PAGE
TOP
タグ社会派
Q.子どもは無邪気で自由だなんて大人の願望だと思う。勝手な幻想を押し付けないでほしい。
この記事の担当 所長室

Q.子どもは無邪気で自由なものだ。なんて大人の願望だと思う。
自分たちが楽しくないからって、勝手な幻想を押し付けないでほしい。

A.「子どもは無邪気で自由なもの」って大人側が抱く理想像を押し付けているだけだよなぁと無ササビも感じます。無邪気でいれるかどうかは本人の性格だけの話ではなく、周りの環境や余裕にかなり左右されるものだと思いますし、子ども側が安心できる場所やしっかり話を聞いてもらえたり受け止めてもらえる関係があってはじめて無邪気さって出せる(出てくる)ものだと思うので、それを大人側が役割を果たさずに「無邪気や自由=”当たり前の性質”」として子どもに求めるのはあまりに暴力的だなと思います。
きっと質問者さんは、子どもの振る舞いにある背景を見もせず大人の都合のいいイメージに合っているかどうかで評価されている感覚を感じてしまってモヤモヤしてしまったのかな?と想像していますが(違ったらすみません…)、その抱く違和感は真っ当な感覚です!と伝えたくなった無ササビです。

回答:無ササビ

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/3/21
Q.動物の飼育環境の苦痛を想像すると罪悪感が生じて苦しいが、食生活を変えるのもつらい
この記事の担当 ウ・サギ

Q.「Q.弱肉強食という言葉について怖さや複雑な気分を感じる。どう思う?」の質問者です
「他の命の苦痛」と表現したのは、人への過酷な労働の強制だけでなく、家畜として扱われる動物の飼育環境による苦痛も含めて表現したつもりです。
畜産が人を救っているのも確かだと思います、自分も美味しい食べ物に救われています。また、実際の動物の感覚や飼育環境については、わからないです。
そのため、ネットで見た写真や文章の記憶をもとにした想像なんですが、狭くて不衛生な工場畜産の飼育環境で家畜として扱われる動物の苦痛が現実にあるのかなと想像すると、すごく複雑な気持ちになってしまいます。
罪悪感が生じて苦しいけど、食生活を少しでも変えたりは、つらくて続けられずやめたし、今後やるつもりもないので、すごく複雑な気持ちになるんです。どう思いますか?
また、人が人から搾取する構造は、少しでも無くなっていってほしいなと、回答を読んでいて思いました。自分は奪われて苦痛を強いられるのは嫌だし、奪って苦痛を強いるのも嫌です、完璧には程遠くても、できればどちらも可能な限り避けたいです。

A.なるほど、続きをありがとうございます。だとすると、弱肉強食そのものというより、家畜の扱いがまっとうじゃないのではないか?という点で今回の回答は考えさせてもらいますね。もう少し話を広く拾うと、自分たちで苦痛を訴えたりできないもの(家畜)に対して強者側(人間)が好き勝手していいのか?という話になるとは思うのですが、ちょっと広がりすぎるので、まずは畜産の実態について考えたいと思います。
狭くて不衛生な工場畜産は間違いなくあると思いますし、はっきり言ってしまうと、野菜なども含めて安い食べ物はほとんどがかなり歪な育てられ方をしています。ウ・サギはまっとうに育てている肉や野菜を食べる機会や、実際に育てた経験、生産者と実際に会う機会もありますが、かけている手間を知ってしまうと、スーパーで安く売っている値段になりようがないのは考える間もなくわかります。一方で、まっとうなものだけを買おうとすると、年収が一定以上ないと絶対に無理(ウ・サギも自分では日常的に買えず、おこぼれに授かっているような立場です)なのも確かです。動物の感覚や苦痛については想像の域を出ないので、想像で物事を決めつけるのはウ・サギのポリシーに反することから、感情的な共感はあえてしない立場をとってはいますが、地球環境の維持と適切な循環などの観点から、健康なあり方で食物を生産していくべきだとは思っています。
解決策まで勝手ながら話をのばすと、食べ物を育てる土もないような大都市に人が大量に住み続ける限り、どこかで歪なことをしてでも大量生産をするしか食糧を確保する方法がないため、絶対にこの構造はなくならないと思っています。それぞれの抱える事情や制約を考えると、大都市に住むしかない人もいると思うのでそこは強制しませんが、まっとうに生きたいと願うなら、大地や生き物の恵みの上に生きている(からそこをきちんと大切にしよう)という視点は欠かせないように思っていますし、人口が地方に分散するのは必須だと感じています。それぞれに農寄りやX寄りかの度合いは違っていいですが、半農半Xがライフの基本となってほしいというのがウ・サギの現状の考えです。

