Q.恵まれた環境にいるけど、死にたくて、自業自得だけど、明るい未来が想像できなくて、毎日頭の中でいつか自殺する日のための想像をして、誰にも助けてと言えなくて、私しか私を助けられなくて、元気なふりしなくちゃいけなくて、私はどうしたらいいんですか?
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Q.恵まれた環境にいるけど、死にたくて、自業自得だけど、明るい未来が想像できなくて、毎日頭の中でいつか自殺する日のための想像をして、誰にも助けてと言えなくて、私しか私を助けられなくて、元気なふりしなくちゃいけなくて、私はどうしたらいいんですか?
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Q.アンチとかじゃないけど生きづLABOは理想の話ばかりしてるなと思う。現実を変えるためにはまわりの大人に頼っていく必要があると知っているけどそれは怖い。自分をしんどくしている社会の根源を生きづLABOに倒してほしいと思ってしまう。
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Q.大好きなぬいぐるみさんを彼氏としてもう2年交際しています。ぬいぐるみさんと結婚したいのですが受け入れてくれる式場も少なく社会から変だと言われている気がしています。でも本気で愛してるんです。人を愛する事と何が違うというのでしょうか?
A.なるほど…熱量がとても伝わってきました。愛の形は実に多様なものだと思いますし、ぬいぐるみさんが彼氏でも誰かの人権を侵害することはないはずなので、結婚式を挙げたいならその希望が叶うことをウ・サギは応援したいです。理解や共感をしてくれる人は多くないかもしれませんが、誰かに否定される筋合いもないし、式場としても適切な費用を払ってくれるなら、たぶん問題はないよね…?と思いました。(ウ・サギは相手が何者だろうと式場で結婚式を挙げる気は一切ないので、事情は全然詳しくないですが…)
愛とは何か、愛するとは何かという定義は様々だと思います。ちなみに、ウ・サギは人(独立した自我と複雑な感情をもち、自己選択をする存在)を愛することと、ぬいぐるみを愛することは別物だと思いますが、そのどちらも愛とは言えるだろうし、そこに優劣をつけるつもりもありません。ウ・サギの思う愛の定義はけっこう明確にありますが、説明すると「言わんとしてることはわかるものの、その愛は高度だし、付き合ってくれる相手はいなさそう」みたいな反応をこれまではされてきたので、若干悲しい気持ちになりながら、愛は多様で時に理解し合えないものなのだと割り切っています。といっても、他者を侵害する言動を伴ってしまっているなら、どんなときもウ・サギはそれを愛とは呼びたくはないです。
愛について語ると迷子になっていきそうですが、お互いの好きを尊重し、違いを間違いとせず、リスペクトし合えるような関係がたくさんある社会を作っていきたいところです。
回答:ウ・サギ

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Q.社会って理不尽だとおもいます。小学校や中学校は、これからの理不尽な社会で生きていくための訓練をする場所だと言っていた人がいました。じゃあ社会が理不尽じゃなくなれば、学校はいらなくなるんじゃないかと思うのですが、どう思いますか?
