは優位」つまり、自分が被害や不利益のある立場でありながら別要素では傍観や加害側にも属している関係性で、お互いをどう分かり合い尊重していくことができるのかが、今の社会を公正なものにしていく上での大きな課題でありテーマだとウ・サギは思っています。
質問者さんの話とはズレてしまったかもしれませんが、トランスジェンダーに限定して深めていくとウ・サギが迷走しそうだったので、ちょっと広げて考えさせてもらいました。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/20
Q小説の紹介文に「吉原は良いことも沢山」とあってモヤモヤ
この記事の担当 所長室

Q.吉原を舞台にしたフィクション小説の紹介文に、「吉原は悲しいことばかりじゃなくて良いことも沢山。今までのイメージを覆す一冊」ってありました。女性の性的搾取の歴史をそんなに美化しないでほしいと思いました

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*記事バージョン* ※読みやすさを考え、動画の字幕から一部変更している部分があります

ウ・サギ 時々ありますよね、この話。紹介文はとにかく第三者が言ってるわけだから。
カエル その紹介文書いたの誰かな〜って。
ウ・サギ とりあえず紹介文書いたやつはウ・サギ的にはちょっと気にくわないですね。
カエル 本売るために走ったんだろうね、これは。
ウ・サギ これは本人がそう言うんだったら別にいいんですよ。例えば「自分は吉原で働いてたけど、悲しいことばかりじゃなくていいこともたくさんあったよ」って言うのは「それはあなたにとってそうならそれでいいね」って思うけど、周りが言ってるんだとしたら、それは本題の美化としか……。
カエル 今も性的搾取の商売はあるけれど、たぶん時代でいくと児童労働とかもあったし、人権なんて言われてるの極々最近の話だから。それを美化……そういう一面もあるってことを描くっていうのは一つはありかもしれないよね。その時代にはそういう文化があって、人の暮らしがあったから。でも、良いっていう価値観は分からんなぁ……。
ペン 歴史とか昔の悲しいことは今の気づきとか、意味になる時はあるから……。意味は必要性だったりとか、教えてくれた大事なことですみたいな時はあるけど……。それがなかったら今も気づかなかったのかもしれないとかあるけど。誰かが読んで傷つくこともあるっていう意識は薄れているよね。
ウ・サギ 難しいですよね。感情とか個人で別々に見た時に、例えば今も女性が概ね不利な社会ですけど、「別に自分は困ってない」とか「自分は男だけど、男の方が大変だと思う」とか、いろんな意見があるじゃないですか。それはそれ自体で確かにその人にとってはそうなんだろうなとは思うんですけど、構造については絶対考えなきゃいけないと思っていて。その中でも個々の感情が尊重されるべきっていう話と、間違った構造はちゃんと許さずに変えていくべきってことの両立が必要なんだろうなって思うんですよね。構造だけで個々の感じ方を全部否定すると、たぶんそれはそれで変だけど、自分がそうだからっていって構造が見えなくなっちゃうのもそれはそれで困るし。難しいですね。
カエル これはなかなか興味深い問いだと思うよ。
ウ・サギ でもフィクション小説で『良いことも沢山』とか言ってるのちょっとやばいですね。
カエル フィクションなのか?
ウ・サギ (質問文から)『フィクション小説』って書いてますよね。
カエル そう作り込んだってことだから、どう作り込んだかによるよね。
ウ・サギ そうだけど、今冷静に考えてちょっとおかしいなって思いました。
カエル (コメントで)『「吉原については悲しいことしか書いてはいけない」という圧を感じている人が一定数いるから、こんな紹介文が生まれるのかなと思った』って。あと、今までのイメージがみんな一緒だっていう前提で書かれるのも困るよね。今までのイメージはこういうイメージですよねっていう決めつけだから。紹介文は売るためとか読ませるためだから、そこが一番のねじれ構造な気がする。
ウ・サギ 「今までの私のイメージを覆す」って言ってくれれば「そうだったんですね」って気持ちになるけど。
カエル 「私は読んで覆されました」なら分かる。その人が興味ある人だったら、「あの人のイメージ覆されたならちょっと読んでみようかな」なら分かるけど、あたかもみんなのイメージがあってそれを覆すっていう、主語がでかいのが気に入らないんだ、これ。
ウ・サギ 主語はでかく言い切るっていうのが人を惹きつける方法ですからね。
カエル それ一番ダメなやつ。でも主語をでかく言い切るが流行っちゃうから悲しい世の中になってるんだよな。 謙虚にいこうよ。でかい主語禁止令。(コメントで)『これ確か、作者さん本人が書いていた紹介文だった気がします。もしかしたら違うかもしれませんが…』だって。だったら私って入れてほしい。
ウ・サギ “私は”がめっちゃ必要ですね。
カエル Iメッセージ。でも、広報の専門家とかに絶対怒られるよね。私はとか書いたら「それは売れませんよ」とか言われて。
ウ・サギ 売れないとダメっていうのが困っちゃいますよね。
カエル 売れないと価値がないって思われるのは困るよね。
ウ・サギ 今は、本自体は電子でテキストは出せるようになったから……。何でも売ることが第一目的になるといろんなものが歪みますよね。
カエル ねじれるね。売れる売れない関係なく、(作者が)こういうことを言いたかったんだみたいなのだといいんだけどね。

