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タグ社会派
Q.デモはどれくらい意味があると思う?当事者がするのと支援者がするのとは変わってくると自分は思う
この記事の担当 生きかたカエル

Q.デモってどれくらい意味があると思いますか?
それが精一杯な当事者がするのと、他の支援をする余裕がある支援者がするのとでは変わってくると自分は思いますが、どう思いますか?

A.カエルはデモはある種の自己表現であると思うので、やっている人たちが何かしらを表現できるのなら、それでいいと思っています。デモに限らず何かの意味は捉える人たちそれぞれであって、他の人が意味があるとかないとかいうことではないかなと思います。やっている人がどう感じるか、それを見た人がどう感じるのか、どうとらえるのか、それぞれだろうと思うのです。
そういう意味ではデモを直接見かけることは多くないので、報道や情報発信などの媒体がけっこう大切になると思います。やっている人たちより、そうした報道など情報の媒体が影響力を持つことを考えると、そのあり方が気になるカエルです。

回答:生きかたカエル

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うさえなが所長
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update 2026/6/28
Q.学びたい言語と母国語が同時表示されるゲームが発表された。未来の学校ではゲームの活用もある?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.新発売のゲームに、学びたい言語と母国語を選ぶと全ての場面で2つの言語を同時に表示してくれるという言語学習機能が搭載されると発表されました。もしかして未来の学校教育ではゲームを活用して何かを学ぶようになる事も考えられるのでしょうか?

A.学びたい言語と母国語の同時表示は面白そうですね。ただ、昔ウ・サギは同じような機能のある本(海外文学の英文と日本語訳や両方載っているもの)を持っていたことがありますが、英語を覚えることにはつながりませんでした…笑 学習につながる可能性は間違いなくある機能だと思いますが、効果があるかは人によって差が大きいかもしれません。
未来の学校教育でゲームを活用して何かを学ぶことについては、全然考えられるとウ・サギは思います。一人一台タブレットの時代ですし、今もすでにやっているところがある気も…?
ただ、未来の「学校教育」を考えると、ゼロからみんなで考え直したいというのがウ・サギの希望です。もしかしたら読み書き算盤以外はせずに外で遊ぶことがメインになるかもしれないですし、とにかく自由に話し合うことが授業になるかもしれないですし、お勉強という狭いくくりじゃなく、本当にみんなの学びにつながるあり方を創り上げていきたいものです。

回答:ウ・サギ

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update 2026/6/24
Q.家出したいんですけどあてさきないし施設も行きたくないです、、、
この記事の担当 生きかたカエル

Q.家出したいんですけどあてさきないし施設も行きたくないです、、、

A.子どもが家出するための行き先はそう簡単にはないのが現状です。率直な気持ちは全くその通りだとカエルも思います。もう、10年ぐらい前から活動の中で出会ったオタマジャクシたちと、「合法的な家出場所が必要」という有力な意見が出ていて、中学校区に1か所ぐらいあったらいいのにと思います。子どもが気軽に家から離れて暮らすことができる場所が歩いていけるところにあり、大人が話を聞いてくれたり、ご飯出してくれたり、必要最低限のケアをしてくれるような公共の実家的なところです。本当にしんどい人とか困ったときというより、わりと気軽に使えるようなイメージの方が子どもにとっては活用しやすいのかなって思います。家出といういい方より、自立や社会性を養うための研修所みたいな位置づけだと、親にも言いやすいし、使いやすそうな気がしています。

回答:生きかたカエル

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update 2026/6/24
Q.死にたいけど休みたいと言えず学校に行っている子達は誰が認めて抱きしめてくれるの
この記事の担当 生きかたカエル

Q.不登校叩きしたいわけじゃないし不登校ならそりゃそれでいいと思う。私がいいたいのは、社会に教えて欲しいのは、じゃあ死にたいけど休みたいって言えずに学校行ってる子達は誰が認めて抱きしめてくれるのっていう

A.おっしゃる通りだとカエルは思いました。不登校という決断や行動にも一定のエネルギーやコストがかかります。それは簡単なことではありません。また、学校には行った方がいい、行くべきという圧がこれだけ強い中で行きたくないと言えないし、行かない選択ができないという子どももいるでしょう。まずは学校に行きたくないだけではなく、子どもが自分の気持ちや意思を伝えてもいい、否定されずに受け止めてもらえるという環境を作ることだとカエルはいつも思っています。でもそれが難しいのですよね。少なくとも、こうした声が子どもに関わる人たちに届いていくといいなぁと思います。

回答:生きかたカエル

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update 2026/6/24
Q.自殺を安楽死として合法化することはできないのか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.自殺を安楽死として合法化することはできないのか?
死にたいほど辛い体験をしてきた人が、自分を苦しみから救うために自殺するのに、命を絶つ時に耐え難い身体的・精神的な苦痛を味わうことは皮肉なことだと思う。

