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タグ社会派
Q.食べ物やネットなどを使えるのは普通に働く人がいるからなのに、リスペクトがないのが気になる
この記事の担当 所長室

Q.生きづLABOの回答を見ていると、食べ物やインターネットなどを所長さんが使えるのは普通に働く人がいるからだと思うのに、今の働き方を批判したりと、いわゆる普通の方法で働いている人へのリスペクトがないのが気になってしまう。

A.なるほど、そう感じたのですね。我々としては人間をリスペクトし大切に思うからこそ、一生懸命働くほどに苦しくなってしまうような、働き方の「構造」を変えなくてはならないという趣旨で発言していました。色々な人が理不尽もこらえて汗水流し働いた上に(もっと言えば、それに加えて発展途上国からの残酷な搾取などの犠牲の上に)自分たちの便利な生活が成り立っていることはよくわかっていますし、だからこそそれが搾取や理不尽に耐えての努力ではなく、無理ない労働や協力の上に成り立つように変えていく必要があると思っています。
質問者さんは自分自身の労働が否定されたような感覚になったのかなと想像していますが、批判しているのは労働者でも労働でもなく、儲け優先で人を犠牲にしていくシステムです。そして、システムを作り替える一番の方法は、間違ったものや歪んだことにはみんなで「嫌だ」「もうそのやり方には付き合わない」と別れを告げることだと思っているので、ちょっと勢いよく「休もう」「やめよう」などとも話してしまっていました。現実問題、個人の選択として休むのもやめるのも簡単じゃないことはわかっても、少しずつ何かが変わっていけば全員で「せーの」と理不尽から降りられる日が来るのではないかと思っています。
働く人へのリスペクトがあるのはあまりに自分たちの中で当然のことだったので、言葉にするのをおろそかにしてしまっていたのかもしれないと省みています。

回答:ウ・サギ

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うさえなが所長
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update 2026/8/6
Q.私は、「努力は必ず報われる」や「きっとできる」という言葉が嫌い。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.私は、「努力は必ず報われる」や「きっとできる」という言葉が嫌い。
努力が報われなかったから、できなかったから、責められて、辛くて、死にたいって思う。
命を捨てる人だっている。
なのに、幸せで、報われて、成功した人がそれを言うのは、許せない。

A.うんうんと頷いているウ・サギです。同意しかなくて、言葉がすぐに浮かんでこないくらい頷いています。前向きな格言や言葉は、実際にしんどい思いをした人を「無きもの」として扱うような表現になってしまうことと、恵まれた側が価値観を強く語ることの残酷さを、シンプルに力強く表現している質問だと思いました。
自分自身が前向きに生きることや努力が報われるのを信じるのは自由だと思うのですが、「全員に共通することだよね?」といったノリで主語を大きくしてしまうと、それはとても失礼で時には人を深く傷つけることになるのは感じます。「私の場合はこうだった」「私はこう思う」とアイメッセージで発信することの大切さを、どうにか広めていきたいものです。

回答:ウ・サギ

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update 2026/8/5
Q.学歴フィルターはあると思いますか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.学歴フィルターはあると思いますか?

A.学歴フィルターがよくわからなくて調べてしまったのですが、「就職活動で企業が応募者の出身大学や偏差値を基準に、一定の基準に満たない学生を採用選考から除外する仕組み」のことなんですね。
あるかどうかは全く知らないですが、ありそうな話だとは思いましたし、場合によっては一定の合理性もあるとは思います。例えば、業種や役割によってはこれくらいのIQはないと難しいというのはあると思うので、たくさん応募があって全員を面接なんてしていられないなら、機械的に学歴でふるい落とすのは一つの方法にはなるでしょう。(学歴だけでIQが測れるわけではないですし、機械的にふるい落とすのが本当に一番いい方法かというと違う気はしますが)
学歴による不当な差別はあってほしくないですが、企業はボランティアではなく、面接にも人材育成にもコストがかかります。希望の企業に受からないからといって人生が終わるわけではないですし、その企業ごとの事情や限界に応じて、機械的な何かしらの基準をもって選別されてしまうのは仕方ないところはあるのかもしれません。まあ学歴や偏差値だけで選考から除外する企業でウ・サギは働きたくないですし、働いて幸せになれるとも思わないので、除外するならそれもそれでご自由にという気持ちもあります。