update 2026/3/19
Q.性別ってなんですか?「性別」って必要なんですか?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.性別ってなんですか? 周りの人に「男でしょ」とか「女らしく」とか言われている人を見たことがあり、そう言ったことを見ると心が痛いです。そして、私もクィアで、「○○らしく」と言われたことがあります。「性別」って必要なんですか?

A.社会の構造上、弱い立場を守るために性別で扱いを分ける必要はある程度あるだろうとカエルは思っています。(例えば、安全安心を守るためトイレやお風呂や入院の病室などを男女で分けるのは必然性があると思います)。
ただ、「らしく」「でしょ」という分け方は全く意味がないとカエルは思うのです。でも、そういった発言や発想はめちゃくちゃ多いのも現実です。そう考えると、性別に限らず「~でしょ」「〇〇らしく」という発言は相手のことを勝手な枠組みに当てはめたり、決めつけたりする表現だと思うのです。日本は歴史的に一人ひとりの個性より、集団の調和や協調性のようなものを重んじる側面があり、そういう癖がついているのではないかとカエルは感じています。だから、こうして「なんか、おかしくないかい?」と思う人が声を上げていって、みんなで考えてみる機会が増えると少しずつ、ついてしまった癖が変わっていくような気がしています。

回答:生きかたカエル

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update 2026/3/18
Q.トランスジェンダーが危険人物扱いや性自認は自称しているだけ扱いされることをどう思う?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.トランスジェンダーがトランスジェンダーであるというだけで「危険人物」扱いや「性自認は自称してるだけ」扱いされていることについてどう思いますか?また、Q.場面的トランスジェンダーについてどう思いますか。のウ・サギさんの回答にあった「立場の弱い側の安心が優先されてほしい」という表現は、トランス女性への偏見や危険視を助長し、当事者の安全を無視した表現に聞こえショックでした。そのような意図ではなかったと想像しますが、真意を教えてください。