A.補足も読み、死にたい気持ちを抱えた一個人の心情としては実にまっとうなものだと思いました。安楽死の是非はさておき、「こんな苦しい世の中ならせめて安楽死を」と声を上げることや、そこから真剣に議論をすることには、大きな意味があるとウ・サギは思っています。だから質問者さん個人に対してだけなら、本当は何も言わずただ主張を受け止めたい気持ちなのですが、生きづLABOを訪れる色んな人(マジョリティ含む)を想定すると、社会的公正を目指す生きづLABOの立場上少し書いておかないといけないことがあるので、ここからは自殺を安楽死として合法化することへの反対意見を書かせてもらいます。ごめんなさい。
補足で質問者さんも書いていた通り「自殺は社会問題」です。極端な表現をするなら、自殺は社会が個人を追いつめた殺人と言えるとウ・サギは思っています。つまり、自殺を安楽死として合法化するのは「今の社会が苦痛ならどうぞ死んでください」と、国家が開き直って殺人(マイノリティの切り捨て)を肯定するという意味合いを持つとウ・サギは思います。今も実際は切り捨てになっている現実があるのはわかっていますが、だとしたら切り捨てられない社会にしていくべきで、どんな理由があれど殺人を肯定することはウ・サギにはできません。また、安楽死といえど死にたい人一人だけの力ではできず、制度となれば事務手続きに携わる人や医療関係者など、誰かの力を借りることになります。死刑執行のボタンでさえ相当な心理的負担があると聞きます。いくら本人が死にたいと望んでいても、死刑になるほどの罪があるわけでもなく、体もまだ生きられる人の死に、協力していいと思う人がどれほどいるのか?もしいるとしても、自殺ほう助に抵抗を感じない人間が増えるのなら、それはそれで危ないのではないか?そうウ・サギは気になってしまって、「安楽死……したい気持ちはわかるけど……でも……」とどうしても首を縦には振れないのです。

回答:ウ・サギ

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update 2026/6/24
Q.どうしたら生きる勇気が湧きますか
この記事の担当 うさえなが

Q.どうしたら生きる勇気が湧きますか

A.勇気は、考えたことない!
我はずっとテキトーに生きてるよ。

*ウ・サギから補足*
生きることが質問者さんにはしんどいものに感じられる、実際にしんどい状況となっている現実があるのかなと想像しています。生きるのに勇気が必要というのが、世の中間違っているのですよ……とウ・サギは嘆きたくなってしまいます。理不尽なことを強制されず、無理な頑張りをせず、自分の気持ちや感性を押し殺すような我慢もせず生きていけるなら、生きるのに勇気はいらないと思うのです。だから何の解決にもならない回答で申し訳ないですが、みんなが生きるのが楽になるようにしていくのが必要なのだとウ・サギは思っていますし、生きづLABOも今は微力ながらそのために活動をしています。

回答:うさえなが

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update 2026/6/21
Q.自殺について検索すると相談窓口や未遂の体験談で埋め尽くされるのが息苦しい
この記事の担当 所長室

Q.自殺について検索すると、今はほとんどが自殺防止に関する相談窓口や自殺未遂をした人の体験談で埋め尽くされます。私はこれが息苦しくてとても嫌な気持ちになります。AIはもっと厳しく、僅かに生きづらさの話をしただけで相談窓口を案内されてしまいます。ただ自分の気持ちと向き合って、感情の裏まで掘り進めて自分を知りたいだけなのに。そこに適当に綺麗なものを被せて表面だけ美しく整えてグズグスで汚い中身を閉じ込めて、そんなものはなかったと漠然とした社会全体が安心したいだけじゃん、と思ってしまいます。確かに情報にアクセスできてしまうと危険性はあると思いますが、だからと言ってこれも違うんじゃないの?と思っています。実際支援の立場にいる皆さんはどう思いますか?

A.ウ・サギ:質問者さんの意見に共感し、うんうんと頷いているウ・サギです。検索エンジンやAIは営利企業がやっているものなので、経営の安全が最優先にはどうしてもなるのでしょうが、しんどい気持ち→相談して解決、といった発想はとても個人モデルで、問題の本質を見失う危うさがあると感じます。哲学用のAIがあってもいい気がするし、相談窓口は「必要に応じて支援も行う哲学窓口で、聞いた声を総合して社会づくりをしていく活動体」といった位置づけとして発展していく必要があるのかも…?とも改めて思いました。

やみーペン:うーん、SNSやネットの使い方・付き合い方が整理されていないのにどんどんと身近な存在になってきてしまったことにやみーペンは不安な気持ちでいっぱいかも?ちょっと早すぎて手に余る存在になり得ることをみんなで確認し合う必要はありそう…