回答:ウ・サギ

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update 2026/8/2
Q.以前質問した者です。回答を見て、生活が誰かに与える影響を忘れないことが大事なのかもと思った。
この記事の担当 生きかたカエル

Q.Q.昔にいじめに同調してしまった。すごく酷いことをしてしまったと今は思う。の質問者です。
回答を見て、自分の生活が誰かに影響を与えてる可能性を忘れないことが大事なのかもと思った。具体的に生活を変えられなくても、忘れたくないなと思った。

A.社会というのはいろいろな人たちのつながりの中で成り立っているということは頭に入れておくことは大事だとカエルは思っています。とはいえ、誰しも自分の見える世界は自分が中心にいるので、偏った見方にまってしまったり、視野狭窄になることも仕方ないのかなと思います。きっと、実体験として影響しあっていることを意識する機会も少ないからだと思われます。

回答:生きかたカエル

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update 2026/8/2
Q.結婚じゃない理想の生活共同体宣言ってなんだろう!!!!!
この記事の担当 ウ・サギ

Q.結婚じゃない理想の生活共同体宣言ってなんだろう!!!!!

A.そもそも結婚を当事者や世間が「生活共同体宣言」と捉えているか自体が謎な気はしますが(他の側面もありそうです)、結婚はさておき、今回はウ・サギの理想の生活共同体宣言について書くと、
・つながりはお互いへの情緒的結びつきではなく、こういった社会づくりをしたいという理念の共有が軸になっている
・2人ではなく3人以上でもチームを組めて、抜けたいときは自分の意思だけで(全員の合意がなくても)抜けられる
が最低限確保されてほしいと思っています。なんかそう書いていると、生きづLABOのメンバーもゆるやかな生活共同体宣言をしていると言えるかも?なんてちょっと思えてきました。みんなで社会づくり共同体宣言をしましょう!!

回答:ウ・サギ

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update 2026/7/31
Q.どうせ学校に行くなら受験のためじゃなく将来絶対役に立つことを学びたいと思った。どう思う?
この記事の担当 所長室

Q.最近、どうせ学校行くんだったら受験のためとかじゃなくて将来絶対役に立つことを学びたいなって思った。ビジネスマナーとか、税金とか、法律とか、セルフケアとか、多様な性のあり方とか、簡単で美味い飯の作り方とか、そういうの。皆さんはどう思いますか?

A.ウ・サギ:ウ・サギが学校で得たのは「集団や組織ってこういうものなのかな」という社会への理解のヒントと、「自分は集団には向いてないし好きじゃないな」「でもこういうのはキライじゃないかも」という自己理解のヒントだった気がします。知識や技能は後でいくらでも身につけられるとウ・サギは感じているので、どうせ学校に行くなら責任を背負わされない猶予期間を活かして、体験の中で自分や世界を知っていくのが大切な気がしています。ウ・サギはいわゆる学校のお勉強で学べたことは特になかったですが、勉強を教える側になったときは「できないことができるようになった」「わかった!」という感覚が子どもにとって一つの大切な機会になるのは感じました。まあそれらはどれも必ずしも学校でやる必要はないので、それぞれに合った場所で、それぞれのタイミングで機会が保障されてほしいと思います。

しきぶとんゴロン猫:生きることを総合的に学ぶのが学校のハズなのに、受験のための学校化にモヤモヤするゴロン猫がいます。「この学びの延長に生活や暮らしがあることを実感できるか、それをどう伝えられるか」先生方にはテストの点数以上に気にして欲しいと思ってしまう。答えはひとつとか、平均的だとかを教えられることの窮屈さを、いつも感じて学校生活を送ってきたゴロン猫でした。

