PAGE
TOP
タグ社会派
Q.虫とコミュニケーションとれる方〜〜!!!家やベランダに来ないでとお願いしてくれませんか?
この記事の担当 ウ・サギ

Q.だ、誰か〜〜!!!虫とコミュニケーションとれる方いませんか〜〜!!!毎年暖かくなると家に入ってくる虫たち、ベランダに巣を作る虫がやって来ます。どうか来ないでくれとお願いしていただけませんか?

A.生きづLABOのメンバーは呼ばれたら虫を捕まえて外に逃がすのはお手伝いできるのですが、虫とのコミュニケーションにはまだ誰も成功していません。もしコミュニケーションに成功したら事情を説明して交渉をしてはみたいと思いますが、
・家という私有領域の概念がわからない
・なぜ(虫から見ると)超巨大生物が自分のことを気にしているのかわからない
・そもそも自分たちの棲み処に勝手に入って荒らしているのは人間だ
という少なくとも3点の疑問や反論が、虫たちやその他生き物たちから数多く聞かれるのではないかとウ・サギは真剣に想定しています。そしてウ・サギはその3点はまったくもって正論だと思うので、そこはすべて飲み込んで謝罪した上で、質問者さんにとっていかに虫が苦痛なのかや、そもそもの人間の感覚や感情の複雑さ、生きるだけで負担が大きいことなどを、虫さんが理解できそうな例えなどを使って説明してみようとは思います。ただ、けっこう分の悪い交渉になると思うので、低姿勢に丁寧に、こちらからできる譲歩は可能な限り行う必要はありそうです。
もし虫さんやその他生き物が「地球に対して人類はこれだけ害をなしているくせに、我々と交渉しようなんて何様だ」と言ってきた場合は、ウ・サギはただ謝って帰ってくることしかできないので、そのときは一緒に謝罪の手紙を書いてもらえると助かります。

回答:ウ・サギ

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/4/14
Q.ちゃんと言うことを聞けと親は言うが従わせたいだけだと思う。所長さんたちはどう思う?
この記事の担当 所長室

Q.親は自分の子供は「いい子」なのが良くて、そうじゃないと許せない生き物なのかなと思った。自分の親にそういう気配を感じた。親は「反抗期はダメ」と言うが、ネットで「反抗期は親離れするために必要」っていうのを見たことがあって、そっちが正しいと思っている。「ちゃんと言うこと聞け」と親は言うが、従わせたいだけなんだと思う。いくら血が繋がっているからって他人の人生に口出しできるのはおかしいと思う。所長さんたちはどう思いますか?

A.ウ・サギ:マジョリティ(権力のある側、自分の感覚や論理を押し通せる側)には「安寧の権利」といえる感覚があって、私の平和や正しさを乱さないでください、というのを当然の主張として相手に押しつけやすいみたいな話を何かの本で読んだのを思い出しました。親が子どもにいい子であることを押し付けるのもそうですし、他の色々な上下関係でも、そういったことはたくさん起こっているのかもしれません。従わせるのは間違ったことだとウ・サギは思いますが、同時に権力をもつと誰でもやってしまう可能性のあるものだと思っているので、うんうん!と質問者さんに共感する気持ちと、自分も気をつけないと…と内省する気持ちとで忙しくなっています。

生きかたカエル:反抗期ってネーミングがセンスないと思っているカエルです。親とは違う意見を言うとか、親の言うことに異議を申し立てる権利はどんな子どもにもあるはずで、それをひとくくりにして「反抗期」とか言っちゃうのはよくないですね。カエルはそもそも「いい子」という言葉が嫌いです。大人にとって都合のいい子のことを勝手に大人が「いい子」として押し付ける文化は、重大な子どもの権利の侵害だと思っています。だから、反抗期とか関係なく、子どもは親とか大人の期待や希望とは別に、自分の意思や気持ちを尊重されることが基本です。ただ、言い分や意思や気持ちを聞く=子どもの言うことを全部聞くという意味ではなく、その言い分をしっかり受け止めたうえで、大人も極力対等な立場から、別の意見があるのなら意見を交換し合えることが大切だと思っています。とても鋭い指摘だと思います。もっともっと議論してみたいです。

やみーペン:やみーペンの母ペンも同じような考えで、その中で暮らしてる時はやみーペンは何も違和感を持てなかったから、渦中にいるのに違和感持てるのすごい…!!って感じた。反抗期無かったやみーペン的には、時期外れで反抗期がきたら自分が大変…って感覚があるし、育ってないちっちゃい自分と付き合い続けるのに疲れてるから、反抗期の権利は奪われない方がいいと思う!!

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/4/14
Q.snsなどメディアに欲求を煽られ踊らされてる感じが疲れた
この記事の担当 所長室

Q.snsをはじめとするメディアって、購買意欲とか色々な欲求を煽ってきてて、それに踊らされてる感じがして疲れた。もっと自分の感覚を養いたい、大切にしたいな/そして周りの人もメディアとは程々に付き合ってくれたらいいなって思う!

