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タグ社会派
Q.死んじゃだめと否定されるよりあなたが生きてると困るな~と言われる回数の方が多い
この記事の担当 ウ・サギ

Q.絶対的に死んじゃだめって否定されるよりもあなたが生きてると困るな〜😅(これは誇張してるけど)って言われる回数の方が多いと思うんだけど。おかしくね?

A.それはおかしいし、理不尽だし、ダメージを受けるな…と感じました。
補足に「死んじゃだめな理由を教えて」とあったので、そこについて真剣に考えるなら、基本的には誰一人死んでいい人はいないとウ・サギは思っています。いずれ誰もは死ぬという意味では死自体にいいも悪いもないですが、誰かの都合や事情で「あなたは死んでいいです」とか「死んだ方がいいです」とか差をつけていくなら、そういった世界は恐ろしいと思います(死刑だけは話がまだ複雑になりますが…)。
「生きてると困る」なんて横暴を許さないために、死んじゃだめです、一緒に闘いましょう、とウ・サギは思っています。ただ、ダメージを受けている状態では闘う意欲もエネルギーもないと思うので、とりあえず先に勝手に闘っておきますという気持ちで活動しています。

回答:ウ・サギ

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うさえなが所長
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update 2026/7/1
Q.死にたいと検索したらオンライン安楽死相談窓口が出てくればいいのになと思った
この記事の担当 所長室

Q.Q.しにたいと検索したら相談の電話番号ではなく、心があたたまるような何かが出てほしいの質問回答を見て、「死にたいと検索したらオンライン安楽死相談窓口が出てくればいいのにな」と思いました。否定せず生きる選択肢も死ぬ選択肢も丁寧にサポートしてくれる公的な窓口があれば救われると感じます。生を前提としない、当事者の苦しみに徹底的に寄り添う相談の場や安楽死の選択肢について、どう思いますか?

A.”もしそんな窓口や制度があったら、どれだけ救われるだろう”などと想像したり、”こうだったらいいのに”と思う、質問者さんの感覚は否定できるものではないと無ササビは感じました。この社会の死を願うことについてタブー視される風潮や「死んではダメ」が前提にあるように感じられてしまうところに息苦しさを感じてしまっているのかな?と想像しながら、恐らく質問者さんは単純に「死ぬ手段」を求めているわけではなくて、「自分の苦しみや選択肢をすべて受け止めてもらえる場所」や「死にたいほどの苦しみを否定せずに、丁寧に聴いてもらえて、生きることも死ぬことも一緒に考えてくれる絶対的な味方」を必要としている(それだけ今の社会で生きることに疲弊してしまっている)と無ササビは解釈しました。無ササビとしては、一個人が安楽死を望むこと自体はまっとうな感覚だと思うところもありますが一方で、もし安楽死が無条件になってしまうと本来は社会的なサポート(経済的支援やケア)があれば生きたい人が、周囲への遠慮や孤立から死を選ばざるを得なくなるという”不本意な死の強制”に繋がるリスクがあることなどを考えるとそこは無視することはできないと思っています。
質問の内容から「選択肢を狭めずに寄り添ってほしい」という切実な願いが込められているように無ササビは感じ、安楽死の是非はともかく、個々の選択について安心して対話ができる機会や場の必要性についてもっと深めていきたい気持ちになりました。

回答:無ササビ

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update 2026/7/1
Q.結局みなさんは何かしらの才能があって守られた環境にいる人たちなんだなと思ってしまった
この記事の担当 生きかたカエル

Q.結局みなさんは何かしらの才能があって守られた環境にいる人たちなんだな、だからそんなことが言えるんだなって少し思ってしまいました。

A.所長室はあらゆる侵略からの防衛が可能な特殊空間なので、守られた環境というのは当たってます。ただ、何かしらの才能があるかどうかは疑問だと思っています。
カエルとしてはどんな生命体でもある種の才能があり、それが発揮されるかどうか、生かされるかどうかは環境とのマッチングで決まると思っています。今、所長室はそれぞれの持ち味を理解し、尊重する環境があるため才能のようなものが発揮できていますが、我々も別の合わないところにいくと、何の才能もないとか、個性や特性が災いになることもあると思っています。
所長室はちょっと特殊な環境ですが、社会の中では守られる環境は誰かが与えてくれるわけではなく、みんなで作っていくものだろうと思っています。そのための仮想訓練を研究室でやっているのかもしれません。

回答:生きかたカエル

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update 2026/6/28
Q.学校の授業はなんのためにあるの?先生は生徒をどうなってもいいと思ってるのでは?と考えてしまう
この記事の担当 所長室