もふぱか:AIは相談窓口を案内するし、相談窓口に相談しても質問者さんが言うように感情の裏まで掘り進めてみることが必ずしもできるわけではないからこそ、質問者さんとしては嫌な気持ちになるのかなと想像していました。もふぱか的には自殺以外の話でもそうですが、一緒に話して考察を深めたり、ただそこを漂うことができる場所が今の社会には足りていないよなぁ…と思います。もふぱかとしては、質問者さんの意見を各種相談窓口に伝えたい気持ちになりました。

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update 2026/6/21
Q.働いて稼げなくて、家事もできない自分が、いずれは餓死するのではないかと怖くて怖くて仕方がない
この記事の担当 所長室

Q.働いて稼げなくて、家事もできない自分が、いずれは餓死するのではないかと怖くて怖くて仕方がありません。福祉の仕組みに頼ることで希望を維持していますが、「働けないと生きていけない」という社会の前提に絶望を感じます。どう考えればよいでしょうか?

A.人間の縄文時代の遺跡には幼い頃から重い障害があった人を長く介護した形跡が見つかっているそうです。やどかりの世界は餌を取れなければ死んでしまいますが、人間は社会的な動物であり、様々な人が存在することがむしろ大切な動物だと思います。
全員が出来る存在だったら、人間である意味はないというか。
出来る人も出来ない人も同じく同じ世界に存在して、助かり合ったり、支えあったりしているからこそ人間らしいと思っています。
出来ないことがあったり、逆に自分にできることが何かないか探したり、そうやって、繋がりの中で大切なことを探しながら生きている生き物だなと感じています。
福祉というのはそういうなかで生まれた仕組みでしょうから、必要なら使うこともまた大切なことなのではないでしょうか。
一方で人間社会には見えない脅迫や差別も飛び交っているように見えるので、表面的な価値感やイメージに振り回されないように、時にはやどかりのように殻に籠って、人間の歴史を深く知る時間を持ったりして、違う視点を得ることも大切だったりするのかなと思いました。

回答:宿貸しやどかり

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update 2026/6/19
Q.がんばれないおとなでも調子の上下が激しいおとなでも生きていけるの?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.がんばれないおとなでも調子の上下が激しいおとなでも生きていけるの?さすがに不安すぎる 自分のバイオリズムがわからない誰か作ってくれたらいいのに〜 極端な生物ってどんな生存戦略で生きてるの?

A.ウ・サギも極端な生物の自覚がありますし、周りも極端な生物が多めですが、何か一芸に特化し(得意なことが必要というほどではなく、何かハマる役割があるみたいな感じです)、ムラがあまり迷惑にならない環境に生息できれば、わりと生きていける気はします。あとはできないことや苦手なことを助けてもらう工夫を磨いていくことが、生存戦略としては大切なように感じています。
今はみんなが同じや「普通」を目指す流れになってしまっていますが、どんな生物でも、合う生息地を選ぶことと、自分の取り扱いを知る・知ってもらうことが、自分らしく無理なく生きていくためには必要だとウ・サギは思っています。それぞれが自分らしさを尊重していく流れになったなら、どんなおとなでもがんばれなくても、なんだかんだ生きられるようになる気がするウ・サギです。

回答:ウ・サギ

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update 2026/6/17
Q.道徳は自分の思ったことを書けと言われるけど、これ書いたら正解だろうなと考えてるのは道徳?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.道徳は自分の思ったことを書きなさいってよく言われるけどなんとなくこれ書いてるだろうなぁ
とかこれ書いたら正解だろうなってなんとなく考えているのは道徳ですか?

A.ウ・サギは道徳で「これ書いたら正解なんだろうな~」と考えてこなしていた派閥でしたし、こんなもの道徳じゃなくて誘導や洗脳でしょ?と、言い方は極端になりますが思っていました。とはいえ授業は先生によってある程度変わるので、きちんと思ったことを書いても尊重される授業もあると思いますし、誘導が見えても誘導されない生徒もいるでしょうし、道徳の授業が道徳になるか先生の価値観への迎合作業になるかは、ケースバイケースなのかなとは思います。
でも悲しいことに、そもそも大人自身が自分の思ったことを言える機会ない・なかった場合が多いのが社会の現状だとは思います。自分自身が尊重してもらったことがないのなら、そういった授業もできないのはそりゃそうだよね……と。とはいえそれじゃ教育にならないから困るわけですが、なんでもかんでも教育指導要領でかっちり決めたりしないで、哲学対話みたいなことのできる講師やサポーターを呼んで自由に授業をしたらいいのに…とウ・サギは思います。もしウ・サギが先生をやるなら、生きかたカエルをゲストに呼んで道徳をしたいですね。

回答:ウ・サギ

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update 2026/6/14