もふぱか:もふぱかが学校で学んでよかったこと、今となっては当時こういうことを学べたらよかったのになぁ~って思うことを考えてみたんだけど、学んでよかったことはすぐには浮かばないかも…?学ぶっていうのは知識を教えてもらうことだけじゃくて、体験や経験もあるし、学びやすい方法は人によって違うことは知りたかったな~って思ったりした。何が将来に役立つかは結構わからないものだなって思うけど、画一的な勉強やルールで得られる学びは少なかったと思う。

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うさえなが所長
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update 2026/7/31
Q.以前質問した者です。助ける側に施してもらっているんじゃないんだなと思いました。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.Q.働けなくてごめんなさい、家事できなくて頑張れなくて生きていてごめんなさいと罪悪感で苦しい
の質問者です。助ける側に施してもらっているんだと決めつけていたけれど、そうじゃないんだなと思いました。個々人のマッチングや役割の分散、つながりの少なさ、社会構造が背景にあると教えてくださりありがとうございます。「質問者さん個人の問題ではない」という言葉に救われました。丁寧な回答を本当にありがとうございます。

A.私たちが社会から様々な影響を受け、関係性でお互いに影響を与え合って生きている以上、どんなことも個人だけの問題というのはないとウ・サギは考えます。個人の感じ方としては「自分は助けてるし、それは施しをしているんだ」という人もいるはずですし、それはその人にとっては真実なのだと思いますが、本質的な解決を考えるためにも、ウ・サギとしては社会構造に目を向けていきたいです。
といっても、ウ・サギも余裕がないと「誰々が悪い」と他者に原因を求めたり、「自分がこうしていれば…」と自分だけに責任を求めてしまったりするので、感情が個に向いてしまうときがあるのも自然なことなのだろうと思います。でもそういうときはカエルさんとかと話していると、徐々に感情的な考えが抜けてバランスよく考えられるようになるので、思いを外に出す機会があることが大切なのだろうと感じています。

回答:ウ・サギ

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update 2026/7/31
Q.いわゆる生きづらいとされる人がマジョリティの世界になったら今のマジョリティは肩身が狭くなる?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.もしも今の社会でいわゆる生きづらい人とされる人がマジョリティの世界になったら、生きづらい人優位な社会になって今のマジョリティは肩身狭くなるとかありますか?

A.発達特性少数派、過敏や虚弱、病気や障がいをもつ人、民族マイノリティ、セクシュアルマイノリティなどが(他にもたくさん生きづら属性はあると思いますが、一応例を並べました)マジョリティになったら…ということでしょうか。ちなみにマジョリティの正確な定義は多数派ではなく、その属性があるだけで社会的に優位となるものを指すので、「生きづらい属性があるだけで優位になるが、全体の数では生きづらい属性のある人のほうが少ない」という世界で想像させてもらいたいと思います。そもそも数が生きづらい人のほうが多くなるなら、今のマジョリティは肩身が狭くなるどころか、「自分がおかしいのでは」などと今のマイノリティが感じるつらさをそのまま感じるだろうとウ・サギは確信しています。
今のマジョリティの中で少数派だが優位となる属性を考えると、いわゆる容姿端麗、芸能人、プロスポーツ選手、お金持ち、高学歴とか……?つまりみんなに羨ましがられ、社会でやっていく上で不安も感じにくい立場になる・・・ということは、生きづらい属性があるほど尊敬されてお金まで貰えるみたいな構造が生きづらい人マジョリティの世界になるのでしょうかね……。そうなると今のマジョリティは肩身が狭くなるよりは、どうして自分には生きづらい属性がないんだろう、自分も生きづらい属性をもって生まれたかったと思うかもしれません。自分の健康を憎んで、わざと不健康な生活をしたり後遺症の残るようなケガをしたり、セクシュアルマイノリティやADHDなどのふりをすることが流行る可能性もありそう……?でも後天的な障がいだと評価が低かったり、セクシュアルマイノリティや発達障がい自認が本当なのかのチェックが厳しかったりになる・・・?なんだかどうにも、あまりよろしくない世界に感じます。
どんな属性があっても、見下されることもなく、属性だけで優遇されることもない、公正な社会をつくりたいと改めて思いました。

回答:ウ・サギ

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update 2026/7/28
Q.「社会モデル」と「個人モデル」はバランスが大切なのでしょうか?
この記事の担当 生きかたカエル

Q.「社会モデル」と「個人モデル」はバランスが大切なのでしょうか?