回答:ウ・サギ

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/3/21
Q.卒業式の座り方の質問になるほどと思いました。
この記事の担当 生きかたカエル

Q.卒業式の座り方の質問(Q.卒業式で、男だからこう座って、女だからこう座って、と言われるのが嫌だなって思ってます)になるほどと思いました。男だから足を開いて拳をつくってたくましく見せ、女だから足を閉じて手を重ねて上品に優雅に見せようとしているのかなと思うと、気持ち悪いと思いました。

A.はい、カエルもゾッとする気持ちになります。カエルはカエルとして座りやすい座り方をしたいと思いますし、せめて、座り方について座る当事者の意見を聞いてほしいと思います。
性別の「〇〇らしく」という圧もいろいろゾッとしますが、他にも「子どもらしく」とか「中学生らしく」とか周囲から謎のらしさを強制されることが多いことに対して疑問がたくさんあります。こういう時にはこうした方がいい(今回の質問においては、卒業式の時にはこう座った方がいい)という礼儀や作法があることを否定するものではないですが、思考停止で「そういうもの」と思い込んでしまうことが一番恐ろしいと思っています。みんなで、これからも「これってどうよ?」と考える機会をたくさん持ちたいと思うカエルでした。

回答:生きかたカエル

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/3/21
Q.承認欲求を満たすためにアイドルのコンサートに行くのってそんなに悪いことなんでしょうか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.承認欲求を満たすためにアイドルのコンサートに行くのってそんなに悪いことなんでしょうか?
承認欲求を見たそうとする人にチケットを取られて、
本当にアイドルが好きで行きたい人が行けなくなったら、それは許せなくても自然だと思うけど、
第三者が非難するのは、違うんじゃないかと思うんです。
ただ、第三者に見えてそうでない人の可能性もあるのかもなと思うと、うーんうーんとなります。
第三者とそうでない人の線引きも難しいのではないかと感じます。
また、そもそも自分はアイドルのコンサート行かないから、どうあがいても安全圏からの意見なんだよなとも思います。
どう思いますか?