A.質問者さんが言うように、わざわざ九年間も理不尽を学びにいくなんて、それこそ理不尽なこととゴロン猫もそれには全然納得しません。理不尽じゃない社会をつくるには、理不尽なことに気づける人々を増やす必要があるので、理不尽を学ぶための学校は一度壊し新しい学びの場をつくるというのはどうだろう。
回答:しきぶとんゴロン猫

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Q.学生の時、学校で「ガイジ」という言葉を日常的に言われ続けていた者です。どうすればこの言葉を使う人を減らせるか、という質問を見て、私に対してこの言葉を使っていた人たちは軽い気持ちというか、ノリで言っているような感じだったことを思い出しました。
A.言われる方は忘れられないほど傷つくのに、言っている方は考えなしの軽いノリ…というギャップは考えるだけでやりきれなくなります。でも残念なことにそういったことは少なくなくて、だとしたら「学校はもちろん子どものうちから、多様な人たちと出会い、関わり、いろいろな対話をすることが大事」というカエルさんの言っていることは大前提として、「あなたの言動は誰かを傷つけているよ」と伝えることで一定程度抑えられることもあるかもしれないと思いました。実際に、ウ・サギが子どもの頃に信頼できる大人にたしなめられて反省したり、逆にウ・サギが関係性のある子どもにそういったことを伝えて受け取ってもらえた経験があったことを、この質問を見て思い出しました。とはいえそれは信頼できる相手に言われてこそ初めて効果のあるものであって、その前提としては誰かを信頼できるだけの土台が必要というのもあるので、効果的になるケースは限定的だとは思います。
子ども同士が軽いノリで誰かを蔑ろにする現象は、発達年齢的なものもあれば、学校の閉塞感や同属性も影響している気がしますし、家庭環境での抑圧がそうさせてしまうときもあると思いますし、対策には様々アプローチがあるかもしれない・・・と考えたウ・サギです。
回答:ウ・サギ

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Q.他人と比べないで居られる方法を教えてください。頑張っている人を見ると迷惑かけないようにしなきゃって思う。自分は本当は生きづらさを感じたらいけないんじゃないかって、、、。どうしたらいいですか。
A.比べないでいられる方法はウ・サギにもまだわからないですが(その方法が見つかったなら大発明で、多くの人が歓喜しそうです)、「比べてしまう」現象については、ぜひみんなで深めてみたいトピックだと思っています。かつてウ・サギも「自分なんて生きづらくないはずなのに」「あの人みたいに頑張らないと」「迷惑かけてはいけない」と振り回されて苦しんだし、今思えばそのせいで回復するのに時間がかかった気もします。
生きづらさや気持ちは数値化できないので、本来比べられるものではないし、もし比べた時にどうだとしても、自分が生きづらいことは揺るぎない事実であって、せめて自分だけは自分の気持ちを一番大切にしてあげたいな…とウ・サギは思っています。また、比べてしまう背景には、経済やコスパの概念が本来人間には適用してはいけない範囲にまで広がってしまったことや、能力主義や自己責任論の暴走など、社会の仕組みや価値観があると感じています。だから比較してしまう自分よりは、「比較させられている」自分として捉えたいというか、「比べちゃうお化け」みたいに名前を付けて、いろんな角度から考えてみたいとウ・サギは思いました。
回答:ウ・サギ

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Q.障害を理由に親に殺されてしまった知人の事がずっと忘れられない。ふとした時に声や笑顔を思い出すと二度とあんな事が起きないで欲しいと強く思う。彼のような事が二度と起きないようにする為に私に何が出来ると思いますか?
A.詳しい事情までは分かりませんが、何を理由だとしても、誰かの事情や価値観をもって命を奪われる行為は痛ましい気持ちです。特に子どももが親に殺されるという背景には、親による子どもの所有意識があるとカエルは感じます。殺すまではいかなくても、子どもの意向よりも親の意向や意見が優先されることはたくさんあり、その延長にある問題なのかもしれないと思うのです。
また、障がいを理由に殺されたとしたら、障がいに対する否定的な社会の価値観がそこにはありそうだと思いました。もしかしたら親がケアを丸抱えして孤立し、視野狭窄に陥り、殺してしまうこともあるのかもしれません。いずれにしても、カエルは誰かが誰かを殺してしまう背景にはいろいろな社会問題が隠されていると思っています。
殺してしまった個人の問題や責任追及、そして殺された人の悲劇など個人のストーリーとして語られることは危険ですが、どうしても報道などで出回る多くの情報はそうした当事者個人にフォーカスしたものが多いです。そうした情報やとらえ方に流されず、その背景には何があるのかよく知り、そうした社会問題について関心を持ち、自分たちが暮らすこの社会がどうなっているのか正しく知ることが一人ひとりにできることだろうと思っています。
回答:生きかたカエル

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Q.安全で、本当に自分の利益を考えてくれる人って、どうしたら見つかりますか?