A.カエルとして一人ひとりを大切にする公正な社会のためには「社会モデル」が基本だと思っています。ただ、教育の限界や競争社会の中で、個人モデルの発想や考え方は人々の中に根付いていると思います。だから、個人モデルの発想は個人の中にちらほらあるだけならそれはそれで自然だと思いますが、個人モデルの考え方は歴史的に見ても、時に暴走して大きな人権侵害を起こします。だから普段から暴走しないように、社会の在り方として「社会モデル」が大事だよって確認する作業が必要だと感じています。バランスの問題というわけではないと思うのですが、我々の中である意味、両者のせめぎあいというのか、揺れのようなものはあると思います。ずいぶんと前から社会モデルが大切だと言われていますが、現実は社会モデルにあまり近づいていないように感じているので、社会モデルが基本になるためにどうしたらいいのか試行錯誤の生きづLABOです。

回答:生きかたカエル

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update 2026/7/28
Q.家族、ないしは支える存在って不安定だなぁと、ふと思ったんです。実際のところどうなんでしょう?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.家族、ないしは支える存在って不安定だなぁと、ふと思ったんです。実際のところどうなんでしょう?

A.詳細な補足をありがとうございます。読んでいる人に話がわかりやすくなるように、一部紹介させてもらうと、「支え合うことが一番だとは思うが、どちらかの負担が一方的に大きいのがほとんどじゃないか?」「だいたいの人が常に無条件に受け入れてくれる、それこそ母親のような人を欲しているのでは?」「社会人にそのような人がいるのはよっっっぽど恵まれた人じゃないと無理な気がする」といった話ですね。質問者さんの身近な人同士の関係性や、自分の経験や思いから湧き出てきたぐるぐるなのだろうなと感じ取っていました。
世の中は助け合いという理念をウ・サギは持っていますが、負担がお互い全くない関係性なんてないし、負担がいつも平等な関係性が難しいのも事実だと思います。ただ、それが不安定に結びつくかはまた別の話で、いわゆる「支える側」になっている人が自分を守るために境界をきちんと引けるかや(無理なものは断る、過剰に責任を感じないなど)、共倒れしそうなときにサポートしてくれる支援機関や第三者がいるかなど、調整の力やチームとしての支えがあるかがポイントだと思います。今の社会を見ていると、人間関係における大切な境界を学ぶ機会が全然足りず、家族は家族で支えろといった風潮もあり、「家族、ないしは支える存在って不安定」というのは的を得た指摘だと感じます。
「だいたいの人が常に無条件に受け入れてくれる、それこそ母親のような人を欲しているのでは?」については、ケアが十分に足りて心身が発達すると自分で自分の存在を無条件で受容する力がつくとウ・サギは感じるので、他者から無条件の受容がほしいという感覚は失われる気がします。よしよしされたい!とケアを外注するときは勿論あっても、誰かに100点を求めることや無条件を求めることはなくなって、使い分けや割り切りの中で、自分で自分の面倒を見ていけるというのか・・・。でもきっと現状は多くの人がケアの十分ではないまま年齢が大人になってしまって、大人になったことでさらに「大人なんだから」と社会生活の中で圧やストレスを受けて、その反動から無条件の受容や愛を求めてしまっている気がします。
また、もし親子だろうと無条件の受容はウ・サギは存在しないと思っていて、無条件の存在の承認があるだけのように思っています。「あなたの存在そのものや感じていることは無条件に尊重しています。だから私にも限界や感情があることを(あなたのキャパの範囲内でいいので)理解して尊重してほしいです」がウ・サギの理想の関係性です。それが成立すれば、片方の負担が重くなるときがあっても、なんだかんだ大崩れはせずに世界を回していけるのではないかと思っています。(でも自分自身のメンタルが大変だった時期は、それができずに関係性を何度も崩壊させてきたウ・サギなのでした)

回答:ウ・サギ

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update 2026/7/28