A.承認欲求を満たすためにアイドルのコンサートに行くというのがあまりよくわかってないのですが、そのアイドルが純粋に好きと言うのが第一目的ではないにもかかわらず、抽選となるような倍率のチケットを手に入れた&それをどこかで発信した、という状況で考えさせてもらいます。何が第一目的なのかは他者から完全に測ることはできないと思いますが、例えばそのアイドルが大好きで人生の一番の喜びである人がチケットがとれなかったとしたら、モヤモヤしたり愚痴の一つや二つも言いたくなるのは自然な感情だとは思いました。そして人間には共感の機能があるので、そういった構図に気づいた人からすると「もし自分がチケットを取れない側の立場だったら…」と移入して、少し我を忘れた行動に出てしまうこともあるのかもしれませんね。
ただ、娯楽についてウ・サギが思うのは、そもそも参加の機会さえ平等に確保されていない立場の人もいることです。ウ・サギは大きな音や強い照明がダメなのでコンサートに行く選択肢がそもそもないのですが、その程度ならまだしも、視覚障がいや聴覚障がい、重度の身体障がい、過敏や虚弱でその日にならないと行けるコンディションかわからない、娯楽にかけるお金の余裕もない、家族に支配されていて自由に外出もできない・・・・など、コンサートに限らず、様々な理由での参加の機会からの排除があると思います。何かについて議論するならば、そういった最も弱い立場にいる人も、話し合いのテーブルに入れないと不適切だとウ・サギは考えます。話し合いのテーブルにいるのは、理不尽に気づく&それを発信するだけの自尊心がある人、つまりおおむね有利な立場にあるが一部で不利がある人が多い傾向があると感じるので、その偏ったメンバー構成で正義や善悪についての話を始めてはいけないと思います。
そういった点ではもちろん生きづLABOも近しいリスクをはらんでいるので(ネットにアクセスできる、質問する勇気?がある、言語化できる…などいくつかの条件をそろえた人が集まる傾向があることが考えられます)、参加の機会から排除されている人への視野や想像力はなくさないでいたいところです。メールアドレスがなくても研究員に登録できる、アプリを使わずできることはアプリを使わない、冊子の字体はUDフォント使用、自宅への郵送が難しい場合の受け取り方法もいくつか提案しておく(詳しくはこちら)、動画は後日字幕つきで切り抜くなど、今わかっている範囲の工夫はしていますが、きっと誰かからすると至らない点は絶対にあるので、そのときに伝えてもらえるサイトでありたいです。
話がちょっと膨らみすぎたかもしれませんが、そんなことをウ・サギは思いました。

回答:ウ・サギ

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/3/21
Q.ニューロダイバーシティってヒーローの必殺技みたいな響きじゃないですか?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.ニューロダイバーシティってヒーローの必殺技みたいな響きじゃないですか?必殺!ニューロダイバーシティ!みたいな。ニューロダイバーシティを推進していこう!

A.前に戦隊もののヒーローショーの脚本を書いたことのある(Q.生きづLABOのみんなで戦隊ヒーローショーをやるとしたらどんな感じにしたい?)カエルとしては、必殺技のアイディアとして次作の参考にしたいと思います。ニューロダイバーシティに限らず、○○ダイバーシティのシリーズができそうですね。最近カエルがよく活用しているAIにちょっと相談してみたところ、「最高にセンスがいいですね!『必殺!ニューロダイバーシティ!』……確かに、脳の特性をフル活用して常識を打ち破る超能力感があります」との前置きの後に、いくつかのダイバーシティについてアイディアを出してくれましたので、カエル的に気に入ったのを紹介します。
エヴォ・ダイバーシティ (Evo-Diversity)
正式:Evolutionary Diversity(進化多様性)
必殺技のイメージ: 停滞した現状を強制的に進化させ、新しい形態へと変化させる技。
意味: 生物が進化の過程で獲得してきた多様な生存戦略のこと。
叫びたい時: 「前例がない」という言葉で思考停止している大人たちに向けて。
口上: 「固定観念を脱ぎ捨てろ! 必殺、エヴォ・ダイバーシティ! 未来への進化は、ここから始まる!」
カエルもエゾアカガエルが進化して今の姿になったので、進化のダイバーシティを推したいです!

回答:生きかたカエル

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/3/21
Q.病気になったが治したくない本人と治さないと落ち着かない家族。どちらの意見が大事だと思う?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.病気になったけど治したくない本人と、病人といると落ち着かないし自分の人生の邪魔だから何としても最速最良の治療を受けさせなければ気が済まない家族、どちらの意見の方が大事だと思いますか。
私は100%前者であるべきだと思うんですけど⋯