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/4/12
Q.働くの定義を話している動画を見て反射的にお金がほしい欲はなくさないとだめ?と考え込んでいた
この記事の担当 生きかたカエル

Q.皆さんが働くの定義について話している動画を見て、初見の時は反射的に「お金が欲しいという欲は自分の中にあったとしてもなくさなきゃいけないの?そういう欲を捨てきれないのはおかしいのかな…?」と思ってしまい、考え込んでいました。でも、よく考えたら「お金を稼ぐのが働く」みたいになってる社会の構造が生きづらいよねという話をしているだけであって、その構造の社会の中で生きているならお金が欲しいという欲はあっても仕方がない、私が悪いわけではないのかな…?と思いました。社会のせいにしても良いですか…?(見ていた動画→質問返答257 Q.働くって何ですか?働かなきゃ生活できないもの?お金を稼ぐためのもの?働くことって義務なの?生活保護だって長期は病気で働けない人限定じゃん)

A.お金が欲しいと思ってしまうのは今の社会の構造においては自然なことだとカエルは思っています。ただ、みんなが立ち止まらずにお金がほしい~ってなってしまうと、思考や検討をせずに知らないうちに自分たちの首を絞めてしまったり、弱い者を置き去りにしてしまったりするので、それは気を付けたいなとカエルは思うのでした。特に今の時代のお金への欲は情報や圧に踊らされている側面が強いので要注意だし、こういう議論をしていくことが大切だと思うのです。

回答:生きかたカエル

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/4/11
Q.努力と結果は必ずしも比例しないと思うのですが、どう思いますか。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.努力と結果は必ずしも比例しないと思うのですが、どう思いますか。「かわいい子は皆努力してる、ブスはもっと努力しろ」みたいなことを言っている人をたまに見かけます。私は、世の中ってもっと理不尽なものだと思っています。努力は正義、的なのがしんどい。

A.ウ・サギも世の中というか、世界はもっと理不尽で、努力でどうにもならないことはたくさんあると思います。努力と結果は必ずしも比例しないですし、分野によっては、かなり努力しても、まったく努力していない人に才能だけで負けるものだってあります。例えば容姿とか、短距離走とか、お勉強とかは、努力よりも生まれもったものの比重が大きいと感じます。だから努力を正義とし盲信するのは、個人の信念として思う分には自由ですが、あまり合理的な考えではないような…?とウ・サギは思っています。
また、そもそも、「皆」というでかい主語、みんなが~とか普通は~とかの言葉は「あなた個人がそう思っているだけのことを、勝手に見も知らない他の人のことまでわかった顔で語らないでくださいね」と突っ込みたくなります。あと「ブスはもっと努力しろ」というのは強烈なルッキズムと自己責任論(どちらも最近大流行しているウイルスだと感じます)が込められていて、そう思わされるような世の中つらすぎでは・・・?と嘆くような気持ちになりました。
ウ・サギは、もし努力に意味があるとしたら、昨日の自分ができなかったことが今日できるようになった、みたいな自分への手応えを得られる部分だと思っています。でもそれにしたって、努力をするかしないかは個人の自由のはずです。ウ・サギは努力するのがわりと好きな傾向がありますが、自分の思うような結果が出るかは運や巡り合わせ次第の部分もあるので、結果が出れば嬉しいけど出ないと悲しいギャンブルに、自分のエネルギーというコストを投入するという一風変わった趣味嗜好くらいに捉えています。ハイコスト、ハイリスクなわりにリターンはそんなに見込めないので、あまり他人におすすめする気持ちにはなれないです(苦笑)

回答:ウ・サギ

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/4/11
Q.最近、自分が「いい子」じゃなくて「悪い子」になりたいんだなと気づきました。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.最近、自分が「いい子」じゃなくて「悪い子」になりたいんだなと気づきました。私の思う「悪い子」は派手な見た目をして、社会規範から外れた、親や偉い人の言うことは納得できることしか聞かない子です。世の中のルールは最低限守って生活する感じです。この春から高校生になるのですが、家に帰るのは21時を過ぎさせる予定ですし、親の言うことは基本無視するつもりです。大学生になったら一人暮らししてピアス開けて髪染めて実家に帰るのは成人式のときに宿泊場所として使うので最後にしたいです。これって「悪い子」っぽくないですか?私はこういう人をかっこいいと思うのですが、かっこいいと思いますか?最近は不良をかっこいいと思って少し憧れてます。

A.「いい子」「悪い子」の基準といっても様々だと思いますが、(思考停止で規範に従わせてくるような)大人にとっての「都合のいい子」になるのは完全にお断りします!といった宣言に近いのかなとウ・サギは理解しました。派手な見た目をして、大人の言うことは納得できることしか聞かなくて、ピアス開けて髪染めて、実家に帰るのを成人式で最後にするのは、ウ・サギとしては「悪い子」というよりは「自由な子」という感覚です。そこには、誰かの人権侵害をする要素がないからです。どちらにせよウ・サギは誰かを悪い「子」とは思わず、人権侵害の「言動」は確かにある&もしそれがあるなら予防や対処を考えようというスタンスですが、もしピアスや髪染めるくらいで悪い子とされてしまうなら、ちょっと基準が変じゃないですかね…?と言いたくなります。
かっこいいと思いますか?と聞かれると、「その人にとって望ましい自分でいられるなら、それが一番イケてる姿だと思います!」という回答になりますが、ウ・サギは性別を超越してる存在がかっこいいと思っています。これはウ・サギ自身が最も嫌いで苦痛な規範が、性別や異性愛や家族についての当たり前なので、それを打ち破りたい気持ちが強いからかもしれません。自分自身が嫌いな規範をお断りしてる人をかっこいい!と思うという点では、もしかしたら質問者さんの思うかっこいいと、ウ・サギの思うかっこいいは似ているかもしれませんね。