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*記事バージョン* ※読みやすさを考え、動画の字幕から一部変更している部分があります
ウ・サギ (補足から)簡単に言うと、就労を目指すところだと「働くってそもそも何だ?」みたいなことは話しづらく、逆に福祉的な居場所だと「働きたい」と言ったときに「じゃあ、頑張ってくださいね」みたいにあんまり寄り添ってもらえず、その間を行ったり来たりしてるとどっちにもはまりきれない……みたいな話ですね。
カエル 本当に自分の利益を考えてくれる人は、自分。だから、本当の自分の利益を考える自分を手伝ってくれる人を見つけるといいと思う。
ウ・サギ 意外と支援機関だとそうならないことが多いっていう落とし穴があるのかな? 今は。
カエル 支援機関は限界があるよ、やっぱり。本当の自分達の利益が何なのかを一緒に考えてくれる機会が大事って話。それ、生きづLABOですよ。生きづLABOじゃダメですか?
ウ・サギ 生きづLABOは、そんなに側に密にいるわけではないからね。
カエル じゃあ、生きづLABOネットワークで、本当の自分の利益っていうものは何なのか一緒に考えていくネットワークを広げよう。
ウ・サギ 最近、結構そのことばっかり考えてる。どうやったらいいのかな〜……って。
カエル でも、もうこの時点で誰かのことを考える人にはなれそうじゃない? この質問してくれた人は。だから、一緒に考えていけば特別スペシャルな人いなくてもできると思うんだよね。
ウ・サギ 対象化する文化と、個で見てこうっていうところのせめぎ合いが今はすごく縦割り対象化の方に……。
カエル 福祉っていう制度は宿命で、なぜかというと、福祉のお金を税金から出すでしょ? そうやって対象を決めて、こういう人に対してこういう支援をした場合にこれだけのお金を出しますよっていう出し方をするわけ、仕組みとしては。そうなると結局対象化して、言われた通りに支援することでお金をもらうっていう仕組みになっちゃってるから良くなくて、対等じゃないしその枠にはめてしまう文化ができてるから。だから、やっぱり教育じゃないかとカエルは思うんだよね。社会教育みたいなところで学ぶっていうことがもうちょっと浸透すれば、支援は支援で受けるけど、そうじゃないところでみんなで質問で、みんなで考えてるようなことをやっていく、保障するっていうのが大事だと思うんだよね。質問者の補足にも、『話だけでも聞いてくれたらいい』って、その通りだよね。一緒に喋りたいよね。研究員になってください。何でも「生きづLABOでやろう」になっちゃう。
ウ・サギ 社会主義が足りてないからね。何でもかんでも生きづLABOではやれないかもしれないけど、何か作ってかなきゃいけないことは事実ですよね。
カエル こういうのが必要だということは、言って共有しとこう。
ウ・サギ 共有して考えておけば、ある日突然「これだ!」みたいに繋がるときあるじゃないですか。だから、とりあえず知っとくのはめっちゃ大事ですよね。それを一人で考えたらぐるぐるしちゃうけど、みんなでああだこうだ言ってると意外と実現したりするから。
カエル ああだこうだ言おう、みんなでとりあえず。ああだこうだの質問を募集です。
ペン お待ちしてます。
Q.前の配信で、「働くとは、誰かの必要としていることを叶えること」って聞いたんですけど、もやもやしています。お金が欲しい、お金が増えるのはいいことだ、も一つの価値観だから、それを否定する権利は私にはないんじゃないか⋯?って思ってしまいました。
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*記事バージョン* ※読みやすさを考え、動画の字幕から一部変更している部分があります
カエル (質問文から)『私にはない』?
ウ・サギ 「ないんじゃないかって私は思ってしまいました」かな? って思ってました。
カエル という意味なのかな? これ、いろいろ深いから、この質問は長くなるかも。もやもやしてることは別にいいと思うんだ。そう思っていることは大事だし、こうやって言ってくれたら嬉しいなってカエルは思うんだけど。(質問文から)『お金が欲しい、お金が増えるのはいいことだ』と思うのは、何も否定はしません。
ウ・サギ 価値観は自由ですからね。
カエル でも本当はお金が欲しいんじゃないんだとカエルは思ってるわけ。お金は手段で……お金は今の社会では自由を得るためのとても有効で即効性のある手段なんですよ。
ウ・サギ 自由と安心?