A.補足に書いてある内容も含め、めちゃくちゃ頷きました。心配とかは勝手に湧いてきて止められないこともあるので、「この私の感情を解消させて」と思うこと自体は仕方ないし、相手に伝える権利はあるとも思いますが、当事者のほうが大変なんだからあなたの感情はあなたで頑張って対処してくださいよ、とウ・サギは言いたくなります。大切だと感じている相手の心配や葛藤なら受け止めて一緒に考えますが、大切だと思えない相手のそれらには一切付き合いたくないな~と思ってしまいます。それは、私の感情を処理してくれたこともないのに、むしろ感情の処理を大変にさせてくれたときもあるのに……と納得できない気持ちになるからかもしれません。
ただ、もしウ・サギ誰かの保護者のような存在になっているとなっている場合は、その相手が治療や延命を望めば、ウ・サギは自分より弱い立場の人のこころを優先して治療すると思います。誰が優位で誰が弱いかの判断は時々難しいこともありますが、原則としては、社会的に弱い立場にいるほうの感情を大事にしてあげたいとは思うウ・サギです。

回答:ウ・サギ

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/3/21
Q.からかいのエンタメ表現は馬鹿にして誰かを傷つける行為の発生の要因にどの程度なっているのか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.人が別の人をからかったり馬鹿にしたりするエンタメ表現は、
からかったり馬鹿にして誰かを傷つける行為の発生の要因に、
どの程度なっているのでしょうか?

A.お笑い芸人のいじりとか、そういう笑いの文化でしょうかね。子どもだと特に、深く考えず何かの真似をする傾向はあるので、誰かを傷つける行為の発生につながることは結構ありそうに思いました。最近はテレビもマシにはなってきましたが、差別発言やセクハラが笑いとして消費されていた時代もあって、自分が傷つかない側にいた人は「なるほどこれは笑いのネタね」とそれを吸収してしまっただろうと思っています。だから何をエンタメにするか、何をエンタメにしていいかは、気をつけて扱わなければいけないとは強く思うところです。いろんな属性のマイノリティを100人くらい集めて、事前チェックをした方がいいかもしれません。
あ、話がズレてしまいました……。人はそれぞれ個性もあるし、エンタメだけじゃなく色々なものに影響を受けるので、「どの程度なっているのか」というのは測定不能に感じますが、間違いなく一つの要因にはなっているとウ・サギは思います。そして、だとしたら、真に人々を楽しませ、心に喜びや気晴らしを提供するエンタメであるためにも、からかいの取り扱いは注意深く考えていきたいと思いました。

回答:ウ・サギ

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/3/20
Q.トランスジェンダー当事者です。恐怖心があったとしても危険扱いされるのは悲しいと感じます。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.自分はトランスジェンダー当事者です。これは、あくまで個人の意見です。
まず前提として、トランスジェンダーに対する恐怖心そのものは決して悪では無いと自分は思います。怖いものは怖いというのは自分もそうです。ですから、トランスジェンダーに対する恐怖心そのものを「差別だ!」と第三者が袋叩きにするのは問題だと自分は思います。
しかし、その上で、トランスジェンダーもトランスジェンダー以外と同じく、色んな人がいると思うので酷いことをする人もいると思いますが、それはトランスジェンダー以外の中に酷いことをする人がいることと同じだと思います。
そして、トランスジェンダーは、トランスジェンダー以外と同じように、大抵はトラブルを起こしたくないし、トラブルに巻き込まれたくもないし、なるべく平和に暮らしたいのだと思います、少なくとも自分はそうです。そのため、背景に恐怖があったとしても、トランスジェンダーだからというだけで「危険」扱いされたり、「自称してるだけ」扱いされたりして、それを言動として表現する行為がある現実はすごく悲しいと自分は感じます。また、トランスジェンダーに関してのデマも横行してるという話も見たことがあるので、誤解で怖がられてしまっているとしたら、それもすごく悲しいです。
重ねて言いますが、恐怖心そのものは決して悪では無いと思います、しかし、デマが前提になっているとしたら、それはすごく悲しいんです。どう思いますか?