Q.学校 の 授業 って なんのため に あるんです かね ?
生徒 と 先生 は 別 なので 先生 は 生徒 の こと なんかどう なって も いい と思ってるん じゃ ないか ? と 勝手 に 考えて しまい ます 。

A.その疑問はもっともだと思います。ほぼ強制という言葉の通りだと思います。あなたが薄々感じているように、大人たちもまた、必ずしも子どもたちの為にやっている人ばかりではないでしょう。(子どものために頑張っている人もいるとは思いますし、それぞれの想いもあるとは思います)
大人も子どもも、産まれてきた時にはすでに社会のルールや仕組みが出来ていて、この社会でいいですと承認したわけではない。でも生きていかねばならんという時、多くはこの社会に慣れることを頑張るというのが今の人間たちのように見えます。学校はそういう目的が強くなっているようにも見えます。しかし、一部には慣れる事ではなく、変えることを頑張っている人たちも居ます。あなたが疑問に思っている道徳という気持ちの持ち方を押し付けることも含めて、今の教育を変えようとしている大人達もいます。教育以外にも、社会に疑問を持ち、少しでも変えようとしている人達がいます。あなたは、社会の当たり前に疑問を持っていて、その目はとても大切な視点だとも思います。同じような視点を持って生きている人、変えようと頑張って居る人達は必ず居ますから、いつか出会って、語り合って、共に少しでも変えていけるといいですね。

回答:宿貸しやどかり

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update 2026/6/28
Q.デモはどれくらい意味があると思う?当事者がするのと支援者がするのとは変わってくると自分は思う
この記事の担当 生きかたカエル

Q.デモってどれくらい意味があると思いますか?
それが精一杯な当事者がするのと、他の支援をする余裕がある支援者がするのとでは変わってくると自分は思いますが、どう思いますか?

A.カエルはデモはある種の自己表現であると思うので、やっている人たちが何かしらを表現できるのなら、それでいいと思っています。デモに限らず何かの意味は捉える人たちそれぞれであって、他の人が意味があるとかないとかいうことではないかなと思います。やっている人がどう感じるか、それを見た人がどう感じるのか、どうとらえるのか、それぞれだろうと思うのです。
そういう意味ではデモを直接見かけることは多くないので、報道や情報発信などの媒体がけっこう大切になると思います。やっている人たちより、そうした報道など情報の媒体が影響力を持つことを考えると、そのあり方が気になるカエルです。

回答:生きかたカエル

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update 2026/6/28
Q.学びたい言語と母国語が同時表示されるゲームが発表された。未来の学校ではゲームの活用もある?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.新発売のゲームに、学びたい言語と母国語を選ぶと全ての場面で2つの言語を同時に表示してくれるという言語学習機能が搭載されると発表されました。もしかして未来の学校教育ではゲームを活用して何かを学ぶようになる事も考えられるのでしょうか?

A.学びたい言語と母国語の同時表示は面白そうですね。ただ、昔ウ・サギは同じような機能のある本(海外文学の英文と日本語訳や両方載っているもの)を持っていたことがありますが、英語を覚えることにはつながりませんでした…笑 学習につながる可能性は間違いなくある機能だと思いますが、効果があるかは人によって差が大きいかもしれません。
未来の学校教育でゲームを活用して何かを学ぶことについては、全然考えられるとウ・サギは思います。一人一台タブレットの時代ですし、今もすでにやっているところがある気も…?
ただ、未来の「学校教育」を考えると、ゼロからみんなで考え直したいというのがウ・サギの希望です。もしかしたら読み書き算盤以外はせずに外で遊ぶことがメインになるかもしれないですし、とにかく自由に話し合うことが授業になるかもしれないですし、お勉強という狭いくくりじゃなく、本当にみんなの学びにつながるあり方を創り上げていきたいものです。

回答:ウ・サギ

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update 2026/6/24
Q.家出したいんですけどあてさきないし施設も行きたくないです、、、
この記事の担当 生きかたカエル

Q.家出したいんですけどあてさきないし施設も行きたくないです、、、

A.子どもが家出するための行き先はそう簡単にはないのが現状です。率直な気持ちは全くその通りだとカエルも思います。もう、10年ぐらい前から活動の中で出会ったオタマジャクシたちと、「合法的な家出場所が必要」という有力な意見が出ていて、中学校区に1か所ぐらいあったらいいのにと思います。子どもが気軽に家から離れて暮らすことができる場所が歩いていけるところにあり、大人が話を聞いてくれたり、ご飯出してくれたり、必要最低限のケアをしてくれるような公共の実家的なところです。本当にしんどい人とか困ったときというより、わりと気軽に使えるようなイメージの方が子どもにとっては活用しやすいのかなって思います。家出といういい方より、自立や社会性を養うための研修所みたいな位置づけだと、親にも言いやすいし、使いやすそうな気がしています。