A.まず、トランスジェンダーがトランスジェンダーであるだけで「危険人物」扱いや「性自認は自称しているだけ」扱いされることは、何の根拠があってそんなことを言っているんだ…??と、怒りを通り越して訳がわからないという気持ちが強いです。もしこれらの扱いを公共の場で(たとえばSNSなどで)発信しているなら、ヘイトスピーチに該当するものだと思いますし、ヘイトスピーチという行動にはウ・サギは断固反対の立場をとります。ただし、自分の安心安全が守られていて、適切な教育を受ける機会があったときには、人はヘイトスピーチをしないと思っているので、そこは社会問題として真摯に受け止め、罪を憎んで人を憎まずの精神は欠かしたくないと考えています。
「Q.場面的トランスジェンダーについてどう思いますか。」の回答については、質問者さんも汲んでくれている通りウ・サギとしてはそういった意図はなかったですが、世にトランスジェンダーを責める文脈が根強くあることを考えると、配慮を欠いた表現だったかもしれないと自分の発信を省みています。ウ・サギはネットでの主義主張の発信を見ないようにしているのと、身近でトランスヘイトを聞く機会も一度もなかったので、そう受け取られる可能性があるという想像が浮かびませんでした。
ウ・サギは、トランスジェンダーやセクシュアルマイノリティ全体が受けている差別や不利益については、当事者から実情を聞く機会もありましたし、その中で自分の無知や特権を恥じることもこれまで多く、軽視したくないと思っています。ただ、真の公正な社会を目指したいと思ったとき、ウ・サギはセクシュアルマイノリティの問題は、ジェンダーや性愛について暴力や排除が起こった出来事すべてについて考えていく必要があると思っていて、「男性が女性を抑圧してきた構造や歴史」と「性暴力が起こっていること・その救済もまったくもって不十分なこと」抜きにして、いろいろな問題を語ることはできないとも思っています。MtFへのヘイトを向ける意図はまったくないですが、「Q.場面的トランスジェンダーについてどう思いますか。」は女性のトイレや風呂の話を指していたため、あらゆるマイノリティを包括できる表現として「立場の弱い側の安心が優先されてほしい」という表現を選びました。それは属性だけで決まるものではなく、その時々で(セクシュアリティの属性だけでなく他マイノリティ要素も込みで)誰が一番弱い立場かが変わると思うからです。
また、誰の気持ちも無視したくない大切なものですが、それだけだとマジョリティ側が「どっちも大事でしょ」と数の理論で押し切ることもまかり通ってしまうので、社会的に強い立場の人に対して、立場はどちらが強いのか・それは願いなのか安心安全の次元なのかという軸を大切にしませんか?と提案しておきたかったのも「立場の弱い側の安心が優先されてほしい」が出てきた理由の一つだったと思います。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/18
Q.ルールや法律を破ることに厳しく、例え身近な人でも注意する。私は厳しすぎるのだろうか。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.ルールや法律を破ることに厳しいです。例え仲のいい友達や、親だろうが関係なく破ろうとする人には注意します。「ちょっとくらいいいじゃん」とか、「誰も見てないしいいよ」と言われることが多いですが、それさえも地雷です。私が厳しすぎるのでしょうか。

A.質問者さんの言っていることに近しい感覚をもつ人を何人か知っているので、どこから起こるどんな心理なのか、研究を深めたくなったウ・サギです。ウ・サギもどちらかといえばルールを守るタイプで、これを超えた違反は本当に無理というラインもありますが、質問者さんの厳しさとは、少し質は違うように感じています。ただ、仲のいい友達だろうが何だろうが、それがマナー違反を許そうとする気持ちにはウ・サギはつながらないので、その感覚には共感しています。
だから「厳しすぎるのでしょうか」と聞かれると、ウ・サギよりは厳しそうとは思いつつ、とはいえ守らなすぎるのはもっと問題があると思うし…という気持ちです。一応、ルールというのは、安全や秩序を保つための一つの「手段」であって、ルールを守ること自体が「目的」ではないとは思います。どんなものであれ、手段が目的と化してしまうのはウ・サギは怖いですが、ここまで複雑で規模の大きい社会を作ってしまった以上、法律はある程度大切にされないと危ないようにも感じます。ルールや法律は「自分を守ってくれている」存在なので、自分が守ってもらっている以上、ルールや法律を守るのが筋だとも思う気持ちも強いです。
だから質問者さんが求めているものについては厳しすぎない気もしてきましたが、そこに含まれる「許しがたい」に近いような感情(を感じています)は、ちょっとパワフルすぎるものを感じている部分はあります。強い感情は自分の経験や環境、個性が影響して生じるものだと思うので、ルールに厳しいという事実だけでなく、過程や背景にフォーカスをしてみて考えてみると、何か発見があるかもしれません。

回答:ウ・サギ

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update 2026/3/18