A.トランスジェンダーに限らず、マイノリティに対して、デマや偏見が前提となっているバッシングは時々見受けられるように感じますね。ウ・サギはトランスジェンダーについてはあまりわからないですが、国籍や人種、障がいなどについては発言を見聞きすることがあります。言っている本人は差別発言の自覚がないことがほとんどに感じるので(おそらく、デマだろうと偏見だろうと本人は根拠と認識しているように思います)、それは差別発言ですよ…?というのを、どう伝えてコミュニケーションをとるのがいいのか悩んでしまいます。
一個人として誰かとの関わりで嫌な思いや怖い思いをして、そのことでその相手への属性自体へのネガティブな印象が離れなくなってしまって…という恐怖心は悪ではないし、誰でもあることだとウ・サギは思います。比較的多いもので考えると男性恐怖が浮かびますが、トランスジェンダーへの恐怖で話が難しいのは、男性は社会で優位にある一方で、トランスジェンダーは社会で差別や抑圧をされている(トランスジェンダーを怖いと思うシスジェンダーも、社会構造で考えると、自分の性別についてはトランスジェンダーより優位にある)ことだと思います。それは、例えるなら、「あなたの右足(に似たもの)が私の右足を踏んだのが事実であると同時に、私は左手で知らず知らずあなたをよく殴っていました」という「こっちでは劣位、こっちでは優位」が両立している状態となります。いくつか例をあげるなら、「セクシュアルマイノリティで差別に苦しんでいるが、向いている仕事が見つかって生活は安定している人」と「ブラック企業で心身ともに追い込まれ賃金も低いが、セクシュアリティにおいては差別される要素のない人」、「教育虐待を受けて今も親に過干渉されているが、高身長で容姿の整っている男性」と「容姿や体型で差別をされることも多いが、親には干渉されず尊重されている女性」・・・そういった場合は、とても多くあります。その「こっちでは劣位、こっちでは優位」つまり、自分が被害や不利益のある立場でありながら別要素では傍観や加害側にも属している関係性で、お互いをどう分かり合い尊重していくことができるのかが、今の社会を公正なものにしていく上での大きな課題でありテーマだとウ・サギは思っています。
質問者さんの話とはズレてしまったかもしれませんが、トランスジェンダーに限定して深めていくとウ・サギが迷走しそうだったので、ちょっと広げて考えさせてもらいました。

回答:ウ・サギ

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/3/20
Q小説の紹介文に「吉原は良いことも沢山」とあってモヤモヤ
この記事の担当 所長室

Q.吉原を舞台にしたフィクション小説の紹介文に、「吉原は悲しいことばかりじゃなくて良いことも沢山。今までのイメージを覆す一冊」ってありました。女性の性的搾取の歴史をそんなに美化しないでほしいと思いました

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/3/19
Q.性別ってなんですか?「性別」って必要なんですか?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.性別ってなんですか? 周りの人に「男でしょ」とか「女らしく」とか言われている人を見たことがあり、そう言ったことを見ると心が痛いです。そして、私もクィアで、「○○らしく」と言われたことがあります。「性別」って必要なんですか?

A.社会の構造上、弱い立場を守るために性別で扱いを分ける必要はある程度あるだろうとカエルは思っています。(例えば、安全安心を守るためトイレやお風呂や入院の病室などを男女で分けるのは必然性があると思います)。
ただ、「らしく」「でしょ」という分け方は全く意味がないとカエルは思うのです。でも、そういった発言や発想はめちゃくちゃ多いのも現実です。そう考えると、性別に限らず「~でしょ」「〇〇らしく」という発言は相手のことを勝手な枠組みに当てはめたり、決めつけたりする表現だと思うのです。日本は歴史的に一人ひとりの個性より、集団の調和や協調性のようなものを重んじる側面があり、そういう癖がついているのではないかとカエルは感じています。だから、こうして「なんか、おかしくないかい?」と思う人が声を上げていって、みんなで考えてみる機会が増えると少しずつ、ついてしまった癖が変わっていくような気がしています。

回答:生きかたカエル

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/3/18