回答:ウ・サギ

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/4/11
Q.早く仕事を見つけなければという焦りがあるがそのことについて考えること自体が苦痛
この記事の担当 生きかたカエル

Q.早く仕事を見つけなければいけないという焦りがありますが、そのことについて考えること自体が苦痛です。どうしたら良いんでしょうか?(と質問してはいますが「早く消えたい」という気持ちが大きいです。)

A.「早く消えたい」「死ぬしかない」は言い換えると『他の選択肢が見つからない』『詰んだ…』と言えるとカエルは考えています。つまり、「仕事をしなくてはならない」という選択肢の狭さが苦しみの背景にあるとカエルは理解しました。世の中的に給料を稼ぐ仕事をしなくてはならないという圧が強すぎて、選択肢がそれしかないことが問題なのであり、質問者さんが悪いわけではないとカエルは思うのです。
一般的なお金を稼ぐ仕事のスタイルはとても条件が厳しく、偏っているため、そのスタイルが性に合わない人にとってはとても不利であり、理不尽なのです。そうじゃない方法やスタイルで働くことができる人はたくさんいるのですが、いろいろな人たちにあったスタイルがなく、しかもあったとしても地位や価値が低いものとして見られたり、保障するような仕組みもないのが実情です。カエル的には無理をして今の働き方に適応する必要はないと思います。別の形で何かできそうなことはないか探してほしいと思います。
少なくとも、こうして質問箱に質問をしているということは、自分や自分を取り巻く社会に関心を寄せている行為なのでそれには意味があると思います。その延長で構わないので、これならできそうということは見つかると思いますよ。

回答:生きかたカエル

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/4/11
Q.以前質問した者です。泣くことに関してどの立場の人も不幸にならない社会がいいなと思います。
この記事の担当 ウ・サギ

Q.Q.「叱られて泣くのは甘えだ」などのSNSの意見に強いショックを受けましたの質問者です。回答ありがとうございます。泣くことに関して、どの立場の人も不幸にならない社会がいいなと思います

A.そのあたりを真面目に考えていくと、感情と意思を切り分けて考えていくコミュニケーションのあり方が大切になってくるのでしょうかね。アサーティブコミュニケーションでは、「私はこういう気持ちになっています」と感情は開示した上で、対話の内容は冷静に、自分も相手も尊重して、と言われているのでそのあたりのイメージは浮かびました。感情は感情で大切なものだし、勝手に湧いてきて止められないものなので責めることもできないと思うのですが、感情で物事を決めたりジャッジをすると、不幸なことが起こってしまうように感じます。
我々は感情の影響を切り離せない生き物なので簡単なことではないと感じますが、協力して社会を成り立たせていくのを考えたときには、(もちろん感情は尊重され受け取ってもらえる上で)感情さんに一呼吸置いてもらう、一歩踏みとどまってもらうトレーニングは必要になってくるのかもしれません。

回答:ウ・サギ

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/4/7
Q.以前質問した者です。回答を見て、休むことへの罪悪感について考えてみました。
この記事の担当 生きかたカエル

Q.「Q.現在無職です。家事すらしてないのは良くないかなと思うけど休んでいたい気持ちが正直強いです。」の質問者です。休むことへの罪悪感の正体は「自分だけが楽をしている」という認識ではないかと考えました。自分なりの回復の積み重ねを認めつつも、未だに「働け」という言葉に深く傷ついてしまいます。過去のトラウマからショックを受けるのは自然なことなのか、意見をお聞きしたいです。

A.確かに今の日本社会は全体的に余裕がなくて、多くの人が罪悪感と隣り合わせで生きているのかもしれません。その中で一度でも本気で追い詰められたことのある人は、より不安や罪悪感を強くしても無理もないことなのだろうと思います。そんな焦りや不安、罪悪感が連鎖するようなリスクがある状況だからこそ、無理をせず、自分なりの楽しみや幸せを追求するためにはどうしたらいいのかということを考える機会が必要だと思うのです。
何かを見て感情が揺さぶられる背景には自分の経験や社会からのメッセージが含まれるので、どんな社会でどんな自分が生きているのか?という視点を持つことが大切なんだろうと思います。でも、そういうことを考えたり、語り合ったりする機会がなかなかないのですよね。だからこうして、生きづLABOでたくさん考えたいとカエルは思うのでした。

回答:生きかたカエル

★質問を送りたい方はこちら→質問BOX

update 2026/4/4