カエル 安心もあるし、何かを得るとか、自分のことを何か叶えるためには、お金がないとできないことが多すぎるわけ。だから、自分のやりたいことをやりたいとか、自分の自由が欲しいって思ったときには絶対にお金が欲しいになっちゃう。自分のやりたいことをやりたい、自由を叶えたいと思うことは大事。でも、それがお金一つになっちゃってると落とし穴が……。だから、そもそも否定はしてません。(質問文から)『お金が欲しい、お金が増えるのはいいことだ』って思うのは、カエルは何も否定はしたくはないんだ。
ウ・サギ ウ・サギは、最近何かで「お金は預かってるだけだから」っていうのを見て、すごいいいなって思ったんですけど。
カエル それは正しいと思う。
ウ・サギ だから、お金が自分のところにいっぱい来ること自体は悪くないと思うんですけど、来たものをどう回していくか……。やっぱり預かってるものだから。それは漫画の編集者さんの本かな? 「子どもから預かってるものだから、これでちゃんといい漫画を作らなきゃいけないんだ」みたいなこと言ってたんだけど……。もし(お金を)預かって「もう私のもんだもんね」ってしちゃったら、たぶん世界が回らなくなるんじゃないかなっていう気はして。だから、いっぱい来てもいいの。その後、ちゃんとそれ(お金)を回せば全然いいと思うんですよね。それがどうしたらいいかって言われるとわかんないんですけど。
カエル お金をどういう存在、概念として認識するかっていうことを議論してから、じゃあお金が欲しいって表面的じゃなくどういうことなのかって考えないと。なぜ(欲しい)かっていうことを考えずにお金(が欲しい)ってなっちゃうと、今の資本主義の仕組みでは弱い者にお金が回らないっていう宿命がある。そこ(お金の本質)を見失っちゃうときあるんだよね。
ウ・サギ 基本的にお金をいっぱい稼ごうと思ったら、仕組み上誰かのものをぶんどっちゃうことになっちゃってますよね。それか地球の命をぶんどってるか、どっちか。
カエル だから、そこを含めて考えていけるといいし、そのためにはお金欲しいとか、お金増えるのいいことだよって思ってる人が「なんでそれはダメなんですか」とかって言ってくれるのは大事だから。(コメントで)『災害にあった時、現金より安心して寝泊まりできる場所と食べ物の方が欲しかった』って、まさにそうですよ。手段だからね。被災して何もないときにお金あったって、何もならないときあるじゃん。
ウ・サギ 世界がもし100人の村だったら的なことで考えると、村の30人が飢えてるのに一生懸命誰かがお金稼ぎのことばかり考えてたらまずいなみたいな気持ちはある。
カエル それだけ社会の中でお金というものに必要以上に価値が今ついちゃってる。お金っていうのは、社会を円滑に回していくための手段だったはずが、お金を目的にしてしまうような構造になってる。そこに目を向けずにただお金ってなると、弱い者がもっと大変になっちゃうっていう危惧はあるね。
ウ・サギ でも、お金は画期的な発明だとは思うんですよね。等価交換、物々交換の超絶便利グッズだから、本当はすごく素晴らしい発明だと思うんですけどね。
カエル これは一回テーマを設けて、みんなで議論したいよね。配信だけだと至らないところとか、まだまだ深められないところもあるし。こうやって「なんで?」って思うことも聞けると意義のあるところもあっていいよね。
ウ・サギ 経済学者と繋がなきゃ。
ペン 補足もいっぱい書いてくれてたから、いろんな話が交わしたいね。お金は上手に使わないと、搾取とすぐ隣り合わせになっちゃうから怖い。労働もだけど。
ウ・サギ 労働とお金は今、いろんなものを引き連れちゃってるから。
カエル 根本のところをちゃんと話がしたいね。今度何かテーマ設けてやるか。
ウ・サギ でも、考える前にまず、「労働してお金を稼がなきゃ生活できない」という……前にカエルさんが「人質に取られてる」みたいなこと言ってたよね。
ペン 考えてるだけでは生きていけなくなってしまった。悲しい。