回答:生きかたカエル

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update 2026/6/24
Q.死にたいけど休みたいと言えず学校に行っている子達は誰が認めて抱きしめてくれるの
この記事の担当 生きかたカエル

Q.不登校叩きしたいわけじゃないし不登校ならそりゃそれでいいと思う。私がいいたいのは、社会に教えて欲しいのは、じゃあ死にたいけど休みたいって言えずに学校行ってる子達は誰が認めて抱きしめてくれるのっていう

A.おっしゃる通りだとカエルは思いました。不登校という決断や行動にも一定のエネルギーやコストがかかります。それは簡単なことではありません。また、学校には行った方がいい、行くべきという圧がこれだけ強い中で行きたくないと言えないし、行かない選択ができないという子どももいるでしょう。まずは学校に行きたくないだけではなく、子どもが自分の気持ちや意思を伝えてもいい、否定されずに受け止めてもらえるという環境を作ることだとカエルはいつも思っています。でもそれが難しいのですよね。少なくとも、こうした声が子どもに関わる人たちに届いていくといいなぁと思います。

回答:生きかたカエル

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update 2026/6/24
Q.自殺を安楽死として合法化することはできないのか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.自殺を安楽死として合法化することはできないのか?
死にたいほど辛い体験をしてきた人が、自分を苦しみから救うために自殺するのに、命を絶つ時に耐え難い身体的・精神的な苦痛を味わうことは皮肉なことだと思う。

A.補足も読み、死にたい気持ちを抱えた一個人の心情としては実にまっとうなものだと思いました。安楽死の是非はさておき、「こんな苦しい世の中ならせめて安楽死を」と声を上げることや、そこから真剣に議論をすることには、大きな意味があるとウ・サギは思っています。だから質問者さん個人に対してだけなら、本当は何も言わずただ主張を受け止めたい気持ちなのですが、生きづLABOを訪れる色んな人(マジョリティ含む)を想定すると、社会的公正を目指す生きづLABOの立場上少し書いておかないといけないことがあるので、ここからは自殺を安楽死として合法化することへの反対意見を書かせてもらいます。ごめんなさい。
補足で質問者さんも書いていた通り「自殺は社会問題」です。極端な表現をするなら、自殺は社会が個人を追いつめた殺人と言えるとウ・サギは思っています。つまり、自殺を安楽死として合法化するのは「今の社会が苦痛ならどうぞ死んでください」と、国家が開き直って殺人(マイノリティの切り捨て)を肯定するという意味合いを持つとウ・サギは思います。今も実際は切り捨てになっている現実があるのはわかっていますが、だとしたら切り捨てられない社会にしていくべきで、どんな理由があれど殺人を肯定することはウ・サギにはできません。また、安楽死といえど死にたい人一人だけの力ではできず、制度となれば事務手続きに携わる人や医療関係者など、誰かの力を借りることになります。死刑執行のボタンでさえ相当な心理的負担があると聞きます。いくら本人が死にたいと望んでいても、死刑になるほどの罪があるわけでもなく、体もまだ生きられる人の死に、協力していいと思う人がどれほどいるのか?もしいるとしても、自殺ほう助に抵抗を感じない人間が増えるのなら、それはそれで危ないのではないか?そうウ・サギは気になってしまって、「安楽死……したい気持ちはわかるけど……でも……」とどうしても首を縦には振れないのです。

回答:ウ・サギ

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うさえなが所長
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update 2026/6/24
Q.どうしたら生きる勇気が湧きますか
この記事の担当 うさえなが

Q.どうしたら生きる勇気が湧きますか

A.勇気は、考えたことない!
我はずっとテキトーに生きてるよ。

*ウ・サギから補足*
生きることが質問者さんにはしんどいものに感じられる、実際にしんどい状況となっている現実があるのかなと想像しています。生きるのに勇気が必要というのが、世の中間違っているのですよ……とウ・サギは嘆きたくなってしまいます。理不尽なことを強制されず、無理な頑張りをせず、自分の気持ちや感性を押し殺すような我慢もせず生きていけるなら、生きるのに勇気はいらないと思うのです。だから何の解決にもならない回答で申し訳ないですが、みんなが生きるのが楽になるようにしていくのが必要なのだとウ・サギは思っていますし、生きづLABOも今は微力ながらそのために活動をしています。

回答:うさえなが

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update 2026/6/21